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13.勇者

厄災の不死竜ヒュドラと異界から召喚された闇の勇者キョウ。

初めて出会った二人の間にあるのは静寂と緊張だった。それは非常に不安定なもので、お互いが次の行動を誤るととんでもない事態が発生してしまうという事を本能が教えていた。


一瞬止まりかけた時が、テキパキと周囲の者に指示を出す女王の声で再び動き出す。特殊な金属首輪を付けられた女は解放できたが、まだ他にも隷属の首輪を付けられた者がいるのだ。馬車の中で蹲っている影は四つ、全員女性であるがエルフ族が二人だけで後の二人は人間族と兎人族のようである。

この四人に装着させられた首輪は従来品と同じ革製で、すでに水魔法による伸縮阻害措置が施されており、急を要する事態ではない。


前回のときと同じように彼女たちの目には生気が無い。馬車から降ろされる時も王宮内に運び込まれる時も、周りの者にされるがままになっていた。

今は男姿であるロウは、前回の反省から女達に近付くことは無く、その様子を離れた場所で見ているだけである。フレンギースは彼女たちの受け入れ準備のため、王宮内に駆け戻って行った。

一人になったロウは黒髪の少女を観察する。


まだ若い女である。

身長は高いほうか。前世と同じ180㎝に設定したロウより少し低いくらいで、スラリと伸びた手足が長く全体的にスリムな印象だ。肩下まで伸びた茶色の髪は染料で染めているだけなのか、すでに上半分は艶のある漆黒に変わっている。

瞳は黒、この世界で一般的と言われる瞳のが鳶色か青色なので、彼女の瞳の色は非常に珍しく、一部の宗教では邪神の目の色と同じという事で忌み嫌われる瞳でもあった。

だがこの黒髪黒目であることが、彼女が「日本人」であることを証明している。体付きこそ日本人離れしたスレンダーな体型なのだが、ロウと同じ時代に生きた人ではないかもしれないので判断材料にはならないだろう。

他人に冷たい印象を与える娘である。表情が無い、というかうまく隠しているのか。


何か武道の経験でもあるのか身のこなしは良い。身体は常に剣を抜ける方向に向け、利き足であろう右足は少し下げたままだ。つまりロウを警戒し、ロウと女王の間に何時でも剣を抜いて割り込んで来れる体勢なのだ。

一方彼女もラフレシア女王と話しながら、時折その黒い瞳でロウを観察するようにジッと見ている。元よりロウはこの国にやって来てから【隠蔽】の能力は使っておらず、それなりの鑑定能力があればロウの能力は丸見えのはずである。


二人の間にある緊張に気付いたのか気付かないのか、ラフレシア女王がキョウを連れてロウの元にやってきた。


「ロウちゃん!紹介するわね~。この子はキョウちゃん。とっても強い勇者さんなのよ。キョウちゃん、この人・・・まぁ後で説明するわ。ロウよ、連れてきた娘達を助けてくれるのよ~。」

『お初にお目にかかる。我はロウだ。』

「・・・ロウ。あなた・・・何者?」


人間族には慣れない念話を使っているにも拘らず、キョウは挨拶もそこそこにロウの正体について切り込んできた。

ロウは内心ビクビクしている。あの固有能力を使っていきなり斬りかかられたりしたら無事では済まないし、とっても痛いに違いない。ロウはそんな恐怖心を必死に隠して、出来るだけ冷静に答える。


『見た通りそのままだよ、勇者殿。もっとも肩書き通りの仕事はしていないがな。』

「この国をどうする気?」

『質問が多いな。そんな風に一つ一つ答えていたら日が暮れるぞ。』

「キョウちゃん!ロウの事はちゃんと説明するから!だいぶ疲れてるのでしょ?お部屋でお休みなさい、直ぐ準備させるわね~。」


緊迫した二人の様子を見てラフレシア女王が執り成し、女従に命じてキョウを王宮内に案内させる。

キョウの瞳には若干の戸惑いが見て取れるが、ニコニコと微笑みながら手を振り、ロウと共にその場に残った女王を見て溜息をつくと、そのまま背を向けて王宮の方へと歩いて行った。

