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2話 おいしいご飯の代償は


「起きてください、栞様。朝でございますよ」

「…ん、もうちょっと…」


ゆさゆさ、静かに優しく、けれど二度寝には煩わしい振動が私を襲う。

日曜日なのだから、もうちょっと寝かせてほしいのだけど、とかたくなになった私は意地でも目を開けまいと顔を枕に埋める。

うう、とうなって布団をかけようとして、耳元で声がした。


「起きましょうね、栞様?」

「お、起きます…!」


ぞわってした、ぞわって。ものすごい色気を孕んだ声が耳に吹き込まれて、挙句、ふって耳を息がかすめた。

慌てて起き上ればちょっと物足りないというような顔をしながら恭しく私に着替えを差し出す執事が、いた。


私、千倉栞には執事がいる。

生まれは平凡な家庭だったがしかし、唯一の肉親である叔父の海外転勤とともに一軒家と執事が与えられた。――執事、というよりはお世話役のような感じだ。

私の執事、旭千景さんはキラキラした王子様のような超美形である。そんな人が、幼いころ私を見て一目で気に入りそれから虎視眈々と私と出会う日を狙っていた、という。

正直、危ない人なのではないかとも思ってしまったが、いかんせん私の胃袋は旭さんの手料理にがっちり掴まれている。おいしいご飯万歳。

本日の朝食は、フレンチトーストにコンソメスープ、キャベツと人参のサラダに付け合わせはウィンナー、甘くないカフェオレとどこのカフェだというくらいの豪勢さ。

そしてお弁当まで絶品なのだ。毎食毎食手の込んだ料理を作ってもらい、おいしいデザートもあり、そして家事も完璧。これでこの人の家事能力に落ちないという方がおかしい。

私はこの人のご飯なしでは生きていけない体になってしまったのだ。

出逢ってから、かれこれ二週間が経過していた。


おいしいご飯を堪能して、顔を洗っていれば恭しく私の髪の毛を手入れしてくれる。

ちなみにお風呂の後の髪の毛のケアもばっちりで、自分至上最高の状態でサラサラヘアが持続している。この人、ほんとうにすごすぎる…。


「ありがとう、旭さん!ご飯すっごくおいしかった」

「こちらこそありがとうございます。栞様に喜んでいただけただけで作った甲斐がありました」

「どうやって覚えたんですか、その料理」

「栞様にいつか食べていただくため、研究に研究を重ねました。栞さまに下手なものを食べさせるわけにはいきませんから」

「……幼女の私のどこにそんな忠誠心を抱かせる要素が…」

「幼いころの栞様も今の大人に近づかれている栞様も、これからの栞様も私の理想でございますよ!」

「やっぱりちょっとこの人変だああ…」


良い笑顔できっぱり言い切られて、苦笑した。

ゆがみない、私バカ。それもまあ、悪くないかなと思ってしまっている私がいる。好意を向けてくれる相手を無碍にはできないし。

それになにより、この人の作るご飯がすごくわたし好みなのだ。

叔父がお金持ちかつ生活能力皆無だったせいで外食がほとんど。しかも、ファミレスなんてもっての外な叔父の性格から、行くのはちゃんとした良いところのおいしいレストランや料理屋さんばかりだったので、舌が肥えてしまったのだ。

もちろん、ファミレスも好きだ。ファーストフードとかも高校の友達とよくいく。あれはあれで悪くない。

そんなわけで、事なかれ主義は私は、流されてこの人と生活をしている。

それでもやっぱりやってもらうだけでは悪いなあと思うわけで、たまには楽をさせてあげたいと思うのだが。


「たまには私が料理、する?」

「そんな、栞様がけがなどしてしまったら私は死んでしまいます…!」

「そこまで不器用じゃない!じゃあお洗濯とか」

「水仕事は手が荒れますよ、栞様の綺麗な手にひび割れができてしまったら私はもう…っ」

「ひび割れごときでそんなに悲壮感ださなくても…!」


何を言っても、これだ。

全部結果を私がけがをするという方向につなげて泣きださんばかりに止め始める。

そこまで大事にしてもらわなくとも真正のお嬢様でもなく、ただの雑種なので大丈夫なのだが、どうやらこの人私に果てしなく広い夢を持っているらしいのであきらめた。

反対を推してまでしても、きっとハラハラさせるだけだろうし、そばで泣きそうな顔で見張られるのはうっとうしい。

それにそれが生き甲斐ですとまで言われてしまっては、もう何も言えない。


手を上げて降参のポーズをとる。

そこまで必死に自分のお仕事を頑張る人の、お仕事は取りません。

私は私でお礼を考えることにする。給料は叔父から払われているとはいえ、これだけ尽くしてもらってはいそうですかありがとう、とまるまる享受できるほど、私も図太くはないのだ。もらう好意はもらえるだけ享受しますけども。


