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1.解放

それなりに険しい山中で、そこだけぽっかりと空いた平地に建つ古い遺跡を中心に、二十近くの露店と数軒の木造家屋、そして五十程の野営用簡易テントが並んでいた。

軍の駐屯地にしては国境のまでは遥かに遠く、山から見下ろす靄の先にはこの国の王都の明かりが薄らと確認できる。人間の集落にしては家や畑がなく、長閑な印象は微塵もなかった。


ここは冒険者たちの迷宮攻略村である。エリア型の迷宮やここの様な洞窟型の迷宮が発見された場合、真っ先に組合が設置して冒険者たちの迷宮攻略を幇助する。

迷宮内で倒した魔獣から採取される素材や、魔獣の生体機能の元となる魔核を買い取ったり、武器や防具、傷薬や魔力回復薬といった魔獣との戦いに必要な物を販売している。

国としても迷宮が放置され魔獣が溢れ出てくる『氾濫』は避けたいので、出来るだけ早く迷宮が攻略されるよう体制を整えるのだ。冒険者たちはこの攻略村を拠点にして迷宮に挑み、魔獣の素材や魔核、人型魔獣の持つ魔力の宿った武器や魔道具を手に入れ、組合に売却して金を得るのであった。


この洞窟型迷宮は五十年ほど前にソシラン王国の王都ダガリスク近く発見され、中層階から強力な魔獣が湧き出ること、時々発見される分岐の洞窟からは珍しい魔道具や強力な武器の類が輩出されることから上級冒険者の間で人気が高い。

しかも王都に近いだけあって、駆け出し者からようやく抜け出した若手の冒険者も、最初の腕試しとばかりに低層階から挑んでいるため、いつも冒険者の姿が絶えることがない迷宮だった。

良質な素材や魔獣の核、魔核が生み出される優良迷宮だがだが、これだけ多くの冒険者が集まれば当然迷宮の中で死亡する冒険者も他の迷宮に比べて多く、数多の冒険者たちの無念が籠った怨嗟の迷宮とも言われていた。

現在に至るまで踏破された階層は三十一層。三十二層に出現するゴーレム系魔獣の厚い防御を今だ突破できていない。

迷宮は迷宮創造主さえ倒してしまえばその階ごとに結界魔法を張ることができるため、魔獣の氾濫などを起こさない『安全な』迷宮となるのだが、このまま攻略が遅れれば深層階の魔獣が湧き上がってきて地上まで溢れ出てくる。冒険者組合としてもランクの高い者に指名依頼を出し、早急の迷宮攻略を目指していた。


そんな攻略村に、また新たな冒険者の一団が足を踏み入れた。

白銀の鎧をまとった黒髪黒瞳の剣士、全身が鋼のような筋肉で覆われた大斧使いの虎獣人、緋色のローブを着こみ宝玉を据えた杖を持つ魔法使い風の男、世界樹の枝をもった神官風の女と銀色に輝く弓を持ったエルフの女。

さらに王国軍の甲冑を着た兵士四人と、荷役に使われている奴隷と思しき男女が六人、十六人もの大集団である。


黒髪の剣士はソシラン王国の『勇者』である。

二年ほど前に異界から召喚された勇者シンは、これまで騎士団との模擬戦や魔獣との戦闘で訓練重ね、浅層迷宮程度なら攻略する程能力を高めてきた。この度は仲間と共に怨嗟の迷宮を攻略すべく、国と冒険者組合からの特級依頼でここにやってきたのだ。


名 前:シン・シマノ(♂17)

種 族:人族(異界人)

状 態:平常


生 命 力:12,000 魔力量:10,000

能  力:光の勇者

     聖剣士

 

固有能力:【聖剣技】【魔力回復上昇】

特殊能力:【火魔法】【風魔法】【光魔法】【身体強化魔法】

通常能力:【剣術】【体術】【騎乗術】【生活魔法】【威圧】【索敵】【鑑定】


武  器:聖剣ライドスピル【両手両刃剣】

     追加斬撃、火属性の攻撃力追加(魔力伝達時)、剛性上昇(魔力伝達時)


防  具:聖鎧レイヴォン【ミスリルハーフプレート】

     魔法攻撃抵抗中 強化魔法持続大 


冒険者たちは遠巻きに一行を眺め、小声で話し始める。


光の勇者。

二年も前に突然彼らの前に現れた彼は、冒険者として登録時から単騎でオークキングを倒したとか、三日で浅層迷宮を攻略したとか、何を取っても規格外であった。


異界から召喚されたと噂される少年は、冒険者ランクでは既に銀色とも金色とも言われるほどの実力を持っているという。因みに冒険者ランクとは七つのランクに分かれており、更に同じ色でも星の数で三ランクに格付けされている。


