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超人ハック  作者: シクル
1/12

第一話「変身するオタク」

 あらすじの部分で記載した通り、本作は強く日曜朝の特撮を意識したものとなっています。

 ですので、そういう「お約束」的な表現が多くなっておりますので、苦手な方にはあまりオススメ出来ませんが、特撮的な「お約束」を好む方、或いはそれ程気にならないという方は是非よろしくお願いいたします。

 地球が核の炎に包まれてから、もう何年経ったのかわからない。もしかするともう数十年経っているかも知れないし、ほんの数日間なのかも知れない。太陽が見えなくなって以来、時間の感覚が私にはほとんどない。

 生きとし生けるもの全てが滅び去り、これを書いている私の命ももう長くはないだろう。大地は枯れ、空は灰色の雲が覆い隠し、世界にあるのは瓦礫と死だけだ。

 酷く寒い。奇跡的に残っていたこの施設も電力のほとんどを使い切り、食料も底を突いている。もう出来ることは何もない。この周囲で我々以外の生存者を見つけることは最期まで叶わなかった。

 もう、平和に生きていたことが遠い昔のように思える。あまりに遠過ぎて全て夢か何かだったかのように思えてしまう。どれだけ過去を思っても決して戻りはしないが、この孤独と絶望の中ではどうしても過去のイメージに縋り付いてしまう。もっと大事に、丁寧に生きれば良かったのだろうか。後悔が、やり残したことが多過ぎた。数え切れない程の悔恨に苛まれ続けて気が狂ってしまいそうだ。

 私はこれを書き終え次第深い眠りにつく。もし、もしこの手帳を見つけたらどうか”彼ら”を救ってやって欲しい。私の力では救うことの出来なかった彼らを、どうかあなたの手で救ってやって欲しい。

 それだけが、今の私の望みだ。


















 一人の少年が、柄の悪い青年達に絡まれていた。人通りの多い街道であるにも関わらず、青年達……というより不良達は少年一人を三人で取り囲んで圧迫しながら何やら喚き立てている。少年の方は完全に萎縮してしまっており、何も言い返せないまま縮こまってキョロキョロと様子を伺っている。

 ああ、まただ。と少年は思う。昔から絡まれやすく、学校でもよくイジりの対象にされている。今日だってたまたま不機嫌そうな顔でたむろしている彼らと目が合っただけでこのザマだ。どうもこのキョロキョロした目線とビクビクとした小動物じみた動きが彼らにとっては面白いらしい。

 少年は助けを求めるように辺りを見回すが、道行く人々は誰一人として見向きもしない。メイド喫茶のPRをしているメイド達もたまにチラリとこちらを見るくらいで、すぐにチラシを配りながらよそに笑顔を振りまいている。何だってこんな街に柄の悪い連中がいるのか少年には皆目検討もつかなかったが、それも「運が悪い」の一言で片付いてしまう。

「ッタルァラオラァッ! いつまでも黙ってンじゃねェぞオルァ!」

「す、すいませ……すい、ませ……すい――」

 言葉を言い終わらない内に少年の胸ぐらが掴まれる。今にも殴られそうなこの光景を面白がった野次馬達が携帯のカメラで少年を撮影する音が聞こえてくる。そんなことしてないで助けて欲しかったが、誰も少年を助けようとはしなかった。

「すいません、すいませんすいませんすいません……許してください何でもします……!」

 ここで、少年は禁句を言ってしまったことに気がつく。今までの人生、「何でもします」を口にしてロクな目に遭った試しがない。気づいた時には既に遅く、不良達はニヤリと笑みを浮かべていた。

