14.助力
この世界の人々は神というものをどのように捉えているのであろうか。曰く、神は七柱だと云う考えが一般的である。
辺境の地や国に属さない少数民族たちの偶像崇拝を含めればもっと多くの神がいるのだろうが、この世界が始まって以来、「神託」なる言葉で直接人々に様々な知識を与えたのは七柱のみだった。
女神メサイナ 癒しと光満ちた安寧を与える女神。(メサイナ神教)
万能神サキュリス 万能の神。能力を与える神ともいう。(サキュリス正教)
運命神ルード 人々の未来を決める神。(ルード教)
大地神ケープス 人々に大地の恵みを分け与え繁栄を齎す豊穣の神。
双月神リナスとマリス 闇を照らし人々を正しい道へと導く神。
創造神マギ・ロナ 創造と進化の神。
破壊神シム・ロウ 破壊と虚無の神。
人間族は大多数が女神メサイナと運命神ルード、少数だが万能神サキュリスを崇め、各々で巨大な神殿まで建て供物を捧げ奉ってきた。妖精族は種族の頭に関する森羅万象を信仰の対象とし、これを護り時に恩恵を受けて生活しているが、土の民ノーム族は大地神ケープスも祀っているという。
獣人族は神を奉ることはしないが、古い神である双月神リナス・マルスには敬意を表し、子が生まれる時、死に行く時は月下の元で供物を捧げる習慣があるとか。
人族は神の教えを時に聞き違い、時に歪曲して自分たちに都合の良いように捉えてきた。決して神の言葉が人を惑わしてきた訳ではない。
その人族の過ちさえ神は咎めず、人がこの地にあることを許してきたのだが、ある時から変化が訪れる。
何を間違えたのか、何を咎められたのか、この地は人族だけのものから人族の天敵である魔獣達のものに変わろうとしている。
◆
この世界は女性比率の高い世界だという事は以前述べたが、それは人間族に顕著に表れる傾向で、長寿な妖精族は子供が出来にくいという種族特性はあっても、男女比で言えばほぼ半分数であるし、獣人族も女性の寿命が長い分若干女性が多い程度である。
因みに妖精族の平均寿命は七百年、獣人族で四百年、魔人族になると六百年も生きる者がいるという。人間族は寿命を全うすれば百二十年は生きるというが、男性の殆どは寿命より怪我や病気、魔獣に殺されるなどの事故で若くして死亡する事が多い。それほどこの世界では種族的に弱い部類なのである。
それでも人口比率で人間族の割合が高い理由はその繁殖力の強さで、発情期がなく年に一度は子を産める女と、常に子種を体内に持つ男がいるからなのだ。
エルフ族は生まれてから二十年から五十年で幼少期が終わり、成人の姿になるとその時点で成長が止まってその後約六百年生きる。最後の百年で急速に老化し寿命を迎えるのだが、老化期に入った殆どの者はエルフの守る聖なる大樹の元に行き、大樹の幹に吸収されることでその生を終えるのである。
その大樹はエルサード大森林の何処かにある樹である。
その場所は妖精族が老化期に入ると自然に判るという不思議な樹で、老化期に入っていない者が探しても見つからないという。一説では巨大であるのは樹の幹や枝の広がりではなく、根の広がりがこの森林全体に延びていると言われ、常に妖精族を見守っていると信じられている。
今回、キョウ達の救出部隊が救い出した女達はエルフ族の幼少期が終わったばかりの百歳未満の若い三人で、ファーレンを出て冒険者になり、人間族の国で冒険者生活していたという。
若いエルフの中にはこうした好奇心旺盛の者もいて、他種族のいる国外での生活に憧れ森を出て行くのだが、そういった少数派が今回の様に人間族に騙され、奴隷に堕されるケースが殆どなのである。要は世間知らず、経験不足だったのだ。
救出された女達は前回と同じ部屋に寝かされていた。彼女達にとって最も安全な場所に来たにも拘らず、完全に脱力し生気の無い表情で天井を見ていた。洗浄浄化魔法で体は清められ回復魔法もかけられたようだが、肌や髪には艶もなく、頬もげっそりと殺げている。