・黄の見習い

・青のビギナー

・赤のルーキー

・紫のセンター

・銀のエクスぺリア

・金のリミテッド

・白金のレジェンダリ


白金持ち星三位になると、この世界に四人しかいない。勿論、冒険者以外で白金と同程度の実力を持つという王様や騎士はいると言われているが。勇者は冒険者ランクこそまだ低いが、魔人族の王を倒すことができる唯一の技【聖剣技】という固有能力を持っていると言われていた。


「ここが怨嗟の迷宮か。」

「そうみたいね。こんな古代遺跡の地下が入口なんて珍しいわね。」

「どんな迷宮だろうが僕達なら余裕で攻略できるさ!いこうか。」



地下の巨大な空間。

岩肌の窪みにヒカリゴケが群生し薄らと明るい洞窟内で蠢く黒い物体がある。岩のようにゴツゴツとした鱗に覆われた漆黒の体。

全長は鋭く尖った尾の先端まで含めると80mにも及ぶ。背中にはすべて広げれば体長ほどにもなる蝙蝠の翼をもち、今は地に伏せて微睡んでいるのでよく見えないが、普段巨体を支えている足は体に比べて短く、翼も足も補助的な役割でしかない。

特筆すべきはこの生物の首の数、かの者には首が九本備わっている。伝説の神獣【ヒュドラ】であった。


ヒュドラ。別の名を不死竜ともいう。

首を切り落としても瞬く間に元に戻る驚異的な再生能力を持ち、頭ごとに種類の異なるブレスを吐くという厄災の神獣である。


ここはとある迷宮の最下層である五十層にある階層主の部屋である。最奥のこの場にいるヒュドラは所謂迷宮創造主、ラスボスであった。


名 前:‐‐‐(不死竜ヒュドラ)

種 族:神獣(呼ばれし者)

状 態:平常


 生 命 力:‐‐‐ 魔力量:∞

 能  力:迷宮創造主

      異なる世界を創る者


 固有能力:【創造】【再生】【古代魔法】【不可視】【邪眼】【変化】【吸収】【九頭の息吹】

特殊能力:【言語理解】【物理魔法耐性】【状態異常耐性】【障壁】【空間収納】【意識集中】【錬成】

通常能力:【威圧】【幻影】【魅了】【体術】【索敵】【隠蔽】



我に名前はない。

思いついたままの名前で名乗ろうとしたが、‐‐‐には何も現れてこなかった。おそらく自分以外の誰かに『名を貰う』必要があるのだろう。誰もいないこの空間で名前がなくて困ることはないので放置している。

この地下空間で目覚めてからどのくらいの時が経ったのか。太陽も月も、何も無いこの空間で時間という概念は存在し得ない。


元々は異世界で人間、そう日本人として生きていたはずだ。前世の記憶は一部曖昧だがちゃんと残っている。

前世で道を歩いているとき、歩道に乗り上げてきた車に轢かれそうになった恋人を庇って代りに轢かれた。そして強烈な痛みとともに意識を失って、再び目覚めたときはこの神獣の体でこの洞窟内にいたのである。


ここで目覚めた直後は自分の姿に恐慌を起こし、訳も分からず動き回ったため、迷宮全体が激しい揺れに襲われてしまい各階層で相当な被害と変質が発生したようだ。

まるでお伽噺の八岐大蛇。はっきり言って悪役ではないか。

しかし暫くして落ち着くと、我はすべてを受け入れていた。ファンタジー系アニメや小説など、昔は人並み程度には見たり読んだりはしていたので、自分の記憶の中で『異世界』『転生』などのキーワードが浮かび、その言葉を切っ掛けに状況を整理することができたのだ。

元の世界で死んで、別の世界で生まれ変わったのだ、と。


己の能力についてはよくもこれだけあるものだと呆れている。この世界にきてから長い年月の中で一通り試してみたが、どれも桁外れの性能でこの世界に敵なしではないかと思えるほどだ。