「あァ? 今何でもするっつったか? おォ?」

「あ、いや、その……」

 なんとか撤回しようと、少年が涙目になりながら首を左右に振った――――その時だった。

「あ、あの!」

 不意に、不良達の後ろから、少年と同年代くらいの学生服の少年が不良達に声をかけた。

 背はあまり高くない、顔立ちは整っていたが取り立てて特徴的な部分のなさそうな少年だ。手には紙袋を提げており、中から丸めたポスターらしきものがはみ出ている。

「なんだァ?」

「あ、えっとその、暴力って良くないなぁ……て、お、思いません……?」

「なんだコイツ……ん?」

 不良達は一気に学生服の少年の方へ視線を集中させると、すぐに彼の持っている紙袋へと目を向ける。フリルたっぷりの衣装を身に付けたアニメキャラクターの女の子が描かれたその紙袋に、不良達はクスクスと嘲笑の笑みをこぼす。

「あ、知ってます!? これ、で、でで、電脳魔法少女きゅんきゅん☆デンパちゃん! 予約限定版なんですよ!」

 嬉々として早口で語る学生服の少年に対して不良達の反応は小馬鹿にした様子で、三人共口々にマジかよだの気持ち悪いだのと軽蔑するかのような視線を学生服の少年に送っていた。

「うるせえんだよオタク野郎! だからお前は何なんだっつってんだよ!」

「いや、だから俺は……そ、その……何でしょうね……」

 そこで急に、学生服の少年は困ったように視線を泳がせる。わざわざ不良達を止めようとしたわりには、どこかビクビクした様子で、これでは先程まで絡まれていた少年と大差ない。既にさっき絡まれていた少年はその場から立ち去っており、いつの間にか不良達に絡まれているのは学生服の少年だけだった。

「だったらお前が俺らのストレス発散してくれンのかよ!」

「いや、あの、俺……オタクだから喧嘩はちょっと……」

 次の瞬間、学生服の少年の顔に不良の拳が炸裂した。





「なーんでそういうのほっとけないのかなぁ」

 少年――――秋場拓夫あきばたくおの腫れた頬にガーゼを貼りながら、少女――卯月凛桜うつきりおは溜息をつく。凛桜のその言葉に、拓夫は少しふてくされながらもぶっきらぼうにだって……とだけ答えた。

「だってもロッテもないでしょ。アンタクソみたいに弱いんだからいい加減そういうのに首突っ込むのやめなさいよね」

「で、でも……お礼、言われたし……」

 あの時、少年は一度逃げたものの、拓夫が不良から解放された後わざわざお礼を言いに戻ってきたのだ。助けに入ったというのに格好悪く殴られて帰った拓夫だったが、少年に感謝されたことは素直に嬉しいと感じていた。

「はいはい承認欲求充足おつかれさん、と。ほら、終わったわよ」

 もう一度深く溜息をついてそういうと、凛桜ははい、と貼り終わったガーゼを軽く叩いて立ち上がる。

「そ、そりゃ、俺は超弱いよ。オタクだもん……」

「出たオタク特有の言い訳。あーオタクが伝染うつる伝染る」

 やだやだ、と言った感じで手をひらひらと振った後、凛桜は台所借りるね、と小さく告げてキッチンの方へ歩いて行く。

 ここは拓夫の住むアパートの一室だ。凛桜は拓夫が幼少の頃から付き合いのある幼なじみで、こうしてよく遊びに来ている。拓夫はまともに自炊をしないため、健康状態を心配する凛桜はまるで母親のようにこうして拓夫の家に料理を定期的に作りに来る。

「まったく感謝してよね。あたしみたいな美少女に手当てしてもらって、料理してもらって、あたしはアンタの彼女かっての」

 自称している時点で性格に難があるのは明白だったが、卯月凛桜は本当に美少女だ。流れるような美しく長い黒髪と、その言動や性格に相応しいキツそうな目つき。モデルか何かと見間違えるようなスタイルと顔つきは文字通り美少女ではあるものの、口の悪さがそれらを台無しにする。

