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17.創作

この世界に季節という明確なカテゴリーがあるならば、日差しの加減やゆっくりと流れていく雲の様子から判断すると、今は春に近い気候ではないだろうか。

妖精族の国ファーレンを護るエルサードの森でも若芽が伸びはじめ、まだ肉薄の葉を通して差し込む光は柔らかな明りとなって森の地面を照らし、食んでも食んでも伸びてくる下草の中を、獣達が新しい家族と一緒に走り回っている。

この時期の事をファーレンでは「洗緑の月」といい、続いて「繁枝の月」「影濃の月」「涼風の月」「落葉の月」「吐白の月」と続いている。

ファーレンの王都シルファードでは出歩く人も多くなり、物が多く溢れる市場の喧騒が日に日に広がっていき、新緑の森の生命力に負けないぐらいの活気で溢れていた。


ブリアニナ王国での非正規奴隷救出作戦から三十日余り経過し、シルファードの王宮内も大分落ち着きを取り戻していた。


非正規奴隷商人の元から解放された者達は、シルファードから少し離れた小さな村ルフェンラノスに移され、ゆったりとしたペースで社会復帰訓練を行っていた。

彼女達の中には、いまだに男性恐怖症やパニック障害、逃避行動などを発症し精神的に立ち直っていない者もいて、人の目の多い王宮よりも自然に囲まれた村にいた方が良いと判断したからである。

彼女達は静かな村の中で戦闘系の女達は近隣で狩りや薬草採取を行い、非戦闘系の者はエルフ特産のシルツ糸の加工や、エルフ族にとっては新技術である紙の制作に取り組んでいる。


そんな中、ロウは王宮の中にある工房の一室で、フレンギースと一緒に隷属の首輪を即座に外すための魔道具製作に取り組んでいた。

工房の設備はソシラン王国のアイザノク共同学院の設備にも劣らないもので、様々な金属のインゴットも準備されており、その中には学院ではお目にかかれないような希少金属まで揃っている。


ロウは今や慣れ親しんだ小ドラゴンの姿で作業台の上に乗り、触手を使ってあれやこれと試行錯誤を繰り返していた。

不本意ながら、他国で捕らわれている非正規奴隷の救出という雑事に関わってしまったが、最初にフレンギースと交わした契約は首輪を付けられたエルフ族を救う事と、隷属解除の魔法をエルフ族に教えることなのだ。その約束を果たさなければならない。


ロウが使う古代魔法と比べると、エルフ族の精霊魔法はその発動手順が全く異なるため、エルフ族に魔法陣を理解させるのは非常に困難である。

やはり人間族のティノに与えたような魔法陣を写した媒体を使って魔法を発動させるしかない。


隷属の首輪は、硬い地竜の皮を重ね合せ、その内側に円形の黒曜鉄のプレートを挟み込んだ首輪で、奴隷の逃亡防止用に作られたものだ。革製の首輪部分に特定命令術式が、黒色のプレートに持主特定と精神支配の魔法陣が描かれている。

今、作業台の上にはこれまでロウが取り外してきた隷属の首輪が積まれてある。ロウは固有能力【邪眼】で、改めてこの忌々しい魔道具を鑑定してみる。


魔道具:隷属の首輪【装飾品】 装着した者を一定範囲内で命令通り使役できる魔道具

    使用者の魔力の質を記憶しており、装着者は精神干渉によってこの魔力に対する敵対行動と自傷行動、さらに虚偽主張が制限される。

    また、形状変形の


これほど悪意に満ちた魔道具はあるのだろうか。

特定命令術式は、皮を重ね合せた内側に赤文字で書かれており、継ぎ目の隠蔽と指定魔力感知不能時形状圧縮の二つが書き込まれている。つまり指定された魔力が感知できなくなった場合、首輪が縮んでいく形状変異術式で装着者の魔力を使って発動する。

魔法陣の方は、特定魔力の記憶と魔法陣に触れている者の精神に直接行動制約を命令する紋様が描かれている。こちらは使用者の魔力を使って発動させる仕組みだった。

ただ、こういった魔法発動理論さえ解ってしまえば、術を無効または破棄するための反文術式を作るのは容易である。問題は既定の術を上書きして起動させるためには多くの魔力が必要となることだ。

