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10.人攫

この世界の妖精族とは森の民エルフ族、月の民ダークエルフ、鉄の民ドワーフ、土の民ノーム、風の民フェイの五種族を指し、ドワーフ族を除き、他の人族種とは一線を引いて独自文化を継承して生活しているという。


ファーレン王国は妖精族、その中でもエルフ族とダークエルフ族、ノーム族を主体とした、混成国家である。

大陸の東側に位置するこの国は、東側をエストリヌ山脈、北側を『魔境』の渓谷と接している広大なエルサード大森林の中にあり、自然に守られた巨大な要塞と言っても過言ではない。

エルサード大森林は数十メートルに達する巨大な樹木が群生し、この地に住まう自然精霊達に守られ、緑に覆われた自然豊かな世界は他族の侵攻を数千年にわたって防いできた。


現代のエルフ族は一昔前とは違って排他的な生活を送っているという訳ではなく、必要に応じて他国と貿易したり、文化交流すら行うように変化してきている。

ただし、彼らの国に他人種が住むのは稀である。森と共に生きる彼らの生活は、何より自然が優先されるので、必要以上に土木設備や農地などの文明開発を行わず、他の人族では中々馴染めない生活様式をずっと継承しているからだ。


しかしながら、決して“貧しい〝という訳ではなく、必要な道具や設備には品質が良いものを使っている。

エルフ族の作るシルツ糸はきめ細やかな光沢のある細糸で、高級服を作るのに欠かせない物なのだが、原料はエルフ族が管理する森でしか採れず、精霊魔法による処理も必要な事からファーレン王国の専売になっている。それ故シルツ糸は国家に莫大な利益をもたらしているのである。

その他、皮革製品の製造 各種薬草栽培など人種的な能力優位性を生かして、他種族では作れないものを輸出し、外貨を獲得していた。


また、ファーレン王国は『軍』を持たない国家で、その代り国民一人ひとりが屈強な戦士であるという。

他を圧倒する剛力はないが、各々が優れた身体能力と種族特有の精霊魔法を使う戦士なのだ。火、水、土、風の四属精霊と契約し、強力な属性魔法を使うのだ。さらに修練を積んだ者になると、高位の光の精霊ルクスや闇の精霊オリバーンと契約する強者もいた。

さらに妖精族は長年にわたって人馬族や牛頭族といった一部の妖魔族とも共存関係にあり、妖魔族は妖精族に足りない剛の部分を担う兵としてこの森に住むことを許されているのだ。


そんな古の国ファーレン王国から人間族の村を訪れていた妖精族の一行が、予想もしなかった事態に直面していた。


ここはブリアニナ王国の国境付近にある、エルフのファーレン王国に一番近いといわれる小さな村である。

この家屋が五十にも満たない人間族だけが住む小さな村のあちらこちらから火の手が上がっている。何らかの戦闘が行われているのは明らかで、村の外れ、街道に向かう道の方向からは、人の怒声や剣戟の音が聞こえてきた。


そこでは武装した人族の一団と、この村の住民と思われる村人の間で戦闘が行われている。さらに村人側には五人のエルフ族の男女が加わっていた。


武装した集団は二十人程で数人が大きな麻袋を背負っており、その男の周囲を固める陣形で街道に向け逃走していた。

麻袋の中にはこの村の子供が二人と、偶々仲間五人と共にこの村に行商に来ていたエルフ族の女が一人囚われている。この武装集団は所謂ハンターと呼ばれる者達で、地方の村に行っては女子供を攫い闇奴隷商人に売りつける、奴隷狩りと称するならず者の集団であった。


この世界で奴隷と呼ばれるものは、何らかの罪を犯して人としての権利を剥奪された犯罪奴隷だけである。彼らは国直轄の奴隷商組合で管理され、無給の労働を対価に犯した罪を償うのである。

犯罪奴隷は、罪の重さによって国営鉱山で生涯働く鉱山奴隷、数年間にわたって国営農場で働く農耕奴隷、金銭と引き換えに軍や闘技場、または冒険者たちに供される戦闘奴隷に分けられ、年季が空けるまで無給で働かされる。