ロウは盛大に息を吐き出した。


「驚いた?キョウちゃん勇者なのよ~。色々あって今はこの国にいるけど。」

『異界人だな。ソシラン王国だったか、あの国が召喚した者が何でここに居るのだろうか?』

「え?ロウはなぜそのことを知っているの?!勇者召喚を行ったことについてソシラン王国はひた隠しにしているのに。」

『ああ、我を迷宮から解放してくれたのが、あの娘の片割れだったもう一人の勇者様だ。雰囲気は全く違うがな。』

「ええ!そ、そんな偶然って・・・ロウって本当にいろいろあったのね~。話を聞いた限りだけど、もう一人の勇者さんは・・・大変だったのでしょう?」


ロウをダンジョンから解放してくれた男の勇者様は、いかにも勇者風自意識過剰的な印象があったのだが、女の勇者様は冷静で落ち着いた印象でまるで正反対である。だが、二人が召喚された目的はおそらく同じであろうし、それは不死竜ヒュドラの討伐なのだから、ロウの正体を知った今戦いになるのは必至だろう。


(まぁ、成るようになるだろう。いざとなれば浮遊島に逃げればよい。)


そんな風に考えて、ロウも王宮の中に入っていく。今は女達を隷属の首輪から解放することの方が先なのである。



ソシラン王国に召喚されたのは十八歳のとき、一年も前だったか。

上杉響 都内の大学に通う所謂女子大生だった。


響の家は母親と二人の母子家庭だが、それなりに著名な作家である母の収入で生活が困るようなこともなく、時折バイトで小遣い稼ぎをする程度の普通の家庭だ。

特にやりたい科目が大学にあるでもなく、将来の目標を決めているでもなく、周りの子たちと同じように普通に大学に通っていた。サークル活動などはしていないが、子供の頃から通っていた剣道場には週二日は必ず顔を出している。


響が今の様に無表情になったのは、小学生の時に受けたいじめが原因だ。

成長途中の子供達は何にでも興味を示し、ある意味一番無邪気で残酷であり、母子家庭という特殊な環境にいる響は格好の餌食となったのだ。母の書いている本の内容が、若干過激な表現を含んでいたことも要因の一つである。

何処にでもある話だが、理不尽で陰湿ないじめは幼い心に厚い壁を作り、あまり感情を表さない無口な少女を作り上げてしまったのである。


それから彼女は自己主張を止め、教室の片隅に居るかいないか誰も気が付かない存在となる。勉強も運動も成績を”中位”になるよう調整して目立たないようにし、クラブ活動や学校行事にも不参加を決め込んだ。

中学に上がっていじめはなくなったが、彼女の壁が崩れることは無く、普段の生活も陰口や暴力が無くなっただけで何も変わることは無く過ぎて行った。彼女は空気となった。

高校に入学してからは、さすがに多少の社交性は出すようになったが、特に学校での生活は何も変わることなく、唯一続けていた剣道を黙々と続けること、図書館に通い様々な本を読むこと、それだけが彼女の生活全てだった。


響の特異性はふたつあり、一つは子供の頃から続けていた剣道で、響が通う道場では師範も含めて響に敵う者はいない。類稀な動体視力で相手の剣を見切り、躱しいなして相手の隙を作り致命打を与えていく、そんな戦い方だった。

もう一つは驚異的な記憶力である。誰かに教わった事、本で読んだことを記憶の引き出しに整理し、必要に応じて取り出すのである。その情報量が膨大でさらに正確なのだ。もっとも本人にその自覚は無く、そういえばこんなだったな、位にしか感じていないのだが。


響に異変が起こったのは大学からの帰り道、最寄駅近くの交差点で信号待ちをしているときに、接触事故を起こした車が響のいる歩道に突っ込んできたのである。

その時のことははっきりと覚えている。

スローモーションの様にゆっくりと自分に向かってくる白い車。でも体は動かない。やがて自分の太腿のあたりに衝突すると、自分は前のめりで顔面から車のボンネットに向かって倒れ込んだ。あとは車の上を転がって地面に叩きつけられる様をまるで他人事のように観察していた。