「た、頼んでないだろ。それに俺、オタクだから彼女とかいないし、いらないし……」

 言葉の後半を少し濁しながらそう言って、拓夫はテレビの電源を点ける。

『速報です。つい先程、街中で怪物の目撃情報があった、というニュースが入りました。怪物の行方は依然として不明で、警察によって現在捜索中です。近隣の方々はなるべく外出を控えるよう心がけてください。怪物騒ぎは数日前から度々起こっており、今回の怪物も前回の怪物と同一のものであるのではないかと推察されており――――』

「また怪物? うっそくさいわねぇ」

 トン、トン、とまな板の上でじゃがいもを切りながら、凛桜は振り向きもしないでそうこぼす。

「でも、見たって人、結構いるみたいだし」

「へーーーじゃあ口裂け女も実在したかもねー。あんびりーばぼー」

 おどけた様子でそう言いながら、凛桜は淡々と調理をこなしていく。

「なんだよ、警察だっているって言ってるんだぞ」

「あのねぇ。あたしはあたしがこの目で見たものしか信用出来ないの! 誰かがああ言ってたとか、偉い人達がこう言ってたとか、本当どうでも良い」

「で、でも警察が……」

「警察警察うっさいわね! あたしは見たことないものは信じない、見たことない以上、織田信長の存在だって認めないわよ!」

 とんでもない女だった。

 凛桜は昔からこういう性格でとにかく気が強い。そんな凛桜とは対照的にやや優柔不断気味な拓夫は、幼い時から強引に引っ張り回されることが多く会話の調子も当時と現在で特に変化はない。あるとすれば小さい時より更に凛桜の気が強くなったことくらいだろうか。

 何やらまだぶつくさと言っている凛桜の話を適当に聞き流しつつ、ボーッとテレビへ視線を向けている拓夫だったが、不意にはたと何かに気づいたかのように身体をビクつかせる。

「大体昔からお化けだの妖怪だのとアニメの影響受けすぎなのよアンタは……ってあー! お米炊いてない! いつも言ってるでしょあたしが来る時はちゃんとお米炊いといてって、ちょっと聞いてる!?」

「う、ああ、ごめん! 聞いてた! 何!?」

「いや何って聞き返してる時点で聞いてないでしょアンタ!」

 慌てて凛桜の方を振り向いていた拓夫の額へ、唐突に土の臭いと共に何か固いものがぶつけられる。困惑しながら額をさすりつつ足元に落ちたソレを拾い上げると、そこにあるのはジャガイモだった。

「た、食べ物投げなくても……」

 投げられたジャガイモはとりあえずキッチンへ返しておく拓夫であった。





 凛桜に言われるがままにご飯の用意をした後、拓夫はすぐに街へ戻った。電脳魔法少女きゅんきゅん☆デンパちゃんの初回予約限定版ブルーレイを買ったは良いものの、今日発売の雑誌と新刊を買い忘れていたのだ。先程部屋でふと思い出したのはこのことである。

「ふぅ……」

 満足げに雑誌と新刊の入った紙袋を抱え、拓夫は街道を歩く。もう薄暗くなりつつあるが、人通りは絶えない。相変わらずメイド達はビラ配りを続けているし、道行く人々はお互いに興味なさそうにすれ違っている。歩きながら携帯をつついている姿もちらほら見られ、今でこそつついていないものの普段は拓夫も彼らの仲間みたいなものだ。

 拓夫のアパートから電車で数分のこの電気街の町並みは、流石にそろそろ見慣れたものの、最初に来た時は如何にオタクの拓夫と言えども面食らったものだった。建物にデカデカとアニメの広告があったり、そこら中にビラ配りと客引きをするメイドがいたりと拓夫の地元……というかここ以外の場所では考えられないような光景がこれでもかという程繰り広げられていた。正直な所、初めて見た時は流石の拓夫も若干引き気味のリアクションを取ってしまっていた程だった。

