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超人ハック  作者: シクル


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第二話「誰がための力」

「な、な、何で俺が! 警察に追われなくちゃいけないんだよォ!」

 生首を抱えた怪人……否、超人ハックが警察に追われながら逃げ惑っている。拓夫としては怪人を倒して警察に貢献したようなものなのだが、警察からすればハックと怪人の違いなどわかるハズもない。おまけに生首マクレガーだなんて恐ろしいものを抱えているせいではたから見れば殺人犯にも見える。

 オタクです、の説明で警察が納得するわけもなく、いたたまれなくなって逃げ出したハックは警察に追い掛け回されていた。このままでは機動隊が来るのも時間の問題だろう。

「少年、試しに変身を解除して見たらどうだ」

「それはそれで何されるかわかんないだろ!」

 怪人やマクレガーのことも含めて、一体何時間の事情聴取をされるのかわかったものではない。そもそも、ハックには自分が怪人ではないことを証明する手段も殺人の容疑を否定する証拠も(と言ってもマクレガーは死んでいないため、余計事態はややこしくなりそうだが)ない。

 とは言え、ハックの身体能力は常人のソレを遥かに凌駕する。ハックが普通に走るだけで、生身の警察では到底追いつけないのだ。相手がパトカーともなれば話は別だが、逃げ切ること自体はさほど難しいことではない。

 表通りで周囲のギョッとした目線を集めながら、ハックはひたすら逃げていく。そして飛び込むようにして路地に入ると、ハックは腕のハックドライバーをガチャガチャとつつき始めた。

「どうすんだよこれ! 戻り方!」

「落ち着け、上蓋を開けて中のディスクを取り出してから電源を落とせ」

 ひどく焦った様子で上蓋を開き、ハックがディスクを取り出して電源ボタンらしきボタンを押すと、変身が解除されて秋場拓夫の姿へと戻っていく。そのまますぐにディスクを腰のホルダーに収めると、ドライバーもホルダーも跡形もなく消えてしまった。

「おい、君!」

 拓夫が物陰でいつ出たものかと様子を伺っていると、ハックを追いかけていた警官に声をかけられてしまう。びくんと肩を上下させつつ、拓夫は投げるようにしてマクレガーを建物の陰へ隠す。

「あっはいっなんっ……で、しょうっ!」

「……ここで何をしているんだ? さっき怪物が通らなかったか?」

「え、ああ、あっち! あっち逃げました! お、俺、怖くってここに……」

「本当か?」

 やや疑わしげに顔をしかめる警官にコクコクと拓夫が頷くと、警官はわかった、と言ってすぐに拓夫の指差した方向へと走って行く。その後ろから何人もの警官がわらわらと現れて後を追っていくのをしばらく眺めた後、拓夫は深く溜息を吐いてからマクレガーを拾い上げた。

「少年は私を何だと思っている」

「……あ、ごめん」

 少なくとも人間扱いはしていなさそうだった。





 その後、マクレガーをどうにかリュックの中に隠しつつ、拓夫はマクレガーに頼まれて彼の自宅へとバイクで向かった。生首のマクレガーに人間としての住居が存在していたこと自体、拓夫は驚いたが断る気にもなれずに住宅地へとバイクを走らせる。以外にも拓夫のアパートとそれ程離れていない場所にあったマクレガーの自宅は、小さな一軒家だった。

 鍵は不用心にも開いたままだったため、拓夫はマクレガーをリュックに入れたまま中へ入っていく。

「助かったよ少年、非常に感謝している」

 リビングの机の上で、マクレガーは満足そうに笑みを浮かべていたが、その正面で拓夫は心底疲労困憊した、と言わんばかりの表情でぐったりとしていた。

「冷蔵庫に飲み物がある。君の好きなものを選んで好きに飲んでくれて構わない」

「……そういえば喉カラカラだなぁ……。ありがとう、いただきます」

 律儀に礼を告げた後、拓夫は冷蔵庫を開ける。中にはかなりの種類のペットボトルが置いてあり、この中から選ぶとなると自販機とそう変わらない。

「ジュース……好きなの?」

「ジュースのことは君の次に好きだ」

「何で俺もうそこそこ好かれてんの……」

 言いつつ、拓夫はドクターペッパーのペットボトルを選ぶとすぐに開封して口にする。薬品じみた味わいではあるが、拓夫はここに越して来て始めて飲んで以来、このジュースを気に入っている。

