1-8 訓練
遅れました。申し訳ありません。
「本当に同じ部屋になったよ……」
「女将さんノリノリでしたね」
自身の泊まっている宿から出てきたユーマがため息を吐きながら呟くと、ユーマとは反対に楽しそうにセレナが言う。セレナの言うとおり、宿の女将はセレナの無茶な要望に対して笑って頷き、渋るユーマの荷物を手早くまとめると、二人部屋に移動させたのである。
「都合よく二人部屋が空いてたからって……。まぁ、何か割引されたからいいけどさ」
「そうですね。応援してるよとかで、一割引きしてくれましたしね」
「取りあえず、時間もないことだし早速行こうか」
「はい」
問題を一時棚上げすることに決めたユーマは、セレナの戦闘能力の確認の為にユニオンへと向かう。ユニオンでは新人たちに訓練場所を提供しており、利用申請をするためである。
ユニオンに到着した二人は、すぐに利用状況確認の為にカウンターへと足を運ぶ。
「えーと……今日は利用者はゼロですね。まぁ、最近冒険者になったのはセレナさんくらいなので当然と言えば当然ですが」
「そうなんですか?」
「ええ。ユーマさんはこの支部の冒険者としては新人ですが、他の支部での実績はあるでしょう? セレナさんはこの支部が登録地ですから。それに、この近辺の冒険者はほとんど移籍とかですからね。完全な新人はセレナさんが十年ぶりらしいですよ?」
受付の言葉に納得するユーマ。このアリオス第六支部は王都から近く、周辺にも支部がいくつかあるため、第六支部以外で登録する冒険者が多いのだろう。セレナが十年ぶりの新規登録というのには驚いたが。
「と言う訳でセレナさんには頑張って欲しいですね」
そう励ましの言葉を告げる受付の女性に、セレナは一つ大きく頷くのであった。
ユニオン指定の訓練場所に到着した二人は、訓練を始める前に話を始める。
「さて、今日の訓練……というか戦闘スタイルを確認する前に、まずは神々の加護はどのくらい使えるんだ?」
「そうですね……主神である動物神の加護の基本は出来ていると思います」
動物神の加護。神々の加護の中でも、身体強化に優れている加護であり、その名の通り動物に関係するスキル、アビリティを習得する。
「そっか。じゃ、あの時身体強化系は?」
「使ってますね。戦闘態勢に入ると同時にスピードとパワーの両方を強化してます。騎士団にいた頃に、身体強化は無意識でかけれるように訓練しましたから」
セレナの言葉に、成程と思うユーマ。戦闘を主とする騎士団に所属していたのなら、見習いとはいえそれくらいは出来ないといけないのだろう。確かに、グリーンベアやグレーウルフを相手にしてセレナは尋常ならざるスピードとパワーを見せていた。騎士団でかなり身体強化について叩き込まれたのであろう。
「なら基本的に身体強化して戦うって感じでいいんだよな? 他は?」
「他はあまり使いませんね。獅子神の加護は、他の動物神の加護のように特別分かりやすい強化ポイントがある訳ではありませんから。まぁ、全体的な強化で十分というのもありますが」
「獅子神の加護かぁ。初代国王レグルスと同じだな」
初代国王レグルスは獅子神の加護と炎神の加護、勇気の加護を得ていた人物であり、優れた身体能力と炎の付与魔法、勇敢な言動で一国を創り上げた傑物である。一番強い加護――主神の加護――である獅子神の加護がもたらす身体強化もさることながら、その他の加護――副神の加護――を駆使した炎の魔法剣で戦う様は、演劇になるほどである。
「そうですね。私の加護は始祖と一緒なんですよ。だからこそ、この剣と防具を頼んだのですが」
「そういえば、炎に耐性があるんだっけ。そっか、魔法剣を使うために……」
「尤も今の私の力量では数秒の付与が限界です。戦闘には使えません」
そういうと剣に炎の魔法を付与してみせるセレナ。刀身を炎が包み込むが、剣を一度振るだけで霧散する。
「確かにこれでは戦闘に使えそうにないな。とはいえ、強力な武器であることは間違いないから、訓練はしていこう」
「はい」
これで今戦闘につかえる能力は以上ですと告げるセレナ。ユーマはそれらを参考に、訓練の内容を考える。