もちろん主となった者は、奴隷の衣食住は与える義務があり、暴力や性交の強要などは奴隷使用法で禁じられ、従わない者は自らが奴隷落ちとなるのだ。


しかしどの世界にも裏側があり、数は少ないが非正規の奴隷というのも存在するのだ。

奴隷商組合を通さす闇マーケットで取引される奴隷の殆どは、盗賊や闇奴隷商人に攫われた者、身近な者に騙された者、借金のカタに売られた者達だ。その殆どが過酷な環境下での強制労働か愛玩道具、または生体実験試料として扱われており、人としての尊厳さえ奪われ、生涯奴隷から解放される事なく、必要が無くなれば転売されるか殺されるしか道はない。


もちろん各国とも闇奴隷商人の摘発に動いており、摘発された者は売手買手に拘らず即刻死罪となるので、非正規奴隷を持つ者は周到に準備し秘匿するか、それなりの世渡りで見逃してもらっている。


エルフ族は総じて目麗しい者が多く、しかも長寿であるため、その美貌を長く保つ奴隷ともなれは相当高値で取引されるのだ。

尤も、エルフ族の非正規奴隷は殆どいないといってよい。エルフ族の奴隷がいると知られてしまえば、その主となっていた者の命はない。ファーレン王国全土から集められた精鋭部隊と噂されている暗殺集団が同胞を救いに現れ、奴隷を所有していた者は一族ごと皆殺しにされるのである。


奴隷狩り集団は以前から目を付けていたこの村に獲物を求めてやって来て、そこに偶々居合わせたエルフ族の女を捕まえる機会に恵まれ、村の子供共々攫って逃走したのである。

しかし、捕えられた女が自分と契約している自然精霊の使い魔を間一髪で飛ばし、知らせを受けた一緒に村に来ていた仲間が全員で盗賊達を追跡し戦闘になったのである。



麗かな陽の光が降り注ぐ穏やかな昼下がり、九頭の不死竜ヒュドラこと元迷宮創造主ロウは、珍しく人化した状態で街道沿いに鎮座する巨石の上に座っていた。

人化状態のロウは限りなく前世の姿に近い黒髪色白の青年で、一見ひょろっとして頼りない印象であるが、その体は合気道で徹底的に鍛えた頃を模しており、芯の通った姿勢の良い風貌だった。


ロウは半月余り、塒である浮遊島で怠惰に過ごしたのだが、ふと街の屋台の串焼きが食べたいと思ったら頭の中がそのことでいっぱいになり、再び下界へ降りてきたのだ。

さすがに大暴れしたソシラン王国の街に行くのはヤバそうだったので、『魔境』の上空を飛んで一旦大陸の東側に廻り、はるか遠方だがそれなりに大きな街を見つけたので、街へと続いていると思われる街道沿いの森へ一旦降り立った。


街に入るには身分を保証するものがいる。前回はティノの従魔として小ドラゴンの格好に変化して過ごしていたのだが、そうそう従魔連れの人族がいるとは思えなかったので、今回は無難に人化した状態で街に入ってみることにしたのだ。

問題があるとすれは、いくら人族と姿形を同じにしても声帯だけは変える事が出来ない、というよりロウの前世の記憶でも声帯の構造そのものを知らなかったので、声を出せない状態であることだ。


街道を通る人族の誰かに旅人を装って近付き、街に入るための保証人にでもなってもらおうと待っているのだが、そう都合よく出会う人族がいない。この辺りをゆっくり歩きながらかれこれ二日ほど張り込んでいるのだが通る馬車もなく、魔獣すら顔を出さない寂れた場所であった。

それもそのはず、ロウは街道を歩いて移動しているのだが、実は上空から見た街とは反対の方向に歩いていたのである。このまま行けば国境がありその先は深い森があるだけである。ただ串焼きの事だけを考えているロウは、そのことに気が付いていなかった。


そして街道をうろつき始めて三日目、全く人に出会えず前出の岩の上で溜息をついていたのである。


(ここまで人がいないとはな・・・)


ロウにとってこの世界の人口密度の基準が活気あるレミダの街だったので、数日間誰とも出会わなかったこの街道沿いに本当に人が住んでいるのか、そもそもこの世界の人口では、これが当たり前の事なのではないかと不安になってしまった。