ロウはまたティノの姿になってから女達のいる部屋に入っていく。一緒に付いてきたキョウなどは一瞬で女の姿になったロウを見て呆然としているが、ラフレシア女王などは慣れたもので女姿のロウをみても、可愛いと言って抱きつく始末だ。
ともあれ、女王が彼女たちの傍に行ってこれから首輪を外すことを伝えると、彼女たちは一瞬驚いた表情をするが、すぐにまたあきらめの表情に戻って涙を流し始める。
非正規奴隷は「奴隷になったら最後、二度と奴隷身分から解放されることはない。」と言うのが常識であり、事実誰かが解放されたという話も聞いたことが無い。おそらく彼女たちも捕えられた時点で散々そのように刷り込まれたのだろう。
ロウはもう一人ひとりに声を掛け、これから行う事の確認などしない。ベッドまで近付いていくと指先に隷属解除の魔法陣を出現させ、首輪に触れて隷属の効力を破壊していく。隷属の首輪が外れるとやはり締め付けによる痣が出来てしまっていたので、その傷もその他の身体の傷も再生魔法を使って全て元に戻していった。
今回の女達は奴隷にされてから日が浅かったのか、傷自体は軽いものだったので、それほど時間も魔力もかけずに解放と治療が終了し、ロウは後のことは女王とフレンギースに任せて部屋を出て行った。
ロウはいつもの中庭に出ると定位置となったベンチに座り、一面の夕焼けとなった空を見てボーっとする。やはり、奴隷となって辛い思いをした彼女たちの事を考えると遣る瀬無い気持ちになってしまい、何も考えない頭を空っぽにする時間が欲しくなるのだ。
しばらくして空の色が緋色から紫色に変わる頃、気配もなく突然ロウの隣に座る人物がいた。見事な【隠蔽】能力である。
ロウとキョウは無言のまま森の中に沈んでいく陽の動きをじっと見ている。二人の間の静寂は日中のような緊迫したものではなく、寧ろ優しく落ち着いた雰囲気となっていた。
しばらくしてキョウがロウの方へ向き直り、呟くように話を始める。
「ありがとう。」
『どういたしまして。』
「どうやって?」
『ん、我の使う古代魔法だ。魔法陣を媒体にする魔法だな。』
「私にもできる?」
『無理だな。魔力を魔法陣として〝具現化〝できるのは我々神獣だけだ。』
キョウはまた正面を見て何かを考えているようだ。
正直、キョウは戸惑っていた。自分が考えている以上に滑らかに進む会話に、である。キョウが話すときはいつも短い単語で終わってしまうので、相手は彼女の真意をつかみきれず逆に質問してみたり、気を使って自分だけが長々と話し始める人が多く、キョウのペースで話が出来たことは無かったのだ。
「みんな助けたい。」
『この世界にどれだけ非正規奴隷がいるだろうか。見当もつかん。』
「何か方法が有るはず。」
『根本を変えないとイタチゴッコだ。ハード面なら何とかなるがな。』
「っ!」
何気ない会話だったが、キョウはそこに含まれた単語に驚き、ロウの顔をまじまじと見つめて問い質した。
「やっぱり日本人?」
『二百年も前はな。』
「え・・・」
『二百年迷宮に閉じ込められていたのだ。出てきたのは最近だよ。』
「そんなに長く・・・」
『そんなに長く迷宮に君臨し、数多の人族達を殺してきた。我が生きるためにな。』
「迷宮の創造主だから?」
『ああ、そういう物として我は生まれたのだ。我々のいた場所に比べ圧倒的に未熟なこの世界にな。』
キョウはロウの言ったことの意味を考える。自分の様に召喚されてきたわけでなく、この世界で、前世の記憶を持って迷宮で生まれ、長い間そこに閉じ込められていた元日本人であるロウ。
迷宮の主として生まれたロウは、多くの魔獣を生み出して迷宮に入ってきた人族を返り討ちにしたのだろう。それはロウが悪いのだろうか?迷宮に入った人族が悪いのだろうか?もし自分が同じ立場だったら?二百年も一人でいられるのか?