それを解消するのが迷宮産の魔素凝縮石である。ブリアニナ王国の【甲魔の迷宮】を攻略し、十四個の魔素凝縮石を手に入れたので最低でも十四個の魔法媒体を作る事が出来る。


では、それはどのような形にすれば良いのか。

使用目的を考えれば持ち運びが出来てそれが魔道具であることが判らないよう目立たず、誰でも扱いやすい物でなければならないのだが、魔素凝縮石は直径50㎝の球形で重量もそこそこあるため、取り回しが良いとは言い難い。


魔法媒体と魔力供給減の質量バランスをどのように取っていくか、ロウの悩みはそれに尽きる。


媒体と供給源を離せば魔力供給の効率が悪くなるので、出来るだけ一体化した方が良いのだが、魔素凝縮石が大きくて取り扱いにくいのだ。

ロウの特殊能力【錬成】と空間魔法を使って魔素凝縮石を圧縮し、体積を減少させたとしても元来の質量がほとんど変わらないので、またそれを解消するための細工をしなければならない。更には魔素凝縮石そのものに対する魔素放出防護結界も必要になる。そのまま気中に置いておけば、魔素の吸い過ぎによる人体への悪影響も考えられる。


山積みの課題にロウは頭を悩ませる。


『さてさてどうしたものか・・・。』

「全く理解不能だわ・・・。あっしゅく?しつりょー?」

『誰でも得手不得手はあるさ。我が精霊魔法などできないようにな。さぁ何か良い知恵は無いか・・・。』


隷属の首輪を安全に外すためには継目接着解除、形状変更阻害、精神支配解除、魔力特定阻害、質量軽減、魔素流出防止結界と、最低この六つの魔法陣を組みこんでやらなければならないのだ。


(魔法陣一つ一つを起動させる魔力は大したことは無い。起動させる順番とパッシブで使う魔法陣の棲み分けか・・・。)


(結界魔法は定期的に魔力を通せば常時発動になるので問題は無い。質量軽減は使用者が触った瞬間に発動するようにすればよいか・・・。)


一時的結界解除をトリガーにして①形状変更阻害②魔力特定阻害③精神支配解除④継目接着解除の順で魔法陣を起動する。

媒体の使用者は質量軽減と結界解除分の魔力さえあれば隷属の首輪を外す事が出来る。


『術の構成は決まった。後はどんな形にするかだが・・・指輪・・・腕輪・・・剣・・・』

「はぁぁ・・・魔法を六つも同時に発動するなんてすごいね。」

『六つ同時にではないぞ。決められた順番に一つ一つ発動していくのだ。』

「順番に魔法が発動するなんて・・・。六目だって目が出る順番なんてわからないのに魔法でできるの?」


(ん?六目・・・、サイコロ・・・、おおう!!それだ!)


フレンギースの言葉が切っ掛けとなり、球形の魔素凝縮石にどのように魔法陣を設置するイメージが固まる。六つの魔法陣を描くなら六面体がいる。即ちキューブを作って各面に魔法陣を描き、魔素凝縮石をキューブの中に入れれば魔法発動の魔力供給は十分に可能だ。

そのキューブをロッドかケインの先端に固定すれば、発動媒体として


早速ロウは空間倉庫から魔素凝縮石を取り出して、空間魔法を使いゆっくりと圧縮していく。元々濃度が高い魔力が具現化してしまった物質だから体積を変えるのは簡単で、一回の圧縮で直径50㎝の岩塊が半分ほどの大きさの滑らかな球面体となる。もう一度同じ工程を繰り返すと、七色の輝きを持つ直径10㎝の球体となった。

次にミスリルのインゴットを取り出し、特殊能力【錬成】を使って1.5mm程度の薄い板状に延ばし、薄板から正直方体の展開図を切り出した。折り曲げれば直方体になるよう5本の溝を付けて作業台の上に置く。

直方体に折り曲げる前に、触手を使ってそれぞれの面に異なる魔法陣を描いていき、展開図の面には六つの魔法陣が整然と並んでいた。この魔法陣がキューブの中で魔素凝縮石と接しており、起動トリガーで魔法陣に魔力が流れる仕組みだ。


ここまでできれば後は難しい作業もなく、魔法陣が内側になるようにミスリル鉄板を折り曲げ、最後の面を畳む前に、球体が中心に固定できるよう八つの角に正三角錐のスペーサーを取り付けて魔素凝縮石をしっかりと固定する。最後に継目を魔力で塞いで、隷属解除の魔道具【キューブ】が完成した。

