チーズタルトの大冒険
自分はチーズタルトが大好きです。
でもどのコンビニを見ても、チーズタルトが最後の1個とかになっている事がないんです。
なので、売れないチーズタルトの気持ちになって書いてみました。
なりきれているかどうか分かりませんが、是非読んでやってください!
僕はチーズタルト。
最近はコンビニとかでもよく売れているらしい。
いやぁ、それを聞いて、チーズタルトに生まれた事を誇りに思うよ!
父ちゃん、母ちゃん、僕もちゃーんと売られてみせるよ!!
でもね、何故か、どこのコンビニでも僕はいっつも棚の奥。
だから消費者の皆様は僕に目もくれない。
僕みたいな普通のチーズタルトは……もしかしたら売れないのかもしれない。だって『レアチーズタルト』とか『めっちゃおいしい!チーズタルト』とかの方が先に売れてっちゃうから。
あ、大変だ! 僕の賞味期限、あと1日しかないじゃないか!!!
セブンオヤブンが棚の奥なんかに置くから!!
これならミニスコップに行った方がいいのかもしれない。でもミニスコップって僕の知ってる町内には無いんだよなぁ……。
あとコンビニはどこがあるだろう?
あ、サークルBがあるかも!!
いや、でももうコンビニには頼らない方がいいかもなぁ。
――――よし。僕は決めた! 僕は、誰かに食べてもらえるように、自分から町に進出するんだ!!急げ僕! 賞味期限が切れる前に!!
チーズタルトの僕は今、町内をブラついてる。
え、足が生えたのかって? そんなバカな話があるか。コンビニのダンボールの上に乗っかってこれからどうしよっかなぁーって考えてたら、急に動き出したんだ。ガラガラに乗っけられてコンビニのバイトが運んでる。
このダンボールが今からどこに行くのか分からないけど、僕は賞味期限が切れるのをただ待つだけなんて嫌だから、とにかく降りずに居る。
お? トラックだ。……あ、きっとこのダンボール、このトラックの荷台に積まれるんだ。
ダメだよ! そんな事したら僕、潰れちゃうじゃないか!
よーし。さっと降りよう!
うん。無事着地。さて、問題は今からどうするか、なんだよなぁ。手も足もない僕が、どうやってこの町を歩けと言うのか。
もう頼れるダンボールは居ないし。
いや、とにかく歩いてってみよう。……と言うか、這ってってみよう。
僕はとびうおのように跳ね跳ねして進んでいった。通る人達が見てくるかなぁと思ってたけど、チーズタルトのパッケージに包まれたままの僕は、風に吹かれて飛んでいるとしか見えなかったみたいだ。
少しつまんない。
あー。段々疲れてきたな。ベッチンベッチン当たるもんだからお腹も痛くなってきてる。どうしよう。少し休み…………あれ?
うわ、うわうわうわ! 雨だ!!
雨宿りだ、雨宿り!!
……お、丁度いい! バス停があるじゃないか。頑張れ僕。あそこまで跳ね跳ねして行くんだ!
バス停に着くと、そこにはバスが来ていて、お婆ちゃんが乗ろうとしていた。
でも足腰が弱くなってるみたいで、杖付いててもプルプル震えちゃってる。助けてあげたいけど、僕はチーズタルト。
何も出来ない。
や、でも、何も出来ないと決めつけてるだけで、本当は何か出来るかもしれない。
やってみよう!
僕はお婆ちゃんの足が乗っかってるタラップに飛び乗った。だけどお婆ちゃん、僕に気が付かない。
あ、え、うそ!? お婆ちゃん、僕チーズタルトだよ! ココに居るよ!! 待って待って、足下ろすの待って!!
ぐぇっ!