「気が合うな少年、私もドクペは大好きだ」

「俺の次に?」

「そう、君の次に」

 どうやらマクレガーは余程拓夫を気に入っているらしかった。

「さあ、何かと聞きたいこともあるだろう。何でも聞いてくれ」

 ドクターペッパーを飲みながら席についた拓夫に、マクレガーはそう告げる。

「……そうだな、君の聞きたいことを私が当てて見せよう! 簡単だがね。まずは怪人について聞きたいんじゃないかな!」

「マクレガーは何で生首で生きてるの」

「私は彼らをグリッチと呼んでいる」

「だからマクレガーは何で」

「彼らグリッチを撃退するために私が開発した強化スーツ、それこそがハックだ」

「き、聞けよもう!」

 今にも机を叩かん勢いで拓夫が怒声を上げると、マクレガーは申し訳なさそうに目を伏せる。そんなマクレガーの様子を見て、拓夫はハッと我に返ったように謝罪の言葉を告げた。

「いや、すまない。悪いが、今は話せない」

「話せないって……」

 思わず、拓夫は顔をしかめてしまう。グリッチがどうだ、ハックが強化スーツだのはとりあえず飲み込めなくはなかったが、これでは肝心のマクレガーの正体がよくわからないままだ。最初から生首で、本当はあの怪物……グリッチの仲間なのか、それとも何か事情があって生首になった人間なのか。どちらにせよ、マクレガーを拓夫が信用するには彼に関する情報は少な過ぎた。

「……グリッチは、今もこの町のどこかに潜んでいる」

「潜んでいるって……さっき倒したアイツだけじゃ、ないのか……」

 あの蜘蛛の怪物のような連中が、この町の中にまだいる。そう考えただけで拓夫は軽く身震いしてしまう。

「君には、ハックとしてグリッチ達と戦って欲しい」

 ある程度、拓夫はマクレガーがこう言い出すであろうことを予想していた。それは明確な予想ではなかったが、少なくともマクレガーが実際に口にしても驚く気にはなれない程度には予感があった。

 数秒、拓夫は黙ったままマクレガーを見つめる。マクレガーの表情は至って真剣で、その目は真っ直ぐに拓夫を見つめており、真摯に感じられる。

 だが、拓夫は首を縦には振らなかった。

「……い、嫌だ」

「少年……」

 マクレガーは驚く様子こそ見せなかったが、少ししゅんとした様子で視線を落とす。

「冗談じゃないよ……俺、ただのオタクなんだぞ? それなのにわけわかんない生首に言われて、変な化物と戦うなんてやるわけないだろ……! しかも何にも悪いことしてないのに警察に追われて……怪物って言われたんだよ、ハックのこと……俺のこと」

 正論だった。拓夫はあくまで普通の少年で、グリッチと戦う理由はない。

「しかしハックドライバーが君にインストールされている今、戦えるのは君だけなんだぞ!」

「……そ、そんなの、知るかよ」

 拗ねるように……というよりは、実際に拗ねて拓夫はマクレガーから顔をそむける。

 秋場拓夫は、拗ねていた。

 拓夫は元々正義感の強い性格で、普段なら二つ返事で戦っただろう。実際、蜘蛛のグリッチと戦う時は戸惑いながらも誰かを守るために能動的に戦おうとしていた。

 しかしその結果、拓夫を称賛したのはマクレガーだけだった。拓夫にとって人を助ける、守ることは正しいことで、その先には称賛があって然るべきだと考えていた。けれどもあの時拓夫が向けられたのは銃口で、更に怪物扱いされて追われたのだ。その上マクレガーは正体不明のままで、信用するに足らない。思うようにいかないまま不信感が募った拓夫には、マクレガーの頼みを聞くことが出来なかった。

