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超人ハック  作者: シクル
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第九話「力の代償」

 しばらく、ヴィルスは信じられないものでも見るかのようにハックの姿を見つめていた。事実、ヴィルスにとっては今のハックは、秋場拓夫は信じられない存在だった。

 最早パワーアップしたことなどヴィルスにとってはどうでも良い。問題なのはその精神だ。

 確実に折ったと思っていた。出会った時に完膚なきまで叩きのめし、世界の真実をなるべくショッキングな形で告げ、ハックの戦いに何の意味もないことを見せつけた。秋場拓夫を圧倒して敗北感を刻みつけるために何日もかけてハックの戦いを観察して、ヴィルスは計画的に秋場拓夫を壊すつもりだったのだ。

 何もイレギュラーはなかった。予定通り叩きのめし、予定通り真実を告げ、見るからに壊れた拓夫を見て、ヴィルスはほくそ笑んでいた。

 だが今の拓夫は、ヴィルスがイメージしていたものとは全く違う。壊れた筋繊維が再生するごとに強くなるように……拓夫の精神は一度折れたことによって”超回復”して見せたのだ。

 それが気に入らなくて、ヴィルスは歯噛みする。夕日をバックに真っ直ぐに佇む拓夫ハックが、憎らしくて仕方がなかった。

「デリートする……? お前が、僕をか」

 ヴィルスの問いに、ハックは何も答えない。ただ出方を伺うようにヴィルスを注視するだけである。

 その余裕のある態度が、ヴィルスには余計に気に入らなかった。

「わかった、やってみなよヒーロー。最後に正義が勝つとこ、僕に見せてくれよ」

「ああ、見せてやる。お前が来ないなら……俺から行ってやろうか?」

 ヴィルスの言葉に対して、ハックは挑発するようにそう答える。今まではヴィルスの挑発に乗って激情を露わにするばかりだったハックが、ヴィルスを煽り返したのである。その想定外の反応のせいか、それとも単純に余裕がなかったのか、ヴィルスは挑発に乗って駆け出した。

『最早何の問題もない……拓夫、見せてやれ』

「うん……!」

『”最後に正義が勝つ”ところをッ!』

 ハックの目の前で跳躍したヴィルスが、落下を利用して上から腕の刃で切りかかる。しかしハックはそれを回避するどころか、そのまま胸部の装甲で受け止めた。

 火花が散ると共に、直撃したという確かな感触がヴィルスの中に湧き上がる。しかしハックは、直立不動のままヴィルスを見つめていた。

「……ッ……!? やせ我慢だろッ!」

 そのまま何度も切りつけるヴィルスだったが、ハックは動じない。流石に首等の急所は避けていたが、他はわざと受けている。しかしやせ我慢で立っていられるような加減をヴィルスはしていない。

 ハック・バスターの装甲は、今までのハックとは桁違いなのだろう。ヴィルスの刃はまるで通用していなかった。

「ッの野郎ォォォッ!」

 激情を吐き散らしながら、今度はハックの顔面に殴り掛かるヴィルスだったが、その拳は簡単に左手で受け止められてしまう。

「折れろ! 折れろよ! 何で立ってる!? おかしいだろお前! ほんとは狂ってんじゃないのか!?」

「……折れない! 勝手に折れてるお前なんかに、折られてやるもんかよ! 狂ってたって良い、俺は俺の、皆の明日を信じるって決めたんだ!」

 もう絶対に諦めない、折れない。ヴィルスの言葉には、もう惑わされたりしない。例え終わりが訪れるとしても、拓夫は守り続けると、戦い続けると決めたから。

「それに、例え無意味だったとしても! お前が何かを壊して良い理由にはならないッ!」

 そう叫び、ハックはヴィルスの拳を振り払うと、右腕を引いて至近距離で砲塔を突きつける。ハック・バスターの砲塔はハック自身の意思でエネルギー弾を射出出来るため、何のタイムラグもなく、予備動作も必要ない。ヴィルスが回避しようとした時には既に、エネルギー弾は発射されていた。

「おおおおおォォォォッ!?」

 絶叫と共に弾き飛ばされるヴィルスを、ハックは見つめる。倒したという感触は薄いが、ヴィルスも無事ではないだろう。

 そんなハックとヴィルスの様子を、警官達と周囲の人々は固唾を呑んで見守っていた。しかしもうハックが自分達を襲うとはあまり考えていないのか、エネルギー弾を受けて仰向けに倒れるヴィルスを見て歓声を上げ始める。