いいさ。どうせ僕はチーズタルト。僕の言葉なんて人間に届くはずがないんだ。
僕は見事に潰れた。タルトの部分はボリボリになって、チーズの部分もぐちゃぐちゃになっちゃった。
そしてお婆ちゃんの役に立てたか、って言うと、結局なんの役にも立てなかった。
僕が潰れただけ。
あーあ。やっぱり僕は無力なチーズタルトなんだな。
バスは僕を乗っけたまま走り出した。
振動が気持ちいいかもしれない。あ、でも早いとこココを退かないとまた他の人に踏まれちゃう。
僕は急いで運転席の傍に来た。ココに居れば、運転手に体当たりする人も居ないし、僕を踏み潰す人だって居ない。
1つ目のバス停に着いた。ビーッと音が鳴ってドアが開く。1人、降りた。
2つ目のバス停に着いた。ビーッと音が鳴ってドアが開く。2人、降りた。
3つ目のバス停に着いた。ビーッと音が鳴ってドアが開く。1人、降りた。1人、乗った。
4つ目のバス停に着いた。ビーッと音が鳴ってドアが開く。1人、降りた。
5つ目のバス停に着いた。もうビーッとは音が鳴らなかった。バスの中に乗客は1人も居なくなってた。
居るのは運転手と僕だけ。
客が居なくなると、運転手は急にタバコを取り出した。
「ふぅー。毎日疲れるぜ」
さっきまでの笑顔は消え失せて、タバコの煙に包まれた悪魔みたいな顔だけがあった。
あれが『営業用スマイル』なんだろうな。……人間ってコワイ。
「お?」
あ、しまった。僕に気が付いたみたい。
「なんだコレ? ……チーズタルト? げ。潰れてやがる」
運転手は「ヘッ」って笑うと僕を投げ捨てた。
「チーズタルトの居るスペースなんて無ぇんだよ!」
って言って、バスは行ってしまった。投げられた僕は地面に叩き付けられて、またベッチャンベッチャンになっちゃった。
もうこんなチーズタルト食べてくれる人、居ないだろうな。
僕は何の為に町に出てきてしまったんだろう。セブンオヤブンに居た方が楽できたのに。
はぁ。もう意味が無いや。
「ママー! セブンオヤブン行こー! 僕チーズタルトが食べたい」
「もう。しょうがないわね。今日だけよ」
「やった〜」
前から親子が歩いてきた。何、チーズタルトを食べたい? 僕を食べたいのか!?
僕はココに居るよ! ねぇねぇ食べてよ!
「わぁっ! チーズタルト!! でも潰れてる! 気持ち悪いよぅ、ママァ!」
「あらホント。こんなの食べちゃダメよ。ちゃんと買って食べましょうね」
「うん」
…………やっぱり……潰れたチーズタルトなんて、しかも地面に転がってるチーズタルトなんて、誰も食べたがらないんだ。
大丈夫、分かってたさ。
うん、大丈夫。僕はこんな事でくじけたりしないぞ。きっといつか、僕を美味しい、美味しいって食べてくれる運命の人が見つかるはず。
子供に見捨てられたからってなんだ。しっかりしろよ、僕!
……と言っても。今、ココはどこなんだろう? 全然分からないよ。バス停の文字を見てもなんて書いてあるのか全く分からない。
どうしよう……。あ、なんか空が暗くなってきてる。もう夜かな。
疲れたし、今日はこのバス停で休もうかな……。
いやいや! ダメだ!! 僕は賞味期限前に誰かに食べてもらわないと!! 疲れたって休んじゃダメだ。頑張るんだ、僕!!
