第16話:過去話はフラグの香り(ローズの場合)
週間ユニークアクセス数が700超えました!ありがとうございます!
第16話:過去話はフラグの香り(ローズの場合)
――――――――――
ローズの生まれは、この世界の列強国のひとつである聖サーラ(サン・サーラ)王国。彼女はこの世に生を受けたときから賢者の素質があると言われてきた、いわゆる神童である。彼女は物心ついた頃から魔道士としての教育を受けるべく、両親の元を離れ――離されて王宮にて教育を受けていた。
彼女の青春は魔術の勉強に消え、彼女の家族との時間も召喚術の勉強に消えていった。
元々、召喚術を修めている人間は少なく、そういった人への仕事はかなり多く来ているので、その仕事の報酬は相当高かった…のだが、この聖サーラ王国は列強国の中でも特に武力行使が盛んな国だったので、召喚する魔物もほとんどが近隣の国に攻め入るためだけのものだった。
そんな仕事をほんの10歳の女子がこなしていくので、周囲の取り巻きからは天才と呼ばれるまでに至る。反面、他の同年代の魔道士見習いからは激しい嫉妬を抱かれる事になった。
ある日、ローズが王宮内の廊下を歩いていると見習い魔道士の一人が彼女に突っかかってきた。
「おいローズ、お前同期のクセに生意気なんだよ。ちょっと天才なんて呼ばれてるからって――」
「うん、天才だけど?それとも何、アタシと勝負でもしようっての?」
今と変わらず、ローズは強かだった。嫌がらせになんて一切振り向くこと無く只々自分の勉強に打ち込むタイプだったので、「アイツは付き合いが悪い」と更に嫌われるようになったしそう思わせる言動もかなり目立っていた。
「勝負なんて生易しいものじゃ無いんだよ!おいお前ら、さっさとコイツを――」
周囲にいた他の魔道士に声を掛けようと後ろを振り向いた瞬間、ローズが小声で詠唱する。
「――[ガストバレット]」
彼女がかざした右の手の平から、圧縮された空気の弾丸――否。砲弾が、絡んできた見習いに炸裂する。直撃を食らったそいつはきりもみしながら30mほど吹っ飛ばされ、ぱたりと動かなくなった。
「ったく、実力無いクセに…喧嘩なんて売ってる暇あったら勉強しろっての」
「いやぁお見事でございます、流石は神童と呼ばれた子ですね!」
「オズワルド最高司祭…教皇の次に偉いアンタがこんな所に何の用?」
不意に、純白の導服に身を包んだ司祭が彼女に詰め寄って来た。彼の顔は張り付いたようにニヤニヤしており周囲からも「アイツは近い内、絶対に何かしらの問題を起こす」と噂されている程だ。
「コレくらい普通にできるもんでしょ?」
司祭はオーバーアクション気味に驚く仕草を取る。
「いえいえ!普通10歳の女子が[風魔法Lv8]まで使えることはまずありませんよ。アナタが特別である所以です」
「ふーん。で、アタシに何か用?」
「ええ、ローズさんは召喚術を既に修められているそうで?」
「それが何?」
オズワルドの糸の様に細い眼の隙間から小さな瞳がちらりと覗く。
「この王国を守るべく、強大な魔物の召喚を手伝って頂きたいのです」
「とか言って、どうせ隣国に戦争仕掛ける為の武力確保なんでしょ?魂胆が見え見え、顔にそう書いてあるわ」
吐き捨てるローズに、彼の顔がぴくぴくとひきつる。
「もちろん、断らせてもらうわ。そんな程度の低い事に貴重な時間を割くわけにはいかないの、これから[光魔法]と[闇魔法]を習得しに導師を訪ねに行く所だし」
そう言いながら彼の隣を通り過ぎようとした時、彼が乱暴にローズの着ていたローブの左袖を掴み引き寄せた!
「先程からその言い方、やはり神童であれど礼儀作法は子供のままの様ですねぇ」
「実力行使なんて大した度胸じゃない、その程度なら――」
ローズが魔法を使おうとした瞬間、司祭は懐から取り出した腕輪を掴んだままのローズの左手に着けた!