「あの、栞様?」

「んん、はい?」

「なぜいきなりお料理を…?まさか何方かに作って差し上げるのですか?」


私を見ながら旭さんが聞いた。

心なしかこの人、目が怖い。無言で見下げられて条件反射で首を振った。

こういう時、下手に誤魔化したりしてはいけないはずだ。たぶん、ぜったい、ものすごく面倒なことになるから。


「貰ってばかりじゃ申し訳ないじゃない」

「栞様、私はそのお言葉だけで嬉しいです。貴女の心が少しでも私に向いているのですね…!」

「少しどころじゃないけど。でも旭さんのご飯のほうがおいしいし」

「……っ!」

「お掃除も洗濯も全部旭さんのやる方がきれいだし」

「…う、っ」

「お菓子まで完璧でどうしたら……、ってちょっと旭さん?!」


考えながら話していたので、旭さんの方を全く見ていなかった。

そして、彼の方を見て、後悔した。

――スプラッタだった。手で口元を覆っているにもかかわらず、手の隙間から流れ出る赤。

要するに、鼻血。ぼたぼたと落ちているそれに、正直ものすごく引いた。ドン引きだ。

こんなに血を流して大丈夫なんだろうかと思いながら、肩に触れた。

恍惚の表情を浮かべながら旭さんは鼻血を出したまま私を見た。ごめんなさい、怖いです。


「栞様にそこまでほめていただけただけで天に昇りそうです」

「確実に天への一歩踏み出してるから…。お願いだからその血をふきましょうよ」

「私はもう、もううれしくて仕方ありません!」

「し、しんじゃう!旭さん死んじゃうから血とめて!」


そのあとようやく落ち着きを取り戻した旭さんの顔と手についた血をきれいにして、私はどっとやってきた疲れに、ソファに座り込んだ。

おいしいご飯のお礼の代償がこの疲れか…、と思うとちょっと、お礼は保留だ。またいずれ、私のほめ言葉に過剰反応しなくなったらにしたいと思う。

それまでは私のほめ言葉に体制をつけてもらうべく、その都度彼を誉めていくことにする。もちろん、あまりほめすぎない程度に。


「というか、それだけ血が出て大丈夫ですか」

「ご心配には及びません、血の気が抜けて良い感じです」

「…ああ、うん、もう何も言いません…」

「何やらお疲れですね、ハーブティーでもいかがですか?リラックス効果のあるハーブがありますよ」

「飲んでみたい!」

「かしこまりました。すぐにご用意いたします」


一礼してキッチンへ向かう彼は、ものすごくカッコいい男の人なのだが、いかんせん身に着けているワイシャツにべったり付着した鼻血が残念さを醸し出している。

そして、あの醜態を見た人は絶対に引くだろうなと思いながら、私はソファーに沈み込んだ。


――かくいう私は、旭さんの残念さも彼の絶品料理が食べられるならまあいいかと思うくらいには慣れてしまっているのだったが。


「栞様、お待たせいたしました」

「ありがとう、旭さん。旭さんのお茶はどれもおいしいからホッとする」


笑ってそういえば、止まったはずの鼻血がまたたらりと垂れていた。

さっきの言葉撤回。

ほめるのは、三回に一回にしようと思う。


「栞様は天使です…!」

「夢を見すぎですよー、天使じゃなくて女子高生ですー」


やる気なく訂正したはいいが、全く聞く耳を持たないのはどういうことだろう。

相手をするのも疲れてきたので、ハーブティに向き合った。センスのいいティーカップの中にいい香りのするお茶が入っている。

カモミールティらしい。初めて飲んだが、とてもおいしかった。最

近、日を追うごとに残念さが増しているような気がするので、ちょっと面白くて今後が楽しみでもあったりするのは、内緒だ。







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