僕はまたひたすら跳ね跳ねした。もう雨は止んでた。きっと夕立ってやつだ。
僕が跳ね跳ねしてきた道は、外灯しかなかった。民家なんて全く無くて、僕の居たコンビニのある町とは全然違ってた。
でもずっと跳ね跳ねしてると、一軒の家が見えてきた。明かりがついてて、なんだか暖かい感じがする。
僕の体は、意識せずともその家に向かっていた。
でもその家からは楽しそうな声は聞こえてこなかった。ジッと見てたら、急にドアが開いた。中から女の人が出てきた。
「何よ! アンタなんか一生チーズタルト食べてれば! もう知らないから!」
そしたら中から男の人の声が聞こえてきた。
「お前なんかチーズタルト以下だ! 俺のチーズタルトをバカにしやがって! こっちこそもう知るか!!」
なんかチーズタルトを巡った争いみたいだった。チーズタルトがどうのこうのって。今僕は、チーズタルトの僕はココに居るんだよ。
ねぇ男の人。もしよかったら僕を食べてくれない? こんなグチャグチャのヘニョヘニョになっちゃったけどさ、賞味期限はまだ大丈夫だよ。
「……あれ、チーズタルトだ……」
男の人は、出てきて僕を見てそう言った。でもグチャグチャに潰れてるのを見て苦笑いした。
「これは……ちょっと食えないかな……」
やっぱりそうだよね。誰が踏んだか分からないチーズタルトなんて、食べてくれる人は居ないんだよね。子供にも男の人にも捨てられた僕。
どうすればいいんだろう。こんな踏まれちゃってちゃコンビニでも売ってくれるはずないし。
「でも…………」
男の人は僕を拾い上げてくれた。
「こんなに潰れちゃって……誰が捨てたんだ。可哀相に」
かわいそう、って思ってくれるの? こんな僕を? こんなグチャグチャの汚い僕を??
「いや、大丈夫。食える食える! 袋ん中入ってんだから中身は大丈夫だろ」
……ホントに? ホントに食べてくれるの!? 僕、踏まれても投げられても、跳ね跳ねしてきてよかった!
さぁ、食べて。僕を食べて。
「賞味期限は、っと……」
大丈夫だよ! 賞味期限ならあと半日は…………。
「げ。もうとっくに過ぎてるじゃん」
……え? でもだって、賞味期限は明日の昼頃まで……。
「2006年って……」
2006年? 今は2007年で……って事は2006年の2月??
なんでそんな物をコンビニに置いておくの?
だから僕は売れていかなかったの?
あ、カビだ。カビが生えてきてる。嫌だよぅ。気持ち悪いよぅ……。
「カビが生えてちゃもうダメだな。やっぱ食えねぇや」
男の人は僕を捨ててそそくさと中に戻っていった。
どうして? どうして賞味期限が切れてるのに棚に置いてたの?
僕に惨めな思いをさせる為? 自分の売れなささを更に自覚させる為? 僕は食べられないままカビにやられていくの?
じゃあどうして、食べられないのに僕を作ったの? どうして? …………どうして?
嫌だよ。このまま死んじゃうの? 僕は幸せな思いしないまま死んでしまうの?
助けて。
誰か 助けて。
僕の意識は無くなった。最初からあったのか無かったのか分からないけど、とにかく真っ暗になった。
人に食べられて幸せな思いをしないまま、僕の意識はどこかへ行ってしまった。
「お、チーズタルトだ」
誰かが言った。僕を手に取った。
そして歩く。レジの音みたいなのが聞こえてきた。
……ん??
レジ?
どうしてレジなんてあるんだ?
だって僕はコンビニを抜けて町に進出して……それで……それで…………。
「ありがとうございましたー」
その男の人は自動ドアを抜けて歩く。そして走った。男の人はひた走る。
その人の家に着いた。ドアを開けて中に入って、机の傍にある椅子に腰掛けた。
セブンオヤブンの袋から僕を出して、更にチーズタルトの袋からも僕を出す。
そうか。僕が見てたのは全部夢だったんだ。
食べて欲しいという願望から来る、ただの夢だったんだ。
って事は、僕はまだ賞味期限切れてないし食べてももらえるんだ。
よかった。なんだ…………よかった。
「へへっ。いっただっきまーす」
うん。いただいて!
あぁ。幸せだなぁ。やっぱり最後はこうじゃなくっちゃ。
僕、やっと食べてもらえたんだ。
なんか段々ワケ分かんなくなってきた。自分の体がバリボリ言ってる。
でも痛くない。全然痛くないよ。
普通のチーズタルトでも、食べてもらえてよかった!!