「『隷属――主人:オズワルド――』」
「なっ、それは奴隷に着ける…!」
「さてローズ、大人しくついて来るんだ」
「断ったら――あああぁああっ!」
ローズは腕輪の効果を知ってはいたが、その腕輪自体がブラフの可能性を考えていた…が、悪態をついた瞬間に腕輪から強烈な電流が走ったので彼女の仮説は立証されなかった。
そのままローズは司祭に腕を掴まれたまま長い長い階段を下り、巨大な地下空間に連れてこられた。位置的には王宮の丁度真下といった所だろうか。
「さて、なるべく強い魔物が良いですからねぇ…大型の、ドラゴン級のヤツでも呼んでもらいましょうか」
「お生憎だ――ね…っ!そんなクラスの――魔物なんてね、呼んだ事…なんて――」
流れる電流は、物凄く痛い…が、我慢すればどうにかなる。ローズは気力で耐えながら彼の要求を拒み続けていた。しかし――
「『隷属――主人:オズワルド――制裁:デス』」
「なっ――!!」
その詠唱を聞いた瞬間、ローズは硬直した。
今の詠唱は条件追加のものだ。指定が無ければ先程のような電撃程度で済むが、条件さえ追加すればそこからの後付は自由自在なのである。
今回ローズに課せられたのは至ってシンプル、「逆らえば死」であった。
司祭はゆっくりと、はっきりとローズに聞こえるように言った。
「強大な…最低でも、神竜クラスのドラゴンを召喚しろ」
「…はい」
当たり前のように勝ってきたローズにとって、初めての敗北だった。行き場の無い悔しさも怒りも、表に出せば腕輪の効果で死ぬ。怒りと絶望に打ち震えながらも彼女は召喚の術式を構築していく。
「…――我が願いを聞き、応え、顕現せよ――『神竜』」
地下空間いっぱいに描かれた魔法陣から、目を開けられないような強烈な光が発せられる。
『俺ヲ呼ンダノハオ前カ?』
光の中から、むしろ闇の中から聞こえたほうがしっくりくる位の禍々しい声が響き渡る。
「ああ、アタシが呼んだよ。でも用があるのはあっちの男だけどね」
光が収まると、そこにはあまりに巨大な…恐らくは高さだけでも30m以上はあろう、鱗も甲殻も真っ黒のドラゴンが悠然と立っていた。
その燃えるように赤く映えた目が司祭の姿を捉え、地響きを立てながら一歩、また一歩と歩みを進める。
「おお、流石は神童!見事に成功させるとはな…では神竜よ、私の望みを叶えて貰おう!」
黒竜は半目で彼の姿をまじまじと見ていたが、ゆっくりとその口を開いた。
『フム…望ミヲ、言ッテミロ』
「この国に隣接する全ての国を滅ぼすのだ!!」
両手を仰々しく上げ、オズワルドは声高々に叫んだ!黒竜は目を閉じうんうんと頷く。オズワルドの目は勝利を確信したものになった。
『ヨシ分カッタ、断ル』
「…え?」
黒竜は呆れ半分で溜息をつきながらその場に腰を下ろす。頬杖をつきながら半目で睨む様はまるで子を叱る親の様だった。
『ソンナショウモナイ事ヲマァヨク仰々シク両腕上ゲテ声高々ニ叫ベルナ』
まるでローズの心の声を代弁するがごとく、黒竜はオズワルドをダメ出しする。
「ま、まだだ!この腕輪さえ着ければ――」
『ガアアアァァァッ!』
彼の言動を遮る様に黒竜の咆哮が炸裂し、地下空間いっぱいに膨大な魔力が溢れかえる!その尋常ではない魔力量に腕輪が粉々に砕け散ってしまった。
「こ、こんな事が…」
「つまりは、そういう事だったって訳ね」
オズワルドが後ろを振り返ると、腕輪が消えて自由になったローズが今まさに分厚い[光魔法]と[闇魔法]の魔道書の角で殴りかかっている所だった。
しかし、すんでの所で彼の姿が消える。恐らくは転移魔法を使用したのだろう。
「逃がしたか、面倒なことにならないかしら?」
ローズの前に黒竜が座り、値踏みするように彼女を見つめる。意を決したかのように黒竜は膝を叩いて立ち上がった。
『見ル限リ、コノ国はサッキノ様ナ馬鹿ガ多イト見タガ…?』
「まぁね、アイツはあれでもこの国のナンバー2だし」
『俺ハソウイッタれべるノ低イ争イハ趣味デハナイシナ――ソウダナ』
首を傾げるローズに、黒竜は笑いながら説明をする。
『ヒトマズ、コノ竜ノ体ナラバ多少ノ無理ハ通セルダロウシ…コノ国ヲ思イ切ッテりせっとシテミルノモ一案ダナ』
「リセットって…どうする気なの?」
『内政ヤ人事カラ変エルカ、ソレトモ…物理的ニ「りせっと」スルカダナ』
それを聞いた瞬間、ローズが大声で叫んだ!
