影を追いかけて③
atomic runners;02:影を追いかけて③
おそらく階段を降りてここまで来たのだろうこの少女は、満面の笑みを賢治に向けていた。
無邪気、というのはこういうのを言うんだろーな、などと賢治はふと思う。
白いワンピース一枚、その上を身体のラインを上から下へと沿うように流れている、少しカールのかかったような青い髪。床につくほど長く伸びている。
その透明感を帯びた青い髪は川を、あるいは海を連想させるほどに美しく、賢治はついつい見惚れた。
しかしそれ以上に、彼女の美しい前髪の奥にちらちらと見える瞳は、まるで魔性の瞳のように興味を惹き付け、しかし一片の濁りもない透き通った色を持っている。身長は賢治の肩より少々低い位置まであり、童顔であるのを見るに、年齢は10歳ほどだった。鈴とそれほど変わりない。
そして前髪を割るように額から生えている小さな角を見るあたり、やはり人間でない”何か”であることは間違いなかった。
少女は賢治に話しかける。
「あなたはお客さん?久しぶりのお客さんね!私はね、名前は---」
と言いかけた途端、笑みがふと消える。
今度は難しいことを考えるように、眉間に皺をよせて口をへの字にした。
「あー、今はそれはいい。お前、このボロ屋敷に最近住み始めたヤツか?それとも前から住んでんのか?」
賢治は、言葉を選びながら少女に質問する。そもそもここに、探索しに来た賢治以外の誰かがいる地点で、何者であれ十分に怪しかった。
腐乱臭の話から始めると色々厄介なことになる可能性もあるため、念のため回りくどく質問していくことにした。
少女は首をかしげる。
「なんでかしら?前からここに住んでいるわ」
「このボロ屋敷でか?お前本当にここがお前の家だって言いてェのか?」
すると少女はむっとした表情になる。やたらと表情が忙しい。
「な・・・、失礼な!ここは私たち家族のお家だわ!お父さんとお母さんと私の3人で暮らしているの。ボロ屋敷なんて、失礼なお客さんが来たものね・・・」
しかし、その割には屋敷の様子がおかしい。
家屋は人が住まなければすぐに腐る、とか何とか言われることがあるが、老朽化しているどころか住める環境ではない。少なくとも賢治には、そもそも住めるだろうという思考にまで至ることがなかった。
賢治は、少女から目を逸らすことなく質問する。
「・・・じゃあお前、掃除してンのか、この家」
「失礼なっ、召使いが毎日してくれているもん!」
そして少女は、全身いっぱいに両手を広げて、屋敷内全体を指す。
「‘ほらね’!」
「・・・・そうかよ」
賢治は静かに目を閉じる。もうこれ以上、屋敷の様子に関しては‘聞かないことにした’。
最後に、と賢治はつぶやく。
「・・・名前は」
そして、不思議なことに。
彼女はまた、難しいことを考えるように、眉間に皺をよせて口をへの字にした。
自分の名前なのだ、すぐに答えることのできるはずであるが。
「私の名前は・・・、思い出したら教えるわ!」
「・・・屋敷内、案内してもらっていいか」
「失礼な人だけど、まあ・・・お客さんなら、案内しなきゃね!」
少女は何もなかったかのようにまた笑顔に戻る。
賢治はまた、ちらりと、横目で屋敷を見渡す。
屋敷はやはり、汚い廃墟だった。