1-04.アクイロフィアにて
エルタノルティアの隣国に位置する大国アクイロフィアにある城の一室で一人の男が不機嫌そうに腕を組んでいる。
豪奢な装飾が施された椅子に背を預けており、視線は机上の書簡に送られている。
ファルトエイム公爵である。
ファルトエイム公爵は50歳を超えているのだが、見た目は30台でも通るほど若々しい。
若いころは切れ者と言われ、国王の片腕とまで言われたこともある。
その栄光に陰りが指したのは現在、国王の懐刀といわれているヒルデスアント子爵が台頭してきたためである。
国王の寵愛ぶりは凄まじく、日を追うごとにヒルデスアント子爵の勢力は拡大していった。
問題はヒルデスアント子爵にあるのではなく、彼の妻にある。
彼の妻はローザといった。普通の人間ではない。堕天、つまり越境者である。
エルタノルティアを凌駕する大国であるアクイロフィアにおいても堕天は珍しい・・・ 現在でも数人が確認されているだけだ。
しかし、人間世界に関わろうとする堕天は極めて珍しい。
堕天である越境者は基本的に人と接触することを好まないとされている。
周辺諸国を巻き込むような、世界規模の影響を及ぼす大災害時には数十年前の魔獣災害のときは越境者が力を貸してくれたおかげで
亡国の危機を免れたのだが、それ以降、足取りをつかめたものは皆無だ。
逆を返せば、越境者がその気を出せば国が簡単に滅ぶことも想像に難くない。
人間より遙かに多くの魔素を所有する越境者はさながら神といっても差し支えなかった。
ただし、御せる神だが。
その堕天の一人が人間の妻になった。
それは大国であるアクイロフィアにおいても重大事のひとつであった。
国王はヒルデスアント子爵の能力ゆえに寵愛するのではなく、彼の妻に対し最大限の敬意を払っているに過ぎない。
そのことは頭では理解している。
理解しているが感情としてはやはり面白くないのであった。
アクイロフィアと大国エルタノルティアの関係は比較的良好である。表向きは。
だが、実際のところ、エルタノルティアは魔の森と称される、ディープフォレストに隣接することで一番魔物の被害を受ける立場にある。
そのため、軍備の需要が著しく、ギルドの支部も多い。
新たにギルド支部が開設されたことで支部の数としてはアクイロフィアを上回り、ここ数年は通り名を持つ有力な冒険者達が足繁く通う場所となっていた。
戦力として考えた場合、エルタノルティアはアクイロフィアに匹敵するのではないか?
と公爵を含め、アクイロフィアの元老院は推測している。
早急に対策を立てねばならないというのに、彼を掣肘しているのがヒルデスアント子爵である。
あの穏やかそうな男はその物腰と同じように穏健策ばかり立てる。
それを是とする国王も国王だが、理想論だけでは国はたちゆかないのである。
彼は元々、そこまで軍国主義的な思想の持ち主ではないだが、爵位も下であり、若輩でもあるヒルデスアント子爵に自らの意見を長年しりぞけられていたことで
(実際に退けたのは国王ではある)反発しているだけあることに気づかなかった。
いや、気づいているには気づいているが認めたくなかった。
そんな中、彼の抱える魔法師の一人がこんな情報を持ってきた。
「エルタノルティアに強力なフォトン波動が感知されました。」
本来なら隣国に干渉するのはご法度である。
だが、実際 アクイロフィアにもエルタノルティアのスパイはいるし、逆も然りである。
他国の情報を収集することは当然かつ自然なことなのだ。
強力なフォトン波動、それが何を意味するかはわからないが、魔獣、魔物もしくは堕天、そうではない存在だとしても人の手にあまるものならば手をうたねばならない。
西方諸国に対する被害を与える存在だった場合、まずエルタノルティアが被害をうけることになるのだが、だからといって甘えるわけにはいかない。
約30年前の災害時、アクイロフィアの戦力の8割を割き、総勢12万の大軍の副将の一人として参加した、父は総大将である。
公爵はあの災害で実父を亡くした。
結果としては若くしてファルトエイム公爵家の当主を継ぐことになり、災害復興、被災により滅亡した農耕国家フェルトを初めとする領土獲得における功績
をたて、30過ぎには筆頭公爵の座を得た。
だが、あの災害で自分が生き残ったのは奇跡に過ぎない。
また、堕天・・・越境者である可能性も高い。
そうした場合、その存在を手に入れることができたならばなんらかの形でヒルデスアント子爵に対する切り札となる可能性があった。
もし、仮に魔族、魔獣であった場合、これは現在進行中の計画に使える。
どちらにせよ発言権が増大することは確実である。
少なくとも、エルタノルティアに渡してはならない。
そのため、魔法師が進言してきた場所に選りすぐりの部下を送ったのだが、部下からの返事はいまひとつ要領を掴めないものであった。
今、彼の手にある書簡にはこう綴ってある。
「エルタノルティアより飛来して逃亡したと予想される対象をディープフォレストにて確認。岩から下半身のみを出して生存。
その後、冒険者と思わしき一団に拉致。 」
人物か・・・堕天か魔物。
もしくは、東の帝国の者であろうか。
なんにせよ、想像を超える範囲ではない。
しかしながら
「岩にめりこむ状況はいかなるものか。」
彼はつぶやく。
たしかに対象を発見、監視せよと命令はだした。
捕縛命令はだしていない、そもそも魔法師からの報告を基準として考えるならば、斥候の手に負える代物であるとは思えなかったのだ。
エルタノルティアのお膝元である。それがディープフォレスト?