「そんな事したら駄目に決まってるでしょう!?一体何人死ぬと思ってるのよ!」
黒竜はハッハッハと笑いながら手をひらひらさせる。どうやら冗談だった様だが、彼女にとっては心臓に悪い性質の悪い冗談である。
『マァ、思イ切ッテ内政改革デモシテミルカ。当面ハ幹部ヲ全員「解雇」サセル方向ダナ』
至極物騒な話だが、そこに突っ込む事はしなかった。
『デハ、早速作業ニ取リ掛カルト――』
急に、黒竜の動きがピタリと止まった。既に彼の目からは光が消えている。
「ふ…ふふふ…」
ローズの背後から、オズワルドの不気味な含み笑いが空間に響き渡った。
「発動に時間は掛かりましたが、無駄に長話をしてくれたお陰で成功しましたよ――最強の隷属魔法、[精神再編]がねぇ!」
「まさか…コイツを操ろうっていうの!?」
オズワルドは返事の代わりに指先をくるりと回すと、黒竜はその巨体に付いた尻尾でぐるりと一周薙ぎ払った。柱は一度に全て砕け散り、地下空間を支えるものが一切消え去る。
「ふふふふ、ふふふ…」
「ヤッベェ、ひとまず逃げないと!」
崩れていく空間から逃れる為、連れてこられた長い階段を懸命に駆け上がり、間一髪で脱出には成功した。
「ローズさぁん、アナタの手柄は永遠に語り継がれることでしょう――この、オズワルドの名の下に!」
オズワルドに操られた黒竜は王宮から飛び立ち、ブレスで辺り一面を火の海にしていく…
ローズには為す術無く、この国からただひたすら逃げる事しか出来なかった――両親を捨てて。
――――――――――
聖サーラ王国及びその近辺は地獄絵図と化し、人々の絶望の叫びの間を縫うようにローズはただひたすら逃げ続ける。黒竜の咆哮に乗ってローズを呼ぶオズワルドの猫撫で声が毎晩毎晩、高々に響き渡った。
そのせいか、逃亡先でも自分の名を明かせず、名が知られれば災厄の元凶として命を狙われる…彼女の精神は限界に来ていた。
「…顕現して――『家族たりえるもの』…」
こんな事に召喚術を使う事は前例が無かったが、彼女はもうなりふり構わない。拙い魔法陣でも、詠唱が簡素なものであろうとも…今のローズには自身の孤独に押し潰されないようにするだけで精一杯なのだ。
簡素な魔法陣からは尻尾の先が小さく燃えている仔犬――[フレイムパピー]が召喚されていた。
「う…むぅ、ここは?」
何も言わずにローズは召喚された仔犬を抱きしめ、その温もりをひしひしと身体に刻み込む。もう随分と久しかった、「家族」の温もり――
ふと、彼女の目からとめど無く涙がぼろぼろと零れた。ただ、今はこの温もりだけをずっと感じていられればそれでいい。
ローズは……まだ子供だった。
「…グスッ――ヒグッ…うぁぁ――!」
フレイムパピーは泣きじゃくるローズの涙をそっと前脚で拭い、頭を優しく撫でる。
「しばらく…このままでもいい?」
「ああ、気の済むまでいいぞ」
落ち着いたところで、ローズは軽く自己紹介した。フレイムパピーも会釈をし、自己紹介する。
「俺は…そうだな、イフと呼んでくれ」