なぜか痛みは感じず、自分の意思で動かせない身体がもどかしかった。うつ伏せに倒れている自分の目の前が真っ赤に染まっていく。ああ、これは自分の血なんだな、と思ったと同時に別の光が視界を覆い、その瞬間響の意識は途絶えてしまった。


そして次に響の意識が覚醒した時、大理石の様に磨き上げられた白い石の床に素っ裸で倒れていたのである。

周囲には剣を携え鉄の鎧を着た男女と、フードつきのコートを着た怪しい者達が円形に取り巻いていた。意識が戻ってすぐに体が動くことを確認した響は、片膝立ちで起き上がりいつでも応戦できる体制をとる。木刀は持っていないが道場での掛かり稽古を受ける要領だった。

裸でいることが恥ずかしいとは思わない。この圧倒的不利な状況で相手を倒せるかどうか、それしか考えていなかった。


「一同反転!!後ろを向けい!!」


凛としたよく通る女性の声が響くと、そこにいた者全員が慌てて回れ右をして背中を見せる。響が声のした方を向くと、背の高い金髪の女戦士が一歩前に出て立っている姿があった。

複雑な紋様が入った白と青の全身鎧が良く似合っている。誰もが振り向くような美人であるが、艶のある髪をかき分けるようにして突出した両耳が特徴的だった。


「・・・エルフ?」


響は膨大な知識の引き出しの中からその言葉を取り出した。地球では空想上の生物、または妖精とされ、ヨーロッパ神話や日本の特異分野の小説に出てくる種族だ。

図書館で読んだ本の記録でしかない情報だが、それがなぜ自分の目の前にいるのか、その理由は分からないが、少なくとも彼女が号令をかけてくれたお陰で裸の状態を人前で晒すことを止めることは出来たようだ。

エルフの女は響に向かって歩いてくると、自分で羽織っていた金の刺繍の入ったマントを脱ぎ、響の目前で跪いてマントを差し出しながら言った。


「救世の勇者様!ソシラン王国の呼びかけお応え頂き感謝申し上げます!私は王国近衛騎士団団長ファリアナ・エルローデ、ご無礼を致しました、先ずはこれをお使い下さい。」

「・・・ありがとう。」


響は素直にマント受け取って身に着け、頭を下げたまま跪くファリアナに取りあえず礼を言う。

改めて辺りを見渡すと、今いる場所の異様性が見えてくる。白壁の建物は巨大な教会かヨーロッパにある神殿の遺跡か、そんな建物で、円形のこの部屋には窓は無く、天井に明かり取りの穴が空いているだけだった。それでも明るいのは壁に掛けられた不思議な形をした電灯だった。

周囲を囲む人達も髪の色が金髪銀髪、赤、青と様々で顔立ちも目鼻立ちがはっきりしていて、とても日本人には見えない容姿をしている。しかもこの場にいる殆どの人間が帯剣、または槍などを持ち武装しているのだ。

そして、自分の足元にうつ伏せになっている男は一人。こちらは黒髪の日本人だろう。息はしているので死んでいる訳ではない。気絶しているのか寝ているのか。


(日本じゃない。外国?いや・・・時代が違う?)


気持ちに余裕が無い状態を表に出さないよう冷静に務めて、今だ頭を下げたままのファリアナに訊ねる。


「この場所、私がここにいる理由、説明を求む。」


響の低く押し殺したような声に、ファリアナの肩がビクンと揺れる。周りを囲む人達からも息を呑む気配が感じられた。おそらく響が怒っているとでも思ったのだろう。その場の空気が緊張して張り詰めていく。


「お、お怒りなのは承知している!ですがお心を静めて聞いて頂きたい!」

「わかったから。説明を。」

「は・・・はい、ここはソシラン王国の王都ダガリスクです。救世の勇者様には召喚の儀によってこの世界に来て頂きました。召喚した理由は・・・この国の、この世界の危機を救って頂きたい、魔獣の大氾濫から救って頂きたいからです。」

「・・・」


ファリアナは響に訊ねられた順番通りに返答した。

つまり逆から読めば、魔獣の大氾濫が起こってこの世界に危機が訪れているから、響のいた世界からこの世界のソシラン王国王都ダガリスクに召喚の儀式で呼び寄せた、というに事になる。