 しかし拓夫も、この田外でんがい市に越してきて、ここに通うようになってそろそろ二年経つ。もうどこをメイドが歩いていたって驚かないし、ゴスロリのおじさんが歩いていたって驚かないという自信もついてきた。流石に怪物レベルだと驚くかも知れないが、この街で起きそうなことには大抵驚かないでいられるだろう。

 そんな二年間かけて培ってきた自信が、次の瞬間音もなく砕け散る。

「……ん?」

 近道をしようとして、表通りから外れた通りを歩いていると、何気なく目を向けた場所に何だかあり得ないものがあった気がして拓夫は眉をひそめる。

「オニイサン、オイシイヨケバブ、イマナラヤマモリシトクヨ」

「あ、いや、今はちょっと……」

 そこにあるのは外人がやっているケバブの屋台で、夕飯時なのにあまり人の集まりは良くない。ここを通る前にもケバブの店はあったので、恐らくそっちに客を取られているのだろう。拓夫はケバブをあまり食べないので味の違いなどわからないし、今からケバブなんて食べて帰ろうものなら折角夕飯を作ってくれている凛桜に何をされるかわかったものじゃない。

 それに、拓夫が見ているのはケバブの屋台ではなく、その足元だ。この屋台は移動販売車なのだが、その四輪の足元に人の頭くらいの大きさの何かが転がっているのだ。

 というか人の頭だ。

「え、あ、……ひっ……」

 情けない悲鳴を上げる拓夫を見て、ケバブ屋の店主は不思議そうに拓夫を見つめている。どうすれば良いのかわからないまま拓夫があたふたしていると、あろうことかその生首はゴロリと転がって顔を拓夫の方に向けてきたのだ。

「……ん? あ、君!」

「え、あ、えぇ!?」

 その上その生首、両目でしっかりと拓夫を見てハッキリと言葉を発音したのである。思わずその場へ尻餅をついた拓夫の傍に、生首はゴロゴロと転がりながら近づいてくる。

 一瞬ニュースで聴いた怪物のことかと思ったが、これではどちらかと言わずともただの生首だ。これで触手か何かでも伸ばして襲いかかってくれば間違いなく怪物なのだが。

「丁度良い、私を拾い上げてくれないか」

 その顔は三十代くらいの、イギリス系の男性の顔で、声質も歳相応のものだ。少しダンディな感じの耳に心地の良い渋い声だったが、そんなことを気にしているような余裕は拓夫にはない。

「いや、いやいやいやいや嘘だろこれえええええ!?」

「いや待て、言いたいことはわかるがとりあえず拾い上げてくれないか」

「オニイサン、ドウシタノ」

 生首にも外人にも返事が出来ないまま、拓夫はただ怯えてそのまま後ずさる。周囲を通る人々が若干迷惑そうな視線を向けているが、拓夫の視線は生首に釘付けである。生首は丁度ケバブ屋の店主の死角にいるのか、ケバブ屋の店主は生首には気づいていないらしい。通り過ぎる人々も拓夫のことなどあまり気に留めていないせいか、生首に気づいているのは拓夫だけのようだった。

「そういえば自己紹介がまだだったな。私はマクレガー。マックで構わん」

「うわ名乗った! 生首名乗った!」

「まあいきなりマックなどと愛称で呼ばれると私としてもむず痒いのだがな」

「し、知らねえよ!」

 もう何が何だかわからなくなってしまって、拓夫自身今自分がどんな顔をしているのかさえわからない。ケバブ屋の店主はとうとう拓夫を相手にしなくなっており、まるで商売の邪魔だと言わんばかりにムッとした顔をしている。

 そんな中、生首ことマクレガーが真剣な顔つきになる。

「少年、はやく拾い上げてくれ! 急げ!」

「だからなんなんだよォ!?」

 拓夫がそう叫びながら後ずさったのと同時に、突如上空から凄まじい速度で何かが地面へ落下してくる。落下してきた、というよりは上から発射された、と考えた方が自然なくらいの速度で、ソレはベチャリと音を立ててアスファルトに付着した。恐らく後少しでも反応が遅ければ拓夫に直撃していただろう。