あとはこのキューブを取り付ける台座だが、軽くて丈夫、しかも魔力を通しやすいものが良いのだが中々思い浮かばない。木製では折れるし、金属製では重すぎるとなると、ロウに思い当たる材料は一つしかなかった。


ロウは空間倉庫から自分の鱗を取り出すと【錬成】で7等分に分離し、長さ80cm程のロッドを作りだした。上部にキューブを乗せるための台座をつくり、固定用の爪を4本並べ、下先端は武器にもなるよう槍状にする。

最後にキューブを台座に乗せ、爪を閉じて固定すれば完成である。


蒼い光を反射するミスリルキューブと漆黒のロッドが絶妙に調和し、そこか壮言な雰囲気を醸し出していた。


魔道具:‐‐‐【ロッド】 使用者の魔力を引き金に魔素凝縮石が発する魔力を魔法陣に流して複合魔法を発動する魔道具

    継目接着、形状変更、精神支配、魔力特定、反文の術式を展開する魔法陣を有し、質量軽減、魔素流出防止結界が付与されている。


『フレンギースよ、これを持ってみてくれ。』

「う、うん、なんが重々しいというか厳めしいというか、すごいオーラを感じるよ。」


フレンギースは恐る恐る手を伸ばしてロウからロッドを受け取ると、ずっしりと腕にかかるその重さに顔を顰める。

しかし、横からロウがロッドが軽くて旗の様に振りまわせるイメージしながら魔力を通せと指示を出し、実際にその通りにするとあれほど重かったロッドが急に軽くなったことにフレンギースの目が見開かれる。


「え?え?」

『ふはははは!!!我はついにこの難問を克服したぞ!!』


手に持つロッドの突然の変化に理解が追い付かないフレンギースと、腰に手を当て高笑いするするロウ。

再び空間倉庫を開いて闇奴隷商人のアジトから回収してきた隷属の首輪を取り出して作業台の上に置き、フレンギースの魔力を黒いプレートに流して記憶させると、ロウは人化して自分の首に首輪を装着する。


「ちょ、ちょっとロウ!何やってるんだ!?」

『ふむ、我の魔力に干渉する力が働くな。この感覚が精神支配か・・・。まぁ我なら抵抗も容易だな。フレンギースよ、首輪にキューブを翳してキューブの周りにある結界が消えるイメージで魔力を流してくれ。』

「う、うん・・・。」


フレンギースが言われた通り結界を解除するとキューブが淡い光を放ち、同時に首輪に仕込まれていた術式と魔法陣が一瞬光り、首輪の光が弱まると同時に消えていく。すると首輪の継ぎ目が現れて二つに分断し、そのまま外れて床の上にポトリと落ちた。

フレンギーズは目を見開いたまま言葉もなく、人化を解除したロウは触手を使って堕ちた首輪を拾い、首輪の術式が無効になっているか固有能力【邪眼】を使って確認する。


「あ、あああああ!!首輪が!!と、取れた!!外せた!!」

『うむ、成功だな。』

「ははははは!!!やったよロウ!!私でも首輪が外せたよ!!」

「きゃ~~~!!ロウちゃんすごいわ~~!」

『うおっ!!』


突然現れたラフレシア女王が作業台の上に載っていた小ドラゴンのロウを胸に抱きしめて振り回す。全くこの女王の隠蔽能力は本当に舌を巻く思いだ。油断しているとロウの感知能力も摺り抜けてくる。

ロウの感知能力を掻い潜れる者などこの世界にそう多くはいない筈なのに、キョウとラフレシア女王、すでに二人も出会っているとは・・・。いつの間にか工房にはラフレシア女王と闇の勇者キョウが入ってきていたのだ。


