第8話
隼人と女子生徒のやり取りを真横で目の当たりにしていた吉澤は隼人を鋭く睨ん
でいた。
しかし隼人は慣れたもの。気付かないフリをして完全スルー。
「真由美って今日から呼ぶんだよ〜。」
「イヤだ。ウザイからあっち行け。」
「うわぁ…。ツンツンしてるね(笑)萌〜♪」
何を言い出すか、彼女はツンデレと勘違いしたようだ。
「一体何に萌たんだ?」
「ツンデレ??」
「疲れる。」
隼人が困り果てていた時に、担任がちょうど良く入ってきた。
「望月くんはモテるんですね?」
皮肉とも取れる良いよう。しかし彼女は雇い主の娘、隼人は機嫌を損ねるわけに
はいかなかった。
「今までそんな事は無かったように思うけど。吉澤の勘違いじゃ?」
「なら良いのですが…。私のボディガードを担当なさっているのに恋愛などされ
たら、職務に支障をきたす恐れがあるので。」
「俺は恋愛なんて二度としないから大丈夫さ。」
顔を見られないよう、隼人は窓から空を仰ぎ見た。
「そうですか…。」
相澤は悲しそうに返事をした。
何語も無く午前中の授業は終了し、相澤と真由美から解放される昼休み。
隼人は購買でパンを買い、お気に入りの場所で時間を潰すことにした。それは―
―校舎裏の巨木。頂上から見る空は最高だ。それにいつも探しに来る真由美に一
度も見つかったことは無い。
パンをかじっていると案の定、真由美がせっせと隼人を探している様子。隼人の
遥か下を走り回っている。一人巨木の上で笑ってしまっていた。決して他人には
見せることの無い笑顔。コレも空に近いからだろうか?
余りにも笑いすぎて、財布を落としてしまった。しまった、と隼人は内心自分に
毒づく。
真由美はいないものの、取りに行くのははばかられた。今行くと見つかってしま
いそうだからだ。
ふと財布を拾い上げたのは見たこともない女子生徒。迷わず上を向いて隼人に呼
び掛けた。
「財布落としましたよー!!」
「わりぃ。」
仕方なしに巨木から降りる。
「最近また登り始めたの?」
隼人の怪訝な表情を読み取ったのか急いで付け足す。
「前から見掛けていたから。」
「空を見たくなってな。」
「山口さんから逃げるためじゃなくて?」
可笑しそうにクスクス笑う。
「それも少しはあるかな。」
笑いながら彼女の差し出す財布を受け取った。
「確か1年3組みの望月くんだよね?」
「知っているんなら俺には近付かない事だ。噂くらいは聞いてるだろう?」
「そんなの関係ないよ〜。それにタダの噂だし。」
「しかし全て現実だ。」
「そうなんだ…。」
「また真由美が探しに来るかもしれないから。」
そう言い残し、隼人は歩き始める。
「私、1組の長谷川!!」
足を止めて振り返った。
「生憎、名前と顔を覚えるのは苦手でな。」
長谷川は悲しそうな表情になった。
「だが長谷川なら覚えてられそうだ。」
「ありがとう!!」
遠くに真由美の姿が見えたので、急いで校舎に入った。