色々考えてしまうが、今自分のやっている事と何の違いもないように思える。運命に逆らわず迷宮主としての仕事を遂行したロウと、大きな力を持って異界から来た自分が、理不尽にも奴隷にされた者達を解放するため、闇奴隷商人を倒していこうとしている事、そうすることが必要だったから行動しただけなのだ。
「ロウは悪くない。」
『そう思ってくれるだけでも有難いな。』
「さっき、ハード面は何とかなるって。」
『ああ、なんとかなる。』
ロウはキョウに魔法陣を使う古代魔法について説明する。人族は魔法陣を具現化できないが、魔法陣を描いたモノなら持ち歩くことは可能だ。だから、ティノ達に渡した腕輪と同じような物で隷属解除の魔法陣を組み込んだ媒体を作り、常に救出部隊に持たせておけばわざわざファーレンまで連れてくることはせずにその場で首輪を外す事ができるのだ。
もちろん問題もいくつかある。
隷属解除の魔法は書き込まれた魔法陣や術式を上書きしなければならないので、結構な魔力を消費してしまうのだ。ロウの様に無尽蔵に魔力があるならまだしも、並みの人間族ならばごっそりと魔力を持っていかれ、その場で昏倒するか最悪の場合魔力枯渇で死に至る。
前世の電気で例えるなら、蓄電池や太陽光のようなものを使う事によってエネルギーの供給を補填するように、人族の内包魔力の不足を補う魔力供給源があれば問題ないのだが、この世界でそんなものがあるのか思い付くものが無い。
魔法陣で魔素吸収の効果を付与できるのだが、隷属の首輪に仕込まれた「隷属」と「形状変化」の術式を同時に上書きするとなると、魔素吸収の効率化だけでは追いつかないだろう。
さらに媒体が闇奴隷商人の手に渡ってしまい、隷属魔法の使い手が魔法陣と術式を書替えた場合や、何かしらの阻害術式を追加される場合も厄介である。この非正規奴隷解放のロウがずっと携わる事なないだろう。ロウがいなくなれば、魔法陣の知識が無い人族に新しい媒体を作る事はできないのだ。
「魔石とかじゃだめなの?」
『なんだな?それは。』
「え・・・?魔獣の体内にある石だよ。魔石を持っているのが魔獣、持ってないのが獣。」
『ああ、魔核のことか。』
「人族もエネルギー源に利用しているし。ランプとか水とか。」
『うーん、それだと結構強い個体の魔核がいるかな。手に入れるのが大変そうだし、一、二回使ったら空に・・・』
ロウが突然言葉を切って考え込む様子を見せる魔石と聞いて一つだけロウに思い当たるモノがあったのだ。
それは迷宮にある魔素凝縮石である。
迷宮という場所は魔獣の棲家だ。閉ざされた空間である迷宮で数多くの魔獣が生きていくためには、それ相応の濃度をもった魔素が必要になる。そのためには迷宮の各所に魔素凝縮石を配置して、常に迷宮内に魔素を供給しなければならないのだ。
もちろんこれは迷宮創造主としてのロウの知識であり、魔素凝縮石のことは人族の間では知られていない事だった。なにせ見た目は普通の岩だし高位の鑑定能力でも「迷宮の石」としか分からない。要は迷宮の創造主にしか見分けがつかない強い【隠蔽】が掛けられているのだ。
魔素凝縮石を使えば魔素の供給という面では十分だ。
しかし、この魔素凝縮石を迷宮から取り出して使うという事は、迷宮を一つ放棄することになる。実際、ロウは自分が生まれた「怨嗟の迷宮」から全ての魔素凝縮石を回収し眷属達が生きられるよう浮遊島へ移植したので、あの迷宮は魔素の少ないただの洞窟になっている筈だ。
迷宮を潰すとなると、国にとってどれだけの損失になるのか想像も出来ないほど大きな話になる。
迷宮は人族にとって宝の山だ。冒険者が落とした武器や道具は魔道具化し、宝石や鉱石、何より迷宮産の魔獣の核は質が良く高値で売れる。迷宮があれば町が出来ると言われるように人族に多大な利をもたらしてくれるのだ。
未発見の迷宮があればよいが、そう都合よく事が進むとは思えない。
「魔素凝縮石・・・」
