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3話 甘いお菓子に惑わされる

大匙一杯くらいの甘さです(当社比)

目の前に置かれた、一晩寝かせてしっとり濃厚さが増したガトーショコラ。

チョコレートとココアのほろにがさ、そこに合わさる甘さ、添えられたホイップクリーム、ねっとりしっとりしたケーキの食感のもう言葉に表せられないほどのハーモニーは、どれを取っても絶品としか言いようがない。


「ふ、ふおお…!」

「栞様がお好きだと伺ったので…」

「す、すごい!おいしい!しあわせ!」


我が家の執事は、お菓子作りも完璧だった。

夕飯で、ガトーショコラが好きだとこぼしたら、次の日には物体になって登場したのだ。

しかも前日の夜に作って一晩寝かせるというオプション付き。お菓子作り、焼き立てのあの殺人的ないい匂いは凶器だというのに、一口も食べずにまるまるワンホール取っておいてくれたその強靭な精神は称賛に値すると思う。私だったら一切れ二切れくらい食べているところだ。


キラキラした笑顔でおやつですよ、と出されたケーキに舌鼓を打つ。

おいしい!と手放しでほめたら、キラキラが増した。うれしいです死にそうです!と感激されてしまった。そんなに簡単に死なないでください。

今日は高校生になって初めての大型連休、初日。俗にいうゴールデンウィークである。

執事――旭千景さんと同居を始めたのが4月の半ば、それから半月の今、我ながら自分の順応性はすごいと思う。

高校生活もすぐになれた。というよりも、同じ中学から進学した子たちが多く気負うことなく生活できているのだ。人間関係には恵まれている方だと自負している。――ただ、この執事と同居していることは言っていない。言ったら大騒ぎだろう。

そして、今年のゴールデンウイークは、5日間もある。

連休の始まりは、どんな時だってうきうきわくわくだ。おいしいおやつのお供にとストレートの紅茶をいただきながら私はぱらぱらと情報誌をめくった。どうせなら、出かけたい。

どこがいいかな、と考えていると隣に座って私をにこにこ眺めていた旭さんが首を傾げた。


「お出かけですか?」

「ん、せっかくだし…。旭さんも出かけてきたら?ずっと家にいるのも疲れない?」

「私は普段買い物などで外出することもありますし、お気になさらないでください」

「いやいや、買い物って日用品とか食材ばっかでしょ」

「栞様のお洋服もろもろも買いに出ておりますよ?」

「私のワードローブが異様に増えていると思ったら貴方の仕業ですか!」

「…お気に召しませんでしたか」

「…いえ、ものすごくセンスが良くてお気に入りですけど…」


そうなのだ。日に日に、私の衣装ダンス(マンションで使っていた時のものから、バカでかいものに変更されていた)は服でいっぱいになっていく。サイズもぴったりだし、センスもいい。どうしてこんなに増えていくのかと思っていたが、やっぱりこの執事のせいだったらしい。

服まで買ってくれるなんて、もう本当にお母さんだ。そこまでする必要はない、と慎重に言ってみたら、私の楽しみなのですお気に障ったようならやめますでも私の唯一の趣味なのですとか諸々言いつのられて、拒否するのが怖くなった。別の方向に暴走しそうで怖い。

服の代金はきちんとお給料に申請するように、としっかり言い含めておいた。…なんとも微妙な趣味だが、人の趣味嗜好に口を出すほど野暮ではないつもりだ。いやでも、コレは口を出していい領域かな、と未だ迷っていると、さっきお菓子をほめた時より数段パワーアップした殺人級の笑顔でありがとうございます!とお礼を言われてしまった。

そこまで喜ばれてしまうと、もう何も言えない。


旭さんは食事のときは私の向かい、ソファーに座ってテレビを見たり休憩をするときはとなりに座る、というのが私たちのルールになった。

最初は私が一人で食べたり座っていて、旭さんは後ろに立っていた。

それではあまりにも味気ないし、旭さんが休めないので、とさりげなくお願いしたが受け入れてもらえず、しょうがないと「これは命令ですよ!」と指を突き付けながら見上げたら、鼻血を吹かれた。

――ただ、そのおかげでこうして近い場所にいてくれるのであんまりさみしくはない。

庶民的な私には執事なんて敷居が高いので、身近な存在でいてほしいのだ。命令したから傍にいてくれるという状況は、あんまり好きではないけれど。

ただ、嫌そうではないので良いかなと思っている。

残りのガトーショコラを頬張る。時間がたってもあせないおいしさにびっくりだ。これなら毎日続いてもいいくらい。

次は何を作ってもらおうか、最初の日に作ってくれたケーキもおいしかった。


「あ!せっかくだから旭さん、お菓子作り一緒にやりましょう」

「栞様と、ですか」

「はい。旭さんのお菓子はおいしいから他の物も食べたい。それに連休で私、結構暇なんです。友達はみんな部活だし」

「そ、それは何かのご褒美ですか…?」

「……え、むしろお仕事の邪魔でしかないでしょう」


恍惚とした表情を浮かべながら、一緒にお菓子作り…、と呟く旭さんは正直ちょっと怖い。

このシチュエーションって、少女漫画によく出てくるあこがれの人と一緒に料理でドキドキな奴じゃないだろうか。立場が思いっきり逆だけど。私がときめく側だろうに、私にときめかれてどうする。


