とある受験生O君の話
【1】 昔、ある受験生がいた。ここではO君とでもしておこう。彼は常に模試の上位で、某大も常にA判だったそうだ。しかし、ある時大手予備校SからのDMの中に予備会員カードが同封されてきた。O君は訝しんだが、何となく捨てるのは気が引けたので机に貼っておいたそうだ。
【2】 その日から、O君は異和感を感じ始めた。暗い路地を1人で歩いていると、後ろから狙われているような感覚がする。家にいても、窓の外の暗闇に人が映っているような気がする。――次第にO君は勉強に集中できなくなっていった。
【3】 次の模試で、O君の順位は100番以上落ちた。親からはこっぴどく叱られた。O君は居間を飛び出して自室に閉じこもった。親の声が悪魔の声に聞こえた。次の日、O君は学校を休んだそうだ。O君は自室で独り勉強机に向かっていた。
【4】 「何故だ!どうしてこの俺がこんな簡単な問題を解けない……!」O君は頭を抱えた。O君は数学が得意であり、数学に関しては模試で何度も1位をとり、大学範囲まで手を出していた。そんな彼が、模試程度の問題が解けなくなってしまったのである。
【5】 翌日、彼は登校したが、その顔には疲労の色が浮かんでいた。同級生はそんなO君の姿に驚いた。――そして、真面目の代名詞だったはずのO君は、授業中に居眠りするようになった。1ヵ月後には授業をサボるようになっていた。
【6】 彼の成績はみるみる落ちていった。親は心配したが、O君は暴言を吐いて自室に閉じこもった。もはや勉強に集中など出来なくなっていた。同級生は変貌したO君から離れていった。――彼は独りになった。
【7】 1月、彼は何とかセンター試験を800点ジャストで乗り切った。しかし、彼は震えていた。そのはずみで持っていたシャーペンの芯が折れて飛んだ。何度も。――そしてついに2次試験当日がきた。親に送り出され、試験会場へと向かった。彼の姿や表情はもはや半年前の彼とは全く異なっていた。
【8】 試験開始のチャイムが鳴る。受験生が一斉にページをめくる。彼は――目を固く閉じ、両手で耳を塞いでいた。紙と紙が擦れる音が耳の奥に響き渡り、激しく頭が痛んだ。眩暈がした。だが、ついに訪れた本番、最善を尽くさねば。彼は体中に染み入ってくる痛みに耐えながら、問題を解き始めた。
【9】 ――数分後。試験会場から悲鳴が上がった。1人の受験生が床に倒れ、悶え苦しんでいた。会場を埋め尽くす声の数々、雑音、試験監督が走り寄ってくる足音――それらが混ざり合う混沌の密室で、彼は暗闇に堕ちていった。
【10】 ある夏の日。ある研究者が、薬品を調整していた。ガスマスクから除く黒い眼光はもはや人ではなかった。鳥籠のカナリアは全て堕ち、痙攣していた。「出来た……あのマッドサイエンティストが作り出した遺産を俺は改良に成功したんだ……」
【11】 S研究所。それは大手予備校と同じ名前だった。そしてその実験室の机の上には、シャーレに入れられたカード状の何かが置かれていた。「おめでとうございます、博士」研究員たちが言う。「これで予備校Sの売り上げアップ間違い無しですね!」
【12】 その夏も、全国の優秀な受験生にある大手予備校からカードが送られた。それは去年までのとは異なるデザインであったが、生徒は誰も気付かなかっただろう。
【13】 その日の夜、研究者たちは飲み会を行っていた。「計画成功を祝して乾杯ー!」グラスがぶつかり、内容物はそれを持つ人の胃の中へ消えていく。「それにしてもよくこんな計画を思いつきましたねー博士」男性研究員が言う。すると、「いや、これは私のオリジナルのアイディアでは無いんだ――」
【14】 博士は語りだす。「元々はあの狂った金の亡者が考え出したんだよ。あいつの計画に俺が載せられてたことを知って俺は復讐した。そんでもってあいつの計画を俺が引き継いで改良したまでだ。――俺は……俺は何がしたかったんだろうな。まあ今となっては動機なんてどうでもいいことだがな」
【15】 「それにしてもヤクをこんな使い道で金儲けの道具にするとは。あの方もただの狂人では無かったというわけか。だが俺はその上を行った」博士は赤い顔で誇らしげに話している。「まあ、博士ったら」女性研究員が愛想笑いをした。
【16】 帰り道、博士は千鳥足ながらも女性研究員と夜道を歩いていた。「いやあ、呑んだ呑んだ。今日は大漁だぁ。なぁ、そう思うよなぁ?」博士は目線の定まらない目で女性研究員に話しかける。「ええ、そうですね」女性研究員は頷き、そして言った。「狂人の最期にはふさわしい夜ですわね」
【17】 博士は崩れ落ちた。「お、俺に何をしやがったてめえ……!」博士は苦しそうに叫ぶ。と、その口から鮮血が舞った。女性研究員は振り返って目の前で痙攣している小鳥に、「あなたはやりすぎたのよ」と告げた。そして「だからもうおやすみなさい、狂った小鳥のO博士」
【18】 その夜、ある路地裏で1人の男が息を引き取った。唯一彼の死を看取った女性は、手に持った注射器をポケットにしまうと、夜の街に溶けていった。「自分のヤクで中毒死。まさにあいつにはうってつけの死に方だったわ!あははははは、あはははははは!」
【19】 その年度の入試は多くの人が体調不良で受験できなかった。そしてその哀れな生徒の多くが成績優秀者だったそうだ。翌年度、ある大手予備校がその生徒数を大きく増やして業績が大きく伸びたらしい。
【20】 「揮発性の強力な覚醒剤をカードに染み込ませる。受験生はそのカードが置いてある部屋にこもって何十日も勉強するでしょう。するとどうなると思う?」女性研究員は新人の研究員に向かって言う。
【21】 「カードからは徐々に薬品が昇華していく。それを吸った彼らは徐々に免疫力が低下していき、受験日には床に臥しているでしょう。個人の体格に合わせてオーダーメイドで分量を調節でき、殺さずにぴったり受験日に倒れさせることが出来るわ。」
【22】 「受験に失敗した生徒の多くはそのカードを見てまんまとうちの予備校に入塾するでしょう。その授業料で儲かるってわけよ。これが私たちの計画よ」
【23】 こうして、某大手予備校は収入が激増し、規模を全国まで広げ、業界トップに躍り出たのであった。
【24】 これが私が自称その研究者の子供らしき人から聞いた話。そしてそのカードは君たちの何人かにも届いてるはずだね……
【25】 そして私にはそのカードは届かなかった――つまり私は成績優秀者ではない。君たちにはそれを知ってもらいたかったのですよ……。
【26】 あと化学室の瓶入りの薬品は直接臭いを嗅ぐと倒れはしないまでも危ないから絶対にやっちゃだめだよ……。
【27】 さて成績の悪い私はツイッターを見ながら勉強でもしますかね。某氏の「うちにも来たもん QT @某氏: 駿台から受験票とSUMカードなるものが届いた。3年間有効で二浪対策バッチリ?いやだあ」という発言のせいで2時間近くこの話に費やしましたからねぇ。
【28】 ついでに言っておくと、この話に出てくる人や団体、事件などは全て架空の可能性があります……というか架空でしょう。
【29】 ん、予備校から模試の受験票が来てるな――何だこのカード……?