『人族では見分けがつかないし、手に入れるにはどこかの迷宮を潰さなければならない。現実的ではないな。』
迷宮を攻略するのではなく潰す。そう言ったロウの言葉の意味をしばらく考えたキョウは、ロウも考え付かなかった解決策を導き出した。
「奴隷制度を黙認している国の迷宮を潰せばいい。」
『・・・お嬢さん、中々過激な発言を致しますな。だが、迷宮は国にとって大切なモノだと聞いたぞ。』
「当然の報い。人の尊厳を無視する国に、迷宮からの利など与えるべきではない。」
『・・・心当たり、あるのか?』
「私が知っているのはブリアニナ王国。あとサキュリス正教国。」
キョウが名指しした二国は、奴隷制度を初めて作った旧ジロール帝国が滅亡した時に独立した国家である。この二国のルーツとなったジロール帝国は人間族至上主義を推し進めた国だったので、その主義主張はこの二国にも色濃く残っているのだ。
各国が他種族融和を厳格化してきているため、ブリアニナ王国は表面上は人間族至上主義を撤廃したことになっているが、現実は身に覚えのない罪で奴隷にさせられた犯罪奴隷がいたり、たとえ非正規奴隷が街を歩いていても黙認されてしまうような国である。
一方のサキュリス正教国は「神の教え=人族至上」と称し、国内には奴隷身分の「亜人」しかいないと宣言している。つまり旧帝国の大義をそのまま宗教という形に歪曲して受け継いだ宗教国家である。
聖光騎士団という練度の高い軍を持ち、さらに「人間至上」を謳うサキュリス教徒が世界各地に存在するため、各国ともこの国に真正面から軍事干渉する様な事はこれまでなかった。
もちろんこの二国には妖精族、獣人族はおろか、魔人族も近寄りすらしなかった。
この二国は自国内でも身分差別制度を作り、多くの下級貧困層が少数の貴族や位階教職者を支える構造になっており、恒常的な人口増加率の低さから、貧困層だけで社会を支えきれず奴隷として「亜人」を集めて強制労働に従事させているという。
「あんな国潰れればいい。」
『これこれ、元の世界でも価値観の違いで戦争や虐殺はあったんだ。第一、本当に潰せる力を持っている勇者様が言うべきセリフじゃないな。』
「だって、奴隷だよ!?しかも誘拐までしてだよ!?」
『まぁ、気持ちは分からんでもないが。奴隷だなんだとせめて人間族は人間族だけでやってほしいな。』
ロウは迷宮という閉ざされた空間で、二百年もの間不死竜ヒュドラとして生きてきたので、自分が人間であったという感覚は時間が過ぎる毎に希薄になり、迷宮に入ってきた人族を殺すことに迷いなどが無くなってしまっていた。
迷宮から脱出できた後は、久し振りにティノという人間と知り合い行動を共にすることで、しばらく忘れていた人の心が少しだけ戻ってきた感じになっている。もっとも、この国に来て奴隷という事象に関わり、以前より人間族が嫌いにはなっているのだが。
「ロウ。私が魔素凝縮石取ってくる。」
『おそらくそれも無理だな。魔素凝縮石は人族には見分けられんと思うぞ。』
「・・・だったら一緒に来て。」
『キョウさんや、君たち勇者様は我を殺すためにあの国で召喚されたのだぞ。そんな敵みたいな我と行動を共にするとは之如何。』
「・・・え?」
『え?男の勇者様は君の仲間だろう?』
ロウは迷宮最奥にいた自分を殺しに来たと言っていたのがが異界から来た勇者様だったので、自分を倒すことがソシラン王国の目的なのだと思っていた。だからこそ表立って行動せず、地上では常に固有能力【変化】を使い正体を誤魔化してきたのだ。
それからロウは自分が迷宮から脱出した経緯をキョウに教えて、勇者召還の目的が迷宮主の討伐なのだと思っていた事を告げる。この前は余裕で勝ったが、勇者様もいずれ力を付けて再び自分を殺しに現れるだろうと確信しているのだとも・・・。
そしてその話を聞いたキョウは、ロウでも一瞬身構えるほどの殺気を纏わせてただひと言、呟いた。
「あの馬鹿餓鬼。」
『・・・』(怖えぇ!!狐の姉さんよりマジ怖えっす!)
