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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

聖獣と少女の小話

作者: belgdol
掲載日:2013/09/26

 ある所に女の子がいました。

女の子は小さい頃に森で、とても賢い狐と約束しました。

女の子が大きくなったら、一緒に楽園へ行こうと。

これは女の子と賢い狐の旅の物語。


 中規模の普通の農村といった村の外れで、粗末ながら最低限の土台はきちんと作られた家の前に、その家より大きな狐のような生き物がお座りをしています。

その家の中では、娘が両親と別れを告げていました。


「本当に行くのかい。エリーヌ」

「うん。ちょっと不安だけどカレミラとの約束だから」

「いくらあの方が聖獣でも、本当に嫌なら村に居てもいいんだよ。お母さん絶対エリーヌのことを守るから」

「ありがとうお母さん。でも私、カレミラと行きたいの……親孝行は出来そうになくて、ごめんね」

「私たちの事はいいんだよ!それより旅が危険であんたが心配なんだよ!お父さんもなにかいってやっておくれ」


 妻からの声に、腕を組んで眼を瞑っていたエリーヌのお父さんはちらりとエリーヌを見ました。

エリーヌは今、お母さんのような長袖のワンピースではなく、自分のお古をエリーヌが自分で繕った、シャツとつぎあてのある吊り下げズボンを穿いています。

それを改めて確認したお父さんはただ一言いいました。


「悪い大人に気をつけろエリーヌ。お前は子供だし、聖獣様は人の持つ欲に疎い。だから気をつけていけ」


 静かにエリーヌに言ったお父さんの眼は不覚にも、涙でうるんでいました。

エリーヌはそれに気づいていましたが、お父さんが必死にお父さんらしい姿を見せようとしているのに邪魔してはいけないと口をつぐみました。

そして替わりに両親を安心させる為に笑顔で言ったのです。


「大丈夫。カレミラとの旅ならどんな事があっても平気。だから心配しないで、お父さん、お母さん。行ってきます!」


 明るく笑って、声を張り上げ、家の外で待つ大きな狐のカレミラの前にエリーヌが立つと、彼女(カレミラは雌です)は鼻を鳴らしながらエリーヌに問いました。


「両親との別れはもう良いのか」

「やめて!そんなこと言われたら、私いつまでもカルミラの行きたいところに行けないよ」

「そうか。すまんエリーヌ。では行こう、さぁ背中に乗るがいい」


 寄せた鼻先にしがみついたエリーヌを背中に乗せるためにぺたりと腹ばいになったカルミラの上に、エリーヌはよじ登ります。

少女一人がよじ登る為に掛かる力など、カルミラにとってはさほどのものではありません。

それこそ彼女にとってはエリーヌが赤ん坊に腕を抓られる程度でしょう。


 こうしてしっかりと背中に大事な友達が乗ったことを背中で感じたカルミラは、太陽を見て北へ向かって走りだしました。

彼女達が目指す楽園は北の果て、丸い円盤の北端にあるという星の橋を渡った先に、そこは在るといいます。

人と聖獣が共に暮らす為の場所、そこを目指して二人は旅立ったのでした。


 カルミラの足は馬の何倍も速いので、村から街への移動は瞬く間、とはいきませんが、日をまたぐことなく辿り着けます。

それでもその間に、二人は色々話します。


「ねぇカルミラ。そういえば村で旅をするのにご飯と体を洗うのはどうするかちゃんと聞いて無かったわ。どうするの?」

「妾の肉を売れば金になる。それでエリーヌは宿を取るのじゃ」

「ダメよそんなの!!カルミラが身体を売るなんて!!」

「し、しかしのぅ。妾達が路銀を稼ぐには……」

「……させて」

「な、なんじゃ?」

「他の人にカルミラを食べさせるくらいなら、私にカルミラを食べさせて」


 言葉だけならそら恐ろしいその台詞を、しがみついたカルミラの背中に涙を染み込ませ、後一歩で鼻水が鼻につまり言葉にならなくなってしまいそうな。

そんな震える声でエリーヌは言ったのでした。


「嫌だよ。カルミラが私の為に痛い目に合うのに、その上カルミラの一部が他人の手に渡るなんて、私いやだぁ!」

「エリーヌ……」


 ぐすぐすと泣く愛おしいエリーヌの言葉に、カルミラはある決心を固めました。

それは苦痛を伴い、愛するエリーヌにも負担を強いる決断でしたが、それでもカルミラは告げました。


「エリーヌ。妾の肉を喰らえば七日七晩眠らずに済むし腹を満腹感が満たす。故に、このまま街に寄らずに北を目指す。体は妾の舌で清めてやろう」

「うん……」

「だから街など通り過ぎて北へ行こう。どこまでも、どこまでも。それしか妾達にはないのだから」

「そうだね、ずっと私達二人で居るにはそれしかないんだもんね!行こう、北へ!楽園へ!」


 こうして二人はどこか救いのなさそうな、暗い道の中を唯一の希望である北の楽園に向けて走りだしました。

なぜカルミラがそこまで急いでエリーヌを連れて北の楽園に行くのか?