「……まずいな、ここじゃあまり派手な攻撃は出来ないよ」

『ふふ、問題ない。”上”でやろう。今回マニュアルはディスク本体にインストールしてある……やり方は何となくわかるだろう』

「あっ……そっか」

『行け、拓夫!』

「……ああ!」

 ハックは力強く頷くと、右腕の砲塔に埋め込まれるような形になっているドライバーの上蓋を二回スライドさせ、立ち上がりつつあるヴィルスへと急接近する。

『Giga Program Break!』

 それにヴィルスが反応するよりも早く肉薄し、ハックは右腕の砲塔をヴィルスへ突きつけ、そのまま突進していく。

「みんな、離れて!」

 ハックの言葉に従い、周囲の人々がある程度距離を置いたのを確認すると、ハックはそのまま砲塔でヴィルスを持ち上げた。

「秋場ァッ……たァくおォォォォッ!」

「おおおおおッ!」

 そしてハックは、砲塔でヴィルスを上空へ打ち上げる。かなり高い位置まで吹っ飛ばされたヴィルスは、ダメージがほぼないことに気づいて困惑するが、やがて自分の胸元に小さな装置が付けられていることに気づく。

「こ、これは……ッ!?」

 ヴィルスがそれを外そうと手をかけるよりも、尋常ならざる脚力でハックがヴィルスの位置まで跳躍する方が早い。そしてハックがキックの姿勢に入ったことで、ヴィルスは全てを察した。

「うおおおおおおおおおおおりゃああああああああああッ!」

 ヴィルスの胸元に付けられた装置は、ハックのキックとヴィルスを”接続”するためのものだ。今までハックは、足から伸ばされたコードでグリッチと自分を接続して”有線キック”を叩き込んでいた。しかしハック・バスターは、砲塔から射出された装置を用いて、無線でのキックを可能にしたのだ。

 ヴィルスにはもう、言葉を発する猶予さえない。ハックはその場から掻き消え、そして次の瞬間にはキックでヴィルスの身体を通り抜けて背後に出現していた。

「う、おお……おおッ……おおおおおおおおッ!」

 絶叫と共に、ヴィルスの身体が爆発四散する。降り注ぐデータの残骸を浴びながら、ハックは華麗に地面へ着地した。

「……ごめん、冬馬君」

 そして一言、口惜しそうに呟くのだった。









 ヴィルスを撃破した後、拓夫は慌ててその場から逃走した。勿論警察やいつの間にか集まっていた報道陣には追いかけられたが、今度は銃を向けられていない。単純に話が聞きたいということだったが、だからと言ってハックのことを全て話すわけにはいかない。ジェットハッカーで上空に逃げ、なんとか撒いて帰宅することは出来たが拓夫はハックになるところを何人かに見られている。バレるのは時間の問題だろう。


「うーん、知らないね……」

「そうですか、すいません」

 ヴィルスを倒した翌日、拓夫は約束通り学校へ向かうと、休憩時間を使って冬馬春彦について聞いて回っていた。倒したとは言え、冬馬春彦については謎が多い。データが壊れてグリッチになったこと、そしてグリッチとして変異し、意思と自我を持つヴィルスという存在になったこと……それ以外は不明な部分が多い。拓夫より一つ年上だったことは本人から聞いてわかっていたので、三年生に聞いて回っていたのだが全く情報が得られなかった。

「とうま……藤間とうまって、アイツのこと?」

「あの、冬に馬って書くんですけど……」

「いや知らないな……というか君もあんまり見ない顔だけど」

「いや、俺は……そ、その……二年生で……」

 大体の場合こんなやり取りで終わってしまう。

 藤間、という読みが同じだけの別人がいることは早い段階でわかっていたが、本当に誰も冬馬春彦を知らない。女子にはまだ声をかけていないが、結果はあまり変わらないだろう。

 それよりもショックなのは、三年生が誰も拓夫のことを覚えていないことだった。



 三年生に聞いてもわかることはない、と判断した拓夫は、聞き込みを中止して自分の教室へと戻る。昨日の事件で、ハックが拓夫であることがバレて学校にまで警察や報道陣が現れることも警戒していたが、その様子もない。結局、怖いくらいに平穏なまま半日が経過していた。

 教室に戻ってすぐ、拓夫は席についたまま特に何をするでもなく過ごしている由紀夫を見つけると歩み寄る。気づいていないのか、由紀夫はボーっとしたまま拓夫の方へ視線を向けてくれない。