エルタノルティアから10ティブ以上は距離がある。
かといって虚偽の報告であるとも思えなかった。
引き続き、監視、可能であれば捕縛せよ と命令を追加して、公爵は椅子から立ち上がり朝廷会議に向かうのであった。
ほぼ確実にヒルデスアント子爵は強力な魔素について知っているであろう。
議題に挙がった場合、どうでてくるか その時の対応に思慮を巡らしながら。
空恐ろしいことに足は痛くない。
実世界でいうと10kmほど歩いてきたのだ、というより前世なら1mも動かせないに違いないだろう。
というのはだ、ゴブリンからでた珠玉だけでなく、利用価値の分からない草花や、果実、道行く先でジェイリスたちが
狩った獲物をすべて俺がもっているからだ。
珠玉は魔石という。
仄かに赤く、透き通っていればいるほど高品質であるそうだ。
ゴブリンからでたそれは真紅なので、あまり価値があるようには思えない。
が、このようなビー玉サイズでも1個につき10銀ほどするそうだ。
魔物退治、商売としてはありではなかろうか?
命が保証されるなら。
考えてみよう。
ユニークスキルの恩恵である身体補正は絶大だった。
今の状態でワールドカップに出場したら大活躍間違いなしだ。
とりあえずだ、身長が縮んで、この歳で声変わりをしてしまった俺は現状どのくらいの筋力をしているのだろうとおもい、
なにげに小石を拾ってそれなりに意識を込めて、空に投げてみた。
小石は恐ろしい音をたてて大気を裂いて、見えなくなった。
遠くからなにかが崩れる音がしたけど決して小石のせいではない。
二人が気づいて大声で叱ってきたけど、てへぺろでなんとかごまかした。
その後、エリスからあらためて取引の内容について話し合った。
結論から言うと
エリスの話きいたかぎり、俺の問題としては
□ユニークスキル持ち、さらに王城を破壊した俺にはエルタノルティアから賞金首として認定されていること。
□この世界についての常識がまったくないこと
□無一文(屈辱だ。)
□素っ裸。
□指輪のせいで本来の姿をとれない(これは賞金首として、顔をしられてしまっている俺としては不本意ながらも賛同できる処置だが
気持ちとしては 解せぬ。 だ。
さて、これらの問題を全て解決することが取引の内容である。
つまり
○賞金首:賞金首の立場から開放することができる(内容はエリスは教えてくれなかったが、必ずするし、できると強く言っていたので信じたい。)
○常識がまったくないこと:同行していくうえで時間が解決。
○無一文:同上。
○素っ裸:街についたら買ってくれるらしい。エリス様。
○指輪の管理者が望むことで本来の姿をとれるらしい。 つまり、エリスだ。 やはり 解せぬ。
取引というより脅迫に近い。
ただ、エリスの言うことも最ではあるのだ。
俺はこの世界の常識をさっぱりしらない。
これは魔物はいわずもがな、俺の住んでいた日本よりは~~~~~~るかに立法、行政、司法が整っていないこの国で
なにかしら常識はずれの行動をとってしまったら即死フラグすぐに立つであろう。
王城での一件がいい例だ。
ユニークスキルというふざけたもののせいで、潜在能力としては高いのだろうが、いかんせん 即死したら全く意味がない。
そして森を抜けるまでにクロノス様に魔法について簡単に説明してもらっていた。
実はこの森、ディープフォレストとか呼ばれている魔の森で、魔物の巣窟らしい。
東にいけばいくほど、強い魔物が出没し、魔素も濃いいようだ。
東に森を抜けたら帝国とよばれる国があるそうなのだが、森を抜けて戻ってくる者が皆無のため、お伽話となっている。
そして、魔物は魔素を好む。よって魔物が人間の街にまでおりて、襲うことは稀であり、魔物は魔物を襲うようだ。
さて、魔法についてだった。
魔法には適正があること、つまりは魔素操作に対する才能である。
そして 持ち前の魔素量、つまり魔力が関係している。
いくら集中力があり、魔力が優れていても適正がないとうまく魔素を操れず、結果失敗する。
魔素操る際に、”指示式”なるものを構成して、魔素をそれぞれ目的にあった形状に変換するようだ。
魔素→炎 魔素→水 魔素→風 のように。 逆を行うには、魔石を媒介にして取り出すようだ。
ゴブリンが落とした珠玉のあれか。
なまじ魔素量があるほどリスクは上がるようだ。
炎系魔法は空気中にある魔素を擦り合わせ、混ぜるようなイメージをもって構築式をたてて発火させる。
それに比べ、魔素を停止させ、絶対的に固める 氷系魔法は発動する。
稀に魔力そのものの形状変化を起こせる才能を持つ人もいるようで魔素を細分化することで分解したり、
細かくした魔素で埋め尽くすことで爆発することもできる、と教わった。
そこまでいけばユニークスキルなのではないのだろうか?