「ロウすごい。」

『ふふん、我にかかればこんなモノを創ることなど造作も無い事なのだ。』

「これを使えば私でも?」

『勿論だとも。多少魔力内包量が多いものであれば誰でも使用可能だ。限度はあるがな。』

「どのくらい?」

『ちょっと待て。』


ロウはフレンギースを固有能力【邪眼】で鑑定し、最大魔力量と残存魔力量を調べると、凡そフレンギースの魔力で十分の一使用する程度であることが判った。

それ程魔力を消費しないことが判って、ロウは満足そうに頷く。


『フレンギースが十回ほど使えば魔力切れになる。キョウならその五倍、五十回は使えるな。』

「そんなに!?」

『だが魔素凝縮石が近くにあるから回復は早いと思う。それを考えれば使用制限を守れば魔力切れで倒れることはないだろう。』


ロウが【怨嗟の迷宮】から持ち出した魔素凝縮石は二百年たってものその能力に衰えが見られないので、この魔素凝縮石の効果がどれくらい持つかまで分からないが、数百年単位は問題なく稼働するはずだ。それが七本あるのだから物量的には問題が起こることは無いだろう。


「ロウちゃん。本当に感謝してるわ~、多くの同胞を救ってくれたばかりか、こんな魔道具も作ってくれるなんて!」

『まぁフレンギースには串焼きの他にもコッペルの焼肉を奢ってもらったからな。対価は支払わなければならん。』

「ロウの感覚はズレてる。」

「ホントね~。でもこんな物が作られたなんて世間に知れたら大変な事になるわ。しっかり管理しないと万が一盗まれでもしたら大変!」


このロッドの性能を知れば当然そう思うだろう。しかし、その対策については既にロウの中で解決してある。それは以前同様の対策を施した腕輪の様に、このロッドにも召喚の魔法陣を描くことだ。

なんとかラフレシア女王の腕の中から逃れたロウが作業台の上に立ち、皆に説明する。


『で、あるから、万が一このロッドを奪われたり、無くしてしまった時は召喚陣で特定の場所へ呼び寄せることも可能なのだ。』

「・・・すごい。召喚魔法をこんなことに使うなんて。」

「ロウの感覚はズレてる。」

『と、いう事で王様。王宮のどこかに王様しか入れない部屋とか、出入者の管理がしっかりされている場所はないかな?』

「ん~~~、そうね~。瞑想の間かな?妖精族の中でも精霊との契約者しか入れないし、強力な結界も張ってあるからまず無断で入ることは出来ないのよ。」


工房を出た四人は早速「瞑想の間」に行き、王族しか入れないという部屋に特別に入れてもらった。

そこは真白な磨き石が敷き詰められ、見事な彫刻が施された石柱が円形状に並んだ部屋だった。八方位に「火水風土樹光闇雷」それぞれの属性の精霊紋様が描かれ、頂点から差し込む光が影を作り幻想的な空気に満ちていた。

エルフの歴代王が精霊達の王と交信するための部屋である。


結界を部分解除した女王を先頭に中へ入る。

ロウは入口に一番近い柱の横に降り立つと、大理石の様な白く磨き上げられた床に触手を当てて成分を調べ、固有スキル【創造】を使って材料を複製し、床と一体になった7本のロッドが余裕で格納できる箱を創り出した。

扉になる部分を切り取ると中心部に魔法陣を描き、【認識阻害、魔法抵抗、物理抵抗、魔力特定】の能力を付与する。更に衛星陣を7つ配置し、それぞれのロッドに刻んだ召喚の陣と同じものを描き入れた。


ロウが作ったのは謂わば金庫であり、本体の存在認識を阻害すると共に特定魔力を感知して扉が開く格納箱である。衛星陣に事前に魔力を流し込んだ者だけが扉を開ける事が出来る優れモノだ。

更に格納庫の中にはロッド召喚の魔法陣を、ロッドには召喚応答の魔法陣を描き、取りあえずラフレシア女王とキョウの魔力を登録して全ての行程が終了したのである。


「・・・この国の宝物庫より厳重だわ~。こんなの魔動具屋に作らせたら一体幾らかかるのかしら?」

「やっぱりロウの感覚はズレてる。」



ロウの創作意欲はこれで止まらなかった。現在制作しているのはエルフ族に与える武器、魔法弓である。

何故エルフの武器を、と誰もが思ったかもしれないが、これにはちゃんと理由がある。


ロウがフレンギースの案内で初めてエルザード大森林に足を踏み入れた時、フレンギースが妖精族の国はこの森に護られていると言っていたのを否定したことがあった。

妖精族は好戦的な種族ではないし、森を守るという意識はあっても領土を広げるという野心はない。したがって他国に攻め入るなどという行為は彼らの文化には存在しないのである。