 結局の所、拓夫は正義感こそあっても根っからのヒーロー気質というわけではないのだろう。称賛はいらない、認められなくても良いから戦う、そういう気持ちではいないらしい。それは拓夫がまだ精神的に幼いが故なのかも知れなかったが。

「……だったら何故、君はあの時私を助けた? わけのわからない生首を助けた理由はなんだ?」

 マクレガーのその問いに答えられず、拓夫は口ごもる。あの時はただ、グリッチに襲われているマクレガーを咄嗟に助けてしまっただけだ。何の打算もない、条件反射のような行為である。

 うまく答えられないまま黙っていると、不意に拓夫はポケットで携帯が震えていることに気づく。取り出そうとしてポケットに手を突っ込んだ瞬間、凛桜の顔を思い出した拓夫は慌てて時刻を確認する。

 既に、拓夫が家を出てから二時間以上経過していた。

「やっ……べぇ!」

 言いつつ、拓夫が電話を取ると間髪入れずに怒声が鼓膜を刺激する。

『っっっっっっのクソオタクっ!』

「は、はひぃッ!」

『漫画買いに行くだけで何時間かけるつもりなのよ!』

「こ、これにはじ、事情がッ……!」

『あーもううっさいうっさい! とりあえずあたしもう帰ったから! アンタになんか二度と作るかっつーのよ!』

「あ、ちょ、待っ……て……」

 その言葉を最後に、電話は一方的に切られてしまう。

 料理を作ってもらっておいて、連絡もしないまま二時間も放ったらかしておけば怒るのも当然ではあったが、何もあそこまで怒ることはないだろう。と、思ってはいても結局口には出せないのが拓夫である。

 携帯の履歴を見ると一時間以上前から何度も頻繁に凛桜から着信履歴があり、何件かメッセージも届いている。口調こそいつもの調子ではあったが、どれも拓夫の安否を確認するものばかりだ。

 マクレガーと遭遇してからずっと携帯を確認していなかったのが悔やまれる。あんな状況下でノンキに携帯を確認出来る人間の方がどうかしているとは思うが、そんな事情を凛桜は知らないし、言えるハズもなかった。

「はぁ……」

「少年……?」

「ごめん、今日はもう帰って良い? とりあえず話はまた今度ってことで……」

 がっくりと肩を落とし、マクレガーにそれだけ言い残すと拓夫は飲み干したペットボトルを持っているリュックの中へ乱暴にねじ込む。

「ジュース、ありがとう……それじゃ」

 マクレガーの返答も待たないで、拓夫は重い足取りで帰路へ着いた。





 ぐったりした様子で家に戻ると、机の上にはすっかり冷え切ったコロッケとご飯が並べられていた。凛桜のことだから怒ってほったらかしにしているかと思ったが、どちらも丁寧にラップがかけてあるのが申し訳なかった。

 ハックのこと、グリッチのこと、マクレガーのこと、色々考えたいことは沢山あったがとにかく今は空腹だったし、休みたい。ラップを剥がし、冷たいご飯とコロッケを口にすると何だか寂しくなって拓夫は溜息を吐く。

 本当なら、温かいコロッケとご飯を、凛桜とわいわい言いながら食べていたのかと思うと切ない。それにとにかく作ってくれた凛桜に申し訳なく感じ、あえて拓夫は温めないまま冷えたコロッケを噛み締める。

 たった数時間日常から離れただけだったのに、何だかもうすっかり壊されてしまったような気分だった。





 翌日の土曜日、拓夫は休日なのを良いことに昼過ぎまで眠りこけていた。休日だから、というよりは昨日は心身ともに疲れてしまったから、という方が正しく、もし今日が平日だったなら間違いなく遅刻になっていただろう。

