タブーの花が咲いてしまった
「北海道新幹線、ホントに実現するのかなぁ」
咲良は思わずつぶやいた。札幌駅には北海道新幹線の広告が大きく掲げられている。
「札幌駅もドンドン新しくなっていくね」
年末年始で帰省中の咲良は、友達とのランチとカフェでの語り合いを終え、札幌駅に着いたところだ。
「まだ時間があるから、少しブラブラしようかな」
そう独りつぶやき、パセオに向かって歩き出す。
咲良が札幌を離れて、既に15年。当時は大丸もステラプレイスもJRタワーもなかった。あったのはパセオ。パセオの水の広場で、咲良はよく彼と待ち合わせをしてた。彼のことは忘れなければならない。でも、札幌には彼との思い出があふれ過ぎている。今年は、鹿児島での彼との運命的な再会があり、また彼の優しさに触れてしまった。
「懐かしいな」
咲良は自然にパセオの水の広場に向かって歩いていた。しかし、もう水の広場はなくなっている。
「彼との思い出も、消していかなければならないんだよね。」
若い大学生くらいのカップルが待ち合わせをしているのを見て、少し胸が切なくなる。ちょうど昔の水の広場のあたりにたどり着いた時、咲良は急に話しかけられた。
「咲良さん!」
咲良が声の方を向くと、笑顔の遥が近づいて来た。
「遥ちゃん!」
彼を取り巻くタブーの二人が、久しぶりに顔を合わせてしまった。
「やっぱり咲良さんだ。似てる人かなって思ったんですけど、声かけて良かったです。ホントお久しぶりです。」
「遥ちゃん。本当に久しぶりだね。もう10年ぶりくらい・・・」
「咲良さん、時間ありますか?久しぶりだから、ゆっくり話したいです。」
「私は、大丈夫だよ。ちょうど友達とお茶して帰るところだったから。」
咲良と遥は、大学時代に同じ部活に所属していた。俺と咲良は大学3年の時からつきあい始め、俺と咲良が4年になった時、遥は新入生として入部してきた。割とガチな体育会系で、咲良は主務としてマネージャのリーダーを務めていた。遥にとって、咲良はすっと憧れていて尊敬している先輩だった。
咲良も遥も、それぞれ別の友達とお茶を飲んできた帰り。二人とも時間があるとのことであり、このまま街をブラブラ歩いてから、軽くご飯を食べに行くこととした。
遥「咲良さんは、今は東京ですか?」
咲良「私は、ずっと東京に住んでたけど、今は会社の転勤で大阪に住んで3年になるよ。遥ちゃんは、札幌?」
遥「私は埼玉に住んでるんですけど、そろそろ札幌に戻ってこようかなって考えたりしてるところです。」
咲良「そうなんだ。遙ちゃん、結婚は?」
遥「私はまだなんですよ。なかなかいい人が現れなくて。」
咲良「そっか。でも、私みたいに結婚で失敗するより、いい人が現れてからの方がいいかもね。」
ひととおり駅前を歩き、程よく歩き疲れた二人は、オシャレな居酒屋に場所を移した。札幌ビール(クラシック)で乾杯する二人。
遥「せっかく年末年始に帰省したのに、友達はみんな結婚しちゃってて昼間にちょっとしか会えないし、家にいても結婚のプレッシャーが強いし、今日は咲良さんと飲めて嬉しいです!」
咲良「私もよ。友達はみんな家庭を築いちゃったから、なかなか逢えないからね。いっそのこと、仕事入れようかと思ったくらいだから。」
久しぶりの再会でも、盛り上がる女子トーク。同じ場所で同じ時間を過ごした2人だから、分かり合える関係。
遥「さっきパセオで、咲良さんかなっ、人違いかなって思ったけど、やっぱり憧れの咲良さんだからすぐにわかりましたよ。」
咲良「ホント?嬉しい。遙ちゃんに出会ったときはまだ大学1年生で可愛かったけど、今はとっても素敵な大人になってるって思ったよ。」