【創造】:迷宮創造主の固有能力

 武器、防具、魔道具、迷宮内の罠、配下となる魔獣・神獣などを創造する。


【再生】:固有能力

 欠損、破損した体を完全に再生する再生能力。


【古代魔法】:固有能力

 古代より神獣が使っていたと言われる魔法。魔法陣を介して発動させる。人族の間ではすでに失われた魔法。

 各属性魔法の他に空間、重力、治癒、隷属、幻影魔法がある。


【不可視】:固有能力

 空間に干渉して光の屈折を操作し、己の姿を視認出来ないようにする。


【邪眼】:固有能力

 森羅万象ありとあらゆるモノを解析し、知識情報として理解吸収する。

 虚実や幻影をも看破し、対象が生物であれば『呪い』を掛けることも可能。


【変化】:固有能力

 体を構成する魔素質量を変化させて神獣状態ヒュドラから他の生物形態に変形する。

 最大は原型と同等まで、最小は猫程度の大きさまでで、人化も可能。


【吸収】:固有能力

 触手を接触することで相手の生命力と魔力を吸収する。吸収した生命力と魔力は己のものに変換される。

相手が持っている能力も吸収(消滅)する事が出来るが、それを自分の能力とすることは出来ない。


【九頭の息吹】:固有能力

 九つの頭それぞれが吐き出すブレス攻撃。

 首一つにそれぞれ火、水、風、土、光、闇、毒、空間、石化の属性を持ち、その属性をもった強力なブレスを吐き出す。


さすがにこの階層主の部屋で本気のブレスを吐いたことはないが、それなりの火属性ブレスを壁に放ったら、岩肌が奥行き5m程まで溶解してしまった。もっともここは迷宮なので暫くしたら元に戻っていたが。因みに部屋の扉に向かってブレスを吐いたら、結界があるのか手前で弾かれてしまった。

そして【創造】の能力を使って迷宮内の罠や各階層主を創造した訳だが、迷宮を創造するということはこの世界で覚醒してから何となく判るというか、知識として自分の頭に記憶してあった。なぜ?と問われてもそういう知識が最初からあったのだから仕方がない。

ともかく四十五層以降の迷宮は凶悪で、四十七層のバフォメルなど高ランク冒険者が百人同時に挑んできても瞬殺してしまうだろう。


では何故我はこのように強力な階層主を配置したか?当然理由がある。それは人間が迷宮を攻略するに当たり、その成功の条件が二つあるからだ。


一つは迷宮創造主を倒して迷宮核を破壊する。

この場合、当該迷宮はすべての機能を失い、ただの洞窟へと戻る。もっとも野盗や魔獣の住処になってしまう可能性はあるが。


一つは迷宮創造主を倒して体内から魔核を採取し迷宮核に定着させる。

この場合、劣化版の迷宮となり魔獣は生み出すものの『氾濫』が起こるほどではなく、各階の階層主も再び出現するため繰り返し攻略ができるようになる。ただし創造主だけは再生されず、最下層には魔力を帯びた武器や道具類、希少鉱石のインゴットなどが出現するようになる。


よほど特殊な迷宮でない限り破棄される迷宮は少なく、攻略済み迷宮として存続され、迷宮核の機能が衰えるまで人間たちに数々の恩恵を与えることになるのだ。

だが、迷宮創造主だけは倒されれば二度と出現しない。一度倒されれば終わりなのである。

一度は人間として死んでしまったのだから、人外の姿に生まれ変わったとはいえ、再び誰かに殺さるというのは勘弁してもらいたい。

せっかく異世界で再生されたのだから、この世界の色々な所を見て廻りたいものだ。ここから出れるなら、だけど。


この世界の人間の最強がどれほどの強さなのかわからないが、これまで迷宮攻略に来た冒険者たちを見た限りでは人族に殺されることはないだろうと思う。銃や爆弾といった火薬系武器を持たず、剣と魔法で戦闘を行う人族は我の敵ではない。

しかし、勇者だの魔王だのがいて、万が一攻めて来たらどうなるか全くわからない。油断大敵である。


では、どうすれば良いのか。

冒険者たちに殺されないようにするには、己が強くなるまで迷宮に強力な魔獣を配置し、できるだけ時間を稼ぐことで回避するしかないだろう。


蟻の巣状に深くなったこの洞窟は50層構造である。

各階層の一番奥に巨大なドーム状の空間があり、ここに階層主と呼ばれる強力な魔獣を配置し、初めから自分の手元にあった四十九個の大きな魔素凝縮石を各階に設置して迷宮内を魔素で充たし、様々な魔獣を生み出すのだ。

