第二話 たった一匹の生き残り
~~
それほどに高くない木々の間をすり抜けて行くこと、既に三週間が経とうとしていた。
「村……ないわね……。」
がっくしと落胆する桃をよそに、澄春は木に登って小鳥を戯れている。
「本当にあんたは自由気ままね!」
「楽しいよー? 桃も登っておいでよー!」
「お断りよっ。」
頬を赤くして怒る桃に首を傾げながら、目の前に広がる川を見渡す。
だが、その青い目に『異様なもの』が写った。
「なんだろ……アレ……。」
疑問に思った澄春は、頭に小鳥を載せたまま木から下りてきた。
「桃、こっち!」
「へっ? あ、ま、待ちなさいよ!」
急に走り出す少年に、桃は呆れ顔をしつつも走ってついていく。少年の行き着いた場所、そこには白い壁の小屋があった。
不思議なことに、煙突はガラスでできており、小さな窓から見える床は青色のようだ。
(青色の……?)
少年は導かれるように、その小屋の扉を開けた。動機が着々と早くなり、妙な汗が出そうになる。その気持ちは期待と不安に埋め尽くされていて、跳ね上がるような鼓動に“嬉しい”に近いものが芽生えた気がした。
少年の前の先にあったものは、少年がいつしか欲しいと望んだモノ。
――……藍色の髪と目をした、美しい九尾の娘がそこにはいた。
~~
「なるほど、お二人は白狐と緑狐の村に行こうとしていらっしゃったのですね。」
「はい、そのとおりです……。」
不法侵入まがいのことをし、桃に殴られた澄春は腫れた頬を涙目で擦りながら答えた。
「どうもすみません、うちのバっカっ! が……。」
丁寧に頭を下げる桃に対し、藍は笑うと合わせて礼をする。
「……ところで……貴方は……。」
「へ、あ、はい!?」
改めて藍にじっと見られ、ビクッと肩を揺らす澄春。唯一の生き残りであることにも驚いたが、やはりその美しさに澄春は目を奪われる。
両方のこめかみで髪をそれぞれ二本に結んだ髪は艶を帯び、目は吊っているというのに何処か儚げで可憐な少女だ。
ぼんやりとした表情のすばるを置き、藍は言葉を続けた。
「貴方は……次期、聖王さまなのですか?」
「あ、はいっ!」
「そうですか……恐れながら、単刀直入に申します。私を連れて行ってくださいませ。」
深々と頭を下げられ、澄春が戸惑う。
「そ、そんな! 唯一の生き残りなんですし……。」
「……私は、長年独りぼっちでした。だから、ここでお会いできたのも何かのご縁でありましょう。」
「でもっ……。」
「お願いします……もう、独りは嫌なんです……!」
「いいじゃないのよ、澄春。」
以外にも、あっさりと承諾した桃を見て、澄春は少し困ったような顔をした。
「蒼狐が憑いてる聖王ってのも居なかったわけだし、ちょうどいいんじゃない?」
「う、うーん……そっか、そうだよね……。よし、一緒に行こう!」
少しだけ楽しそうに笑う澄春に、桃も笑みを浮かべる。
「あ、ありがとうございます! 桃さん、聖王さま!」
蒼狐の少女は、心底嬉しそうに笑った。
「よーし、それじゃあ早速出発しましょ! 時間もないことだし!」
気合を入れるように桃が勢いよく立ち上がり、澄春と藍を見る。それに応じる様に、一人と一匹は笑顔を浮かべた。