「イフね。分かったわ、これからよろしく、イフ」
それからの逃避行はイフのお陰で大分ローズの負担が楽になってくれた。戦闘の補助も出来るようになり、すぐに進化して[フレイムドッグ]にランクアップした。
しかし、それでもオズワルドの執拗な追跡はローズの心を確実に蝕んでいっていた。
『ロォーズゥー…』 『ロォーズゥー…』
その夜もまた、相当王国から離れたにも係らずオズワルドの声が咆哮に乗って木霊していた。もちろん、ローズは一睡も出来ていない。
「…いっそのこと、死んでしまった方がまだ楽なのかもしれないねぇ…」
とても10歳の子供が考え付く結論とは言い難いが、元々意識の高い彼女だからこそ導き出してしまった結論だった。
ローズは携帯していたナイフを、自分の首に突き立てる――
「ローズ!何をしてるんだ!」
イフが突進して彼女を突き飛ばし、ナイフは地面を滑っていく。普段落ち着いている彼には珍しく、憔悴しきっている。
「もう…もうこんなの沢山よ…イフには感謝してる、けど――」
そこまで言った途端、イフは前脚でローズの頬を全力で引っ叩いた。そのイフの目からも大粒の涙が零れていた。
「これ以上、俺にそんな姿を見せないでくれ…っ!もう二度と、家族が死ぬのは見たくないんだ…」
「もう二度とって、それってどういう…」
イフはしばらく黙り込んだが、意を決して顔を上げた。
「俺が元人間だ――と言われたら、ローズは信じるか?」
ローズは困惑していた。それはそうだ、自分が召喚した魔物が「俺は人間だった」なんて言い出したら混乱するのも仕方の無いことだからだ。
しかし彼女の知的好奇心はこんな状況でも死なず、イフに詳しい事情を聞こうとした。けど、上手く表現できずにこの質問だけが口からこぼれた。
「元人間ね…本名は何だったの?」
今思えば非常に間抜けな質問だったと思う、けど…家族相手に詮索はしたくなかった。イフはちょっと笑いながら答えてくれた。
「俺の本名は明智博一。しかし、今はもうこの世界のイフという名があるし、その名に愛着もある。これからはイフと呼んで欲しい」
「分かったよイフ、変な事聞いて悪かったね」
いつの間にか彼女の顔には笑みが覗いていた。朝日に照らされ、まるで一枚の絵画のような女性の姿がそこにはあった。
――――――――――
ローズがイフと暮らし始めて10年が経った。オズワルドの呼び声は「あの日」から3年過ぎてからはぱったりと聞こえなくなり、王国から離れた辺境の地で静かに暮らしていた。イフはすっかり成長し、[ヘルハウンド]にまで進化している。
そんなある日、ローズはいつものように冬に備えて薪を集める為にイフと一緒に山へ出かけていた。
「もうすっかり肌寒くなってきたわね、今年の薪が足りるか心配になっちゃう」
「大丈夫だ、いざとなれば俺がローズを暖めてやるから安心しろ」
なんて仲睦まじい会話を遮るように林の中からバキバキと枝の折れる乾いた音と、その直後に大きな衝突音が鳴り響いた!