ひと言毒を吐いて落ち着いたのか、キョウは自分たちが勇者として召喚された理由や召喚されてからどのように過ごしてきたかなど、ポツリポツリと話し始めた。
ロウは自分が討伐対象ではなかった事に一先ず安堵したが、この世界で魔獣の大氾濫が起るとなると、九頭竜という姿では自分はきっと討伐される側になるのだろうと思い、その時は浮遊島に逃げて、しばらく隠れていようと密かに決意する。
「私を召喚したソシラン王国にも非正規奴隷が沢山いた。酷い扱いを受けている人も。魔獣の大氾濫よりそっちの方が問題。」
『そ、そうなのか?』
「氾濫が起こっても先に死ぬのは結局弱い者達。力の強さじゃなく、ね。」
『だから家出したのか。』
「国や世界を救う位の力があるなら、まず人として扱われず苦しんでいる人ためにその力を使いたい。」
『まぁ君達なら一国をも簡単に滅ぼす力を持っているから、可能であろうな。』
「でも一人じゃ出来ない事もある。だからロウ、一緒に来て。」
キョウは立ち上がりロウの前に来て頭を下げる。彼女のその姿には一途さが滲み出ていた。彼女もまたこの世界に無理矢理召喚されてから、文化の違いに戸惑いながらも自分を見失わず生きてきたのだ。もちろん信用できる人も相談できる人もいなかっただろう。
ロウは召喚というより転生した訳だが、迷宮の奥で閉じ込められ自分の状況に気が付いてから数年はこの世の神全てを呪っていたのに比べ、キョウはなんと出来た人間なのだろうか。
ロウはそんな事を考えながら、目の前にあるキョウの黒髪をジッと見つめていた。
◆
キョウとロウが顔を合わせてから二日後、フレンギースを加えた二人と一匹はファーレン王国にある三つの迷宮のうちの一つ【緑壁迷宮】の町ウィングルに来ていた。
王都シルファードからこの町に来るにはエルフの移動距離で五日はかかってしまうのだが、ロウがドラゴンの成体に変化し、二人を背に乗せて飛んできたので半日もかかっていない。飛行中、キョウはまるで子供の様に目を輝かせてはしゃぎ、フレンギースはずっと目を瞑ってキョウにしがみ付いていた。
この町には滅多に来ない人間族の女と小ドラゴンを見て、入口を守る戦士が怪しんで尋問を受けたが、フレンギースが女王から預かった国内通行許可証を提示すと、手のひらを返すように丁重に扱われ無事町に入る事ができた。
この町の迷宮は一般的によくみられる洞窟型ではなく、切立つ渓谷と同化した深さ200mの階層状になっている縦穴的な迷宮で、地上から入って最底部に迷宮創造主がいるという変わった迷宮になっている。
しかもこの迷宮、一階層から四階層までは森と同化した平面的な形となっており、このエリアにいる魔獣はトレントーやウォッドマーズといった樹魔が多く、これを倒せば良質な木材と砕いて土に混ぜれば作物の成長促進になる核が採れるので、エルフ族にとっては恵みの迷宮となっている。
一行がここに来たのは、もちろんこの迷宮を攻略するために来たわけでも、この迷宮から魔素凝縮石を取り出しに来たわけではない。迷宮創造主であるロウが他に迷宮入る事ができるのか、再び出てくることは可能なのかを確かめるためである。
迷宮の出入口には中の魔獣がでられないよう人族が結界を張っているうえ、迷宮の仕組みとして階層主が自分のテリトリーから出られないよう強力な結界がある。
ロウが怨嗟の迷宮から出てきた時は、自分の部屋の結界を男勇者様が破壊し、出入口部は自らが破壊して出てきた。途中の階層ごとの結界はロウには反応しなかったので、入口の結界さえ何とかすればロウも迷宮内へ入る事ができるのだ。最悪出られなくなった場合、怨嗟の迷宮の様に出入口を破壊すれば良い。
結局ロウはキョウと共に他国の迷宮に行って魔素凝縮石を取り出すことを了承したのだった。
