幸せは涙の中に咲いていく花
「咲良さん、そういえば東京にいらっしゃるんですよね。久しぶりにお会いしたいです。ご都合の良い週末があれば、2人で女子旅しませんか?」
遥ちゃんからのメール。
遥ちゃんとはお正月に札幌で再会した後もたまに連絡を取り合っていたけど、「東京に引っ越しが決まったよ」と連絡して、「近いうちに飲みに行きましょう」と言われてから、連絡を取らなくなった。職場が変わって私が忙しくなったからなのかもしれないし、いつでも会える距離に近づいたからなのかもしれない。それなのに、このタイミングで連絡が来るなんて、先週kouとワイン巡りに行ったばかりだから、遥ちゃんも何か感ずるものがあったのかな。でも、遥ちゃんとは会いたいな。女子旅も面白そうだし。
咲良「遥ちゃん久しぶりだね。来月の2週目と3週目の週末は大丈夫だよ。ぜひ女子旅行きたい!」
遥「ありがとうございまーす。じゃあ、来月の2週目でお願いします。土曜日の朝から1泊2日で。場所は私に任せてもらっていいですか?」
咲良「うん。お任せします。楽しみだね。」
あっという間に、遥ちゃんとの女子旅が決まった。さすが私と遥ちゃんの間柄。楽しい旅になればいいな。数日後、遥ちゃんからメールが来た。
遥「場所は決まりました。花と魚の房総半島です。私の運転で行きますので、安心してください。」
土曜日の朝。遥の運転で女子旅が始まった。
咲良「遥ちゃん、今日は誘ってくれて、運転もしてくれてありがとう。とっても嬉しいよ。」
遥「こちらこそありがとうございます。私も咲良さんに会えて嬉しいです。いろいろ話したかったです。」
咲良「そうだね。天気もいいし、アクアラインも房総半島も初めてだから楽しみ。」
お互いの仕事や生活の近況報告で快適なドライブは進み、房総半島を順調に南下。まずは南房総で花めぐり。花々に囲まれて。
咲良「初めて房総半島に来たんだけど、東京から数時間でこんなに花に囲まれるなんてヤバいね。最高。」
遥「房総半島初めてなんですね。実は私もです。近いのに、こんなに花が咲いてるなんてホント素敵~。」
咲良「花に囲まれると心が癒されるね。さすが遥ちゃん。ナイスチョイス!」
遥「ありがとうございます。でも、本当は房総半島に決めた理由があるんですよ。咲良さん、わかりますか?」
咲良「えっ、なんでだろう。花がきれいで魚が美味しい。とかじゃなくて?」
遥「もちろん、それもあるんですけどね。癒されたかったし。それよりももっと大きな理由があるんです。」
咲良「なんだろう。私か遥ちゃんに関係あるのかな?暴走してるとか?」
遥「咲良さんと行くなら千葉県って決めてました。千葉県、kou先輩が5年間住んでいた所ですから。私と咲良さんに相応しいかなって思って、決めました。」
咲良「そっかー。kouって千葉に住んでたんだよね。その頃のkouのことは全然知らないな~。」
遥「私はその頃も船橋とか成田山とかでkou先輩とデートしてましたよ。やったー。咲良さんに勝ってる所もありました。」
咲良「遥ちゃん、負けず嫌いだね・・・。面白い。」
遥「だって、ずっと咲良さんには負けてたんだから、1つくらい勝ちたいですよ。」
咲良「遥ちゃんが勝ってる所なんて、たくさんあるのにな。」
房総半島の最南端に到着。
海に囲まれる。
遥「絶景ですねー。」
咲良「海が広がってるね。癒されるー。」
遥「海って、心が和みますよね。そして、思い出す。」
咲良「うん。思い出すね。」
遥「kou先輩との小樽の海ですか?」
咲良「そうだね・・・。懐かしいな。」
遥「私だって、瀬戸内海とか・・・先輩の海の思い出をたくさん上塗りしてますよ!」
少しの間、沈黙が辺りを包み、波の音だけが響き渡る。
咲良「遥ちゃん、私ね、新しい彼氏が出来たの。」
遥「えっ・・・。そうなんですか・・・。いつからですか?」
咲良「まだ、つき合って2週間くらいだよ。」
遥「そうなんだ。どんな人ですか?」
咲良「仕事の関係で知り合った人なんだけど、実は結構年下なの。優しくて、芯が強くて真っ直ぐな人、かな。」
遥「優しくて、真っ直ぐな人だなんて、先輩みたいですね・・・。」
咲良「ううん、全然似てないよ。」
遥「それで、咲良さんは先輩のこと、完全に忘れられたんですか?」
咲良「難しいけど、忘れるしかないよね。これから時間をかけて。忘れるためにも、kouには伝えたよ。彼氏が出来たよって。」
遥「先輩に伝えたんですか?先輩は、何て言ってました?」
咲良「kouはね『おめでとう!応援するよ!』って」。
遥「咲良さんは、忘れるために頑張ってるんですね。私は、どうやったら忘れられるかな・・・」
海はずっと波を打ち続け、水しぶきと潮の香りを運んでくれた。
2人は海を後にし、宿にたどり着いた。房総半島と言えば、伊勢海老。千葉県は伊勢海老の水揚げが日本一だ。