異世界召喚。

響はそんなファンタジー的な小説もあったな、とぼんやりと考えながら、少しでも多くの情報を得ようと再び周りを見渡した。

何所に続いているか分からない扉が二つ、手が届かない高い位置にある窓が一つ。この部屋の中にいるのは武器のようなを持った人間か八人、丸腰?は四人。気分が悪そうに座り込んだ杖持ちが十人、跪いたエルフが一人、足元で寝ている男は一人。

自分は裸、何故か車に轢かれた時の傷は無い。ならば・・・。


「何か着る物を此処に。できれば男性は退出してほしいのですが。」

「っ!重ねてご無礼を!誰か勇者様の衣類を持て!それと近衛以外男は退出せよ!召喚士達で歩けぬものは介助してやれ!」


ファリアナが矢次に指示を出して、一気に人々が動き出す。そして響が今の動きで新たに得た情報が、出口は右側の扉、蹲っている者達は召喚士で戦闘員ではない、そしてこの場には男が少なく、女の方が多いがその動きを見ると決して侮れないという事だった。

何れにせよ、徒手空拳で服もなければ逃げることも出来ない。そう考えて響はその場で静かに佇んでいた。

やがてまだ寝ている男の分と自分用の衣服が運ばれてきたが、どうやら騎士団の制服らしく着方が分からない。響は目の前でひっくり返したりして悩んでいたが、見かねたファリアナが着方を教えてくれた。


なんとかサイズ違いの衣服を着用し体裁を整えた頃、横で寝ていた男が軽く呻いてようやく目を醒ました。


「なんだ!お前ら!え?え?何で裸・・・?うわ!ちょっと何なんだよ!何で俺だけ裸なんだ!」

「救世の勇者様、どうぞ心をお平らに。ソシラン王国の呼びかけお応え頂き感謝申し上げます。私は王国近衛騎士団団長ファリアナ・エルローデと申します。」

「が、外人?!え?日本語話してる・・・、ちょっ、見ないでよ!俺の服をどこにやったんだ!返せよ!」


男の混乱がなかなか収まらない。だいぶ感情的になっているのか、股間を隠しながら立ち上がり、ファリアナに食ってかからんばかりの勢いだ。


「こちらに用意がございます。一旦下がりますゆえお召ください。」


ファリアナは落ち着いて男からの口撃を躱すと、響を庇うようにして後ろに下がり、入れ替わるように男性騎士が衣類を持って近寄り、男に着方を教えて話を逸らした。美女の代りに屈強な男が傍に来たため男の勢いが一旦萎み、ブツブツ呟きながら服を着始める。

服を着て幾分落ち着いた男の様子を見て、改めてファリアナから今の状況と日本人二人がここにいる理由、そして城に国王陛下が待機しているので同道して欲しいと願い出る。男の方、嶋野 真は、ここが異世界だと知ると先程とは別の意味で興奮状態になり、ニヤニヤにながらステータスだのスキルだの独り言を呟き始め、響の方は相変わらず無言であった。


(とにかくこの世界の事、どういう世界なのを知らなければ動けない。)


響は心の内で考えていることを、表情を無くすことで隠し、騎士団に守られながら王様がいるという城への道を歩いて行った。



召喚の日から六十日余りが過ぎ、二人はこの世界の情勢、生活習慣、流通など一般常識を着々と身に付け、日々様々な戦闘訓練に明け暮れている。

軍の兵士や騎士団との模擬戦がメインであるが、様々な武器を使ったり、組手のみの訓練だったりとその内容は厳しいもので実戦経験のない二人は初めの頃こそ戸惑っていたが、今ではその訓練にも慣れ、騎士団とも対等以上の戦いが出来ていた。


召喚された二人は光の勇者シンと闇の勇者キョウ。光と闇は相反する属性だが、この世界において光=正義、闇=悪といった観念は無く、単に個人の持つ魔法適性が評されるだけである。