 半分寝ぼけた頭のまま、拓夫は携帯をチェックする。いつも見ているニュースサイトでは、既に昨日現れたグリッチやハックのことが報道されており、ハックは白い化物と呼ばれていた。

「化物、か……」

 拓夫からすれば、ハックは人をグリッチから救ったヒーローだ。化物だなんて呼ばれるのは心外だったし、ましてやグリッチと同類扱いなんてのは気分が悪い。そう思う一方で、他人から見ればハックもグリッチも同じ化物に感じるのも理解出来ていた。いくらグリッチから人を救おうとしたとは言え、ハックだって人間ではないことに変わりがない。見慣れない奇怪な生き物を、無根拠に信じられる方がどうかしていた。

「あ……」

 そこまで考えて、拓夫は昨日のマクレガーとの会話を思い出す。

 拓夫だって警察と同じで、得体の知れない生首であるマクレガーを信じようとしなかった。もしあの時マクレガーが今の拓夫と同じ気持ちだったのだとすれば、何だか申し訳ない気持ちにもなってくる。だからと言って、正体も事情も明かさないマクレガーを信用してやろう、ということにはならないが。



 適当に朝食(もう昼食の時間だが)をすませた後、拓夫は携帯を片手にベッドの上で唸り始める。流石にあのまま凛桜に怒られたまま、というのもスッキリしないため、流石にそろそろ落ち着いているであろう凛桜に謝罪の連絡を入れようと思ったのだが……

「……絶対また怒鳴るよな」

 拓夫は凛桜に怒鳴られるのが怖かった。凛桜は昔からそうで、とにかく怒ると拓夫を怒鳴りつける。理不尽なこともあったが、大抵凛桜が本気で怒鳴っている時は拓夫に非がある時で、それは昨日も同じだ。

 決まって謝るのは拓夫の方からだったが、毎回謝った時も凛桜は拓夫を怒鳴りつける。最終的にはなんだかんだで許してくれるとわかってはいても、出来れば怒鳴られたくはない。

 深く溜息を吐きながらも、拓夫は諦めて凛桜の携帯に電話をかける。しばらく呼び出し音だけが続き、このまま無視されるかとも思ったが一分程経った所で凛桜は電話に出た。

『何よ』

「いや、あの、その……何と言いますか……」

 昨日に比べて遥かに落ち着いた様子の凛桜の声に、少し安堵しながらも拓夫はしどろもどろになる。すると、電話の向こうから深い溜息が聞こえてくる。

『あのね、今友達と食事中なんだけど。出来れば手短にお願い出来る?』

 少し苛立った凛桜の声音に、拓夫は反射的にごめん、と口にした後、何とかそのまま言葉を続けた。

「あ、あの……き、昨日は……ご、ごめん」

『……そんだけ?』

「そ、それだけ……とにかく、謝ろうと思って……」

 もう一度、電話の向こうで深い溜息が聞こえてくる。そのまま切られるんじゃないかとおも思ったが、凛桜はまあいいわ、と素っ気なく答えた。

『理由は今度聞くから覚悟しときなさい。次は冷める前に食べなさいよね』

 次は。その言葉を聞いた途端、今まで暗かった拓夫の表情がパッと明るくなる。

「う、うん! うん! コロッケ……その、おいしかったから!」

『トーゼンでしょうが! じゃ、そろそろ切るわよ』

 凛桜がそう答えた瞬間、不意に何かがひっくり返るような音が聞こえてくる。

『え、何……!?』

「凛桜……?」

 次に聞こえてきたのは、女性の甲高い悲鳴と猛獣が唸るような声だ。

「凛桜! 凛桜!」

 携帯を取り落としてしまっているのか、何度呼びかけても返事はない。聞こえてくるのは、悲鳴と食器や机の破壊される音ばかりだった。

「おい……嘘だろ! 凛桜!」

 最悪の想像が拓夫の脳裏を過る。昨日あんな事件があったばかりだったせいで、今凛桜の周りで起きている異変もグリッチと結びつけてしまう。あの猛獣が唸るような声がグリッチのものだとしたら、今凛桜はグリッチに襲われていることになる。

