1-16.侵攻
無骨な椅子から腰を持ち上げ、お世辞にも優雅とは言いがたい天幕から、帳を持ち上げて外の様子を臨み見る。
夕闇が辺り覆い、ポツポツと降りはじめた雨粒が頬を打つ。
ほんの少しだけ、質は劣るものの 似たような天幕を眺め見やった後、神々の気まぐれによって起こるとされる
天からの水滴に若干、その勢いを衰えさせた焚き火に手に持つ書簡を投げて、焼き捨てる。
紙が完全に灰になることを確認し、ふたたび臨時的に設けられた設備へと踵を返す。
「・・・フン。」
書簡に書かれていた内容を鑑みて、抑えていた感情が溢れ、表情に出た。
全く馬鹿に仕えるのも大変だ。
顔を顰めて、入り口に立て掛けられている旗を支える、木製部を強かに蹴りつけ、さきほど座っていた木製の椅子にドカリと
腰を下ろす。
まぶたをとして、首傾け、天幕の天井部を仰ぎ見る。
(目下、王城にて変事を企てたユニーク持ちの捜索を行え。国外への脱出を図る場合の生死は問わぬ。)
内容は、先日もらった書簡と全く一字一句余すこと無く同じ文が書かれていた。
嘲るように鼻息を飛ばす。日も暮れたこの時間。
時がとまっているかのように天幕の周囲を見張る衛兵しかいない。
彼らはこちらに気づくと行儀よく敬礼を向けてくるが、その敬礼の様子が、天幕の中にいる偉丈夫に届くことはない。
逆にこちらがどんな高官にあるまじき態度をとったところで漏れ伝わることもない。
椅子に傾けてあった瓶を手さわりだけでたぐり寄せると、グイっとラッパ飲みした。
フン! 全く呆れたものだ。 ユニーク、ユニークと、そんなにご自慢になるであろう、自分のものになるであろう
城を傷つけられたのが気に入らなかったのか?いや、違うか、自分の予定通りの行動をとらなかった人間に対して、
そのあまりにもちっぽけな自尊心が傷ついた、といったところだろう。
実際ちっぽけすぎる。 現実を見ないこと甚だしい。
ユニーク持ちに復讐したいのであれば、自分ではなく、ポチョムキンの阿呆にさせればよいのだ。
あの脳まで筋肉でできており、たまに賢しげなことを言ったつもりでいる阿呆。
近衛師団総長でありながら、極度な近視眼しかもたない愚か者、いつでも 取って代わる自信があるまさに垂涎の獲物。
そのポチョムキンからして、もはや阿呆という境界を超えて害となりつつある。
彼・・・とよぶきにもならない人間の形をした筋肉の塊は元々、自分と同期で4つある近衛師団において、近衛師団長の立場にあった。
それを本来は国王に対して忠誠を近い、国のために武力を振るう近衛師団においてはあるまじく、皇太子・・・というより、奴に小賢しい知識を授けている王国の弊害、その魔法の能力でとりわけ中年のような
容姿を維持している小太りの糞ババア、ゲティス老の手足となって動いきはじめたのがきっかけだった。
エレメンタルピラーと呼ばれる、平民からは神々の祝福とまでいわれている魔力供給システムの実態は、得体のしれぬゲティス老が
持ち込んだ知識のひとつであった。
たしかに、生活力は向上したかのようにみえているが、実質恩恵をうけているのは貴族以上か、それなりに蓄えのある者に限られる。
また、そのシステムが確立されるにあたり、闇に葬り去られた数々の血なまぐさい話は緘口令をしかれてはいるが、噂がつきない。
噂ではなく、それが真実だと分かる自分にとっては吐き気の催すものである。
その腐ったシステムの構築にあたり、ゲティス老を王太子から功績を取り上げられて、副師団長、右将軍、左将軍の地位をすっとばし
一挙に近衛軍総司令長官となったのがポチョムキンだ。
功績とはなにか? 本来すべき職責を放り出し、魔物の捕獲、とりわけ魔素の多い人間の拉致、監視が主だ。
そんなポチョムキンに対し、自分を含めた近衛軍で彼に良い印象を持つものは皆無といって良い。
だが、背後に控えるのが王国の実力者達、それも次代の王がいるとあっては面とむかって反論の唱え用もない。
しかしながら、その無能ぶりに対して、自身の権力を守ることは必死であり、笑いを誘う。
ユニーク男の件にしても、そうである。
自分も夜長飛び起きるほどの凄絶な魔力を感じ、あの夜、いそぎ魔力が迸る地へとパレードで群らがった人々を押しのけ
配下を連れて駆けつければ、ポチョムキンが裸の男を拉致して王城へ連れて行くところであった。
魔力量を考えても、ひっ捕らえたならば、まずはミスリル鎖でがんじがらめにし、魔符をはりつけ魔力をうばい、王太子にとりなしてから
謁見すればよいものを、功を焦って面会し、主君らの命の脅かす場面をつくったあげく、取り逃がすとは。
失笑を禁じ得ない。
追跡を行えなかった理由は、クヌートを含め、王どもが声高にあの崩落の際に錯乱し、助けを求めたのが原因の一旦ではあろう。
が、少しでも脳があるなら、あの場で即座にユニーク男が逃げた方角へ手持ち一個大隊でも差し向ければよかろうに。
なにかトラブルでもあったのか西の森へと描いた波動は唐突に消失した。
垂れ流しの魔力は西へと軌跡をえがいていたのはちょっとでも魔力があるものならばわかることだし、仮になかったとしても
魔法師を随員させればいいだけの話である。
消失したのがどういった理由かはわからぬが、迅速に対応すれば死体発見するなり、足取りなりを掴めただろう。
主君らの狂乱ぶりに同調して取り乱し、憤怒の言葉に突き動かされて捕殺命令を公式に発したのは、なんと1日あけてからだった。
それも本来国をまもるためにある近衛師団を動かして。
そんなわけで自分はここにいるのだが。
情勢が分かっているのだろうか?分かっているはずがない。
そんな奴の尻拭いをなぜ、俺がせねば、ならないのか。
分かるぜ?