ロウは人間として生きた時間より、迷宮の神獣として寧ろ人間と敵対してきた時間の方が長いので、人族を助けてと言われてもそこまで積極的にはなれなかった。だが、ファーレンで初めて見た非正規奴隷達の現状は、二百年の間に人間としての心が薄くなったロウが贔屓目で見ても、彼女たちに同情を禁じ得ない酷い状態だったのだ。
また、あんな状態の者がまだ沢山いると言った時のキョウは、一見冷静で落ち着いているように見えるが、何とか地獄の淵にいる者達を助けたいという思いと、一人の力では限界があるという焦燥あまり余裕がない様子だった。
そこへ自分を助けてくれるかもしれない助っ人が現れたのだ。何を対価にしてでも力を貸してもらおうと必死に頭を下げたのは当然の成り行きであったのだ。
(何となくティノと出会った時と似ているな。)
人族の事にあまり干渉したくないロウは、最初は断ろうと考えていたのだが、一瞬ティノの事を考えてしまってからはもう駄目だった。人族の問題に立ち入るとか干渉するとかの問題ではなく、困っている「仲間」を助けなければと考えてしまうのだ。
「意外だった。」
『何がだ。』
「ロウがお願いを聞いてくれたこと。」
『我も驚いているよ。何で受けてしまったのか・・・。』
「ロウは優しいね。」
『人族の敵、厄災の不死竜である我に向かって言う言葉とは思えんな。それと随分と我に対して親しげではないか、勇者様よ。友達になったわけではないぞ。』
「いや、もうなった。私とロウは友達。」
『・・・』
それからは常にキョウのペースだった。
不本意ながらロウはキョウの言われるままに働かされ、首輪の形状変化術式を阻害する媒体作りやキョウの武器や防具の新調までやらされたのだ。キョウの短い単語だけの様な会話でよくロウを動かせるな、とフレンギース辺りは妙に感心していたが。
特に大変だったのは、キョウの装備だった。キョウの持っていた武器がお粗末だったのでついつい我に作らせれば、などと口走ってしまい、あとは済し崩し的にキョウの厳しい注文を受けて武器を作る羽目になったのだ。
武 器:精霊の風剣【両刃短剣】:風属性魔法増幅、
ヒュドラの鱗の刀【刀】:自己修復、破壊不可能、闇属性魔法増幅
防 具:黒鱗の半鎧【ヒュドラの鱗】:物理魔法攻撃抵抗大(胸当、キュートレット、ガントレット)
闇の勇者様は固有能力【神刀技】というものを持っており、前世でも剣道と居合いをやっていたと聞いたので刀を作ってみたのだ。
もちろん今の身体で鍛造など出来ないので、素材であるロウの鱗を【錬成】で極限まで圧縮した後に、【創造】によって削り出した一品だ。地金の部分にはキョウの持つ属性である水、風、闇の魔法陣と反対側には母体強化と修復の魔法陣を刻んである。
また、鎧の方は鱗を可能な限り薄く圧縮し、重力軽減の魔法陣と物理魔法耐性の魔法陣を刻んだものだ。裏側には以前レミダの街にいる時に討伐で手に入れた白ヒヒの毛皮を緩衝材として貼り付けている。全身真っ黒になってしまったが、本人も喜んでいるし闇の勇者なのだから問題ないだろう。
真黒の刀はキョウが甚く気に入って、何度も”型”を繰り返しては体に馴染むよう鍛錬していた。その姿を見たロウは、厄介な人間に強力な武器を渡してしまったと背中に冷や汗を流して後悔するのであった。
さて迷宮の入口。
巨大な木が二本並んで立ち、お互いの枝が絡み合って大きなゲートの様になっている。この入口以外は木の枝やトゲ蔓が絡み合って、まるで厚い壁のように外世界と迷宮を隔てている。
迷宮の入口に施された結界魔法は人族には反応しない仕様で、千年前から運命神ルードを祀るルード教会に伝わる魔法である。新しい迷宮が生まれるとルード神の信託によって場所が指定され、ルード教の司祭が現地まで赴きこの結界を張るのである。