とりあえずお菓子作りをすることに決めて、私と旭さんは何を作るかという話し合いに映った。といっても、私が一方的に悩んでいるだけなのだが。

教えてもらってうまくできたら、学校に作って持って行って皆で食べよう。私の友達は甘いもの好きが多いのできっと喜ぶはずだ。何せ、家事の達人旭さんの直伝である。


「おいしくできたら友達にも食べさせてあげたいなーって」

「……失礼ですが、栞様。ご友人に男性はいらっしゃいますか」

「んん?普段は女の子とばっかりだけど、男の子の友達もいるにはいるよ?」

「…………」


あれ、いきなり不機嫌だ。

旭さんは私の返答を聞くなりちょっと眉をしかめて難しい顔をしてしまった。そのまま時間が過ぎていくので気になって旭さんの顔の前で手をひらひらさせたら、手を掴まれた。


「どうしたんですか旭さん」

「…いえ、私の我儘ですから」

「旭さんの我儘?貴重な気がする!いってみてください」

「――そんなこと言えません」

「大丈夫ですよー」


軽い調子で言うように促したら、掴んだ私の手に自分の手を絡ませられた。ぎゅ、と力が入って、旭さんが私を伺うように見る。

ちょっとこの人、かわいいぞ。犬耳が見える。


「栞様の手料理を他の人に食べていただきたくありません」

「………っ、!」


正直に言おう、破壊力、抜群だった。

じっと切ない表情で私を見ながら囁くようにつぶやかれた言葉は、恋愛経験など全くない初心者の、しかも女子高生には刺激が強い。

この人忠誠心だけでこんなセリフまで…!と私は慄いた。ぼん、と顔が赤くなるのを感じて意味もなく顔を振ったり掴まれていない手を振ったりしてしまう。ただの挙動不審である。



「あ、旭さんの天然!たらし!」

「栞様はご自分がどれだけ私を惑わしているかご存知ですか」

「知りませんってば!だってそんな、惑わしてない!」

「かわいいですね、顔が赤い」


とろけるような笑みが私を追い詰める。

もう何てことだ、これが萌えという奴だろうか。私はその力に圧倒されていた。

さっきから動悸が激しくて、心臓が止まりそうである。


「と、友達に持ってくのは、やめます!だからはなしてえええ」

「でも一緒にお菓子作ってくださいね?」

「する!しますからあ」


手を離してもらい、旭さんに背を向ける形で突っ伏した。

反則だ、こんなに可愛いところを見せられたらどうにかなりそうである。

我儘を言って、と言ったのは私だけれど刺激が強すぎた。

くらくらする、と思いながらそろ、と旭さんを伺うときょとん、と首を傾げられた。

天然すぎる可愛さは、時に凶器だ。


「…旭さん、ずるい」

「栞様は可愛いですね、お顔が真っ赤ですよ」


そっと私の顔に手を当てて微笑む。

どうしよう、意識が飛びそうだ。こんなに心臓に悪い人を野放しにしておくなんて、なんて危険なんだろう。


「お昼を食べてからお菓子を作りましょうね、栞様」

「あ!お昼食べたいのがあるんだった!」


所詮、女子高生。中学生から高校生になったばかりの私にとってはまだまだ色気より食い気である。

お昼ご飯、というワードで私の脳内はもう食べ物のことでいっぱいになった。

先ほどまで感じていたどきどきが、霧散して私は嬉々として立ち上がる。


「…ちょっと、早すぎましたか」

「旭さん!私とろとろしたオムライスがいいです!」


ぼそりと呟いている旭さんを気に留めることなく、私はさっき雑誌に出てきていたオムライス特集を思い浮かべていた。

オムレツを切るとトロンってするやつ!というアバウトな要求にもスマートに答える旭さんは、神がかって見えた。そして、出てきたオムライスは、綺麗に盛られたケチャップライスの上に形良いオムレツが乗り、旭さん直々に目の前で切ってとろんとご飯にまとわせてくれた。ソースもまた絶品で、とろとろふわりとした卵とケチャップライス、ソースの三位一体のコラボレーションは素晴らしかった。夢見心地で夢中で食べていたら旭さんに笑われてしまった。

でもしょうがないのだ。おいしいものは正義だから。

くす、と笑った旭さんに、ついてますよとほっぺについたソースを手を伸ばして拭われてぺろりと食べられた。

こういうのって恋人にやるモノじゃないのだろうか?

――まだまだ、おいしいものを食べて無邪気にしていたい年頃である。


「あ、旭さんっ」

「おいしそうに食べていただけてうれしいです。食べ終わって休憩したらお菓子を作りましょうね」


にっこり、と笑うその顔に、逆らえなくなってきているのは気のせいではないはずだ。

そのあと一緒に作ったクッキーは私が一人で作るよりおいしくて、つい食べ過ぎてしまった。太らないか、心配である。





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