そんな不安を胸にしばらく座り込んでいると遥か東の方から走ってくる馬車があることに気が付く。ようやく人と出会ったと、喜び勇んで向こうから走ってくる二台の馬車の前に立ち、止まってくれるよう大きく両手を振って待っていた。

ところが、よく見てみると近付いてくる馬車は相当な速度を出しており、荷台の幌は所々破れ、後方の馬車には戦闘でもあったのか矢が数本刺さっているのが確認できる。


馬車を曳いて走っていた馬は、目の前を塞いだロウの放つ異質な魔力を敏感に察したのか、御者の制止も聞かず道の真ん中で急停車し、そのまま走ってきた方向へ戻るように後ずさりし始めてしまった。

そんな馬を必死に宥めて落ち着かせてから、御者台に乗っていた男三人が降りてきて、歩きながらロウに向かって罵声を浴びせてくる。


「てめぇ!そこをどけ!道の真ん中で何やってんだ!」


そう言われても言葉を出す事が出来ないロウは、いきなり念話を使うのも何なので、懐から紙を取り出して文字を書き、一緒に街まで乗せてくれるようにお願いする。


「この糞ったれが!!つまらねぇ事で俺らを足止めしやがって!!ぶっ殺してやる!」


そういうと男は腰の剣を抜き、いきなり斜め上から切りつけてきたのだ。

突然の事に驚きつつも、難なくこの攻撃を躱したロウは、さらに飛び込んできた男の肩をいなして身体の位置を入れ替えると、足をかけて地面に転がした。遂には他の二人も戦闘に参加してきて二度三度と繰り返し剣で攻撃されることになった。


なぜ攻撃されるのか訳分らずも、黙って斬られるわけにもいかない。ロウは丸腰だったので、【体術】を使って相手の攻撃を躱しながら殴りや蹴りであっさりと三人を叩きのめし、戦闘不能にしてしまったのだが、少々力の加減を間違ってしまったようだ。

道の真ん中で呻いている男達を見て、やっちまったと天を仰いで反省していると、一台目の馬車やその後ろに続く馬車の中から武装した男女がわらわらと湧いて出てきた。彼らの荒んだ表情や、幌が敗れた馬車、まるで戦闘でもしてきたような状態にをみて、漸くロウはこの一団は盗賊達ではないかという事に思い至る。


(よりによって盗賊の馬車を止めてしまうとは・・・ついていないな。)


下りてきた盗賊の数は十五人。早々手加減は出来ないなと、叩きのめした三人から剣を奪って盗賊達と対峙した。

こうなってしまってはもう乱戦である。たった一人のロウに向かって次々と剣が振り下ろさせるが、ロウはこれを弾き、躱し、時に相手を斬り付けながら一人ずつ戦闘不能にしていく。ロウは人化した状態で戦うのは初めてだし、そもそも剣の心得があるわけではない。何とか能力の【体術】を使って凌いでいるが、はっきり言って劣勢なのは否めなかった。

ところが、ふと視界の隅で誰かの血飛沫が上がったのが見えた。そちらに目を向けるとシャドウアサシンが影から這い出してきて、群がる盗賊達を鮮やかな手並みで撫で切っていた。主の危機と思い、戦闘に介入してきたのだろう。


(しまった。こいつの存在を忘れていた・・・)


シャドウアサシンは固有能力【影渡り】を使い、神出鬼没に盗賊たちの背後に現れ、驚いて振り向いたところで喉笛を欠き切っている。なんでも一刀のもとに致命傷を与え、悲鳴も上げられぬよう絶命させるのが暗殺者の美学なんだとか。


(ま、まぁ、どうせ盗賊だし碌な奴らじゃないに決まっている。うん、我は見なかった事にしよう。)


ロウが現実逃避している間に、シャドウアサシンは次々と盗賊を仕留めていき、殆どの盗賊を殺戮してしまうと、主の危機は去ったとばかりに再びロウの影に沈んでいく。僅か数分の戦闘で、そこに残ったのは一際性能の良さげな防具類を身に着けた、この一団の首領と思わしき大男のみだった。

首領の男はシャドウアサシンに両手首の腱を斬られたうえ、太腿に自分の持っていたと思われる短剣を突き刺さされていた。


(あいつ、何でこの男だけを生かしておいたんだろうか?)