「へ、返事してよ! 頼むよ凛桜! おいってば!」

 必死に叫んだ所で、凛桜からの返事はない。焦燥感ばかりが募ってしまい、拓夫は苛立ってベッドを左手で叩いた。それと同時に、携帯の通話とは別の音質の声が聞こえてくる。

『少年!』

「は?」

 不意に聞こえたその声は、マクレガーのものだ。思わず困惑の声を上げつつ声の方向へ視線を向けると、拓夫の腕にはいつの間にかハックドライバーが装着されていた。

『グリッチだ』

「いやちょっと待ってよ! 何で急にドライバー……ていうかグリッチって……!」

 タイミングが、凛桜とグリッチの遭遇を裏付けてしまった瞬間である。

『時間はない、説明は後だ、今から言う場所に急いでくれ』

「……俺、嫌だって言っただろ!」

 そう悪態を吐きながらも、拓夫は寝間着のジャージを着替えもしないですぐに外へ飛び出した。





 拓夫が現場へバイクで向かう道中、マクレガーはハックドライバーが拓夫の意思、或いはマクレガーからの連絡に応じて出現することについて説明した。どうやら拓夫の身体にインストールされたハックドライバーとディスクのホルダーは、拓夫に使う意思がない間は姿を消しているらしいのだ。おまけにマクレガーはハックドライバーを通して拓夫の見ている景色をある程度見ることも出来るという。

 驚くべき話ではあったが、今更こんなことで驚く気にはならなかったし、そもそも状況が切迫していてそれどころではなかった。

 マクレガーに案内されて到着したのは、一軒のカフェテラスだった。現場はかなり荒れており、壊れた食器や机、椅子が散乱している。倒れて気絶している人も何人かおり、意識のある人はほとんどこの場から逃げ去った後のようだった。

 そしてそこには、破壊された椅子や机に囲まれるようにして一匹の人型の怪物……グリッチが一人の少女の首を掴んで持ち上げている。

 巨大な複眼に薄い羽根と、トンボのような特徴を持つそのグリッチは、どうやら少女の首を絞め上げているようだった。

「……お前……!」

 それを見た瞬間、拓夫は目の色を変えてグリッチへと駆け出していき、そのままグリッチへ体当たりする。不意の一撃でよろめいたグリッチが少女を取り落とすと、拓夫はすぐにその少女――凛桜の元へ駆け寄った。

「凛桜!」

 ぐったりと倒れ込んでいる凛桜は、声をかけても返事をしない。服は所々破け、顔や手足に傷があるのを見て、拓夫は凛桜がグリッチと戦っていたのだと察する。

 気の強い凛桜のことだ、向かってくるグリッチに立ち向かおうとしたのだろう。

 ――――な~んでそういうのほっとけないのかなぁ。

 拓夫にはあんなことを言っていたというのに、凛桜だって放っておけずに立ち向かっていた。綺麗な肌や顔に傷までつけて、果敢に凛桜は戦ったのだろう。

「グオォ……ッ」

 グリッチが、拓夫を警戒しながら睨みつけてくる。拓夫は凛桜をそっとその場に寝かせると、立ち上がってグリッチを睨みつけた。

 拓夫は自分が情けなかった。化物だと言われて不貞腐れて、拓夫は戦うことを放棄しようとしていた。グリッチと戦う力、誰かを守れる力……昔から欲しかった力を持っているのにも関わらず、拓夫は投げ出そうとしていた。