これまで森は妖精族を他種族から守り、その代りに妖精族は森に入り込んだ害虫やトレントなどの魔獣を駆除して共存関係を築いてきたのだ。


しかし他の種族の国家が、小国同士の小競り合いから強国が弱小国を侵略するといった大規模戦の時代に移り変わってくると、妖精族はこれまでの様な森を背にした戦いは不可能になるだろう。

何人かエルフを奴隷にし、道案内をさせてゲリラ戦を敢行してもいいだろう。行く手を阻む森なら焼き払えば良い、迷わす森なら切り開けばよい、森が城壁であるなら大軍を投じて破壊すれば良いのである。

ロウ曰く、エルフ族が集団戦に弱いという事は他種族も承知していて、大規模な戦闘になればエルフに勝ち目はないとまで言い切ったのだ。


更にロウは続ける。

今回の救出作戦の顛末は多くの人間族の目に留まり、誰もがエルフ族が関与していたと疑っている。エルフ族が奴隷となった同胞を救うため血腥い救出作戦を続けるなら、いずれ国同士の争いにも発展する可能性がある。その為の抑止力が必要になると。


『数万の軍勢で森を焼き始めたとき、エルフ族で止められるのか?』


ロウの発したその問いをフレンギースは知人にも聞いてみたのだが、その問いに答えることが出来たエルフ族はいなかったのである。


そしてある時、フレンギースが母親にこの話をし、アルタミアからラフレシア女王にこの事が伝えられたとき、彼女は文字通り震え上がった。

妖精族の間で考えられている戦争とは、人間族同士か人間族と魔人族獣人族など妖精族には関係が無い所で勃発しているもので、野蛮な集団戦が自分たちの身に降りかかってくるという考えが無かった。精々森に侵入してきた盗賊や奴隷狩りとの戦闘くらいしか想定していないのだ。

ラフレシア女王は逆にロウに「どうすべきなのか?」と問い返し、その答えが現在のロウの作業に繋がるのである。他者が侵攻を躊躇うような抑止力の所持、である。


現状を理解したラフレシア女王は、ファーレンの各都市の統治を行っているこの国の中枢『守り人六傑』、各妖精族の族長に招集をかけた。

そして、王宮では女王と六傑、ノームの族長、王都にいる宰相、近衛長による緊急首脳会議が開催されたのである。

風の民フェイ族はこう言った人族との関わりを嫌い、決定事項だけ伝えればよい事になっているし、ダークエルフの若き族長は六傑の一人ハサンである。ドワーフに至っては己の身に降りかかること以外興味がなく、国民としての義務を守る以外の時間は飲むか寝るか仕事をするかであった。


ファーレンの守り人六英傑とは高位の精霊である属性精霊と契約を結んだ者達で、国内の主要都市と周辺の小町村の統治を任されている。

高位精霊との契約は一代限り、契約した本人が死ぬか、精霊王セリーヴの不興を買い破棄されるかまで続けられ、契約者は精霊加護による様々な恩恵が与えられ、その能力は冒険者で言う白金持ちのレジェンダリ級に匹敵すると云われていた。


・火の精霊と契約したウェルチム領主フレームル(♂)452歳 エルフ族

・水の精霊と契約したスイレーベ領主アルタミア(♀)337歳 エルフ族

・風の精霊と契約したウィングル領主ミザルディーン(♀)481歳 エルフ族 

・土の精霊と契約したガイルーン領主ノドスフィルン(♂)304歳 ノーム族

・雷の精霊と契約したデリンサス領主サンダファレス(♂)551歳 エルフ族

・闇の精霊と契約したルナリアム領主ハサン(♂)229歳 ダークエルフ族


そして王都ファーレンを統治するのが、光の精霊、樹の精霊と契約した女王ラフレシア(♀)非公開 である。


この会議に闇の勇者キョウとロウは参加していなかったが、ラフレシア女王から伝えられた他種族が森を焼きながら攻め入ってくるという仮説は首脳たちに衝撃を与えた。

妖精族が得意とする得意の森を利用したゲリラ戦が出来ない状態で他種族との集団戦の対策を考えた時、ここにいる全員が妖精族の勝利を確信できなかったし、人間族がそんな暴挙をしない種族であるとは誰も考えていないからだ。