シャドウアサシンの行動を疑問に思っていると、一台目の馬車の中から人族の発する魔力の流れを感知する。まだ残っている仲間がいるのか。

全く動けない盗賊はそのままにしておいて、警戒しながら馬車の後ろに回り込み中を覗くと、そこには猛獣を入れるような檻があり、中には裸に剥かれた二人の子供とエルフ族の女が囚われていた。

何処からか買われてきたか、攫われてきたか。首にはこの三人が奴隷であることを示す「隷属の首輪」が装着されている。


外の戦闘の気配を感じてか、檻の中にいる子供は極限まで怯え、エルフの女にしがみ付いて震えている。対してエルフの女は親の仇でも見つけたように、ロウに対して激しい憎しみを込めた視線を向けていた。


前世の記憶を持つロウは、この奴隷制度について犯罪抑止の必要悪とある程度認めつつも心の中では嫌悪している。これが非正規奴隷を生み出す輩ともなれはロウにとって唾棄すべきモノ以外の何物でもなく、激しい怒りが込み上げてくる。

厄介な事になったと思いつつ、ロウは念話を使ってエルフの女に語り掛けた。


『娘、成り行きでお前たちを助けることになった。怪我はないか?』


エルフの女は突然頭の中に響いてきた声に周囲を見渡すような素振りを見せた後、これは念話だと気付いて戸惑いの表情を浮かべ、ロウを見上げた。

自然界の精霊と契約しているエルフにとって、【念話】というものは精霊と意思疎通するためごく普通に使っている能力である。しかしながら、ロウの発する念話は精霊のそれとは違い、どこか異質な、力強いものだった。


『・・・怪我は無いのかと聞いている。』

「け、怪我はしていない。で、できれば何か着るものをくれないか?このままではちょっと具合が悪い。」


素っ裸の女はほんの少しだけ恥じらいの表情を浮かべ、とにかく今一番欲しい物を要求してきた。

首輪を取り付けられた時に、最初に首領が命じたのが服を全て脱げというモノであった。恥辱に震え、ニヤニヤ卑げた笑いを浮かべる男たちの前で脱いだ服は、走っている途中で馬車の外に捨てられ今は無い。


『貴様ら、この女達に悪さなどしておらんだろうな・・・』

「し、してねぇ!手も出してねぇ!!エルフの初物だったら十倍どころか言い値で高値が付くんだ。大事な商品に手を出すわけがねぇよ!」


ロウは首領を睨み付けると、シャドウアサシンが殺した盗賊の女の元に行き、来ている物を全て剥ぎ取る。多少血が付いているが何も着ていないよりはマシだろう。鉄格子越しに女に服を与え、子供たちには馬車の幌を割き、袋状にして首と腕抜き穴をあけた簡単な服を作ってやる


『女たちの隷属の首輪を外せ。』

「あ、い、いや、ダメだ。俺じゃ外せねぇんだよ。隷属魔法を使う奴はあんたの仲間が殺っちまったんだ。へっへっへっ、俺を生かして街まで連れていかなきゃ女どもの首輪は外せねぇぞ。」

『・・・』

「うちの取引先は特殊な魔法を使ってるんだ。そこの奴でなきゃその首輪ははずせねぇ。俺を殺せばその場所が分からないだろ?」

『それもそうだな・・・。』


首領の答えに、エルフの顔が再び曇った。隷属の首輪を付けられた時点で諦めてはいたが、闇奴隷商人の隷属の首輪は特殊な魔法が掛けられており、主の命令で奴隷の首を絞めつけてくる。また、隷属の首輪を無理矢理外そうとすると急速に縮小し始め、放置しておくと首と胴が離れることになるのだ。