迷宮建設の知識では、この魔素凝縮石を各階に一つずつ配置して早期に迷宮を完成させ、より多くの攻略者達を吸収させれば迷宮自体を大きくできるらしい。より大きく深い迷宮を創ることが目標であるようだ。

しかし、我は先ず入口を閉じて迷宮を隠した。創造中の迷宮を人間に発見されたり侵入されるのを避けるためである。

その上で、四十五層からの階層主の部屋に十個ずつ魔素凝縮石を置いて魔素濃度を急激に高め、十分な魔素が充満してから先に五体の階層主を創造したのだ。


四十五層が不死鳥フェニクス。白炎を纏った自己再生能力が高い巨大鳥だ。高熱の炎と鉄をも裂く鋭い鉤爪を持っている。

四十六層が妖狐の九尾銀狐。全ての属性魔法攻撃と幻惑魔法を得意とする。体術にも優れ、動きが素早く捉えることは難しい。

四十七層が悪魔王バフォメル。召喚魔法でアンデッドと蟲型魔獣を呼び出す。剣術に優れているうえ、破壊不能の黒盾を持っている。

四十八層が混沌竜のボーンドラゴン。混沌に飲み込まれ血肉を失い骨だけとなったエンシェントドラゴンで、魔法攻撃、物理攻撃とも相当高い抵抗能力を有す。

四十九層が白の双頭竜ハジリスク。氷結ブレスと石化ブレスを吐き、白銀の鱗は魔法攻撃の殆どをはね返すという神獣。魅了攻撃で敵を無力化する。


我ながら凶悪なモノを創ったと多少は反省している。

兎も角、この強力な配下五体が十分な魔力を蓄えるまで十個の魔素凝縮石を置いておき、魔力が充てんされてから各階層主の部屋に一つずつ凝縮石を配置した。これで各階の階層主は魔素が充ちれば自然発生するだろう。

そして階層主が生まれれば、その階層の一般魔獣達も自然に生み出される。凝魔石を各階に配置しておけば洞窟内が魔素で満たされ、魔獣が生きていけるようになるのだ。


迷宮の発見が遅れ、魔素が充満するための時間が長くなるほど、深い層になればなるほど強力な魔獣が出現するようになる。これらを創ったことで、最下層のここまで辿り着くまで相当の時間を稼げるはずであり、その時間で自分の能力を最大限で使いこなせるよう鍛錬するのだ。生き残るために。



この閉ざされた空間では目に見える範囲にあるのは岩壁だけなのだが、我の脳内には迷宮監視画面があるようで、どの階層にどんな人間が侵入し、どのような攻略をしているか理解できている。

第一層にいる人族の四人パーティは、まだ迷宮攻略に不慣れなのかビクビクしながらゆっくりと前に進んでいる。

第十二層の階層主と戦っているパーティは間もなく全滅して迷宮に飲まれてしまうだろう。

複数で挑んでくる者、単独で進んでくる者、男、女、種族年齢様々だが、その中でとあるパーティが滅茶苦茶な速さで攻略しているのに気が付いた。


すでに攻略された三十一層まで一気に下りてくるのは許容できるが、三十二層のゴーレム達も三十五層のケルベロスも難なく倒したとは余程優秀なパーティなのだろう。さすがに四十層以深は階層主で足止めされ、中々下に降りれない状況であったが。

ここまで来てそのパーティは暴挙に出た。本来なら階層主を倒さないと開かない扉を、階層主は倒さず周辺の岩盤ごと扉を破壊して降りてきているのだ。そう、四十三層のシャドウアサシン、四十四層のキマイラ、四十五層のフェニクス、四十六層の九尾銀狐、四十七層のバフォメル、四十八層のカオスドラゴン、四十九層のハジリスクを無視して、である。


やがて奴らは五十層の扉、いや扉ごと岩壁を破壊して我のいる階層主の部屋に侵入してきた。

白銀の鎧をまとった黒髪の剣士、全身が鋼のような筋肉で覆われた大斧使いの獣人戦士、緋色のローブを着こみ宝玉を据えた杖を持つ魔法使い風の男、世界樹の枝をもった神官風の女と銀色に輝く弓を持ったエルフの女だ。

いかにも勇者パーティといった姿立ちの五人は部屋に入るなり臨戦態勢を取り、ご丁寧に口上を述べ始める。昔のサムライが言う『やあやあ我こそは!』のアレである。


「ふう・・漸くたどり着いたか。雑魚どもにいちいち付き合っていては時間が勿体ないので近道させて貰ったぞ!ソシラン王国の光の勇者シンが貴様に引導を渡してやる!怨嗟の主ヒュドラよ!今日が貴様の命日だ!」