遥「伊勢海老も海の幸も全部美味しいですね。」
咲良「花と海に囲まれて。美味しい海の幸と温泉があって、ホント幸せ過ぎる。」
遥「今日も、日本酒が進んじゃいますね。」
咲良「遥ちゃん、温泉にもう1回入るんだから、飲み過ぎちゃダメよ。」
遥「はーい。でも飲まずにいられないですけどねっ。」
酔いが進む前に温泉に入り、また飲み直す2人。
咲良「遥ちゃんは、彼のこと本当に好きなんだね。」
遥「好きですよ。咲良さんよりも、先輩を好きな自信があります。でも、彼にとって咲良さんは特別なんです。」
咲良「私はね、そんなに好きじゃないかも。ってゆうか、大学時代につき合っていた頃は本気で好きだったよ。でも10年以上会ってなかったし、その間に結婚もしたし、離婚もしたし。その10年以上の間、彼は私の人生に登場してこなかったから、ずっと好きだったわけじゃない。そういう意味では、遥ちゃんの方が長い関係よね。私は、たぶん負けてる。」
遥「私は、その10年間彼に愛されてきました。私だけが特別な存在だと思ってました。でも去年、鹿児島で先輩と咲良さんが偶然出会ってしまっただけで、たった1回再会しただけで、咲良さんはまた先輩の中で特別な存在になってしまったんです。それはとても悔しいですよ。」
咲良「そう。私も10年以上も彼のことなんて頭の中になかったのに、鹿児島で偶然出会って、一緒にお酒を飲んでいたら、幸せだったあの頃を思い出して、あの頃のように愛して欲しいって思ったの。止まっていたはずの時計の針が、動き出してしまった感じ。やっぱり運命の人なのかなって思っちゃった。」
遥「羨ましいな、そんな一瞬であの頃の関係に戻れるなんて。それを聞いて、泣いた日もあるし、自信を失った日もあります。咲良さんが、私の中でいつも輝いて見えるから。」
咲良「私も10年以上ぶりに愛されて幸せで、運命かもってさえ思ったけど、現実が待ち構えているの。彼には奥さんがいて子供がいる。時計の針は戻ったようで、実際の時間は戻らないのよ。それを思い出すと、私も悲しくて泣いた日もある。だからね、こないだも話したけど、後悔もしたくないし、過去にもすがりたくないから、前を向いて生きるしかないのよ。そう思って、新しい恋に踏み出せたところなの。」
遥「先輩には、過去には咲良さんがいて、現在には奥さんがいるの。私はいつも1番にはなれない・・・。新しい恋、私も踏み出せるかな。」
咲良「遥ちゃんは、彼とどうしたいの?このままでいいの?結婚まで考えてるの?」
遥「先輩が奥さんとお子さんを愛してるのはわかってます。だから、先輩との結婚に期待を持つほど私も子供じゃありませんよ。私だって、この10年間の間にいろんな恋をしてきましたから。年上も、年下も、バツイチともつき合いました。先輩には全部内緒でしたけど。でも、先輩よりもいい男には一度も出会えていないんです。『この人なら』って男と出会ったら、すぐに先輩に自慢しようって決めてるんですけどね。」
咲良「遥ちゃんも、いろんな経験をして、いろいろ悩んでるんだよね。そんな歳だもんね、私たち。」
遥「私も、本当は後悔もしたくないから前に向かっていきたいんだけど、どんな後悔が待ってるか考えると怖くて、泣いちゃいます。先輩よりも素敵な男に出会えたら幸せだけど、出会えなくて先輩までも失ってしまったら、私は強く生きていく自信がないです。もし、先輩よりも素敵な男に出会えないんなら、無理に結婚なんかしないで、先輩の特別な人であり続けるしかないのかなって、諦めも感じつつあるんですけどね・・・。泣いてばかりの人生になりそうですけど。」
咲良「私だって、新しい彼と本当に愛を育めるのか、不安で心配で眠れない日もあるよ。でも、私は諦めたくない。」
遥「先輩っていう逃げ場があるから、甘えちゃうのかな。一度、断ち切らないと幸せを掴めないのかもしれないなって思うこともあります。もちろん。でも、失うにはかけがえのない人だから。」
咲良「答えはわからないよね。何が正しいのか、何が幸せなのかは、わからない・・・。」
咲良「今日見た花、とってもきれいに咲いていたよね。幸せの花が私にも咲くのかなって不安になる時もある。でもね、女の涙の中にはね、幸せの花が少しづつ咲いていくんだよ。幸せの花は、涙の先にあるの。泣き止んだ微笑みの中に。だから、泣いてもいいし、強がる必要もない。ちゃんと芽を出して、やがて花は咲くの。そう信じてるんだ。」
遥「咲良さん・・・。私も、たくさん泣いちゃうこともあるけど、幸せの花が少しづつ咲いてるかな。」
咲良「きっと咲いてるよ。そう信じよう。」
ねえ、貴方のせいでたくさん涙を流してるよ。
それでも貴方を愛しているの。
涙の中で、幸せの花が少しづつ咲いているの。
貴方の前で微笑む時にも、咲いてるのよ。
貴方にも、ちゃんと見えてますか?