この魔法の発動媒体は奴隷商人が持っており、例え逃げ出して遠くに行った奴隷でも絞め殺す事が出来るのという。


ロウが女たちを助けようとしている事を察してか、首領はニヤニヤ卑げた笑いを浮かべながら自分の利用価値をアピールしてくる。

だが、そのニヤけた顔がすぐに凍りついた。ロウから凄まじい殺気が膨れ上がり、首領に剣を向けてきたのである。


「ま、まて!!本当だぞ!!首輪を外せねぇとその女、一生奴隷だぞ!?」

『外す方法はある。我が望むのはこの世界から少しでもお前の様な下種が減ることである。』

「ひっ!や、やめ!ぎゃぁゴフッ!!」


ロウが横薙ぎに払った剣は首領の首元を正確に捉え、男の首と胴を切り離した。

首領が死ねば、奴隷となった女たちに命令する者はいない。ロウは女が自分を襲ってくる心配が無くなったので、檻に付いていた鎖錠を引き千切って外に出てくるように促した。

だが、女は動かない。首領が死んだことで隷属の首輪を外す望みを完全に断たれてしまい、絶望に打ちひしがれている。そんな様子を見てロウは溜息をつき、少し優しげな口調に変えて女に話しかけた。


『心配するな。我は隷属解除の魔法を使える。出てきてくれればちゃんと外してやるぞ。』

「え?う、うそ・・・」

『この状況で嘘などつかぬわ。早く出てきてくれ。』


女達はヨロヨロと檻から這い出して馬車の外に降りてきて、恐る恐るロウの方に近付いてきた。


ロウは隷属の首輪がどのような物か知っている。以前、ロウのいた迷宮に押し入ってきた勇者様御一行の中にも奴隷にされた男女がいて、取りあえず可哀そうだったので首輪を外してやったことがあるからだ。

あの時は契約者である勇者様は近くにいたのだが、今回のように魔法が契約者から離れても効力を持つ場合、大抵何かの媒体に術式もしくは魔法陣が施されているはずである。ロウはまず特殊能力【鑑定】を使って隷属の首輪を見ると、革製の首輪に特定命令術式が、黒色のプレートに持主特定と精神支配の魔法陣が描かれていた。


ロウは先に子供たちの首輪を外そうとして手を伸ばすと、エルフの女が子供たちの腕を引き、自分の背中に庇って自らの首を伸ばしてきた。その目は何かの覚悟を決めたように真剣にロウを見つめている。隷属解除の魔法が確実な物なのか、まず自分で試せという事なのだろう。

そんな女の様子にロウは苦笑すると、指先に隷属解除の魔法陣を出現させて軽く首輪とプレートに触れる。すると首輪に仕込まれていた術式と魔法陣が一瞬光り、光が弱まると同時に消えていく。するとそれまで見えなかった継ぎ目が現れて二つに分断し、首輪が外れて地面に落ちた。

続けて二人の子供にも同じ処置をし、三人は無事奴隷から解放されたのである。


驚愕して目を見開く女。訳分らずポカンとした表情をする子供たち。ロウは子供たちの頭に手を乗せて、良かったなとナデナデしている。


『さて、娘。この近くに街は無いか?道に迷ってしまったのだ。』

「え?は?」

『だから、道に迷ったのだ。街はどっちなのだ?』

「あ、ああ・・・このまま真直ぐいけばブリアニナ王国の町カレンドがあるはずだ。途中分岐を右に行けばレフォルトス帝国の方角にいくのだが・・・どちらにせよ、馬車で五日はかかるかな。」

『そうか、どうやら反対の方向に歩いていたようだな・・・』


ガックリと肩を落とし、項垂れるロウ。この三日間は何だったのか。無駄に過ごしてしまった時間を思い、もういっその事人化を止めて飛んで行ってしまおうかと本気で考えていた。

一方、再起動した女の方は、隷属魔法を簡単に打ち消すロウが高位の魔法使いなのではと思い始めていた。そしてこの男なら、今ファーレンで抱えているある問題も解決できるのではないだろうか、と。


「あ、あの・・・すまない、まだ礼も言っていなかった。あの奴隷狩り達から助けてくれてありがとう。私はファーレン王国のフレンギースといいます。この子たちはこの先にあるザンデル村の人間族の姉弟です。」