答えはNOだった。
クロノス、俺の中でのあだ名は老け顔、によると、魔法は”スキル”ではないらしい。
あくまで魔素を媒介にして起こす現象だそうだからだ。
だとすれば、俺の打撃耐性(弱)とかは一体なんなのかという疑問が起こる。
それについて質問してみたら
「スキルはスキルでしょ。」
とエリスに一刀両断にされた。
おまえ、俺にそんな態度とっていいのか、おまえが求めている食料は全部俺がもってるんだぞ?
メジャーリーガーも真っ青な遠投力でこのふざけた重さのリュックをなげすてるぞ?
俺の食料もはいってるんでしないけどね。
ま、現状分からないことはいいとして、魔法、予想どうりではあるが便利で、しかし危険なもののようだ。
魔素が多く、将来を有望されたある見習い魔法師は魔素を”動かす”ことは得意だった。
炎系魔法の訓練の際、多大な魔素を動かし発火させることができたのだが止める術を持たず、自分を含め
周囲を炎上させて焼け死んだらしい。
ガクブルである。。
専ら、技術的には炎を起こすことよりも光源としての使用価値が高いようだ。
エリスはマイペースに俺が背負う10kgはあるであろうリュックの中に手をつっこんでゴソゴソしている、どこまでもマイウェイなやつである。
懲りずに今度は先ほど教わった魔素を擦り合わせて燃やすというのがやってみたかったので、
チート性能をもった俺にはできるのではなかろうかとおもい、意識を木の一点に集中させ、
ぐるぐるとかき回すイメージをもち、さきほど クロノスから聞いた基礎であるファイヤーボールの構築式を脳内で組み立てようと
していたところでマジ顔したクロノスはあわててなにやら手の平をその木に向かって翳し、
俺はジェイリスとエリスにおもっきり押し倒された。
全員かなりマジっぽかった。
「ちょっと!ちょっと!何しようとした今!」
「なにかするつもりならもう魔法のお話は金輪際、いたしません!!!」
「あぶねえお嬢ちゃんだ・・・」
と口々に叱責されたので、神妙にすることにする。
魔法を教えてもらえなくなることは、そのなんだ、困る。
しかし、いい情報だった。魔法は当然の如くある世界ではあるが、魔法は魔素量と個人の性質、つまり才能に依存してるということだ。
俺が何に特化してるのかわからんが、ユニークスキルは王様が声を荒げるほどのスキルだ。
その影響下にある魔力補正。
金になりそうだ。
ああ、そうだ。ふと思ったことをエリスに尋ねる。
「なあ、エリス。相手を検索するその情報探知スキルってやつの詳細教えてくれよ。できれば使い方も。 姿が変わってるから大丈夫っていっても
やっぱりこんなスキルがあるんじゃ、なにかしらこえーんだよ。」
ガブリと噛み付いていた手の平にもってたクロノス製焼き鳥(クロノスがファイヤーボールで鳥を丸焼きにしたもの)の一切れを飲み込むと
エリスは答えた。
「アイコン押したらさ、右下のほうに虫眼鏡みたいなマークあるでしょ?」
「・・・どこだ、 あった。」
「それをさ、動かすイメージで視界の中にある調べたいものにあわせてごらんなさいよ。」
ふむ、 そういうと、俺は横でエリスが持っている焼き鳥に虫眼鏡をあわせる。
---------------------------------------------------------------------------
プレイバードの肉(品質:D)
備考:ディープフォレスト近辺に生息するプレイバードの肉。
----------------------------------------------------------------------------
ほう!! これは便利だ。 超高性能スマートフォンが脳内にあるようなもんだな。 いつでもウィキペディアみたいな。
ちなみに見たことがない、知識にないものだと?になるようだった。
周りの木や草花、リュックの中身も???が乱立している。 プレイバードはさきほどクロノスが撃ち落とした際に名前を
おしえてもらっていたからだろう。
つーか、一重に名前っていっても、同じ生物でも呼び方が地方や、言語によってかわるだけで一体どうなんってんだ?
