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4話 彼の幸せについて

視点が変わります。執事が見初めた時のこと。初めての邂逅。


出逢いというのは、唐突だ。

自分の容姿が優れていることは周りの評価から知った。歩くたびに注目を受け、学生になってから告白されて。その手の誘いを受けることも日常茶飯事だった。

本当に自分のことを好きなのか、わからなかった。アクセサリーのように自分という存在を求めているだけなんじゃないかと。

だから、いつだって一歩引いていた。付き合ってほしいと言われれば付き合ったし、形式的には大切にしていた。――ただ、愛しているかと言われたら、わからないとしか言えなかったが。

そんな日々を笑って肯定してくれたのは、一人の女の人だった。

彼女は従兄弟にあたる人で、さっぱりとした性格で明るい人だった。結婚する前はいやいやながら親戚の集まりに顔を出していたが、子供たちにはいいお姉さんだった。

自分の葛藤をなんとなく悟ったのだろう、彼女は笑った。


「きっと出会いがあるよ。君が進む人生は、いつだって人とのかかわりで出来てるんだから。その中で、愛せる人がいれば、いいね」


そんな彼女はそのあとすぐに結婚をした。

彼女の両親が進めていた良いところの長男とのお見合い話を蹴って、以前から仲を深めていた人と。そのことで彼女の両親は彼女を絶縁したそうだ。親戚や家族と折り合いが悪いと笑っていたから、ああさみしいなとその時初めて思った。

そしてうらやましかった。捨ててもいいと思えるほど、大事な人だったのだろう。

俺の家族も彼女の両親たちと同じような性質で、徐々に疎遠になっていった。元来、ぼんやりとあまり生気のない自分は親や親類にとっては恥だと常々言われていたので、ちょうどよかった。切り捨ててしまえるくらい、薄いものだったのだと少しだけ呆然と、した。

大学は奨学金を借りて通った。

優秀な兄と末っ子の弟がいたから俺のことは誰も見向きもしなかった。高校まで出してもらっただけで十分だ。もう戻りません、という置手紙と共に大学進学を機に家を町を捨てた。

家族のだれからも、連絡はなかったことが、いっそすがすがしかったのを覚えている。


そんな時だった。彼女が死んだという連絡がきたのは。

びっくりして、絶句したのを覚えている。いつまでも元気で、あのさっぱりとした邪気のない笑顔で生きていく人だと思っていたのに。

あっさりと事故に巻き込まれて死んでしまった彼女。

最期に会ったのは、彼女が結婚をする時だ。ああ、さみしいとはこういう事かと、その日初めて知った。


葬式会場には、彼女の親類関係は誰一人として来ていなかった。俺を除いて。

彼女もきっとその方がいいだろう。代わりに、たくさんの友人たちがいた。彼女は色々な人に好かれていたらしい。旦那さんの方の親族たちも、なんとなくよそよそしい感じがしたが、それ以上に俺は一人を見てこんな場なのに心を躍らせていた。

――彼らは、忘れ形見を残した。

幼稚園になる彼女たちの、子供。小さな体で不安そうに会場を見回している。

傍にいた男の人は、彼女の義弟にあたるそうだ。彼は葬儀の関係で忙しいらしく今は傍にいなかった。


「こんにちは」

「………おにいちゃん、だあれ?」


かすかな声で存在を確かめるように、見やる彼女は、可愛かった。――ああ、可愛いとはこういう感情なのかと場違いなことを想う。


「旭千景、だよ。君のお名前は?」

「あのね、ちくらしおり」


舌足らずな口調で、俺の耳元に口を寄せてそういった。

心臓をわしづかみにされたような、衝撃。さっきであったばかりなのに、目の前のこの子が、どんどん俺に感情を教えていく。世界に、色が付く。


「…おにいちゃん、きれいね」

「きれ、い?」

「ん、おにいちゃん、おうじさまみたい。きらきらーってしてるの」


にこ、と屈託のない表情でそういう。王子様、だなんてそんなにいいものではないのに。

この子が言うと、本当にそうなれてしまいそうだ。

自分の、初めて感じる欲求に手を握る。ああ、この子の傍にいたい。この子が生きていく上で必要な存在になりたい。


「いつか、迎えに行くよ栞ちゃん」

「ほんとう?あのね、おかあさんたちいなくてここがぎゅっていたいの」


そういって、小さな手で胸のあたりを握った。

泣きそうな、顔が映る。――死というものが、わからないなりに悟っているんだなとその表情をみて胸が締め付けられそうだった。そっと頭をなでる。

さみしいよ、とぽろりと零れた言葉が重い。まだまだ甘えたかっただろうに、もっと一緒にいたかったろうに。

そして、それはきっと、今棺の中に眠る彼女たちも、思うことなのだろう。


「力をつけるよ。君が泣かないように、もう寂しさなんて感じないように。だから待っていて」

「……?」


きっと彼女の存在が俺の隙間を埋めてくれる。そう確信して、彼女を抱きしめた。

小さな体は、今まで抱きしめたどの女の子よりも大切な存在に思えた。


だから、大学での勉強をする傍ら彼の叔父の務める会社のアルバイトに応募した。外資系の大手会社のアルバイトなんてと思うなかれ、懇意にしてもらっている教授の口利きでインターンの様な形で入らせてもらったのだ。

