1-13.陰謀の影
絢爛豪華な室内で片手に杯を持った男が薄ら笑いを浮かべながら暗褐色の瞳を中空に向けている。
杯を傾け、一息つくと、また 口元を三日月に変形させる。
高価そうなペンと様々な書類が散らばっている机を挟んで、机と対して身長が変わらない、慢性的頭部毛乏症の赤い顔をした
壮年の男性と向かい合っている。
「なかなかうまい芝居でしたよ。 宮廷演劇隊もかくや、ってとこだね。」
「フン。あんな猿芝居いくらでもできるわ。貴族どものほうがよっぽどうまい。」
「まあ、彼らは歩く演劇隊だからねえ。本音で会話できることが稀ですから。 」
男は片手で髪をくるくると指に絡めると、もう片方の手でペンをとって指先で回す。
「さて、移山倒海、次のステップへと事を進めるとしましょうか。 こんなに早くチャンスが巡ってくるとはおもわなかったけれど、
彼の出現は僕らにとっては僥倖だね。計画の変更は殿下に伝えておくよ。」
そう言葉を紡ぐと、おさまり悪い髪をもてあそぶのをやめて述懐する。
ミルザ・ウォン・パルドラ。
現、エルタノルティアギルド支部戦闘部門長にして、パルドラ伯爵家次男。
パルドラ家はエルタノルティア南東に領地を構え、これまでに数多くの有望な人材を国内に輩出してきた名門で、
時には将軍、宰相といった役職についた者までいる。
伯爵号を次ぐ彼の兄は、近衛師団副将軍の地位を賜っており声望も高い。
質実剛健とは世の中が彼に対して表する言葉だが、ミルザにとってはそれは苦笑いにしかならない。
母を違とし、第二夫人と前伯爵との間に生まれたミルザは物心つくころには兄に迫害される目にあってきた。
筋骨たくましい兄とは違い、それなりの才能はあるものの、身体が弱く、細い線は彼からすれば名門にあるまじき劣悪な存在として
認識されたようだ。 父も長男を優遇こそすれ、自分を顧みてくれることはなかった。
毎日のように振るわれる暴力を避けるためだろうか、彼はいつのまにか常に自分が笑みを浮かべていることに気づく。
だからといって、確実に回避できるわけではなかったが、いくら殴ってもにやついている弟を、兄は気味悪がり、次第にその
足音は遠のいていった。
兄が病に倒れた父にかわり、正式に伯爵家を継ぐと、そこにはもう自分の居場所はなかった。
貴族として、騎士として、王道を行く兄の後ろを追うことは苦渋の選択でしかなく、 そんな中、
苦し紛れにギルドに所属し、自分に剣の才があることが分かった。
悲しくも伯爵という家名は、ギルドメンバーとして研鑽を積む自分にもついて回り、気がつけばギルド支部の中でも
高位の地位についていた。
そんなときだ、皇太子であるクヌートから御声がかかったのは。
ギルドに所属している貴族は多い、が、実際には元貴族であったり、自分のように貴族の家にいられなくなったり、
身を崩したものがほとんどである。
彼は自分が玉座についたとき、ギルドの内部から彼を助ける人材を求めているのだと語ってくれた。
何より、自分のような存在がいてこそ、国が立ち行くのだと。
玉座についた暁には、兄よりも上位の近衛師団右将軍の地位とギルド支部長の地位を賜ることとなっている。
もちろん、こんなものは口約束であろう。
右将軍はともかく、ギルドがそのような国に意識を傾けるものを支部長につけるわけもなく、王家といえどもエルタノルティアにそんな権限はない。
だが、それでも構わない。
兄より上にたてるのであれば。
自分を見下すことしかしなかった、あの傲慢な男を風上から見下ろすことができるのであれば。
だからこそ言ってある。
そんなものはいらないと、兄よりも上位の地位であれば どんな醜悪な地位でも構わない、と。
この胸を焼く想いは何時しか炎となり、火炎となっていた。
そんな最中、ユニーク持ちである男がこのエルタノルティアに舞い降りる。
かの男は城塞は砕き、そこに参列した王や、皇太子を含む幾人かは命を失うには至らなかった。
終生、命令に背かれることなく、罵倒されることなど全くなく、ましてや危害を加えられることなどあってはならず
自分達の願うことは叶えられて当然だと考える 参列者達がその男に対して抱いた憎悪は想像を絶する。
賞金首として晒しただけではなく、ギルドに捕殺依頼が強行になされた。
ユニーク持ちだろうが、なんだろうが、”王家”に歯向かうものはそれなりの待遇を受けてもらわねばならない。
それが国の上層部の考え方だ。
ギルド支部長はその依頼を突っぱねたが、その代償を想像よりも大きいはずだ、彼女は終始、毎夜のごとく暗殺されかかっているはずである。
クヌートから直々に命令を受けている自分としては、このユニーク持ちの男の身柄を命問わず得ることで、クヌートからの評価は