彼ら冒険者にとって自分は魔獣の類なのだから、当然返事を期待している訳ではないだろうが、全くご丁寧なことである。

それにしても勇者シンか。見たところ十六~十八程のの少年である。勇者と名乗るからには、この世界で最強、あるいは我と同じ異界からの召喚者であろう。自分のことを『勇者』というあたり、おそらく後者か。


大仰に剣を鞘から抜き、八双に構えるその姿は中々様になっており、日頃から其れなりに修練を積んでいるのが見て取れる。他の四人も自分の役割を理解しているのか、即座に戦闘態勢を整え、我に対し敵意を剥き出しにしてそれぞれの獲物を構える。


「首がたくさんあるだけのトカゲなどこの俺が瞬殺してやるよ。」

「大氾濫の魔獣の大軍と戦う前の景気付けだ。僕の火魔法で景気良く焼き滅ぼしてやろうか!」


周りの仲間も口々に口上を述べ、戦闘開始となった。

手始めは魔法使いの男の火魔法攻撃か。男が何らかの魔法詠唱を始め、迷宮内の魔素がゆっくりと収束し始める。やがて男の頭上に直径1m程の火球四つも出現し、それが我に向かって放たれた。


(お、遅い・・・)


此処に辿り着くまで少々ズルはあるものの、我に対する初めての挑戦者である。しかも勇者様御一行なのだから相当な攻撃力を警戒していたのだが、魔法発動までの詠唱の長さ、火球の発現から大きくなるまでの時間、向かってくる速度、どれをとっても遅いのだ。

しかもこれだけ時間をかけて出来た火球が直径1mである。それに対し我の体は測ったことはないが80mは優にある訳で、大人にピンポン玉を投げつけるようなものだ。

これまで行われた三十層までの迷宮攻略で、人間の力はこんな程度のものだと理解はしていたのだが、実際に目の前でこの惨状を見てしまうと、人間に殺される事に怯え、強力な配下を創りだし、十分な準備が整うまでと引き籠って無駄にした百年余りが如何に虚しいものであったのかと改めて後悔させられる。

勿論、そんな心中の悲しみを表に出すことなく、寄ってきた火球は『触手』で叩き落してやったが。

この『触手』は我の背から生えている十本の『疑似腕』だ。直径は30cm程で魔力を通すことで自由に動かせるので、細かい作業では大変重宝している。言うなれば人間の十本の指の様なモノだ。


唖然とする魔法使いと獣人戦士。

そんな二人を余所に、勇者シンが何かの詠唱すると全身が白い光に包まれる。黄金に輝く剣を抜き、こちらは結構な速度で間合いを詰めてきて、我の体にその剣で撫で斬ろうと横一文字に薙ぎ払った。

キイィィィン!! と高い金属音が響き、勇者の剣が我の鱗に弾かれる。余りの硬さに一瞬勇者の顔が歪むも、触手の攻撃を上手く躱しながら再び懐に入ってきて、今度は3本目の首の根元に剣を突き入れてきた。

してやったりと勇者様の口角が上がるが、剣の半分も刺し込んだにも拘らず血の一滴も出ないし苦しむ様子もない我をみて、訝しげな顔で一度剣を抜いて再び突き入れようとしてきた。当然何度もやられるわけもいかない。勇者が構える真上から五本目の首を突っ込ませたが、ギリギリで躱され、一旦我から距離を取って離れていった。


中々良い動きをする。最初の白い光はおそらく身体強化の魔法だ。そこから間合いを詰めてくる速度、横薙ぎの剣筋、相当修練を積んだのであろう、決してスキルに頼っただけの動きではなかった。

他のメンバーとの連携も取れている。

引き際に魔法使いに声をかけ援護射撃を貰うと、獣人戦士と左右に分かれ同時に距離を詰めてくる。我の目を狙って放つエルフの矢も鬱陶しい。


だが、我の九対の眼はただ勇者様だけを見ている訳ではない。

触手で魔法使いと斧使いの動きを封じておいて、一番後ろにいる動きの遅い治療師の女に向けてレーザーのように細く絞った氷水ブレスをお見舞いする。もちろん躱される事は承知の上だ。そしてレーザーブレスに気を取られているところに触手を這わせ、その体を確保する。