(身体強化は今のままでいいとして……問題は、あの強化のレベルだとオレがついていけないってことだな。連携するには、同レベルの方がいいんだが、セレナに強化を落としてもらうのは意味がない。ここは……)
「よし、決めた。基本的にセレナを主体にすることに変わりはない。オレがフォローに回る為には、セレナの身体強化にあわせる必要があるが、今は無理。そこは訓練で慣れていくしかないだろう。なので、基本的な訓練はセレナの身体強化での戦闘について行く為のものにする。だが、それだけではダメだ。セレナにはオレの指示を聞いて戦闘してもらう」
「ですが、今の私はその指示が聞こえないと言うか、無視するというか……」
「分かってる。集中しすぎて気づかないって言うんだろ? だが、それは言葉だからだ」
ユーマの言葉に首を傾げるセレナ。言葉以外で指示するなんて、出来るのだろうかと思っているのである。
「方法はある。オレの主神は心神の加護。戦闘に直接使える能力は少ないし、感情に左右されやすい加護だが、サポートには向いている。その中の一つがアビリティ”テレパス”だ。特定の人物の精神に直接語りかけることが出来る。ま、いろいろ条件はあるんだけどな」
「条件とは?」
「オレの場合は、契約を交わさずに交信できる範囲は十メートルが限界。交信相手にはオレの魔法が宿った品を身につけて貰う必要がある。と言うわけで、それを貸してくれ」
そういってユーマが指差したのは、武具店でクラン結成祝いとしてもらったタグ。
「それなら、戦闘の邪魔にならないし、テレパス用のアイテムがクランの証ってのもいいだろ?」
「そうですね。クランの証が、私とユーマを繋ぐのですか……」
嬉しそうに呟くと首元に提げてあったタグを外し、ユーマに手渡すセレナ。それを受け取ると、ユーマはタグに魔法をこめ始める。数分後、セレナの手に戻ったタグは、無地だったものに、菱形と植物の蔦が絡んでいるような模様が入っていた。
「この模様は?」
「オレの魔法が宿っている証だな。そのラインが全部なくなったら教えてくれ。魔力がなくなった証拠だから。その時は、もう一度込めなおすからさ」
そういうと、ユーマは自分のタグにも魔力を込める。それを不思議そうに見ていたセレナに気がついたユーマが説明する。
「ああ、これ? こっちも魔法を込めていた方が交信しやすいんだよ。タグ同士を繋ぐって感じでさ。因みに、オレの方には……ほら」
ユーマが見せたそれには、菱形にゼロという数字が刻まれていた。
「この数字を使って、交信するんだ。オレはゼロで、セレナがワンだな」
そこまで説明すると、ユーマが魔法を唱える。
”コネクト ゼロワン”
『どうだ? 聞こえてたら、右手をあげてくれ』
頭の中に響くユーマの声に驚いたセレナだったが、ユーマの指示に答える為に恐る恐る右手を挙げる。それを確認したユーマは、交信を続ける。
『慣れるまでは違和感が多いだろうが、その方が指示を聞くことが出来ると思う。あと、慣れるまでは行動で通じているか確認するが、その内そっちから繋げることも会話することも可能になる。分かったら、首を縦にふれ』
一つ頷いたセレナが口を開く。
「凄いですね。これなら、戦闘中でも聞こえると思います。こんなに便利な魔法があるなら、騎士団でも採用すればいいのに」
「ああ、それは無理だ。さっきのは接続時間が短かったから、大丈夫だったが基本的に時間が長いほど魔力を消費するし、接続する人数が多くても同じだ。アイテムを身に着ける必要もあるし、効果範囲も声が届く範囲と然程変わらない。それなら、普通に指示した方が楽だろ?」
ユーマの説明に納得するセレナ。その後、二人は戦闘訓練を開始する。身体強化したセレナの動きをユーマが確認し、時折テレパスで指示を飛ばしていく。最初はぎこちなかったセレナも次第に、滑らかに動くようになっていく。
「うん、大分よくなってきた。あとの問題は……」
「実戦でどうかということですね?」
「そういうこと。ま、今日はもう遅いし宿に帰るか」
「そうですね」
そういって訓練を切り上げたユーマとセレナの二人。この時、ユーマは忘れていた。宿に戻ってから、自身に待ち受ける事態を……。
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