俺が貴様の立場でもそうするだろうな。 だからこそ 腹ただしい。
今、彼は、ギルドの支部長を城に呼び出そうとし、のらりくらりとかわされたあげく、失敗した部下を叱責し、降格し、
その穴を埋める雑務に追われて、王城にに篭っているようだ。
王都から戻った部下の一人が嘲るように報告してきた。
パレードによってエルタノルティアには近年みないほどの人で溢れている。
250年の創国祭りだ、盛り上がりもする、だが 西方諸国の動向が芳しくない昨今、舞い上がってばかりもいられない。
特に隣国であり、アクイロフィアの軍備拡大の動きが顕著であろう。
昨今では国境ぎりぎりまで騎馬の一軍を見たという報告もうけている。
王城が崩壊した直後のタイミングで、使者によってクヌート王太子の元に告げられた、婚姻の申し出。
王が臥せったことをいいように、焚きつけるような内容であった。いわく。
「これは例年より盛大なパレードが裏付けるように、花の咲くごとく発展を遂げるエルタノルティアにおかれまして、王太子、クヌート様。
いや、もはや王とお呼び致したほうが宜しいでしょうか?
さて、私めは西方より吉報を携えて参りました。
類まれなる才媛をお持ちになるクヌート様に、遺憾ながら、我が国の姫君アルフォルミナ様とのご婚姻を考えていただけないものかと
思し召しまして・・・ 」
通された間は謁見という形ではなく、王太子の私室において重鎮が集められたものであったが、王城崩壊一件の件には
まったくふれることもなく、要点だけを告げていった。
アクイロフィア帝室、直系であるとはいえ、王位継承権としては7番目に数えられるアルフォルミナ。
彼女というのもバカバカしい、まだ8歳の小娘である。
エルタノルティアに対するなんらかの形での干渉であることは疑い得ない。
年齢を逆手に、婚姻を断ることになれば、どう難癖つけて干渉してくるか分かったものではない。
かといって、一国の王に対して、妾や第二夫人、第三婦人としてとならともかく、正妻として8歳の王位継承権をかろうじて
持つといってもいい、お人形を迎えろというのはプライドの高いエルタノルティア王家にとってありえぬ話だ。
断られることを前提として、 もしくは アルフォルミナを餌として なにか企んでいるに違いない。
さて、その話は伺い、後日返答するということではあったが・・・ どうなったのだろうか。
そんな最中、王都を守る近衛騎士団を動かして一人の男の捜索にむかわせるとは頭は筋肉できており、その筋肉には皺ひとつないに違いない。
この地の眼と鼻の先、西へ森を抜け、20ティブも行けばアクイロフィアの領地となる。
保身のため、自分の権力基盤を確固たるものにするための優先順位としてはまちがってはいないかもしれない。
だが、捕縛のために1個師団動かすのはやり過ぎだけではなく、無駄以外の何者でもない。
まさか、アクイロフィアのための牽制もかねて・・・なのだろうか。
ありえぬ話だ。
あの男の残す痕跡ががたまたまここらだという理由だろう。
ため息もでるというものだ。
どうせなら、ポチョムキンが直々にこの雨の中、捜索すればいいのだ。
雨音が強くなりはじめた。
これでは捜索もままならないだろう。
気のせいか、雨音とは別に地面から響くような音が聞こえる。
それは、時追うごとに強くなりはじめた。
何事か?
天幕をあけ、バシャリと水たまりに足を踏み入れてしまい悪態をつく。
降りしきる雨を全身にあびつつその目が遠くに見たものは、森にある街路からこちらに一直線に向かってくる、
黒一色で塗装された、騎馬の群れであった。