勇者シンはその属性と同じように明るく、周囲の目を引き付ける人間で、未経験であった剣術も卒なくこなし、魔法の習得も早くめきめきと腕を上げて行った。さらに、彼は異世界に関して相当な知識を持っており、この世界の一般常識にもすぐに吸収し、こちらの生活にすぐに溶け込んでいった。当然、明るく物分かりの良いシンは人気者で、貴族の子女や城で働く女達から熱い視線を向けられている。

一方、闇の勇者キョウはまったく感情を表に出さず、必要以上の事は喋らない。

訓練においても派手な動きはなく、必要最低限の力しか出していないので、兵士たちからの評価は二分している。ただ、腕の立つ者はキョウの技量を見抜き、戦っても絶対敵わないという事が本能で分っていたので、キョウの訓練のためというより自分たちが彼女に師事しているようなものだった。


この世界に召喚されて以来、キョウは以前にもまして無口になっている。

意に沿わず勇者という肩書を背負わされたキョウは、自分のちょっとした発言であってもこの国の人間にとって最優先事項と同等の命令になってしまう危険を知ってしまったのだ。

例えば、与えられたベッドが柔らかすぎてあまり眠れず、床に毛布を敷いて寝たところ、そのベッドを卸した業者は出入り禁止となり、キョウ付きのメイドさんは交代させられた。また、ある日訓練中に剣が折れ、自分に合う剣が無いのだと軽く相手の騎士に話したら、王都中の武器屋が集められ、数え切れない数の剣が目の前に並べられてしまった。


ただ、無口になった最大の理由は同じ日本人のシンにあった。

彼は日本にいた時にもその甘いマスクと引き込むような話術で、周囲の誰からも好かれるリーダー的存在であったらしく、キョウにも頻りに話しかけてくる。いや、美辞麗句を並べて口説いてくる。おそらく城にいるメイドや女騎士にも同じように接しているフシがあるが、勇者という肩書から別格視され上手くいったという話は聞かない。

ただ、女好きなら与えれば良いと、この国の宰相が娼婦を夜な夜な通わせるよう手配したなどと噂されていた。その上でキョウを口説いてくるのだから、この男は相当な女たらしなのかもしれない。

そんな訳でキョウはシンに対して無愛想無口無関心の「三無い」を貫いている、という訳だ。


そして最近のキョウは戦闘訓練よりも城の蔵書室や城外の図書館に行って本を読み漁る日の方が多い。

一応二人にはぞれぞれに別の座学の教師が付くのだが、自国を美化した言い回しや他国について正確な情報が無いなど、キョウにとって満足のいく内容では無かったのだ。

そんな風に情報を集めてくるとこの世界の様々な問題が見えてくる。

魔獣という人族の天敵が存在すること、人間族の人口が多いゆえの他種族への差別問題、国家間の侵略戦争、食料の自給率の悪さ、奴隷制度など、現代日本の教育水準では考えられない事象ばかりだ。

特に、キョウ達を召喚した最大の原因である魔獣の大氾濫に関してはこの国を含めた三国連合で事に当たると聞いているが、他国についてはそれぞれが対応を考えているので助勢はしないというから、小国や少数民族の集落は如何するのだ、と問い詰めてみたくなる。全世界規模の災害ではないのかと。


しかし、目下キョウの意識は種族差別と奴隷制度というものにある。

切っ掛けは王都の街を散策していた時だ。いつの間にか華やかな表通りを離れてしまい裏通りの一角に入り込んだキョウは、大荷物を持った15~16歳くらいの獣人族の少女とぶつかってしまった。

荷物を落として倒れ込んだ少女は声を上げるでも痛がる素振りをするでもなく、膝から血を流しながら黙々と荷物を片付け始めたのだが、キョウの呼びかけにも答えず、無表情に作業を続けるのだった。

そして、キョウは彼女に何の変哲もない首輪が付けられている事に気付く。同道した女騎士に訊ねると、彼女は奴隷の身分だという説明を受けたのだ。


キョウの胸の内に黒い炎が灯った。

非正規奴隷の所持は犯罪である。ちゃんとした取締機関もあるのだが、一般論的に奴隷=犯罪者のような見方が根強くあるため、闇奴隷商人の摘発に力を入れる者は少ないのである。

