第9話
「さっき校舎裏にいたでしょ?」
音楽の授業が始まると同時に真由美がしゃべりかけた。ちなみに前、吉澤。右、
真由美。左、長谷川というなんとも痛ましい光景。読書諸君、理由は言わずとも
分かって頂けるだろう?
「ねぇってば!!!」
無視を決め込んでいた隼人に真由美が物理的な揺さぶりかける。
「…だからなんだ。」
開き直る作戦に変更したのか、クールに応える。
「せっかくお弁当作ってきたのに!!」
「だから?」
「食べて欲しかったの!!」
「ふ〜ん。」
真由美は目に涙をためてウルウル攻撃。何度も言うように隼人は健全な男子高校
生にあるまじき精神を持つ男!!これしきの攻撃なんぞ軽く受け流す。
「ところで長谷川。」
隼人が名前を呼んだことに周囲は騒然となる。後ろの男子達は明日地球が滅びる
、なんて事まで真顔、真剣そのもので言っていたりする。あるまじき事態が発生
したのだ。
「は、はい!?」
突如呼ばれた長谷川はあたふたしていた。当然と言えば当然。
「宿題見せて。」
「あ…うん。」
すごすごとワークを差し出した。
「字、綺麗だな。」
更に周囲にどよめきが走る。教師は何事かと立ち上がる始末だ。
あの鉄面皮が?!
無愛想世界ナンバー1が!?
俺の女神様〜
周囲の余計な声に段々隼人はイラついてきた。同時に眉がつり上がる。
真由美は無駄に隼人に付きまとっているわけでもなく、この危険サインを瞬時に
読み取った。
「今度私のおごりでディナー行こうよ!!」
長らく貧乏生活が続いた隼人にとってはあらゆる状況下においても瞬時に聞き分
け、反応するワードがある。それは、「タダ」「奢る」「特売日」の3つ。通称、
貧乏生活の3原則。これを逃しては極貧生活を堪え忍べない。
「遠慮する。」
真由美はかなり激しいショックを受けた。
「何で!?」
当初の目的を達成し、奢らなくてもいい事になったが真由美は納得出来なかった
。
「今は前と違う。」
「極貧生活じゃ無くなったってこと?」
「そう言う事だな。」
真由美は開いた口が塞がらずにいた。
「サンキュー。」
長谷川にワークを返して教師の戯言を聞き流しまったりとしていた。既にクラス
の半数以上が深い眠りについている。
隼人は右肩に重みを感じ、振り向くと真由美がスヤスヤ寝息を立てていた。
「うっとおうしいな。」
ボソッと呟く。
「女の子にもたれ掛かれるなんて、そうそうないよ。」
長谷川は声を落として囁く。
「コイツ無駄に重い。それにいつも付きまとって冗談抜きに疲れる。」
「もしかして望月くんの事が好きなんじゃないの?」
いたずらっ子の用に目をキラキラさせる。隼人さえもハッとするような整った顔
立ちを一層引き立てる。
「俺には関係無い。」
「強がらなくてもいいよっ。本当は嬉しいんでしょ?」
「嬉しくなんかない。迷惑だ。」
「どうして?」
困ったような顔で尋ねてくる。
「一方的じゃないか。自分の勝手な気持ちを押し付けて、相手に返事を迫る。相
手が普通の男なら女子に泣かれるのがイヤだから渋々承諾の返事をしなければな
らない。お互い想い合っていない恋愛なんていつか切れてしまうものだ。お互い
傷付き二度と同じ関係にはなれない…。長谷川はそんな事になってもいいのか?
」
「私は…そんな関係はイヤだな。」
「それに迷惑なんだよ。勝手に押し付けて、振られて泣く奴は。俺のことが好き
な奴は俺をその気にさせてみろよ。」
隼人は何かを求めるかのように蒼穹を眺めた。
本日の授業は全て終了し、吉澤と古川が運転する車で屋敷に戻った。
「あの…音楽の時間の話何ですけど…。」
リビングでダラダラしていた隼人に吉澤が話し掛けた。
「聞いていたのか?」
「望月くんの前の席だったので…。」
「ふむ…。軽蔑したか?」
「いえ、そんな事はありません!!望月くんの言うとおりだと思いました。」
「だったらどうしたんだ?」
「その…私にもチャンスを貰えませんか?」
隼人は深い溜め息を付いた。
「誰にでもチャンスは有るが…俺の場合は困難な道のりになるぞ?」
「それでも構いません!!何年掛かろうと必ずあなたを振り向かせて見せます!!」
「そうか。頑張ってくれ。」
なんだか楽しそうに笑う隼人。吉澤は隼人の笑顔に触れて幸せな気持ちになった
。