「えっ……?」

 そこに張り付いていたのは無数に束ねられた糸のようなものだった。ただの糸にしては粘っこいそれは上へと伸びており、恐る恐る拓夫は糸の伸びている方向へ目をやる。

「わ、あああああああああああああ!」

「オニイサンナニウルサイヨ!」

 絶叫する拓夫に怒号を飛ばしつつも、ケバブ屋の店主は拓夫と同じ方向へ視線を送り、拓夫が絶叫した理由を理解した。

「ワアアアアアアアアアア!」

「わああああああああああ!」

 二人分の絶叫をよそに、マクレガーの方はどこか落ち着いた様子で糸の先を見つめている。

「拾い上げてくれ、頼む」

 糸の先にいたのは、壁に張り付いた奇怪な姿をした男だった。便宜上ソレを男、と表現はするものの、男女以前にまず人間と言えるかどうかさえ怪しい。

 真っ黒で毛むくじゃらの身体に二本の腕と六本の脚。頭部についた六つの目が、ジッとこちらを見ている。糸は、ソレの口から伸びていた。辛うじて人に近い形をしているものの下半身はほとんど蜘蛛、その姿形はどちらかというと蜘蛛に近い。

 流石に絶叫が聞こえれば、興味なさげに歩いていた人々も蜘蛛男へ目を向けて、そして各々がリアクションを取り始める。拓夫と同じように怯える者、慌てて逃げ出す者、中にはとりあえず写真を撮ろうとするような怖いもの知らずまでいた。

 ――――つい先程、街中で怪物の目撃情報があった、というニュースが入りました。怪物の行方は依然として不明で……

「あ、あいつだ……」

 自室で見たニュースを思い出し、拓夫がゴクリと生唾を飲み込んだ――その時だった。

「アアアアアア!」

 蜘蛛男は糸を一度千切ると、勢い良く壁を蹴って拓夫のすぐ傍へ着地する。そしてチラリとマクレガーへ視線を向けていた。

「わあああああああああッ!」

 拓夫だけではない、その場にいた全員が悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行く。ケバブ屋の店主に至っては慌てて車を発進させる始末だ。

 走り去ろうとする車の方へ向き直り、怪物は口の中に何か含むようにして頬を膨らませる。それに気づいた瞬間、ほぼ無意識的に拓夫の足が動き出した。

「わ、わああああ!」

 勢い良く飛びかかってきた拓夫に対応出来ず、よろめいた怪物は吐き出そうとした糸をあらぬ方向へ飛ばしてしまう。その隙に車は高速で逃げ去って行ったが、拓夫にそれを安堵するような余裕は与えられなかった。

「うわッ」

 怪物は鬱陶しそうに拓夫を払いのけると、尻餅をついた拓夫と傍に転がっているマクレガーの方へゆっくりと歩いて来る。

「や、やばい……やばいやばいやばいやばい!」

 もう拓夫の頭の中は真っ白で、正常に思考が続けられない。逃げなければならないとわかっていながらも、この怪物をほったらかして逃げることを拒んでいる自分がいる。もう既に周囲の人間は逃げ去っており、残っているのは怪物と拓夫とマクレガーだけだ。

 薄気味悪いマクレガーなんて放っておいて逃げ去ってしまえば良いのはわかっていたが、得体の知れない生首とは言え、放っておくことは拓夫には出来なかった。

「フンッ」

 またしても怪物の口から糸が発せられる。今度はマクレガーの方へ向けられており、気づいた瞬間拓夫はマクレガーを抱きかかえながら転がって糸を回避した。

「素晴らしい機転だ少年、礼を言う」

「う、ううううるせえ! そんなこと言ってる場合じゃ、な、ないだろ!」

 ――――アンタクソみたいに弱いんだからいい加減そういうのに首突っ込むのやめなさいよね。

 凛桜の言う通りだ。いつも拓夫はこうして首を突っ込んで損をする。拓夫は少しも強くない、鍛えているわけでもないし精神的にもそこまで強い方だと自分では思っていない。

 けれども、目の前で困っている誰かを見るとどうしても無視できない。拓夫自身、本当は全部無視して逃げてしまいたいと思っている。自分のことに関してはいつもそうやって逃げてきた。しかしそれでも、他人のことになると黙っていられない、それが秋場拓夫だった。