ってつっこみどころが満載なのだが、答えれる人がいないのでそういうもんかとおもっておく。
次に虫眼鏡をクロノスにもっていく。
--------------------------------------------------------------------------
名前:lock 称号:lock 年齢:18 ギルドランク:lock 職業:lock
詳細:lock
装備:lock
--------------------------------------------------------------------------
年齢18!?!?!?!?
この老け顔で!!相当苦労したんだな・・・ ってか 年齢だけ開示してるってことはよっぽどきにしてるのだろう。
ふれないでおこう。
エリスにしても、ジェイリスにしても同様だった。
「俺はどんなふうにみえてんだ?」
そう3人に聞くと、 名前と装備以外の場所は???が羅列されているらしい。
俺って一体なんなの?
簡単にlock状態にする説明を教えてもらい、項目を閉じる。
称号のところをみたら
title:恥辱の超越者取得
title:恥辱の超越神取得
title:岩にめり込む漢
設定しますか? YES/NO
NOOOOO!
そんなやり取りをしつつ、脳内のアイコンに生じされているヘルプをひたすら読みながら森を抜けるとエルタノルティアの町並みが見えてきた。
森を抜けた今いる丘陵からは一望できた。
まったくもってとんでもなくでかい街である。
その中央付近にある一際大きな建物、左右に尖塔をそなえた城の一角が、崩れているのはきっと俺のおかげだ。
ザマーミロ。
まさかこんな早くもどることになるとは。
姿がかわってるらしーから問題ないか。
そんなことを思いつつ、街を眺め下ろす。
少し古めかしいが頑強につくられていることが見て取れた。
正門の奥には詰所のような場所があり、凄まじい数の人で溢れ、行列ができている。槍をたずさえた衛兵の動きが慌ただしい。
エリスは直接、行列にはならばず、正門の右のほうにもうけてある小奇麗な小屋にいる衛兵にカードのようなものを見せるとあっさりと街の中に入ることができた。
街に入るにあたり、俺がそのまま入ると、凄絶な魔素量のため、余計な問題が降りかかりそうということでクロノスから残り少なくなった魔符を俺の身体に貼り付けたのだった。
その上から布切れを身体に巻きつけている。
いい加減、着るものがほしい。
人目をひくという意味ではエリスは有名人なようで、道行くすれ違う人々はエリスを見ると声を低くしてささやき合っている。
結局のところ変わらないような気がしないでもない。
魔符を張る際にクロノスの顔がちょっと赤くなっているようにみえたのは気のせいだろうか。
気のせいだろうとおもいたい。
老け顔の男が照れているところを見て、喜ぶ趣味はない。
エルタノルティアは森に近い国のため冒険者が多く、冒険者からの収入を目的とした都市だ。
行き交う人は冒険者や旅商人が目立つ。
とはいえ、今歩くメインストリートと言うべきこの道にしても6車線分くらいの幅があるし、ビルがないとはいえ、商店の規模も桁違いに大きい。
見るものすべてが新鮮で気持ちが高鳴る。
と、同時に王城での一件を思い出し、むかっ腹になる。
街はまるで中世のヨーロッパのようだった。
小道こそ整備はされていないが、今歩く大通りは煉瓦で舗装されている。
さすがにコンクリートはないのか土に直接嵌め込まれているが大したものだった。
道には様々な露天が立ち並び活気がある。果物や武器、防具、アクセサリーなどが視界に入る。
少し高級そうで瀟洒な店にはガラスが用いられていた。
まあ、前世でもガラスは紀元前からあるそうなので不思議ではなかったが、窓として使うにはそれなりの技術がいるとおもったのだ。
興味がわいたのでガラスに近づいてみるとガラスに自分の顔が写った。
ふぐ!
かわいい。
すらりとした顔立ちで髪は銀髪、総白髪ではなくて銀髪である。
瞳は赤く、どことなく金にみえなくもない。
クロノスが赤くなるはずである。
しかし、岩からひきぬくときにエリスとは別で遠くからみていたのならば、俺ことは全部みられているわけだから少女があるはずないのに
あの老け顔はあっちの趣味でもあるのだろうか。
顔に似合わず、着衣がボロのみでギャップが著しい。
物を買う機会があれば猫かぶってみよう。
確実に値切ってやる。