そういう経緯で迷宮を持つ国には必ずルード教の教会があり、多少の寄付と引き換えに定期的に迷宮結界を管理して貰っているのだ。
このルード教はメサイナ神教に次ぐ信者数を持っているが、布教活動は積極的に行わず、寺子屋や孤児院の経営、奉仕医療といった慈善事業活動を主活動としている。また、ルード教の司祭以上は殆どが【鑑定】能力をもっており、個人能力を鑑定してそれを教えてくれるので、貴族や教育機関から少なくない活動資金を与えられている。
また、ルード教の専売である『魔獣除け』なる魔道具は護衛を雇えない個人商人や旅人、迷宮に入る冒険者が野営する時に、ある程度は近寄ってくるのを防いでくれるもので、これもある種の結界魔法の応用なのだろう。
もちろん広範囲に街を覆う程の巨大な結界は作ることは出来ず、迷宮の結界も出入口だけのものとなっているのだ。
ロウは小ドラゴンの姿で結界の前に立ち、迷宮に入る際に結界が反応するのかを試すため、背中から触手を出してソロソロと結界まで伸ばしていく。すると触手はほんの少し押し戻されるような感覚はあったが、すんなり迷宮内部に入る事ができた。つまり人族以外でも入ることは可能、という事である。
ロウでも迷宮に入る事ができると分かった一行は躊躇せず中に入っていく。ロウがこの迷宮を検証に選んだのは浅層が地上にあるためで、結界から出る事ができなければ空を飛んで脱出すれば良いとラフレシア女王から助言を受けたからである。
『魔獣除けの効果以外問題ないな。奥に入ろうか。』
「おっけい。」
「了解した。殿は任せてほしい。」
今更人間の姿の戻るのが面倒なロウは、小ドラゴンのままフレンギースに向かって飛んで行き、頭の上に着地するとそのまま寝そべって丸くなった。
突然の事に驚いたフレンギースだが、それほど重さも感じず視界も遮らずピタリと収まった小ドラゴンが自分の頭に乗っていることに嬉しくなり、頬を赤らめてニヤニヤしている。
「・・・ちょっと待って。ロウがフレンと一緒なら私だけが前衛じゃない。」
『がんばれ勇者様。』
「な、中々良いものだ。頭がしっくりくるというか・・・」
「ロウ、後で私の頭の上。」
『・・・了解した。』
◆
二人と一匹は速足で森の迷宮を歩いていく。時々遭遇する魔獣はキョウが一刀で両断して倒してしまうので、後衛にいるフレンギースとロウは正直何もすることが無い。
それにしても驚くべきはキョウの剣技である。刀を得てからというものキョウの動きは別物に変化したかのようで、戦闘中でも鞘から刀身が出たところを見る事ができないほどの、文字通り眼にも止らぬ速さの抜き打ちを放っている。
一階層から三階層は、各階層主の部屋も含めてエリア全体が地表型のためか、途中で魔素凝縮石を見つけることは出来なかった。
第四階層以降は岩壁にある洞穴が繋がる形になっており、幾つかの横穴を経て渓谷の底に向って降りていく迷宮となる。薄い霧が立ちこめる中、岩壁に張り付いた幅3m程の坂を慎重に下りていくと、最初の横穴の入口でロウが突然皆止るようにと指示を出す。
ロウはフレンギースの頭から下りると岩壁の前で静止して岩壁を見ているが、その壁にはよく見ないと分らないような膨らみがあり、ロウはそれを土魔法を使って切り取っていく。やがてロウが触手を使って取り出した直径50cm程の岩塊は、見た目は普通の岩と全く変わらないものだったが、ロウが魔力を込めると表面に虹色のグラデーションが浮かびあがった。
『これが魔素凝縮石だ。』
ロウは虹色に輝く不思議な石をキョウとフレンギースに向けて差し出した。