「……巻き込むのは気が引けるがやむを得ん。手を出してくれ」

「何言ってンのかわ、わかんないよ! 良いから逃げよう……ね! 死ぬよこのままじゃ!」

「その必要はない、手を出してくれ少年。アレをデリートする」

「は、はぁ!? 何言っちゃってんだよ!」

「すまない、とにかく黙って手を出してくれ」

 マクレガーの言葉に、拓夫は少しだけ逡巡するような様子を見せたが、やがて諦めたように頷く。

「ああもうわかった! わかった出す、出すッ……から!」

 左手でマクレガーを抱きかかえ、マクレガーの口元へ右手を差し出す。そうしたまま拓夫は歩み寄りながらこちらの様子を伺っている怪物を見ながらマクレガーを急かすように右手を震わせた。

「ほら! こうだろ、はいやった! 右手出した!」

「礼を言う、行くぞ」

 そして次の瞬間、マクレガーは拓夫の右手に勢い良く噛み付いた。それに対して拓夫が何か言うよりも早く、拓夫の身体中を電流のようなものが駆け抜ける。あまりのことに拓夫は意識を手放しかけながらその場で足をふらつかせた。

「出来たぞ少年。腕を見ろ」

「な、は……え?」

 いつの間にか、拓夫の右腕には白いブルーレイドライブのような装置が装着されている。ブレスレットのようなもので腕に固定されているらしく、継ぎ目がないためどうやって外せば良いのかもわからない。

「なんだよこれ! な、な、何してんのお前!?」

 マクレガーが何か応えるよりも早く、接近してきた怪物が右拳を振り上げて襲い掛かってくる。咄嗟に拓夫は屈んで回避すると、そのまま右へ飛び込むようにして怪物から距離を取る。

「腰にディスクケースがある、そこから『hack』とかかれた白いディスクを取り出すんだ」

「こ、腰ぃぃ? ディスクぅ……!?」

 地べたに倒れ込んだ状態からすぐに態勢を立て直し、拓夫はマクレガーの言う通りいつの間にか腰に着けられているディスクケースを開く。中にはディスクが入っており、拓夫は無我夢中でその中から白いディスクを取り出した。

「ドライバーの上蓋をスライド、ディスクを装填しろ」

「あ、ああもう! どうにでもなれよ!」

 拓夫が右腕の装置の上蓋をスライドさせると、ガシャンと音がして上蓋がズレる。

「こうすりゃ良いんだろ!」

 すぐさまそこへディスクを装填すると、ディスクは入れた途端に高速回転を始める。そして次の瞬間、装置から突如無機質な電子音声が流れた。

『Now Loading……』

「な、なんか言ってるけどォ!?」

「少年、上蓋を閉じろ!」

 急に語気を荒げるマクレガーに驚いて、拓夫はほとんど反射的に装置の上蓋を閉じる。見れば、怪物は既にこちらへ駆け寄り始めており、拓夫は上蓋を閉じてからマクレガーが焦っていた理由に気がついた。