「大谷君!」

 拓夫が声をかけると、由紀夫はワンテンポ遅れて反応してからキョトンとした顔を見せる。

「……大谷君?」

 そんな由紀夫の様子を訝しんで拓夫が声をかけ直すと、由紀夫はハッとなったように表情を変えた。

「あ、あ、あ……秋場君、か……びっくりした……!」

「び、びっくりしたって……俺、そんな急に声かけたっけ……?」

「いや、そんなことは、ないんだけど……」

 由紀夫は何か違和感があるのか首を傾げていたが、拓夫はそれ以上そのことについては言及しなかった。

 三年生達が誰一人として拓夫のことを覚えていなかった、そういう話を笑い話程度にするつもりだったのに、由紀夫にまでこんな反応をされると単純に辛い。

 なんとも言えないしこりを心に残したまま、拓夫は適当に会話をしてから自分の席へと戻って行った。





 放課後、拓夫はケバブ屋に寄り道をしてからマクレガーの家へ向かった。ハック自体がアップデートされたことと、拓夫の右手等、マクレガーの家で検査を受けるためである。

 ハックがアップデートされてから、拓夫の右手に異変はない。昨日は感覚さえなくなってしまっていたが、今は本当に何ともなくなっている。

「今のところは問題ないな」

 小型のスキャナーのような機器で拓夫の身体を一通り検査して、マクレガーは安堵の溜息を吐き、左手に持っているケバブを口へ運ぶ。

「うん、うまい。良い土産だ」

「セールだったしね。俺も好きなんだ、あの店のケバブ」

 検査を終え、持ち帰り用の箱に入れたままだったケバブを取り出して、拓夫も一口食べた。

「それで、アップデートしたおかげで、しばらくは大丈夫なの?」

 ケバブを飲み込んでから拓夫が問うと、マクレガーはコクリと頷く。

「ああ。データの破損自体は完全に修復出来ないが、バスターディスクで抑制してあるからグリッチ化することもない」

「そっか……なら良いけど」

 元々ハックの上書きによるデータの悪化は、マクレガーとしては織り込み済みだった。ヴィルスの出現がなくとも、マクレガーはデータ破損の抑制のためにアップデートディスクの開発を進めていたのである。

「……ただ、これは抑制しているだけであって完全に修復出来ているわけではない。君の右手も見かけ上は問題ないが、データ自体はかなり危うい状態だ……気をつけてくれ」

「うん……」

 確かめるように右手を握って開いて、拓夫は息を吐く。戦うと、守ると決めたものの、やはり自分が壊れていくのは怖い。しかしそれでも――――凛桜達のことを思うと逃げるわけにはいかなかった。

「そういえば、冬馬君について調べてみたんだけど、何もわからなかったんだ。誰に聞いても知らないって言うし……」

「やはりな」

 ケバブを食べ終えつつマクレガーはそう答えると、包み紙をゴミ箱に捨ててからもう一度口を開く。

「データが破損した人間は、グリッチ化が進むに連れて存在が希薄になる」

「希薄になるって……?」

「忘れられていく、ということだ。正確には、サーバーの仕様を逸脱するせいで管理されなくなっていく、という方が正しい」

「それって……!」

 ふと何かに気がついて、拓夫は表情を一変させる。

 凛桜はあれから、美由の話をしていない。助けられなかった負い目のせいであれからその話題を振ったことがなかったが、もう美由を捜しているような様子はなかった。そのことも、ハナが正体不明だったことも、誰も冬馬春彦を知らないこともこれで腑に落ちる。

「グリッチ化するということは……データが破損するということは、このサーバーとしてはそういうことだ」

 データの破損、仕様の逸脱。ゴクリと生唾を飲み込んで、拓夫は自分の右手を見つめる。

「……拓夫?」

「お、俺の右手って……実際には壊れたままなんだよな……」

「……ああ」

「今日さ……一つ上の学年の人達に聞き込みしてたんだけど、誰も俺を覚えてなかったんだ」

 拓夫がそう言った時点で、ある程度察したのかマクレガーは目を伏せる。

「で、でも、俺、グリッチにはならないんだよな……!?」

「ああ……それは私が保証する。だが……」

 拓夫のグリッチ化はバスターディスクによって抑制されている。しかしそれはグリッチ化だけの話だ。

「……これは仮説だが、君は、ハックによる上書きの繰り返しとバスターへのアップデートでグリッチ化とは別にサーバーの仕様を逸脱し始めているのかも知れない」

「じゃ、じゃあ……俺、皆から……忘れられちゃうのか……?」

 由紀夫の不自然な反応も、あれから一切関わってこない報道陣や警察も、そう考えると納得出来る。

「すまない……拓夫、すまない……!」

 謝罪を告げるマクレガーに何の返答も出来ないまま、拓夫は息を呑んで持っていたケバブを取り落とした。









 その日の深夜、人通りのほとんどない駅前の公園で一人の男がふらふらと歩いていた。

 足取りは覚束なく、酔っぱらいのような動きではあるが酔っているような顔つきではない。目は完全に死んでおり、顔には生気がほとんどない。

 しばらくふらついた後、男は不意にその場へ倒れ込む。通りがかった人はいたが、倒れている男には全く気づいていないようだった。

 それから数分後、男の周りで耳障りなノイズ音が鳴り始める。それと同時に男の身体が壊れたゲームグラフィックのようになり、チラつき始める。

「ぁ……あ……」

 短く、か細く、男の口から苦悶の声が漏れる。伸ばされた手は、誰にも掴まれない。ゆっくりと、指先から色が変わっていき、男の身体は徐々に甲殻のようなものに包まれていく。そんな自分の身体を見て、男が悲鳴を上げそうになった――――その瞬間だった。

 男の周囲を、突如現れた紫色のもやが包み込む。もやは次第に濃くなっていき、やがて男の全身を覆い隠してしまう。

 そしてそれから数秒後、もやは忽然と掻き消える。

 その場で呻いていたハズの、男の姿と共に。


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