さらに左に回り込もうとした取り巻きの騎士たちを尾の先一振りで吹き飛ばし戦闘不能にしておく。骨の五、六本は折れているだろうが死んではいないだろう。


勇者様には首2本と触手4本、獣人戦士に首二本と触手二本、魔法使いに首二本触手一本、弓使いには首一本と触手二本、治療師に首一本と今掴んでいる触手一本。

こんな割振りでそれぞれを攻撃しただけで、あっという間にパーティとしての連携が崩壊してしまったのだ。

獣人戦士はすでに血だらけになり立っているのも不思議な状態だし、魔法使いは軽く吐いた風ブレスで全身の骨を砕かれたうえ、壁際まで吹き飛ばされて気絶していた。エルフの弓はすでに我の触手で奪い、本人はもう一本で逆さ吊りにしている。

治療師の女を触手で持ち上げ九本目の首の眼前まで持ってくると、喰われると勘違いした女が恐慌状態になった。


「ひっ!い、いや!来ないで!」


手足激しく動かし激しく暴れたので、軽く吠えてやったら腰を抜かして気を失った。あー・・こいつ漏らしやがった。取りあえず投げ捨てる。

弓使いの方は、掴んでいた触手を通して電撃をお見舞いしたら心臓が止まってしまった。まぁ即座に治癒魔法と弱い電気ショックで再稼働させたが。


さて、残りは勇者様。

今は触手の攻撃を剣や風魔法の障壁を使って何とか弾き返しているが、いつまで持つか。他のメンバーが戦闘不能になりあと四本も触手は空いているのだぞ。

全ての触手を勇者様に向かわせようとした時、バックステップで距離を取った勇者様が剣を構えたまま詠唱を始めた。これは・・・火魔法と光魔法の融合、光熱の爆裂魔法か!

魔素の集積状況から相当の破壊力が予想されるが、勇者様は剣を構えたまままっすぐに突っ込んできた!


(っ!まさか!?自爆魔法か!!)


いや、それも違う!己を中心した上級範囲魔法だ。我の腹の下で発動させるつもりか!地面との隙間でそんな魔法を発動させたら自分も仲間の冒険者達も唯では済まないというのに。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!『デルトミスメルトバース!!!』」


白く輝く勇者様が触手の攻撃を掻い潜り、先ほど我に剣を突き立てた場所までくると最後の詠唱を叫び、魔法を発動させた。

洞窟内の全ての闇を消滅させるかのような強い光と熱、そして下から突き上げてくる衝撃で我の体が持ち上がる感覚と共に激しい痛みが我を襲ってきた。そして轟音と共に舞い上がる黒煙と水蒸気が洞窟内に充満する。


やがて煙幕と蒸気が散ったとき、行き場の失った高温の爆風で服や鎧がボロボロになった勇者様が横たわっていた。我も鱗の一部が焼け爛れ、右の前足が吹き飛ばされたうえ、3番目の首がザックリと裂けて血が大量に流れ出ている。

前足から血を吹き出す我の状態を頭だけ動かして見た勇者がニヤリと笑ったが、その笑いは直ぐに驚愕に染まっていく。

それはそうだろう。吹き飛んだ前足も、千切れかけた首もグングンと再生しているのだから。

不死竜ヒュドラたる我の最大最強の能力【再生】である。例え首を切り落とされようが、腸を引き摺り出されようが、破壊されたその時から再生を始めるのだ。


やがて再生も終わり、元の状態に完全に戻った我を見て、勇者様が絶望の表情を浮かべる。それでも聖剣を杖代わりにして何とか片膝立ちになると、剣を構えて我を睨みつけてきた。

身体強化の魔法や触手との攻防で使っていた風障壁、そしてさっき放った上級魔法で魔力は殆ど使ってしまったと思っていたが、身体が白く発光し始めたところを見ると、まだ身体強化の魔法を掛ける分は残っていた様だ。

だが、そんなものを待っている我ではない。触手で勇者様の後頭部をハタき、眠ってもらった。



眼前に横たわって動かない勇者御一行。全員気を失っているようで勇者様の範囲魔法に巻き込まれて、他の人間も壁まで吹き飛ばされたり火傷していたりと大変な事になっている。

周りが巻き込まれることも考えず、こんな閉鎖空間で上級範囲魔法を使うとは、何を考えているのか・・・。

ふと前を見ると、勇者様が空けた大きな穴が空いているのに気が付いた。部屋外の通路が見えるその穴に恐る恐る触手を近付けると、何の抵抗もなく外側へ伸ばす事が出来るではないか!これまでは扉に触れる前に何らかの結界で阻まれ、先に行く事が出来なかったのだ。勇者様が結界を破壊してくれたからなのだろう。


(これ・・・もしかして外に行ける!?)


