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第二章 (4)

いよいよ産業技術研究所へ侵入です

 翌朝は朝早く起きて予定通り5時20分にリョウヘイの会社に集まり、主任シンジの運転する車に乗って産業技術研究所まで向かった。4人がユニフォームを着て掃除道具とともにバンに乗り合わせると普通の清掃員のチームにしか見えなかった。

「マスターもなんか板についていますよ」

「うるさい」ショウタがからかうと助手席に座っているケントはムッとふくれっ面になった。横でエミリーが微笑んだ。リョウヘイの会社から産業技術研究所までは街の中心を横切って30分程の距離だった。エミリーは窓を半分程開け外の風を入れ、ショートカットの黒い髪をなびかせていた。産業技術研究所に近づくとエミリーの顔が険しくなった。その様子の変化に気づいたショウタが声をかけた。

「どうしたの? 気分でも悪い?」

「木々が怖がっています。街を離れるほどその恐れが増えているように思います……」

「エミリーちゃん、それはどういうこと?」ケントが訊いた。

「わかりません。もっとちゃんと聞かないと……」


 産業技術研究所の門は、いつもの清掃作業ということで難なく通ることができた。守衛は清掃のメンバーが変わったことは意に介さず、主任が提示する入門許可証を確認するだけだった。メインのビルの裏側に作業員の出入り口があり、そこの受付で手続きをして入館した。食堂はメインのビルの西隣の棟5階にあるとのことだったので、渡り廊下を通って西側に進みエレベータに乗って5階に進んだ。

「食堂の中は使用中なので廊下と他の部屋の清掃をします。4名が固まっているわけにはいかないので、ショウタさんとエミリーさんは食堂の東側、ケントさんと私は西側を担当しましょう。寮が東側にあるので、おそらくご父兄は東側から食堂に来られると思います。長時間、同じ場所を掃除していたらおかしいので、一人ずつ交代で他のフロアや隣の棟も清掃してください」主任が配置や手順を説明した。

「わかりました。お父さんのライアンさんの顔を見たことがあるのは、エミリーちゃんと私だけだから二人は分かれた方がいいな。とは言っても俺が会ったのはもう30年も前だけど」

「写真を見ているので大丈夫でしょ?」とエミリーが信頼している口ぶりで言うとケントが答えた。

「まあね。写真を見ると以前より皺は増えていたが顔のつくりは若いころとあんまり変わってないようだったし」エミリーは微笑みながらうなずいた。

「お互いに二人を見つけたら電話で連絡しよう」

「わかりました」ケントの言葉に皆、同意した。

ショウタとエミリーは言われたように食堂の東側の廊下に移動し清掃を始めた。午前6時と早朝だったが食堂では既に数名の人が朝食をとっていた。そして時間が経つにつれ廊下を通る人の人数は増えていった。二人はふき掃除や掃除機をかけながら通行する人の顔を確認した。通る人は皆、先日会った調達部長と同じユニフォームを着ていたので、顔や体形でしか特徴を捉えられなかった。年齢は30代から40代の人が多く男女の比率は半々くらいだった。皆精悍な顔つきをしていて、さぞかし賢くて頭が切れるんだろうなとショウタは思った。午前7時を少し回った頃、ショウタから少し離れた廊下を掃除していたエミリーが声を上げた。

「お父さん!」エミリーの前に二人の男性が立ち止まっていた。すぐにショウタはその二人が父兄だと分かった。ショウタはすぐにエミリーの方に駆け付けた。

「エミリー、なんでここにいるんだ?どうやってここが分かった?」二人の内、若い方の男がエミリーに近づき話していた。

「何言っているの。二人から何にも連絡がないから心配して、ここまで探しに来たんじゃない」エミリーがそう言っているときにショウタはエミリーの横に立って言った。

「エミリーちゃんのお父さん、お兄さんですか?」

「そうだけど、あなたはどなたですか?」若い男がショウタに向かって言った。

「私はショウタといいます。エミリーちゃんがお二人を探すのを手助けしています。こんなところで立ち話すると目立つのであっちに行きませんか?」ショウタが皆を誘導し食堂から離れ、奥の階段に続く扉の中に入った。階段の踊り場で立ち止まるとショウタは電話をかけケントを呼んだ。ケントはすぐに駆け付けてきた。

「ライアン、久しぶり。あまり変わってないな」

「ケントさん、やっぱりあなただったんですね。すみません、ご迷惑をかけて」年配の男の方がケントに頭を下げた。二人の男はエミリーの父兄、ライアンとエドモンドに間違いないようだった。

