第五話 休息としっぽ
~~
落ち着いた櫁と朱を連れて、度々歩み始めた澄春一行。その中で、櫁の懐きように慌てている幼い聖王を、桃が指をさして笑っていた。
「アンタ何をそんな慌ててんのよ。」
「だ、だって……。」
「おにいちゃんは優しいから好きです!」
尻尾を振って澄春に笑いかける櫁を見て、更に顔を赤くする。しかし、澄春が一番気になったのはその尻尾だった。
その九本の尾は今や凶器となるべく0,1秒の速さで左右にブンブンブンブン揺れる。
普段ならば柔らかくて、モフモフしていて温かで睡眠効果を催し安眠をもたらす癒し系アイテムとも呼べるそれが、その0,1秒の速さで揺れるのだから癒し系アイテム、バージョン永眠用と化していた。
『あれなら、人一人やれる。』だって、ほら……その証拠に隣にいた桃が……ああ、吹き飛ばされた!
惜しい人を亡くした! やはり殺戮マシーンと変わってしまうのか、あの尻尾は!
恐るべし、狂気の狐尻尾……。
「って、死んでないわよ! 勝手に殺さないで!」
元気な桃が全速力で走って来る。その頭には小さなたんこぶができていた。
「あれ、なんだ。生きてたの?」
「アンタも吹っ飛ばされたいワケ?」
「ごめんなさい!」
そんな茶番劇を繰り広げつつ、ついた場所は川だった。
「お水ですー!」
嬉しそうに走って行く櫁を見て、藍はホッと息を吐き水の流れを見つめる。
「元気そうですね……。」
「うん。藍もありがと。朱たちの面倒見てくれて……。」
「いえ……親を失う気持ちは、私もわかりますから……。」
少し寂しそうに笑う藍を澄春は頭を撫でた。
「え、聖王さま……?」
予想外の行動に、藍は慌てて俯くと真っ赤になる。しかし、澄春はそれもお構いなしに、笑いながら言った。
「大丈夫、今は俺たちがいるから。」
「……はい。」
藍が笑いを返した途端に、澄春の腹が盛大に辺りに響いた。
「……お腹すいた……。」
「です~……。」
はしゃぎ過ぎた櫁がお腹を抱えて戻ると、野宿の準備が始まった。
夕飯作りに朱と藍が行き、櫁は桃と楽しそうにおしゃべりをし、墨は周りに敵がいないかを探りに行った。澄春はというと特にすることもなかった為、櫁に呼ばれ二匹の元へ行き女子特有のキャッキャと話し合うアレに巻き込まれた。
「聖王のお兄ちゃんは、藍お姉ちゃんのことが好きなのです?」
「ヴァア!?」
唐突な問いかけパート2に澄春が顔を赤らめた。尚、デジャヴではない。
「す、好きっていうか……えーっと……。」
「一目惚れよ、一目惚れ。びっくりでしょ?」
「一目惚れですか! びっくりです!」
「やめてよ桃!」
わたわたと手をブンブンする澄春にこそ、図星という言葉が当てはまるだろう。しかし、澄春は否定……っぽいことは言ったが、否定はせずにポツリと呟いた。
「……ダメだよ、藍は唯一の蒼狐なんだし……。美人さんだし、俺には不釣り合いというか……。」
「馬鹿ね! 何事も当たって砕けろよ! 石橋を叩いて渡るなのよ! とっとと告白してフラれて来なさい!」
「いや、なんで玉砕すること前提なの!?」
「え、お兄ちゃんの体が砕けちゃうですか!?」
「砕けないからっ!! てかそれ俺が死んじゃうから!! 縁起でもないから!!」
そんな一人と二匹の元気の良い声が夜空に響き渡る。そして、その後に聞こえてきたのは藍と朱による『夕食ができた』の声だった。