遥「ありがとうございます。」
遥「そういえば咲良さん、この間鹿児島でkou先輩に会ったんですよね?kou先輩から聞きましたよ!」
咲良「えっ?kouから聞いたの?」
遥の顔はほろ酔いで笑顔のままだが、咲良の顔は動揺の色を隠せない焦りの真顔となっていた。
遥「この間、東京でkou先輩と飲む機会があって、全部聞きましたよ。運命的な出会いだって言ってました。ウフフっ」
咲良「そうそう、仕事で鹿児島に行ったら偶然kouと同じ新幹線になって、ホント偶然にしても驚いたよ。運命的な出会いだって言ってたの?そんなわけないじゃん。本当?」
遥「kou先輩、酔っ払ってたけど、忘れられない最高の夜になったって言ってましたよ!」
(咲良の心境)
えっ、遥ちゃんどこまで知ってるの?もしかして全部知ってる?彼は家庭もあるし、そもそもそんなに言いふらしたりする男じゃない。でも、かなり酔っ払ってたって言ってたから、もしかして暴露しちゃったのかなぁ。それにしても、遥ちゃんがkouと飲みに行く関係になったのかどうかが気になる。私の前では彼はそんなに酔ったりしないし、遥ちゃんは私より心を許せる存在なの?そんなわけない。彼にとって特別な存在なのは私だけのはず。そう信じていたい。あの夜だってそうだった。私だけが特別だったから、彼が抱いてくれたの。彼はたしかに誰にでも優しいけど、特別なのは私だけだよね?ねえ、kou?信じていいんだよね?
(遙の心境)
彼は咲良さんに会ったとしか言ってくれなかったけど、咲良さんの動揺がすごい。やっぱりあの夜、彼と何かあったんだ、絶対・・・。悲しいよ。たしかに咲良さんは特別な存在なのかもしれないけど、じゃあ私は何なのさ。私だって、彼にとって必要な存在だし、軽い気持ちじゃなくてちゃんと愛されてるはず。毎年必ず一緒の時間を過ごしているし、彼だっていつも私といるときはとても幸せな顔をしている。だから、彼にとって本当に必要なのは私だけのはず。そう信じたい。咲良さんだけには、負けたくない。私だけが特別だから、彼が抱いてくれてるの。彼はたしかに誰にでも優しいけど、特別なのは私だけですよね?ねえ、先輩?信じていいんだよね?
咲良「もう遥ちゃんったら、kouとは10年以上も前に終わったんだから、知ってるでしょ?kouはもう結婚して2児のパパなんだよ。何もあるわけないじゃない。この間だって、鹿児島で芋焼酎を飲みながら鹿児島の美味しいものを食べてただけだよ。」
遥「そうなんですね。冗談ですよ。咲良さんに会ったって聞いただけですから。でも咲良さんの動揺、とても可愛かったです。相変わらず純情ですね。でもあの動揺、本当は何かあったのかなってちょっと勘ぐっちゃいました!」
咲良「もう~、おばさんをからかわないの。意外に私、真面目なんだから。」
遥「ウフフ。でも私は、kou先輩によく飲みに誘われますよ。今でも。」
遥は気持ちよく酔いが進むのに対し、咲良は酔いは覚めていくばかり・・・。
咲良「えっ、そうなんだ・・・。仲いいんだね。羨ましいな。」
咲良の本音が出た。
遥「私も、学生時代から先輩とつき合ってた咲良さんのこと、ずっと羨ましかったですよ。」
遥も本音で応える。
咲良「そっか・・・。なんか、不思議だね。」
空になったグラスを見て、お酒を追加で注文する。
遥「咲良さんは、なんでkou先輩と別れたんですか?」
咲良「いろいろあったんだけど、kouの優しさが、頼りなさに感じちゃったの。そんな時に、年上でとても頼りがいのある人に出会って・・・。結局はkouと別れて、その人と結婚してしまったの。」