奴隷の主人と思える冒険者風の男がその場から逃げようとしたのでこれを拘束して尋問すると、この少女は闇奴隷商人から買った違法である非正規奴隷だというではないか。しかもこの首輪を外すにはその奴隷商人が使う隷属魔法が必要になるという事だった。

それを聞いたキョウの行動は早かった。冒険者の男に多少痛い思いをさせて闇奴隷商人の居場所を吐かせ、キョウと従者の女騎士、男と奴隷の少女を連れてそのまま乗り込んで行ったのである。


闇奴隷商人という者達は独自の情報網を持ち、騎士団や憲兵の手入れの情報を事前に掴み、摘発に乗り出す頃には場所を変えるという巧妙な手口で憲兵らを煙に巻いていたのだが、キョウの迅速な行動は流石に予測出来ないもので、あっという間にアジトが壊滅、闇奴隷商人と用心棒7人が拘束され、囚われていた女4人が救出されたのである。

キョウは捕えた奴隷商に同じ闇奴隷商人を売れば罪を軽減してやると口約束をし、その日のうちに王都にいた闇奴隷商人3人と関係者25人を拘束、男女合わせて10人の奴隷を助け出したのである。

さらにその足で冒険者組合まで乗り込み、国家権力の特権を使って組合支部長と面談を要求し、冒険者が非正規奴隷を持っていた事実を告げ、管理不行き届きを理由に厳重に取り締まるよう要求したのだ。その結果、こちらでも不法所持の冒険者2名を摘発。奴隷2名を解放したのである。

ここまでの作業がたった一日の間に行われ、勇者直々の裁きにそれまで非正規奴隷摘発が仕事だった憲兵は、職務怠慢を罰せられるのではと恐れ戦き、その後、遮二無二アジトの摘発と王都を脱出しようとした闇奴隷商人と非正規奴隷の捕縛を行ったため、王都での非正規奴隷はゼロとなったのである。


闇の勇者の行動に王宮はおろか、王都全体が震撼した。

その迅速を極めた行動力はともかく、闇奴隷商人の用心棒たちとの争いで勇者としての戦闘力を存分に発揮したのである。まず、死者は一人もいなかったという事は言っておこう。しかし、闇奴隷商人の摘発時にその場に一緒にいた者で五体満足なものは一人もいなかったのだ。

キョウは相手を殺しはしなかったが、骨を折って行動不能にしたり、足や腕を切り飛ばしたり、目や耳や局部といった身体の一部が斬り飛ばされた者までいたのである。人を傷つけることに何の迷いも見せないその姿を見た人々は恐怖した。

当然、この国の貴族でも非正規奴隷を一人二人持っている者もいる。コレクションと称し複数人を囲っている者までいたのだが、そういった噂や捕えた闇奴隷商人の供述をもとに調べ上げ、キョウは直接貴族達の屋敷まで行って奴隷達の解放を求め、白を切る者は強引に白状させた。その行為に対する批判や苦情は噴出したが、非制奴隷を禁ずる法を作った国王に言えと突っぱねて、貴族と言えど全く容赦しなかった。

王宮では光の勇者シンの社交性もあって、どうしてもキョウの方には注目は集まらず、中には勇者の資質を疑う者までいたのだが今回の事で形を潜め、元々キョウに好意を寄せていた女性騎士や城のメイドたちは拍手喝采したのである。


「闇の勇者を怒らせるな。さもなくば己の未来は漆黒の闇に沈む。」


王都ダガリスクの裏社会で囁かれた噂。これがやがて王国全体に広がり、ソシラン王国にいる闇奴隷商人と非正規奴隷は極端にその数を減らしたのであった。


そんな事件があってから、キョウはこの世界の諸悪の根源が人間族の種族差別であると結論付ける。人族とは人間族、獣人族、魔人族の三種に加え、エルフ、ドワーフなど妖精族の五種族を加えた総称なのだが、人間族が全体の四割を占めるため少数種族を差別している傾向がある。人間族至上を唱える宗教国家も存在するほどだ。