「ホントに心配かけて、いい迷惑よ。どうして連絡をくれないの?」エミリーが二人に向かって諫めるように強い口調で言った。

「エミリー、全然、連絡ができていなくて申し訳ない。それは謝る。お父さんたちは外とのコミュニケーションを禁じられているんだ。そして連絡手段も取り上げられている」ライアンがエミリーにすまなさそうに喋った。

「二人は一体ここで何をしているの」

「エミリー、ごめん。俺が父さんを引き込んだ。俺はここでやりたい仕事をしている。その内容は秘密なので言えないんだけど…… もう少し待ってくれないか? 後、一年以内には解決できると思う」そう語るエドモンドのエミリーを見つめる眼差しは強かった。

「人に言えない仕事って何よ? それじゃ納得できないわ。一体、お兄さんは何をしたいって言うの?」

「ここの研究所の仕事を手伝っている。それは極秘のプロジェクトだ。俺はその内容に共感している。俺はその仕事に加わりたいんだ。ただ機密保持のため、そして仕事の緊急性もあって兄さんたち二人は外へ出ること、外部の人と連絡を取ることを禁止されている。お父さんを巻き込みたくなかったんだけど、お父さんも一緒に来て機密を知ってしまったので、同じ条件の元でここで働いている」

「父さんは、エドモンドをほっとくわけにはいかなかった。それに私の方が力になれると思ったんだ」と言うライアンの言葉にエミリーは噛みついた。

「お父さんが力になれるって何よ? 農業しかできないくせに」

「それをここで言わすな……」とライアンが言うとエミリーは涙ぐみながらに訴えた。

「二人とも、帰ってきてよ。お母さんも待っているわ。またタテリカの里で一緒に静かに仲良く暮らそうよ。別に生活に困っていなかったじゃない」

「エミリー、兄さんが悪いんだ。だけど分かってくれ。俺はこの仕事をしたいんだ」

「こうなった以上、父さんたちはしばらくここにいなければならない。我慢してくれ。父さんは仕事にケリがつけば帰るから」

「エミリー、ごめん。俺たちが話しているところを見つかるとまずい。俺たちは食堂に戻るよ。苦労かけるけど我慢して、俺たちを信じて待っていてくれ」エドモンドはエミリーを説き伏せるように懇願した。

「ライアン。どうにかエミリーちゃんだけにでも連絡をする方法はないのか?このままじゃエミリーちゃんがかわいそうだ」ケントがライアンに向かって言った。

「ケントさん、申し訳ないが研究所はそれを許してくれない。私も何回か家族にだけは連絡させてくれと頼んだんだが、断られた。私たちがここで働いていることも秘密になっているんだ」

「今どき、そんなことってあるんですか?一体、この研究所は何なんだ?」ショウタは呆れた気持ちになった。

「私たちは仕事の内容を理解した上で協力することに合意している。契約書にもサインしている。どうしようもないんだ。理解してくれ」ライアンがすまなそうな目つきでエミリーを見つめていた。

「じゃあ俺たちは行くよ」エドモンドはそういうと扉を開けた。

「なんで行っちゃうの!」エミリーが叫んだ。

「申し訳ない。エミリー、もう少し待ってくれ」ライアンはエミリーの方を向いて謝りエドモンドの後を追った。扉が閉まると、取り残された3人はしばらくその場に立ち尽くした。ショウタは張り詰めた空気が体から一気に抜けたような脱力感を感じていた。エミリーもケントも脱力しているようでぽかんと立っていた。


「これからどうするかは、エミリーちゃん次第だ。エミリーちゃん、どうする?」モッキンに戻ったケントはエミリーに問いかけた。清掃は予定より早めに切り上げられたが既に時計は夕方4時を回っていた。

「お兄ちゃんがいけないんだわ。お兄ちゃんがわがまま言って、お父さんも引き下がれなくなっている。でも私、嫌な予感がするんです。二人は何か悪いことに巻き込まれているような。私はどうにか二人を連れ戻したいです」

「でも二人に帰ろうという意志がない以上、難しいな」

「一体、二人は何の仕事をしているんですかね?」ショウタのその言葉にケントの顔が曇った。

「エミリーちゃん、気になっていたんだが、君たちの……」ケントがエミリーに何か言いかけたとき、モッキンの扉が急に開き一人の初老の男性が入ってきた。その男は隣に住むお爺さんだった。休みのときに釣りに一緒に行ったりするケントの仲のいい友達だった。

「ケントさん大変だ。街の北側で騒ぎが起きている!」

「え? 何が起こっているんです?」

「北の山の方から木が動き出して街に襲いかかっているらしい」

「え! 木が襲うって何なんです?」ショウタは驚いて大きな声を出した。

「気が立っているツタや、木が恐れていたのはこのことだったんだわ。ケントさん、そこに行ってもいいですか?」エミリーは急に立ち上がって今にも外に飛び出しそうだった。


木が襲うって?

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