さらに上がり、約束が叶えられる確率の上昇率が見込める。
そんなとき、かもが葱を背負ってきたといわんばかりに、かの男はギルド試験を受けに来るという。
城塞破壊以降、臥せってしまった王に変わり国を取り仕切る皇太子は西であるアクイロフィアに対する戦力増強を視野にいれて
軍事の拡大に力を入れはじめた。その決断の速度は、王が伏せるという降って湧いたこのタイミングで考えついたものではなく
事前より王権を代行するようになれば即座に動けるように考えていたに違いない。
王太子はもはや王権を本来の持ち主に返すつもりなどないようにもおもえる。
ガルガトス、シファギリアの東に位置するドワーフの王が収めるドントルト王国から追い出されたドワーフ族。
貴族だけでなく、実は王族ともつながりがあるこの小心者はギルドよりも優先し、今は国に対して様々な物資を
提供している。 その中で自らの懐を温めることはまちがいないが、正直なところそれはどうでもいい、クヌートを通し、利害が一致した。
もし、自分の足を引っ張るようなら、証拠を突き出して、ギルドの信用を高めつつ、その信用を活かして自分の息が掛かったものを部門に据えれば
いいだけの話だ。
支部長であるカーサに呼び出されたときはさすがに身構えたが、想定内だった。
カーサがガルガトスを探っている件については知っていた。
エレメンタルフォトグラフをもらって、ガルガトスが強行にあの男が王家に引き渡すよういってきたときは
それを止めてほしいとやんわり艶然といわれたが、それならば それを利用してやるだけだ。
いざとなれば、ガルガトスと貴族どもとの癒着をエルタノルティアに対する交渉に使うつもりであろう。ぬるい。
ガルガトスに与して、現在まで生産部門の汚職を明るみにだしガルガトスとカーサに退場してもらってもよいが、
ガルガトスの癒着はかなり奥深い、皇太子ら貴族側の心象を考えると下手に扱うことはできないし、
カーサもその程度で退場になるほどまぬけでもない。
さて、その葱を担いできた鴨であるが、
見た目は少女だ、だが、あの魔法波動である文様を疑いようがない、かなり魔力が抑えられているようだが、
実際に目をすると身体に秘められた魔力が波打つ様をみて確信へと至る。
これはチャンスだ。
だがしかし、横にはギルドとして王家の要請を突っぱねた”癒波”カーサ。 倒れているとはいえ、自分より上位ランクである
”教官”ティトス。 そして、今こそ姿は見えないが少女を連れてきた”神風”エリス。
どう見ても勝ち目がない。
ならばどうするか。
あの男を捕殺することはもはや確定条件だ。
だが、街で殺せば確実に足がつく、カーサはともかくエリスのことを侮るつもりは欠片もない。
そして、仮に捕殺できたとしても、ギルドと事を構えることは避けられない、クヌートにかばってもらったとしても、
ギルドと正面衝突となれば、払う代償が大きい、クヌートは躊躇なく自分を生贄の台座に送り出すことだろう。
新王はそれこそ望んでいるかもしれないが、なにも自分がその役を担う必要はない。
ならば、ガルガトスにその役を担ってもらおうではないか。
自らが提案した不死湖。 うってつけだ。 実際、エレメンタルピラーの交換時期は迫っている。
多大な費用と犠牲を伴うが、それをやらないわけにはいかないその難件をこなせれば、 そのタイミングを見計らって殺し、奪う。
あんなところで目撃者がでるわけがない。
でたとしても口を封じることは容易い。
迷宮の主と相打ちにでもなったことにすればよい。理由など 後付でいくらでもなんとなる。
エルタノルティア王家には遺体を、 そしてギルドからエレメンタルピラー用の大型魔石を提供。
カーサはユニーク持ちを愚劣な案で迷宮にいかせたあげく、死なせたとして降格か左遷は間違いない。
自分が取って代わればよい。なんなら、別にガルガトスでも構わない。エレメンタルピラーの取得の功績だけが残るのだから。
そして、こなせなければ、死体を持ち帰り献上するだけだ。
これも同じようにカーサは降格をよぎなくされるだろう、皇太子からもお褒めいただけることだろう。
どちらに転んでもうまい手だ。
さて、では、確実に、あの男とエリスを殺傷できるものをおくらねばなるまい。
適任者には、心当たりがある。
そして、一連をより確実にするためにはカーサを動かしてはなるまい。
幸い、ギルドとして援護は一切しないとは言い切っていたが、ユニーク持ちをそのままほっておくわけがない。
失敗は許されない。
薄暗い部屋を照らす炎が杯から滑り落ちる水滴を照らして、ゆらゆらとたゆっている。