ラフレシア女王は、エルザード大森林に守られた長き安寧の時代を見直すべきだと説く。

過去に経験したジロール侵略戦争などを例にとれば、あの狂気が万が一直接ファーレンに向かっていたなら、果たしてこの国を守り切れたのであろうかと。

もちろん今回の会議だけで全てを決めようなどと、誰も考えていない。

今回は各都市の戦力の再確認、国内にいる他種族の人数や活動状況の把握、都市間連絡網の整備、そして隣国に放つ細作の強化などを申し合わせて解散となったのである。


ロウの発した言葉が切っ掛けで国中が慌ただしい中、当の本人(竜?)は工房に籠って魔法弓の創作を続けていた。


ロウが今作っているのは精霊族の『守り人六傑』とラフレシア女王のための専用の弓で、魔力を具現化して矢の代りに打ち出すものである。

精霊魔法では、実際の矢に属性魔力を付与して打ち出すことができるようだが、ロウの弓は矢を必要とせず魔力を矢のように具現化して打ち出すことを目指して制作していた。


魔力具現の矢となると消費魔力は格段に跳ね上がるので、ここは残っている魔素凝縮石を使って補填する事で対応する。

素材はロウの鱗、しかも撓りを出すためには若い鱗の方がよいので、ロウは抜け落ちた鱗ではなく、体から引き剥がして必要分を確保した。この時、痛みのあまり絶叫したロウの悲鳴のせいで、王都周辺から一時的に魔獣が消えたそうだ。


ロウの若い鱗からリムの元となる弓形の棒を7本削り出す。二分割にせずライザーの方を後付けする形だ。このリムに女王と6傑それぞれが持つ属性を召喚する魔法陣と、その属性を強化する魔法陣を描いていく。

ハンドルライザーはミスリルで使用者の魔力をリムまで伝達しやすいようにし、照準の邪魔にならないよう下部に魔素凝縮石を取り付ける。照準と言っても、この弓から発射された矢の威力や方向は、射手の魔力とイメージに影響されるので、弧を描いて飛んだり、慣れれば的の背面に命中させることも可能だ。

化学繊維のないこの世界ではストリングスの部材は限られるが、植物系だと切れるし金属糸だと指を痛める恐れがあるので、強度、伸縮性も申し分ないロウの七番目の首の顎鬚を使うことにした。


黒いリム本体にミスリルの薄蒼の輝きが映える。最後にグリップとなる部分にエルフの宝物庫にあったという竜種の皮を巻いて完成した。魔力を通すイメージをすれば属性が召喚されリムで強化し、それを精霊魔法で矢状に具現化する魔法弓である。

ほぼ外見は同じだが、よく見れはリムに刻まれた文様は一つ一つ違い、ハンドルライザーにはそれぞれの属性の精霊紋様が描かれていた。


出来上がった弓を空間倉庫に仕舞い、工房の外で待機していたロウの身の周りの世話を担当しているエルフの女官にラフレシア女王に面会できるよう手配を頼んだ。

やがて女官の案内で女王の執務室に行くと、六傑との会議を終えた女王が、スイレーベ領主のアルタミアを談笑しているところだった。

小ドラゴンが入ってきたことを訝しんだアルタミアであったが、それがロウであることを女王から耳打ちされると、その場に両膝を付き、頭を床に付けんばかりに下げて謝罪の言葉を口にする。