狂喜した。漸くこの迷宮から外に出れる可能性に出会えたのだ。以前壁にブレスを吐いて溶かしたときは、元に戻るまで暫く時間が掛かったはずなので余裕はあるはずだ。


(よし!ここを出ていくぞ!外に出るぞ!)


穴は小さいが固有能力の【変化】を使えば問題ない。早速迷宮を出ていく準備を始める。勇者様感謝である!


とにかく先立つものは金である。

この迷宮内のあちらこちらにばら撒いた、我が創った魔道具や武器、冒険者たちが落としていった装備品や金、さらには周辺地盤に埋まっていた様々な希少金属を全てこの空間に転移させ、我の空間倉庫に収納していく。

さらに気絶した勇者様御一行を身ぐるみ剥いで、金目のモノを頂いておく。一応、勇者様の聖剣だのミスリルの魔法鎧だの、足のつきそうなモノは残しておくが、魔法拡張鞄は頂いたのでおそらく無一文になったであろう。

勇者パーティメンバーと騎士たちからも同じように回収し、ついでに奴隷たちに掛かっていた隷属魔法を解いてやり、彼らの懐に勇者様の魔法拡張鞄に入っていた金貨を数枚入れておく。これで自由になれるだろう。

さて、装備をくれたお礼に治癒魔法で外傷だけは直してやろう。


そして最後に我の背後の壁に埋め込まれた黒く表面が滑らかな石、迷宮核を見つめる。この核はどうすれば良いだろうか。

このまま創造主不在のまま放置すれば、管理者のいない迷宮として無尽蔵に魔獣が増え続け、やがて地上を目指して大氾濫が発生するだろう。迷宮創造主と迷宮核は対を成すものであるから、壊してしまったら我の存在がどうなるか予想がつかない。


触手を使って壁から引きはがし、人間の体ほどの大きさの石を固有能力【邪眼】を使って解析していく。


【迷宮核】魔素が物質として具現化したもの。

 迷宮に適した場所に定着すると迷宮創造主を生み出し、地形を改編して魔素の循環エリアを造成する。

 迷宮内で創られたものは、核が調律する魔素によって消滅と再生を繰り返し、循環の中で魔素濃度を高めていく。


魔獣が何度も出現するのはこの核の力だ。魔素の調律能力があるなら、魔力が無限大にある我が持っていれば我の体内魔素も調律してくれるのではないだろうか。

よし・・・迷宮核は我の体に取り込んでしまおう。

体の何所かに貼りつけておいても剥がれてしまっては元も子もないので・・・喰ってしまおう。

触手を使い、現在本体を置いている五つ目の頭の前に核をゆっくりと持ち上げた。



我は固有能力【変化】を使い、九頭竜の姿から体長3mほどの黒狼に姿形を変えて部屋を出る。胸の高鳴りは緊張なのか喜びなのか。

勇者様が明けてくれた穴を上に向かって進んでいくと、間もなく四十九層のハジリスクの部屋に出た。この部屋にも勇者が開けた大穴があり、その奥にはこの階の洞窟が伸びていた。

早速上に向かおうとしてふと横を向くと、ハジリスクがずっとこちらを見ている。

考えてみれは、こいつも我の勝手な都合で創造され、百数十年も此処に閉じ込められていた哀れな眷属なのだ。


(一緒に連れて行くか・・・)


ハジリスクも我と同じ龍族だから、その体は大きく頭から尾の先まで百mはある。そのまま連れ出すにはちょっと問題があるが、ハジリスクを一緒に連れて行くための解決策はすでに持っているのだ。


それは亜空間世界。

以前、暇つぶしに古代魔法の一つである空間魔法を使って現空間に歪みと隙間、巨大な空間を創り現空間と固定した。そしてその中に我の記憶にある大地と草原、山谷、川湖などを創ったのだ。

この亜空間の中の太陽や月など自然環境は、我の目を使って我のいる空間の状態を複写し再現できるようにしているのだが、我が洞窟型迷宮にいる間はずっと光がない薄暗い状態であるため、なんとも使い道がなかった。