『Install……』

 再び装置が電子音声を発すると、装置からホログラフィック映像のような壁が出現し、眼前まで迫っていた怪物を勢い良く弾いた。

 わけがわからないまま吹っ飛ばされ、怪物はどこか訝しげに拓夫を凝視する。

「え、ええ!? な、何何何何! 何が起こンのこれ! ついていけてないんだけど!」

『Set up! Hack!』

 そして次の瞬間、ホログラフィックの壁が拓夫へ迫ってくる。咄嗟に腕でガードの態勢を取る拓夫だったが、壁はお構い無く拓夫に接近し、やがてその全身を包み込む。

「成功だ。ハック」

 マクレガーが拓夫に対してそう呟いた時には既に、拓夫は異形の姿へと変貌を遂げていた。

「…………えっ」

 白を基調としたメカニカルなスーツ。顔はマスクに覆われているようだったが、視界に変化はない。腕には変わらず例の装置が装着されており、腰のディスクケースにも変わりはなかった。

「う、えええええええ!?」

「無事変身出来たようだな! 今の君は超人、”ハック”だ! 今の君ならやれる。あの怪物を倒してくれ!」

「あ!? あー! あー! わかんない! 俺今アンタが何言ってんのかわかんないもんねー!」

「説明は後だ、来るぞハック!」

 状況に理解が追いつかないまま慌てふためく拓夫ことハックへ、再び怪物が襲いかかる。

「え、ちょ、待った! タンマ! 今待って!」

 勿論ハックの言葉など怪物は聞く耳を持たない。今度こそ殺してやるとでも言わんばかりの気迫で怪物は右手を振り上げたまま、六本の脚で地面を蹴り上げてハックへと飛びかかる。

「わー! やめろ! やめろって!」

 怪物に対して、ハックが咄嗟に顔を背けながら両手を突き出すと、その両手は見事に怪物の身体へ直撃する。

「ガッ……!?」

 その勢いで、怪物はハックに突き飛ばされる形で勢い良く吹っ飛ぶと、地面に背中から倒れ込んだ。

「あ、あれ……?」

 驚いて両手を見つめていると、下からマクレガーの得意げな声が聞こえてくる。

「ハックの力なら造作もないことだ少年。後落とすな」

「あ、うん、ごめん」

 咄嗟の行動だったため、思わずマクレガーを落としてしまっていたことに気づいて謝ると、ハックはもう一度自分の両手を見た。

「えっと、じゃあ、今みたいな感じでやっつけろってこと?」

「正にその通りだ」

「な、なんかよくわかんないけど……」

 戸惑いは勿論強かったが、それ以上に自分の力で相手をふっ飛ばしたことに対する興奮の方が強い。

 いつもやられてばかりだった。誰を助けようとしたって結局は自分がボコボコになるばかりで、何度も何度も損をしてきた。他人はおろか自分さえ守れないで、いつだって最終的には自分がいじめや嫌がらせのターゲットになっていた。凛桜にも、周囲にも、弱い弱いと言われ続けてすっかり自信をなくしていた拓夫だったが……

「こ、これなら……」

 誰かを守れる、強い相手と戦える。そんな思いでいっぱいになって、昂揚感で満たされる。こんな気持ちは初めてだった。何かをやれそうだと、勝てそうだと思えたのは。

「いけるか、少年」

 少しだけ不安そうに問うマクレガーに、拓夫は……ハックはコクリと頷いて見せる。

「う、うん。そ、それに俺……オタクだから、こういうアニメみたいな展開、ちょっとワクワクする……かも……!」

 そう言い終わるか言い終わらない内に、ハックは起き上がろうとしている怪物へ駆け出していく。

「ギ……ギ……ッ!」

 立ち上がって奇声を上げ、怪物は両手でハックへ組み付いてくる。そのまましばらく取っ組み合いになったが、やがてハックは怪物を力強く突き飛ばすと、その顔面へ渾身の右ストレートを叩き込む。