 マクレガーは確かに少し信用出来ない。グリッチと戦うのは怖い。警察にも追われたくない。化物だなんて言われたくない。

 でもそれらが本当に、戦わない理由足り得るのだろうか。

「お前……凛桜に何かあったらどうしてくれるんだ」

 静かな怒気を込めて、拓夫は言う。そして素早く腰のホルダーからディスクを取り出すと、素早くハックドライバーへ装填した。

『少年、君は……!』

「今のままじゃ俺、格好悪いオタクだけどさ、このまま格好悪いのは、なんか嫌だ!」

『Now Loading......』

 ディスクが高速回転を始めると同時に、無機質な電子音声がドライバーから流れる。それを聞くやいなや、グリッチは拓夫目掛けて突進を始める。

『Install……』

 しかしグリッチは、電子音声と共に拓夫の前に出現したホログラフィック映像の壁に弾かれ、そのまま派手に吹っ飛んだ。

「オタク、舐めんな!」

『Set up! Hack!』

 ホログラフィックの壁が、拓夫の全身を包み込む。吹っ飛ばされたグリッチが起き上がってこちらを見る頃には、既に拓夫は白い超人……ハックへと姿を変えていた。

「おおおッ!」

 自身を鼓舞するように雄叫びを上げ、ハックは向かってくるグリッチへ殴り掛かる。それは向かってくるグリッチも同様で、避けようとしなかったハックはグリッチの拳を胸に受けながらグリッチを殴りつける形になった。

 しかしその後、続けざまに二つ目の拳を突き出したのはハックの方だ。ハックの拳を受け、少し怯み気味だったグリッチに対して、ハックは踏ん張って身体の重心を無理矢理前に押し出してグリッチを殴り飛ばした。

『やれるじゃないか少年!』

「おう!」

 力強くそう答え、ハックは起き上がったグリッチへ飛びかかる。斜め上から突き下ろす一撃が、起き上がりざまのグリッチを顔面に叩き込まれた。

 複眼に当たったせいもあり、グリッチは悲鳴を上げながらのけぞる。そんなグリッチに対して、ハックは容赦なく前蹴りを叩き込んだ。

 蜘蛛のグリッチと戦った時、ハックは……拓夫は流されるままに戦っていた。しかし今の拓夫は自分の中に湧き上がる闘志と怒りを燃料として能動的に戦っている。目の前のグリッチを敵と認識し、降り注ぐ火の粉を払うのではなく、自らグリッチを倒さんとして戦っているのだ。受動と能動の差は大きく、ハックは蜘蛛のグリッチと戦った時以上に目の前のグリッチをハックの力で圧倒していた。

 そのまま、戦闘は一方的な形で展開する。グリッチの反撃をほとんど許さないまま、ハックはグリッチを圧倒し続ける。

『少年、そろそろプログラムブレイクだ!』

「うん! えっと、二回スライドだっけ?」

 ハックの一撃を受けて怯んでいるグリッチを見据え、ハックはドライバーの上蓋へ手をやる。しかしその瞬間、グリッチは背中の薄い羽を大きく開き、そのまま高く飛び上がった。

『まずい! 逃げるつもりだ!』

 大きな音で羽をばたつかせながら、グリッチはそのまま飛び去ってしまう。

「おい! 逃げたぞ! どうすんだよアイツ飛んだじゃん!」

『よし、追うぞ少年』

「でもどうやって……」

『少年はバイクがあるだろう』

 あ、そうか、と答えて、ハックはすぐにカフェテラスの傍に止めていたバイクの元へ駆け寄っていく。

『よし、ディスクフォルダーからRapidHackerのディスクを取り出してくれ』

「らぴっど……なんて……? ああ、これか!」

 言われるがままに、ハックはRapidHackerと書かれたディスクを取り出すと、すぐにハックドライバーへ装填する。

『Now Loading……』

 ドライバーは電子音声と共に光を発してバイクを照らし出す。ハックが固唾を呑んでそれを見守っていると、光に当てられたバイクは、上の方から徐々に“書き換えられる”ようにしてその形を変化させていく。