もし、このまま外に出ることができたなら、亜空間世界の中でも昼夜の移ろいが再現できる。ここに入れておけば我の創造した眷属たちを必要な時に召喚できるのではないだろうか。

いずれにせよ、眷属たちの意思も尊重せねば。目の前にいる白い竜に念話を飛ばして語りかける。


『我と共に来るか?』


ハジリスクの双頭が二つとも頷く。


『では、暫くこの空間に入って大人しくしておいてくれ。』


魔法陣を出現させて亜空間世界の入口を開くと、ハジリスクは自ら空間の裂け目に入っていく。その巨体を完全に亜空間世界に入った姿を見届けると、静かに入口を閉じた。



勇者様の空けた穴を通って更に上に向かっていく。

結局、我が最初に創造した四十五層から四十九層までの五眷属と、勇者様が倒せなかった四十三層のシャドウアサシン、四十四層のキマイラが亜空間世界への住み替えを行った。

四十二層階層主のスカルディーパは骨だけになった巨大百足なのだが、我を見るなり襲いかかってきたので本能で動く魔獣なのだろう。四十一層の階層主も同じだったので、自然発生させた階層主はすべてが知性があるわけではないようだ。


これら階層主や途中で出会った魔獣は、全て倒して体内の核を回収している。核を失った迷宮では、一度倒されれば再び出現することはないので、外に出るまでに殆どの魔獣が消滅するだろう。魔獣が居なくなれば氾濫が起こることもない。

さらに各階層に置いた魔素凝縮石を全部回収していく。迷宮内部が常に地上より濃い魔素で充たされるのはこの凝縮石のお陰だ。


やがて25層の通路を進んでいるときに初めて人間、冒険者達に出会う。

洞窟通路の幅にまだ余裕はあるが、我は固有能力【変化】を使ってより小さな黒猫姿になり、さらに【不可視】【隠蔽】で姿を隠しているので彼らには見えていないだろう。

迷宮核が洞窟からなくなっても、洞窟が崩れたり消滅したりはしないはずなので、危険はないだろうからこのまま放置でやり過ごす。この先、魔獣もお宝も僅かしかない事は黙っておこうか。


そんな風に二十組ほどの冒険者達をやり過ごし、最後の障害である迷宮の出口まで辿り着いた。

迷宮が発見されて直ぐに人族の魔法使いが現れ、この出入り口に結界魔法を掛けていったのは分かっていた。触手を伸ばして確かめたが、やはり軽い電撃と共に弾かれてしまう。

だが、我の部屋にあった結界よりも全然弱いもので、それなりの威力でブレスを吐けば破壊できると思う。問題は通路の狭さだ。ブレスを吐くには元の姿に戻らなければならないので、縦横4m程度の通路では首の一つ分位にしかならないのだ。


内側から一階層の階層主部屋の扉を破壊する。中は結構広く、40m四方はある空間なので多少は狭くてもここなら元の姿に戻れるだろう。

階層主部屋に誰もいないことを確認して魔力を収束させていく。迷宮核を取り込んだせいか、魔力の流れがスムーズに行える。そして、まさにキツキツであるが部屋全体を我の体で充たし、さらに岩壁を軋ませてスキル【変化】を解除した。


(おおお、窮屈すぎる!!)


とにかくスキル【索敵】で迷宮出口までの通路に人間がいないことを確認し、取りあえず70%くらいの気持ちで火属性と風属性のブレスを吐き出す!

2つ首から吐き出した炎と風のブレスは、岩肌を溶かし風圧で溶岩を吹き飛ばしながらものすごい勢いで迷宮出口の結界に衝突し、僅かな時間、ほんの数秒留められたものの、結界を破壊して外に火山の噴火のごとく外へ噴出した。


後に残ったのは焼け爛れた岩壁と直径が10m位に広がった迷宮通路であった。外の明かりも見える!二百数十年ぶりの日光である!もう我を忘れてただ外を目指し這い出していった。

そして・・・岩を砕く轟音と共に勢いよく外へ飛び出した!


『GAAAAAAAA!!!!』


胸中の歓喜が、外の世界を見た感動が咆哮となって喉から溢れ出す。

外である。日の光、風、溢れんばかりの命の脈動。それらの気配で体が押し潰されそうである。やっと出られたのだ。九つの首、羽、手足、尻尾と伸ばせるモノは全部伸ばすと、これが何とも気持ちが良い。


(さぁ、この世界を、異世界を堪能しよう!)


そう胸の内で呟いてさらに上空へ舞い上がった。

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