ソシラン王国は人族の王が統治する国家で、種族差別を禁じて積極的に少数種族を受け入れ、優秀な人材は国政中枢にも登用しているが、そのような混成国家は少なく結局、人間族、獣人族、魔人族、妖精族それぞれが単一種族国家を形成しているのだ。


人族の天敵として魔獣し、魔獣から自国を護ることが最重要課題となっている世界で稀に起こる戦争とは、人間族同士の領土争いか人間族による他種族領への侵略が殆どであることを見ても、人間族の差別意識に問題があることは明らかだ。

そして人間族が犯罪者への懲罰として奴隷制度を作り、従魔の契約魔法を応用した隷属魔法を作ったために非正規奴隷などが生まれる結果となったのだ。


奴隷だった獣人族の少女の、感情の無い虚ろな目がキョウの脳裏に焼き付いている。


(人としての尊厳を踏み躙るなど許せない。)


キョウはこの国を出てソシラン王国の様な人間族主導の国ではなく、少数種族の国も見てみようと心に決めた。人間族は彼らの目にどのように映っているのか、それを知る必要がある。


(もし自分に一国を救うほどの力があるのならば、この世界から奴隷制度を根絶させることが出来るかもしれない。)


その後、しばらくの間ソシラン王国で知識と戦う技術を身に付けたキョウは、ソシラン王国の王城から誰にも知られる事なく姿を消したのである。


ソシラン王国を出たキョウはまずノガバン連邦国に入り、中小国が集合してできたこの国で、国家間にあった格差や種族の違い等の問題をどのようにして克服したのかを知ろうとした。

連邦に入ると適当な町で冒険者登録を行い、身分証明書を手に入れる。キョウという名はソシラン王国でも知られていたので、取りあえず名字のウエスギを名前として登録し、晴れて見習い冒険者となった。それから町を移る毎に依頼を四つ五つこなしていき、4つ目の町で見習いを卒業して青のビギナーとなる。

連邦の町を渡り歩いていると、やはりここでも種族差別は見え隠れし、ソシラン王国にいた頃よりもはるかに多い闇奴隷商人や非正規奴隷が目につくようになった。


連邦でも非正規奴隷の摘発は行われていたため、キョウはこの国で自分が表に出ることなく、秘密裏に闇奴隷商人を数人潰し、二十数人の非正規奴隷を解放したのだが、奴隷の買主が全員人間族であったことから、人間族の差別意識を排除しなければ非正規奴隷は無くならないのだと改めて確信する。

そして、囚われていた奴隷たちの中にエルフ族の女がいて、体力が戻ったら自国へ戻るという事だったので彼女に付いて妖精族の国へとやってきたのである。


同胞を救ってくれたからと妖精族の王ラフレシア女王にも目通りする事ができ、一振りの宝剣を賜る事になった。その折り、妖精族の国には同胞の救出部隊が存在することを知ったキョウは、ソシランで召還された勇者であることを王に正直に話して、今自分が行っている非正規奴隷の解放に手を貸してほしいと願ったのである。たった一人での戦いは限界があったからだ。

ラフレシア女王にその申し出を断る理由は無い。異界から来た勇者が高い能力を持っていることは知っていたし、口数が少ないが問題の根本は人間族の他種族への差別意識だと言ってくるその真摯な態度に好感を持ったからだ。


そのまま攫われた者を救出する精鋭部隊の一員となり、各地を廻って囚われたエルフ族や獣人族の奴隷達を助け出した。そして何度目かの遠征からファーレンに帰った時に、彼女の前に懐かしき日本人の姿をした者が現れたのだ。

彼はとても人間族とは思えない速さで移動し、隷属魔法が施された首輪をいとも簡単に外してみせたのだ。思わず【鑑定】能力を使って男を見て驚愕する。


名 前:ロウ(不死竜ヒュドラ)

種 族:神獣(呼ばれし者)

能 力:迷宮創造主 異なる世界を創る者


(神獣?迷宮創造主だと?!何故この国に紛れ込んできたの?!)


キョウはラフレシア女王のすぐ傍にいる黒髪の男を、何時でも斬る事ができるよう足位置をずらして腰の剣に手をかけた。


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