『Install……Set up!  RapidHacker!』

 そしてハックの……拓夫のバイクは瞬く間に全く別のバイクへと変化した。

 拓夫のバイクは少し古い型の、真っ黒な普通のバイクだった。しかし今のバイクはハックのスーツとよく似た、白いメカニカルなデザインのレース用のバイクに似たデザインに変化してしまっている。おまけにマフラーは四本ついており、内二本は何故か下を向いていた。

 全く別の姿になった愛機をしばらくポカンと眺めた後、ハッとなったハックはすぐにドライバーの向こうのマクレガーを怒鳴りつけた。

「おい! 俺のバイク! バイク変になった! どうすんだよこれ! 元々親父のバイクなんだぞ!」

『気にするな! ”ラピッドハッカー”の方が速くて強い! 今の君と、ハックと相性抜群のご機嫌なマシンだ!』

「おっまえ……! 戻せよ! 後で絶対戻せよ!」

 悪態を吐きながらも、ハックはラピッドハッカーへと跨る。遠くからパトカーのサイレンも聞こえてきており、このままここに残っていればまた警官に追いかけられかねない。

 凛桜や他の被害者をこのまま放っておくことには強い抵抗を覚えたが、警察が来たならきちんとしかるべき処置を施してくれるハズだ。そう信じて、ハックはラピッドハッカーを走らせた。

「え、わ、ちょっとこれ! 馬力! 馬力おかしいよ!」

 少しアクセルを踏んだだけで、普通のバイクではあり得ない勢いで加速し、ハックはラピッドハッカーに半ば振り回される形でどうにか運転する。

『今は法律を気にするな、全速力でグリッチを追え!』

「俺化物扱いでスピード違反って、もう犯罪者じゃんか!」

 言いつつも、ハックは超高速でグリッチの飛び去った方向へとラピッドハッカーを走らせた。





 ハックの率直な感想を言うならば、ラピッドハッカーはとんでもないマシンだった。

 どんなマシンでもスピードを上げ過ぎればコントロールは難しくなっていくものだったし、ハック自身の運転技術は精々安全運転が出来るくらいのものだ。しかしこのラピッドハッカーは機械である程度運転を補助しているのか、とんでもないスピードを出しながらも車と車の間を縫って運転したり、スピードをほとんど落とさないままの右左折を可能にしてしまっている。その結果、ハックはすぐに空を飛ぶグリッチに追いつくことが出来た。

『よし、飛ぶぞ、今から私の言う通りに操作してくれ』

「飛ぶって何だよバイクでか!」

『バイクでだ!』

「バイクってのはな、地面を走るからバイクなんだよ! タイヤが飛ぶか!」

 言いながらも、ハックはマクレガーの指示通りにバイクについたスイッチを操作する。すると、下を向いているマフラーから轟音が鳴り響き、ラピッドハッカーはそのまま真っ直ぐに宙に浮いた。

 宙に浮くと今度は前輪と後輪が真っ二つになり、高速回転するプロペラへと変化を遂げる。ラピッドハッカーの飛行形態――――ジェットハッカーである。

「ごめん、俺オタクだからついていけない」

『君は少々”オタク”という言葉を便利に使いすぎじゃないか?』

 そんなやり取りをしてはいたものの、状況の好転具合は凄まじい。これでハックは、飛んでいるグリッチに近づくことが出来るのだ。

 ジェットハッカーの運転もほとんどは機械が制御しているのか、マクレガーの指示通りに動かせば何とかハックでも運転することが出来た。

 接近してよく見てみると、グリッチは先程の戦闘とここまでの飛行でかなり疲労しており、どこかふらついている。もう後はプログラムブレイクで仕留めるだけだろうとハックは思ったが、この状態からどうやって攻撃するのかがわからない。

