第八話 終わりとその後と
「……ばる……澄春っ!」
桃の声に、うたた寝をしていた澄春は飛び起きる。
「あわっ!?」
「んもー、ちょっと無理し過ぎなんじゃない?」
「そ、そんなことないよ。」
新たな聖王となり君臨した澄春を待っていたのは、世界情勢を良くすることから海辺の街の水産量の管理という大切ではあるが地味な仕事まで様々だった。
「うーん、けど、ちょっと休憩してこようかな。」
「そうした方がいいわよ。行ってらっしゃい。」
聖王のマントを翻し、バルコニーから首都を見下ろす。様々な妖狐の種族が、新たな聖王の着任に喜んでいた。
元気だなぁと欠伸をした澄春に、後ろから藍が水を持ってやって来る。気が利くなぁと抜けた笑顔を浮かべる澄春に、藍が笑顔を向けた。
「……平和ですね。」
「うん。よかった、よかったって言うか……。」
聖王となった今、彼はその見た目から歳をとる姿へ変じることはない。藍の想いが届く時、彼は既に何十歳、何百歳になっているだろうか。
彼女にとっては、それでも良かった。今は、まだ目を輝かせて世界を見ている今だけは、まだ想いをしまっておこう。
……だが、藍の考えが上手く行く程、世界は良くできていなかったらしい。
「……あの……さ、藍。」
「はい。」
「その……実は……さ、俺……ね。」
初めて会ったその時から。一目見た、その時から。
ずっと一緒にいた、その時から。手を握ってくれた、あの時から。
目の前で、笑ってくれたこの時も。
世界の平和を祝ってか、幼い聖王にできた恋人の誕生を祝ってか、空には虹がかかっていた。
…………。
「……って、こともあったなぁ……何年前だったっけー? 桃~」
「馬鹿、二週間前よ。とうとう平和ボケでおじいさんになったわね」
「なってないよ、失礼な! 最近ちょっと緑茶ばっか飲んでるけどさ!」
「すでにジジ臭いから仕方ないよ」
「朱まで酷いよっ!!」
そんな他愛ない会話を交わす中、藍は翠と日にち等の狂いがないか確かめている。
「えぇっと……資料によれば……」
【・一年420日とする。
・一年は七ヶ月までとする。
・一ヶ月60日までとする。
・それぞれの月毎に女神を祝う月を設けることとする。
・黄道十二星座は、牡羊座より順に並べることとする。
・一日は24時間とする。】
「そうねぇ、これであとは日の狂いがなければ……こうなっているはずね!」
と、翠は紙を取り出し字を書き始めた。
【一月『テンショウ』の月】【二月『アシーネル』の月】【三月『ヘルーア』の月】
【四月『マーリアス』の月】【五月『アラーエ』の月】【六月『サラーエティー』の月】
【七月『ヤーウェリ』の月】
「よし、あとは星座振りね!」
「澄春さま、こちらを手伝っていただけませんか?」
藍が振り向いた先には、櫁を抱っこしている澄春がいた。
「むぅ……」
それを見てちょっと膨れた藍は、ぷいっと紙に目を戻し、乱雑に星座を振り始める。
【1/1~1/35は牡羊座】【1/36~2/11は牡牛座】【2/12~2/47は双子座】
【2/48~3/23は蟹座】【3/24~3/59は獅子座】【3/60~4/35は乙女座】
【4/36~5/11は天秤座】【5/12~5/47は蠍座】【5/48~6/23は射手座】
【6/24~6/59は山羊座】【6/60~7/34は水瓶座】【7/35~7/60は魚座】
「澄春さまの馬鹿、阿呆、間抜け……」
ブツブツ言う藍の手は、しっかりと天秤座のところに『澄春さまの誕生日』と書いているのであった。