『ん、そうか。災難であったな。我はロウだ。』

「ロ、ロウさん。あなたはどうしてこんな所に?特に旅をしているような格好にも見えないのだが・・・。」

『ああ、串焼きが・・・、いや、久しぶりに街で買い物でもしようと塒から出てきたのだ。』

「こんな所に、ですか?」

『こんな所に、だよ。』


何とも間抜けな会話だが、フレンギースはどんな問いにも真面目に答えてくれるロウに好感をもつ。そして意を決して姿勢を正し、ロウに頭を下げて願いをぶつけてみた。


「ロウさんにお願いがある。隷属の首輪を外して貰いたい人達がいるのです。いや、その隷属解除の魔法を我々に教えてくれないだろうか。そのためにもこれから我が国に来てい貰えないだろうか。」

『え?』

「我が国に隷属の首輪を付けられて苦しんでいる人達がいるんだ。首輪の扼殺効果は我々の精霊魔法で抑えてはいるが、いつまでも続けられることじゃない。ロウさん、お願いします、彼女らを救って下さい!」

『まだこんな首輪を付けられた人がいるのか?』

「いる。お礼は必ずします。私にできることは何でもする。だからお願い!助けて・・・。」


フレンギースは必死に頭を下げ、ロウに願う。固く閉じられた瞼の奥から涙が流れ一粒二粒地面に落ちて行った。

あまり人族と接点を持ちたくないロウは、内心厄介な事になったと思いながらどうすべきか考えている。断れば良いし、そうすることは簡単なのだが、何故だかカンカンに怒ったティノの顔が浮かんでくるのだ。

それに今のロウはすぐにでも解決しなければならない問題、欲望を抱えている。


『・・・串焼き四十本だ。』

「え?」

『串焼き四十本くれるなら教えてやろう。』

「・・・その、何かの冗談なのだろうか?」

『諄いぞ。たとえ妖精族の国だろうが串焼きぐらいはあるのだろう?それを四十本で手を打ってやると言っているのだ。さっさと出発する準備をしろ。それと我の事は呼び捨てでよい。我もそうするでな。』

「は、はい!ありがとう・・・ありがとうございます!」


一瞬呆けたが、ロウの返事の意味を理解し、フレンギースは弾けるような笑顔を見せる。

ロウ達は倒した盗賊から装備品や持ち物を全て剥ぎ取り、馬車に積み込んでいく。粗方片付くとロウの土魔法で大穴を掘って死体を全て埋め、ザンデル村の方角へ戻っていった。



馬車を二頭立てにして来た道を戻り、陽が山の頂に半分ほど隠れて周辺に闇が迫って来ていた頃、ロウ達はようやく子供達の村ザンデル村へと到着した。

村に入ると盗賊の馬車が戻ってきたと勘違いした村人が矢を射かけてきたが、フレンギースが子供を連れ戻したことを告げ、ロウが馬車から二人を降ろすと、兄妹の両親が飛び出してきて二人を抱きかかえた。

心配と後悔で暗澹たる思いだった両親も、親に抱きしめられようやく恐怖と不安から解放された二人も大声で泣きじゃくっている。


一方フレンギースの仲間達は盗賊を取り逃がしてしまった後、彼女が囚われたことを早く国に知らせるため、自らの怪我も治さずそのまま国に戻ったとの事だった。

この村から一番近い妖精族の街まで、エルフ族の移動速度でも三日はかかる。


フレンギースは精霊の使い魔を呼び出して、自分はすでに解放されて無事でいること、これから国境の町スイレーベに人族の魔法士を一人連れて行くことを伝言すると、すでに暗くなった空へと放つ。

そして、ロウ達はいくら森の民エルフ族が同道しても夜中にエルサード森林を歩くのは危険だという事で、この夜は村に泊まり、明日の夜明けを待って妖精族の国に向けて発つことにしたのである。


ロウとフレンギースはこの村の村長宅に泊めてもらえることになり、村人達からお礼にと頂いた食材で作った田舎料理を振る舞われたのち、広くはないが掃除が行き届いた一室を充てがわれることになった。