「うりゃあ!」

 のけぞり、六本の脚でたたらを踏んだ怪物に対して、ハックはそのまま追い打ちと言わんばかりに跳び上がって右拳を突き下ろし、続けざまに右足で蹴りを叩き込む。

「な、なんだ!? 全然弱っちいぞ!」

 少しハックが得意げになったのも束の間、蹴り飛ばされた勢いで少しハックと距離をとっていた怪物は、ハック目掛けて勢い良く糸を吐き出した。

「わッ!」

 油断していたせいで避けられず、ハックの身体は怪物の吐き出した糸によって縛り上げられる。そのまま怪物は身体ごと大きく振ってハックの身体を壁へ叩きつけた。

「ッてェ!」

 壁をへこませてパラパラと破片を舞わせながら、ハックはそのまま地面へ叩き落とされる。

「少年!」

「い、痛いだろこの野郎! オタクは鍛えてないんだぞ!」

 糸に縛られたまま倒れるハックを、六本の脚でねじ伏せようとして跳び上がる怪物だったが、ハックは強引に糸を引き千切るとそのまま転がって怪物を回避する。

「オタクゥ……なめんなァ!」

 すぐに態勢を立て直すと、ハックは再び右ストレートを怪物へ叩き込んだ後、のけぞった怪物に対してそのままドロップキックをお見舞いする。

「ど、どどどどうだ!」

 今までのダメージとドロップキックが効いたらしく、怪物は脚をピクピクさせながらその場に倒れ込んでいる。だいぶ弱っているらしいことは明らかだった。

「よし、止めのプログラムブレイクだ。少年、ドライバーの上蓋を二回スライドさせてくれ」

「ひ、必殺技!?」

「そのようなものだ!」

 マクレガーの指示通り、ハックが怪物の方を向いたまま装置の上蓋を素早く二回スライドさせると、再び装置から電子音声が発せられた。

『Program Break!』

 装置から右腕を伝い、光がハックの右足へと集中していく。恐らく必殺技を放つためのエネルギーが右足にチャージされているのだろう。

「跳べ少年、飛び蹴りだ!」

「りょ、了解!」

 ハックは高く跳躍し、もう起き上がり始めている怪物へ右足を向ける。すると、どういうわけかハックの右足から白いケーブルが出現し、凄まじい速度で怪物へ向かい、そのまま怪物の胸元へ張り付いた。

「え、何!? 今の何!?」

「そのままいけ! 『ハックコネクトデリート』だ!」

 マクレガーが叫んだのは必殺技だろうか。しかしそれがハックにはうまく聞き取れておらず、聞き返したそうにハックはマクレガーをチラリと見たが、すぐに諦めて怪物の方へ視線を戻す。

「う、あ、ええ、と……『有線キック』!」

 あまりしまらない技名をハックが叫んだ瞬間、ハックの身体はケーブルに吸い込まれるようにして消えていく。それに対して怪物が驚愕するかのような動きを見せたが、その時には既にケーブルを通してハックの飛び蹴りが炸裂していた。

「おりゃあああああ!」

 叫んでいるハックは既に怪物の真後ろで着地している。そう、ハックは右足から伸びたケーブルを通して、接続されている怪物に対して高速の飛び蹴りを放ったのだ。

「ガアアアアアアアアアアアッ!」

 胸元に巨大な穴を空け、怪物は悲鳴と共にその場で爆発四散する。それを確認すると、ハックは小さく溜息を吐いた。

「た、倒した……?」

「よくやってくれた。有線キックはいただけないがな」

「だ、だったら無線にしろよ!」

 ハックのよくわからない返しに、マクレガーがその内な、とバツの悪そうな顔で答えていると、不意にパトカーのサイレンが聞こえてくる。

「え、え、ええっ!?」

 瞬く間にパトカーから出てきた警官隊に取り囲まれ、ハックは銃を向けられた。

「いや、あの、お、俺は違うというか……」

「貴様が通報のあった怪物か! 言葉が通じるなら投降しろ!」

「いやだから違うんですって! お、俺はその……」

「何だ、何者だ!?」

 よく考えると自分でも今自分が何者なのかよくわからなかった。

「あ、えぇっと……」

 しばらく返答に困った後、ハックは小さくこう答える。

「……オタク、です」

 勿論誰も納得しなかった。


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