「行ってみましょう!」
少し走った先に、葉を落とし視界が開けた木立の隙間から黄色い甲殻が見える。
「だ、誰!?」
いきなり飛び出してきたローズ達に驚き身をよじったのは竜族の一種である飛竜。飛竜は黄色い身体を震わせ一緒にいるイフに怯えていた。
ひとまずは危害を加えるつもりはないとローズが説明すると、安心したのか溜息をついた。
「わたしはアリス、今はちょっと事故っちゃってねぇ…っ痛!」
一歩踏み出そうとしたが、どうやら足を痛めたらしい。膝から折れて前のめりに倒れてしまった。
飛竜のアリスは翼で踏ん張ってなんとか立ち上がるが、どうやら相当痛いらしく踏ん張っている腕が物凄く震える。
「おい、大丈夫か!?」
「ヘルハウンドに心配されるなんてねぇ、なんだか照れちゃうわ」
「ひとまずこんな所じゃアレだしさ、うちに来たらどうかしら?手当てだけでもしておかないとね」
お言葉に甘えて、とアリスはローズの家に連れられ、手当てを受けた。ローズはアリスから、知ってる範囲での聖サーラ王国についての情報を教えてもらう。
アリスは昔から色々な所を旅しては、そこで仕入れた情報を他人に売ったりする、竜族にしては珍しい生活していた。どうやら向こうではオズワルドの姿が7年ほど前から見えなくなったらしいが、黒竜は相変わらず暴れまわっているらしい。
「へぇー…色々と大変な生活してたのねぇ。――あ、そうだわぁローズ」
ローズは「え、何?」といった顔でアリスを見る。
「思い切って王国よりずっと離れた所に住んでみない?」
思いも寄らぬ提案だった。けど、ここでずっと細々と生活するよりは大分生活環境も改善されるはずだ。
「心当たりがあるのね、どこなのかしら?」
「ここから飛んでも2日かかる街よぉ。ロンドの街って呼ばれてるわぁ」
輪廻の神ロンデラの伝説が息づく街、ロンド。この町に居を構え、王国にいた頃の蓄えを食い潰しながら余生を過ごすのも悪くはないだろう。
数日後、ローズはアリスの提案に快くOKを出した。イフと共に最小限の荷物をまとめ、アリスの背中に乗ってついに住み慣れた地を離れる。
空から見た大地には雪が点々と積もり、今まさに秋を過ぎて冬を迎えていよう所だった。それから飛んで二日後、ローズ達はロンドの町に到着した。
「ありがとうね、アリス。住む家の確保はアタシ達でなんとか頑張ってみるよ」
「うむ、ここでローズとゆっくり余生を過ごさせてもらう」
アリスは嬉しそうに翼をはためかせ、何かを思い出したかのように翼をピタッと止めた。
「そうだわローズ、これあげちゃう」
そう言ってアリスが足で器用に尻尾の先の甲殻から針状の物を取り出した。あらかじめ加工していたものをそこに収納していたらしい。
「何コレ?」
「コレを吹けば、行ける範囲内になるけどもわたしを呼べるわ。必要になったら使ってねぇ」
犬笛のような黄色い筒をローズに渡し、そのままアリスは大空へ帰っていった。残されたローズとイフは顔を見合わせ、にっこりと笑い合う。
「んじゃ、家探しから始めましょ」
「だな」
――――――――――
それから更に5年、ロンドの街での生活は至って快適だった。辺境の街では召喚士の仕事はほとんど無かったが、それでも以前のような他人との関わりが一切無いような生活ではなく活気溢れたものになっていた。
以前イフが言っていたように、このロンドの街で静かな余生を過ごせればそれ以上は何も要らなかった。
雨ざらしのドラゴンのぬいぐるみを見つけるまでは――
「おや、これは…こんな所で雨ざらしだなんてかわいそうに…」
何かのゴーレムの類なのだろうか、その周囲の魔力がかなり乱れている。動こうともがいて四肢を動かそうとしているみたいだが、どうやらぬいぐるみの性質上水気を吸いすぎて動けなくなっている様だ。
このゴーレムは創造主から逃げてきたのだろうか…?
そんなぬいぐるみと、子供の頃の自分を重ねてしまう。ぬいぐるみの目からは吸収しきれなくなった雨水が涙のように滴る。
気が付いたらローズはそれを家に持ち帰っていた。
自分と同じ境遇を経験して欲しくない、その一心で。
「そんな事があったんだな…」
ローズの昔話を一通り聞いた俺はその内容を今一度反芻する。
なんていうか、感慨深いの一言に尽きるな。今まで知らなかったローズの過去、相当壮絶な人生だったんだな。
「ほんと、お疲れな」
昔話に対してなのか、それともローズの歩んできた人生になのかは聞かないでくれ。
「…ええ、ありがと」
照れくさそうに目をそらすローズの顔が朝日に照らされる。そこには朝日とのコントラストが綺麗なローズの横顔が絵画のように映っていた。
――――――――――