二人だけとなり、何となく気まずい雰囲気の中、フレンギースは会話の糸口を探ってか当たり障りのない質問を投げかけてくる。


「あなたはどこの国の出身なんですか?」

『ん?出身といわれてもな・・・。最初に行ったのはレミダという街だったが・・・。それと我はロウだ。』

「は、はい。たしか西の国で三国統治している学術都市だったかな。大きな学校がるとか聞いているけど、随分遠くから旅してきたのだね。」


そんな事などどうでもいいロウは、少しでも隷属の首輪について情報を得ようと話をぶった切ってフレンギースに訊ねた。


『まぁ、大した距離ではないがな。ところで隷属の首輪が付けられているのは何人いるのだ?』

「あ、ああ、ファーレン王がいるシルファードという街で八人が治療を受けているはず。精霊魔法で結界を作って首輪への命令を阻害しているのだが、何人かはすでに首に傷が付く位まで締め付けられていると聞いている。いまは交代で魔法を掛け続けて首輪の変形を抑えているだけの状態なんだ。」

『どうやって抑えているのだ?』

「首輪に水を浸み込ませて水魔法で外側へ膨張させている、のだが・・・。ずっと魔法を掛け続けなければならないから交代でやってるんだが、長い者はもう三年にもなる。」


話を聞いてロウは内心舌打ちする。人を死への恐怖で支配する道具など全くとんでもない物を作った物だと。同じ魔道具を見たら片端から破壊してやろうと本気で考えていた。

ロウには五眷属とキマイラ、シャドウアサシンといった仲間がいるが、こちらから人族と敵対すること以外は基本的に何をやっても良いと自由にさせている。強制的に従わせているのでも、配下にした心算もない。シャドウアサシンだけは何かおかしな行動をしているのだが。


『三年か。長いな。』

「人間族の魔法は複雑すぎて、我々エルフでは解明できなかった。それにあなたの様な、ロ、ロウの様な高位の魔法士も付き合いはなかったし。」

『ふむ、妖精族はやはり他種族との交わりを拒絶しているのか?』

「いや!他国と交流も貿易もしているし、冒険者として国外に出て活動している者も大勢いる。皆が国に引き籠っている訳ではありません!」

『ああ、済まぬな。レミダの街中ではエルフ族はあまり見かけなかったのでな。』


夜も更けてきて、二人の会話が自然と少なくなってくる。

考えてみればフレンギースは人間族の男達に囚われ怖い思いをしたのだから、この狭い部屋に男の姿をしたロウといるのも相当ストレスになっている筈なのだ。それに気が付いたロウは徐に寝具から這い出て部屋の扉に向かう。


『ちと外に出てくる。』

「え?は、はぁ・・・」


唐突に部屋を出て行くロウを、用を足しにでもいったのだろうと特に気にせず、同じ部屋に男がいる緊張から解放されたフレンギースの瞼は途端に重くなってしまう。


(寝ちゃだめだ・・・起きていないと・・・)


必死の抵抗も空しく、彼女の意識は深い闇の中に沈んでいくのであった。


翌朝、まだ暗い内に目が覚めたフレンギースは、隣の寝具にロウがいない事にすぐに気が付いた。寝具に手を当てても暖かみはなく冷え切っている。一瞬、逃げ出してしまったかと慌てたが、ここからいなくなる理由は何も無いはずだと思い直し、自分も身支度を整えて家の外に出てみる。

ロウの姿はすぐに見つかった。村長宅の前、村の広場にあるベンチに座っていたのだ。フレンギースが近付いていくとロウの黒髪が夜露で髪が濡れているのが目に入った。


「あ、あなたは・・・ロウはあれからずっと此処にいたのか?」

『ん?フレンギースか。我が隣に居ては緊張で眠れんだろう。ああ、気にするな。我はいつも外で寝ているのでな。』

「そ、そんな・・・。」

『さて、早々に此処を出るか。いろいろ手遅れになってもいかん。』

「は、はい。やはり馬車は置いていくことになるのだが・・・」

『構わぬ。積荷ごと村にくれてやれば良かろう。この村もこれから物入りになるであるしな。』


そういってロウは火事で焼けてしまった数件の建物に目をやった。

フレンギースが村長の家に戻り、これから出発することと馬車と積荷の権利を譲ることなどを伝え、代りに食料品を幾らか分けてもらい自分の魔法拡張鞄に入れていく。

盗賊達の荷から短剣数本と長剣を一本だけもらい、背中に背負えば準備は完了した。


やがて二人はまだ目が醒めぬ村を背に、深い深い森の中へ消えて行った。

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