咲良は覚悟を決めて、全てさらけ出す。
咲良「結局、その人の頼りがいって、うわべだけだったんだけどね。だから、離婚しちゃったの。今思えば、kouの優しさこそが真の強さだったんだけどね。若いから、私には気付くことが出来なかったの。」
遥「そうなんですね・・・。すいません。でも、もう1つだけ聞かせてください。kou先輩と別れて、後悔してますか?」
咲良「後悔してないって言ったら嘘になるけど、後悔してるとも言いたくない。だって、私が選んだ道だからね。私は、この道で幸せをつかまなければいけないんだから。後ろを振り向いても何も生まれないから。」
遥「咲良さん、強いですね。私は、kou先輩のことが好きです。先輩とは男と女の仲になってます。先輩は、結婚してるけど・・・。でも、私は前だけを向いて生きられるほど強くない・・・。」
遥の目が潤んできた。
遥「本当は、今日咲良さんに会って、『絶対に負けたくない!』って強く思いました。kou先輩と仲良くしてることを自慢しようって、だから咲良さんを誘ったんです。ひどい女なんです、私。」
咲良「kouにとっては、私なんかただの昔の女だから、もう関係ないよ。私も強くなんかない。このあいだ鹿児島でkouに会った時、昔に戻っていろいろと甘えちゃったし・・・。それじゃダメだなって思ってる。後悔もしたくないし、過去にもすがりたくない。だから前を向いて生きようって決めてるの。」
少しの沈黙の後、咲良がさらに続ける。
咲良「でもね、もう愛し合うことは出来なくても、それでもね、いつまでもkouの特別な存在でいたいって、今でも思ってる。だから、私もそんなに強くなんかないよ。」
咲良の目も潤んできた。
遥「咲良さんも、特別だって思ってるんですね。私も自分が特別だって思ってます。そして、信じてる。」
咲良「私にとっても、遥ちゃんにとっても、そして奥さんにとっても、彼は特別な存在なんだね。きっと。」
二人は少し沈黙し、店のBGMか聞こえてくる。流れてくる曲は「Love You Only」
遥「この曲、懐かしい。kou先輩がよく歌ってくれました。」
咲良「私もだよ・・・」
咲良「kouってさ、優しくてとってもいいやつなんだけど、本当はとても悪いやつなのかもしれないね。」
遥「そういえば、同期達もkou先輩は優しいけど、裏の顔がありそうだってみんな言ってました・・・」
咲良「なんであんな男に執着してるんだろうね、わたしたち。」
遥「ホントそうですよね。そんなにカッコイイわけじゃないのに!」
咲良「やっぱりさ、あいつより絶対に幸せにならないとね。」
遥「そうですね。絶対に負けないんだからっ。」
咲良「よし、大人の女子2人でカラオケでも行こうか!」
遥「マイク、離しませんよ!」
ワインを飲みながら、カラオケで盛り上がる2人。
咲良「遥ちゃん、今度kouから連絡来たらどうするの?」
遥「それはもちろん、逢いません!」
咲良「どうしても逢いたいって言われたら?お前だけが特別だって言われたら?」
遥「逢っちゃうかも・・・」
咲良「それじゃダメだよー。幸せに向かわないと。」
遥「咲良さんはどうやって断るんですか?」
咲良「私ならね・・・抱いてもらう。」
遥「全然ダメじゃないですかー」
咲良「難しく考えたってしょうがないの。男と女なんて何が起こるかわからないんだから。彼に身を任せる時も私には必要なのよ。」
遥「そんなのズルいですよー。じゃあ私だって、先輩の特別になるんだから。咲良さんには、絶対に負けないですよ!」
咲良「私たちは、永遠のライバルってことね。」
遥「ウフフっ。」