「民を救われた御仁に剣を向けた非礼を、スイレーベでの我が失態をどうかお許しくださいませ!」

『いやぁ、フレンギースの母君よ。あれは偽装して会いに行った我が悪かったのだ。』


ロウも頭を下げるアルタミアの前に降りて、両手を付いて謝る。

一人と一匹が床で人が頭を下げあっている滑稽な姿に生暖かい視線を送りながら女王は二人を執り成し、ロウに用件を尋ねた。


『王様、いいものが出来たぞ。』

「あの~ロウちゃん・・・。これって・・・」

『うむ、魔法弓だ。中々良かろう?矢が不要で威力もそこそこ期待できるぞ。』


ロウは空間倉庫から光の魔法弓と水の魔法弓を取り出し、女王とアルタミアに渡す。二人はその美しい弓に魅入られたように目を離す事が出来ないでいた。

170㎝程の半金属性の弓は身長の高いエルフ族でも問題なく取り扱う事が出来るし、ロウの鱗を使ったことで軽量化もできている。

ずっと弓を見つめている二人に


『お二人とも、何時までも見ていないで。弓の微調整したいのだ。どこか試射できる場所に付き合ってくれないか。』

「あ、ああ・・・。ね、ロウちゃん。この弓は私たちの・・・」

『うむ、それぞれの属性を込めた魔力矢を作り打ち出す弓だ。魔力もある程度は強化するから威力は結構出ると思うぞ。』

「そんな事が可能だなんて・・・。ロウちゃんは天才?」

『我はロウだ。天災ではなくて、厄災と呼ばれておる。』

「・・・」


ともあれ二人と共に修練場にやってきたロウは、まず女王に魔力の矢とはどんなものか説明し、矢の形、魔力の動きをイメージさせる。


『魔力で創る光の矢をイメージするのだ。その矢は白く輝き、どんな障害も躱して目標を貫く。』


ロウは修練場の隅に的となる古い鉄鎧を置き、この場全体に特殊能力【障壁】を使って簡易結界を展開する。その上で女王に鎧を射るよう促した。

ラフレシア女王は静かに弓を構え一旦目を閉じて頭に矢を思い描くと、弓を持つ手に魔力が集中し、それがリムからストリングスに伝わって反対の手の指先に伝わってきた。そして女王が目を開けた瞬間右手と左手の間に一本の光の矢が具現化した。

的を見た女王が躊躇う事無く光の矢を放つと、魔力の矢は一条の光となってあっさりと鎧を貫き、ロウの障壁に当たって轟音と共に大爆発を起こした。


ロウの障壁に当たって跳ね返された爆風は射手であるラフレシア女王にも襲い掛かかったが、ロウが咄嗟に障新たな壁を自分たちの前に展開し事なきを得た。

しかし、矢が飛んだ方向は溝の様に土間が裂け、鎧があった場所には直径6m程のクレーターができ、光熱で蒸発した水分が蒸気となって漂っている。射出台は爆風で飛ばされ、修練場の入り口扉も吹き飛んでいた。


「「・・・」」

『・・・』


ラフレシア女王はそれほど多くの魔力を込めたつもりはない。鉄の鎧を貫いて弾き飛ばす程度のイメージしかもっていなかった筈なのに、目の前で起きた惨劇に言葉を失っていた。

更に、我に返ったアルタミアがこれまで自分達かやっていた、矢に魔力を込めて発射する魔法矢を射る要領で放った一矢は、視界に入る修練場の壁と床を全て凍らせてしまったのである。

尋常ではない衝撃と冷気に、修練場の周りにいた者達は何事が起きたのかと集まってきて、修練場の中の惨状を見て呆然としている。


「・・・ロウちゃん。」

『はっはっは。王様、母君、ダメではないか、そんなに膨大な魔力を込めては。』

「・・・そんなに魔力使ってませんわよ?」

『・・・』

「これ、いくつ作ったの?」

『お、王様と六傑の分で七張だが、ちと調整が必要かの・・・。』

「ちょっとじゃないでしょ!ロウちゃん!これだけの威力を出す武器を一体どこで使うというの!」

『ま、まぁ、あれだ。これがあれば攻め入ってきた敵など撃退できるであろう!威力を見せ付ければ抑止力にもなるしな!』


苦しい言い訳をしたロウは二人から魔法弓を預かり、一旦工房へ戻って調整を始める。リムに書き込んだ属性強化の魔法陣に制限を付け、それの解除魔法陣を新たに加えて使用者の意思で威力の調整を可能にする。


そして、ようやく完成した魔法弓は、後々の戦いで妖精族の危機を幾度となく救い、国家の守護神器として長く信奉されるのはまた別の話である。



ところで、厄災の不死竜ヒュドラがソシラン王国に続きブリアニナ王国にも現れ、首都城郭の一部を破壊したという噂は、冒険者組合や商業組合のネットワークを通して各国に広まっていった。

その噂は少し遅れてソシラン王国の国境の町レミダにも届き、狐人族の美女、白銀の従魔と共に街の茶屋で午後の一時を過ごしていた人間族の少女が溜息交じりに空を見上げる。


「なんでも狼人族の綺麗な女の子を生贄に攫って行ったんだってさ。」

「・・・」

「全く、そんなに獣人族が良いならあたしを攫ってくれたら良かったんよ、わざわざ別の国に行かなくたってさ。」

「あのエロ竜!いったい何をやってんだか・・・」

「クルゥゥゥ・・・」


得てして噂なんて正確には伝わっていかないモノなのである。


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