第三話 黒く硬い意思を持つもの
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私が軍に入ったのは、いつだっただろうか。その時の私は栄光に輝いていた。地位、力、正義……全てにおいて努力した私は、村でも一目おかれていた。
だが、私がヘルーア女神の巫女に選ばれた日から……悪夢が起きたんだ。
一晩で私の家族は皆殺しされ、金から何まで全てがなくなっていた。私は、それを行ったであろう犯人たちを詰め寄ったが、聞く耳持たずで寧ろ私を裏切り者だと言い深い穴に閉じ込めた。
私は薄暗い空間で、ただ待ち続けた。誰かが助けに来てくれると。
私の崇拝する、ヘルーア女神が助けてくれると。
誰か『タスケテ』。
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『タスケテ』。何処からか聞こえた声に、少年は首を傾げた。
「何か声が聞こえなかった……?」
「声?」
「いいえ、何も……。」
桃と藍と口をそろえてわからないと答えられ、澄春は眉を八の字にする。
「気のせい……?」
そう言ったのも束の間、また『タスケテ』と声が聞こえてきた。
「こっちだ……。」
独り言のように呟くと走り出す澄春を、桃は頭の血管が切れたかの如く叫んだ。
「あんた最近これ多いわよー!?」
「まあまあ、私たちも急ぎましょう。」
藍に促され桃も渋々走り出す。目的地につくも、澄春はキョロキョロとするだけで、声の主どころか、だだっ広い草原しかなかった。
「あんた本当に猪突猛し……。」
「桃、藍、ここ掘れる? ほら、ここ掘れコンコン!」
「犬扱いするな!!」
九本の尻尾を青空に向けてピーンと立てる桃を、藍が宥め、力を顕した。
「では掘ってみますね……あれ……? 掘れない? なぜ……。」
藍が首を傾げると、澄春はやはりか……とポツリ呟いた。
「ここだけ妙なんだ。草も何も生えていないし…。」
「言われてみれば、確かにそうね。」
「何か仕掛けがあるのかなっであー!?」
「澄春!?」
「聖王さま!?」
情けない声で、突如足元に現れた妙な落とし穴に落ちていく澄春。ドスンと落ちた先に見えたのは、髪を後ろに一本に束ねた黒と鋭く吊った赤い目だった。
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「助けてくれてありがとう。私は黒狐の墨と申す者だ。」
「は、初めまして、不知火澄春です。」
「桃よ。」
「藍です。」
落とし穴に落ちた後、澄春は二時間ほど目を覚まさないという醜態を墨に見せたが、今はこうしてピンピンしている。それに三匹は呆れ半分、感心半分の表情をしたのが十分前の出来事だ。
墨に今までの旅の家庭を話す。実は、藍と出会って既に半月過ぎているのだ。今の聖王の状態が着々と悪化していること、それから世界情勢と墨はじっくりと聞いた。
ひと通り話し終えた澄春はため息をつくと、一番の用を伝える。
「で、その……できれば一緒に来てほしいな、なんて。」
「……良いだろう。助けてもらった礼だ。よろしく頼もう、幼き聖王よ。」
墨はいかにも戦士のように凛々しく笑った。
「よし、自己紹介も終わったことだし、ご飯食べようよー。」
真っ暗になった空を見上げながら、澄春が腹を抑える。それに、藍が笑うと桃の力によって出された木の実の皮を一つ一つ丁寧に剥いた。墨もそれを手伝い始め、澄春と桃は少し離れたところでいつもの茶番劇を始めている。それにクスクスと笑う藍の隣に墨が来、皮剥きの作業を手伝い始める。
「ありがとうございます。」
墨もほんのちょっとキツい目を柔らかくして笑った。そして、その後に藍が想像もしていなかった言葉を発した。
「お前は聖王が好きなのか?」
「へぇっ!?」
唐突な問いかけに藍が戸惑い顔を赤らめた。それに、墨は人の悪そうな笑みを浮かべると、面白そうな声で藍をからかい始める。
「図星か?」
「ち、違いますっ! もう、作業を進めてください! まったく……。」
赤い顔を未だに保つ藍は、チラリと澄春を見た。彼が好き? そんな馬鹿なこと……。
『例えそうだとしても、気持ちは隠さねばならない。彼は聖王なのだから。』
そう、藍は胸に現れた妙な痛みを堪えた。
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次の日の晩に、墨の案内で紅狐と茶狐の共存する村に向かった澄春たちを迎えたモノは、惨い光景だった。
「何よ、これ……。」
「……なんで……こんなことになってるの……?」
その場の全員が言葉を失い、立ち尽くす。
目の前には、火事などで家々がほぼ半壊している村だった。