それには勿論理由があります。


 北の楽園は唯一、寿命の果てない聖獣と、寿命に限りのある人間がいつまでも一緒に過ごせる、いわば聖地なのです。

元から一定以上の歳をとらない聖獣だけが渡れる星の橋の上を渡り、人間を連れて楽園へ入ると、そこで人間の寿命はなくなります。

入った時の若さのまま、ずっと聖獣と過ごせるのです。

だから、楽園へ行く事はお互いを好きになりすぎたカルミラとエリーヌの最後の希望なのです。


 自ら切り裂いた肉をエリーヌに食べさせながら、ひたすら北に向かって駆けながらカルミラはエリーヌと話をします。


「のぅエリーヌ。お主覚えているか。妾とお主がが初めて出会った時の事を」

「忘れるわけないよ。カルミラは昔から綺麗な蜂蜜色の毛並みで、とっても良い匂いがして。私は森の中で遊んでて果物があるんじゃないかって思ってカルミラのところへ辿り着いた」

「あの時のお主はほんにがんぜなくてのぅ、走り寄ってきたと思ったら妾に噛み付きよった」

「だって、私にはあの時カルミラが黄金色のふわふわケーキに見えたんだもの」

「ふふ、妾をふわふわケーキなどと評したのはおぬしが初めてだったぞ。しかも噛み付いて毛が口にはいるとぺっぺと吐き出して、第一声が「甘くなぁい」だなどと」

「もう!小さかったんだからしかたないでしょう!いじわるね!」

「怒るな怒るな。可愛いと思っているんじゃぞ」

「か、可愛いだなんて!もうカルミラの女ったらし!そんな事言われても、全然、嬉しく……えへへー」

「ほんにしようのない子じゃのぅ。そこが愛いのじゃが」


 そんな睦言を繰り返しながら駆ける二人は、街から出てきて始めての依頼をこなそうと頑張る少年も。

不作の年に重税をかけようとして農民に反抗された貴族も。

大国に挟まれ右往左往する小国も。

女の子が夢見るような王子様に見初められる平民の少女を祝うパレードにも。

等しく眼を向けずただ駆け続けました。




 そうしてどれほど経ったでしょう、少女だったエリーヌはすっかり女性らしくなり、故郷を出るときに着ていた父のお下がりの服は寸足らずになり、シャツは膨らんだ胸に押し上げられて窮屈そうです。

でも、その甲斐あって二人は今星の橋の前に立っていました。


「エリーヌ。とうとうここまで来たの」

「うん。ようやく辿り着いたね」

「覚悟は良いか?」

「こちらにいる限り、カルミラと永遠に別れることになるくらいならどんな事に成ろうとも私はこの橋を渡るよ」

「……その意気や良し。その危ういまでの思い込みこそを妾は愛した」

「私は、こんな気持ちを許してくれるカルミラを愛してる」

「相思相愛じゃの」

「そうだね」


 くすりと二人は笑いました。

エリーヌはカルミラの背中に乗っているので、お互いの表情は見えませんでした.

でもお互いに満足そうな笑顔を浮かべているのを信じて……いえ、確信していました。

そしてカルミラはエリーヌにいいました。


「エリーヌよ。この橋を渡るときお主に変化が起こる。だが恐れるな。それは妾と在る為に必要な変化なのじゃからな」

「解ったわ。何が起きても受け入れる。行って、カルミラ」


 二人の間で確かな確認が交わされると、カルミラは星の橋の上を駆け抜け始めました。

そしてそれと共に、エリーヌの体に変化がおき始めます。

ギシギシと音を立てて顔が獣相へと変化を始めました。

気がつけばもとあった場所に耳は無くなり、頭頂部に二つ、カルミラの耳のように並んで耳が生えました。


 手足も同様です。

指が短くなり、獣のそれへと変わって行きます。

その変化の中でエリーヌは直感しました。

ああ、私はカルミラと同じ存在になるのだと。


 星の橋を渡る間、二人は無言でした。

恐らくカルミラはエリーヌに訪れる変化を知っていたために。

エリーヌは変化する喉の構造に対応しきれないがために。


 そして星の橋を渡り終わったエリーヌは、すっかり小さな子狐の姿になっていました。

子狐といってもカルミラと比べれば、という話ですが。


「ハァ……ねぇカルミラ。私今、貴女みたいな姿なの?」


 どこかうっとりとした声を出すエリーヌを見るためにカルミラが首を廻すと、ちらりと視界の端に、銀色の毛並みの狐が目に入りました。


「エリーヌの色は銀じゃな。ほれ、妾から降りて立ってみよ。ここが楽園じゃ」

「うん、解ったわ」


 新しく変わった体を自在に操り、ひらりと地面に降り立ったエリーヌが周囲を見渡すと、そこは不規則にあらゆる花々や木々が生い茂っています。

それはどこか幻想的に美しく、微かな狂気を感じさせる光景でした。


「ここでならずっと一緒にいられるって、こういう意味だったのねカルミラ」

「……怒ったか?だがそうだとしてももうどうにもならんぞ。私達は星の橋を渡ってくる事は許されているが、あちら側に戻る事は……」

「バカじゃないの!?怒るわけ無いじゃない!私言ったわよね!カルミラとずっと一緒に居たいって」

「う、うむ」

「なら、それが果たされるなら魂だけの存在になることも覚悟してきたわ!だって、本当に、どんな形でも貴女と共に在りたかったから……」

「エリーヌ……」


 自らの首元に鼻先を寄せるエリーヌの体に、カルミラもそっとその鼻先を寄せました。

そして二人より沿い、しばらく静かな時間を過ごした後に、エリーヌが言いました。


「さ、あんまり湿っぽくしてもしかたないわね。この大地を見て回りましょう。そして寝心地のいいところを見つけるの。そしたら本当に二人一緒、そこですごすのよ」


 元気一杯になったエリーヌに言われて、カルミラは頷きます。


「そうじゃな。共に住まう場所を探すとするか」

「そうよ。だって私達は、これからずっと一緒なんだから」


 こうして、一人の少女は獣へと姿を変えて、愛しい聖獣とずぅっと一緒に暮らす事になりました。

そして、幸せな時を幾重にも重ねて、それは止まる事を知らない波頭のようだったそうです。

聖獣と少女のお話はこれでお終い。

めでたしめでたし、です。

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