『よし、ジェットハッカーをオートモードに切り替えるんだ。プログラムブレイクを叩き込むぞ』

「ジェット……何? ああもういいや何でも!」

 そのままハックはマクレガーの指示に従い、ジェットハッカーをオートモードへ切り替える。その名の通り、しばらくの間自動操縦する状態である。

『よし行け、プログラムブレイクだ! 落ちてくる君は必ずジェットハッカーが拾う!』

「拾えよ! 絶対拾えよ!? 落とすなよ!?」

『君は私を何度か落としたがな』

 ハックは恐る恐る運転席の上に立つと、ハックドライバーの上蓋を素早く二回スライドさせた。

『Program Break!』

 ドライバーから右足へ向かってエネルギーが充填される。それを右足で感じてから、ハックは深く息を吸い込んだ。

「ええいままよ! い、い、いくぞこの野郎!」

 ややへっぴり腰になりながらも、ハックは運転席からグリッチ目掛けて跳び上がる。驚いているグリッチへ容赦なく右足を向けると、そこから昨日と同じように白いケーブルが射出され、ハックの右足とグリッチを繋ぐ。

「うおおおあああ! ゆ、ゆうしぇんキッキュ!」

 噛み噛みになりながら叫び、ハックの身体はケーブルの中へと吸い込まれていく。そして次の瞬間にはもう、ハックの身体はケーブルを通じて跳び蹴りを叩き込み、グリッチの身体を貫通していた。

 貫通したハックの後ろで派手に爆ぜるグリッチ。その音を聞いて安堵したのも束の間、ハックは自分の身体が急速に重力で引っ張られていくのを感じた。

「待って落ちる落ちる! 助けて無理! 死ぬ!」

 空中でもがきながらわめくハックだったが、その下に素早く飛んで来たジェットハッカーが見事にハックを救出する。寝そべるような形で運転席に乗せられたハックは、どうにか助かったことに気づいて安堵の溜息を吐いた。

『ご苦労少年、見事だ』

「も、もう二度と紐なしバンジーなんてやらないぞ……」

『……紐なしはただのジャンプだ少年』

 もうマクレガーのツッコミなんて、ハックの耳には入っていなかった。





 グリッチを撃破した後、人目につかない場所にジェットハッカーを着陸させたハックは、すぐに拓夫の姿へと戻る。ハックから元に戻ると、バイクもそのまま元に戻っていき、それを見て拓夫は心底安心してから元に戻った愛機を撫で回した。

「マクレガー、その……こないだは戦わないなんて言って、ごめん」

 不意に、しおらしくそんなことを言い出す拓夫だったが、マクレガーは気にするな、と快活に答える。

『事情を話せない私の方に問題がある。少々ショッキングでね、話す私にもかなり心の準備が必要なんだ』

「……そっか。じゃあ、今はいいよ」

 マクレガーについては謎が多いものの、改めてやり取りしてみた結果、拓夫を騙そうとしているようには感じられなかった。少し滅茶苦茶な感じはするものの、少なくとも敵ではなかったし、グリッチから人を守りたいという気持ちは強く感じられた。

 だからもう少し、信じてみたいと思った。

 怖いという気持ちに変わりはないし、警察にも追われたくない。しかしそんなことで投げ出して良いようなことではない……そんな使命感が、今の拓夫には芽生えていた。

 凛桜を傷つけられてやっと理解出来た。大切な人が理不尽に傷つく怖さを、それを平然と行うグリッチへの怒りを。もう無闇に飛び出すだけじゃない。拓夫は、今自分にしか出来ないやり方で、ハックの力で戦わなければならない。それは力を得た者の義務で、使命なのかも知れない。弱い自分のまま飛び出して、自分を満足させるだけの正義感はもうお終いにしなければならないのだ。

 自分の気持ちではなく、傷つけられている誰かを救うために。

「俺、やってみるよ。よくわかんないけど、やっぱ格好悪いのは嫌だし」

『少年……』

「拓夫、秋場拓夫! これからしばらく一緒にやってくんだ、ちゃんと呼んでくれると嬉しい」

『……そうだな。よろしく、拓夫』

「ああ、こちらこそ……”マック”!」

 親しみを込めて、拓夫はマクレガーをそう呼んだ。


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