そこで必死に自分を売り込んだ。加えて料理や家事、いろいろなことを自分に叩き込んだ。完璧に、どんなことにも対応できるように。

彼女の叔父は、常に冷静沈着だが彼女に対してきちんと愛情を与えていた。彼女が大きくなるまで出張はしない、と直談判してその主義を認めさせたらしい。意外と、強敵かもしれない。

大学を卒業して正式に入社したとき、彼女は小学生だった。それから彼女が高校生になるまでの六年間は、叔父であり上司である彼との戦いだった。

彼女の顔が見たいといえばすげなく断られ、彼女が作ったという弁当を見せびらかし、負けずに自分の家事能力や料理スキルを売り込んだ。

そして、転機が訪れたのだ。


「海外転勤、ですか」

「……さすがに、今回ばかりは断れなかった」

「栞さん、一人になってしまいますね」

「それだけが心配だ」


上司が海外転勤を命じられたのだ。

期間は未定。状況によるということだが、上司はきっと予定よりはるかに速いスピードで仕事を終わらせてくるだろう。この人の有能さは稀だ。そして、彼が姪を大切にしていることを、そばで見ていた自分はよく知っている。

だが、今がチャンスだった。彼女を一人にさせたくない。

あのとき、さみしいと言った幼い彼女がフラッシュバックして、終業後に上司に言いつのった。


「絶対に寂しい思いはさせません。私を雇ってください。家政婦でも執事でも何でもいい。傍にいたいんです」

「お前、会社はどうする」

「やめます。貯金はありますし、仕事ならいくらでも在宅で出来るくらいの伝手もスキルもあります」


そこまで言って、まっすぐ見据えた。

はあ、とため息をついて首を振られた。ああ、だめか。でも諦めないと、もう一度こぶしを握ったときに、ずいぶん穏やかな目で見られていることに気付く。


「変わったな。人間らしくなった」

「…そうです、か?」

「――降参だ。ただし、無理強いはするな。仕事の引継ぎは栞が学校に行っている間に済ませろ」

「…!」

「ありがとうございます。誠心誠意彼女に尽くします」

「お前のそれはちょっと病気だな…」


そうして、彼女との生活をもぎ取った俺は、嬉々として準備していた退職届を提出した。

引き留められたが、未練などない。

これからの新しい生活に心躍るばかりで、上司に拳骨をもらったのは、いい思い出である。あれは痛かった。

そうして、始まった彼女との生活は幸せ以外の言葉がないくらいに、輝いている。


「旭さん、これすっごくおいしい!」


そんな風に屈託のない笑顔を引き出せたのが自分であることが誇らしい。

この子が大切だ、と思う。

いつまでもいつまでも、10年たった今も変わらない――否、増加の一歩をたどるこの想いをささげ続けるつもりだ。

いつか、彼女も同じ気持ちを返してくれたら、それ以上のプレゼントはきっとない。


「旭さんも一緒にごはん、しましょう!」


その言葉がどれだけ嬉しかったか。

ありがとう、おはよう、おやすみなさい、そんな日々の言葉が泣きたくなるほど幸せか。

彼女は知っているだろうか。

彼女をさみしくさせたくなくての同居も、自分ばかりが幸せをもらっている状態で不甲斐ないがこれも役得だと享受している。風呂上がりの貴重な姿や、自分の選んだ服を着るところ、ご飯を食べてふにゃと幸せそうに崩れる表情や照れるとおきは挙動不審になるところなど、暮らして知ったことがたくさんある。


「旭さんがいると、さみしくないよ」


これからずっと、寂しさも悲しさも感じさせたくはない。

そんな言葉たちが、彼女が何気なく言う言葉が、旭千景をこんなにも幸福に落としているということを彼女はきっと、知らないだろう。


「栞様、おかえりなさいませ」

「旭さん、ただいま!」


彼女の一挙手一投足が捉えて離さない。

いつか、きっと、全部を手に入れる。そう想っていることを彼女にはまだ知られたく、ない。

愛しさに暴走しそうになる自分を抑えるだけで精一杯なのだ。

なにせ、誉められるだけで、笑顔を向けられるだけで崩壊しそうなくらいには、彼女を愛おしく思っているので。


「旭さん、今日ね」


そんな風に、夕食前に彼女の一日を聞くこと。

ご飯を一緒に食べること。

寝る前にお風呂に入った彼女の髪の毛を乾かすときに眠いところを我慢する姿。

そんな姿を見れることに感謝する。


――貴方たちの代わりに、幸せにします。


そう、葬儀で誓った日から、俺の幸せは彼女になったのだ。

うとうとと船をこぎ始めた彼女の手に口づけて、もう一度誓う。

安心したのかそのまま眠ってしまった彼女をベッドに寝かせてドアを閉めた。

こうして続く日々が、ただただ大切だ。





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