第四話 竜の焔
リュガード王国の最高刑罰は死刑だ。
主に三犯以上の殺人、貴族等の上級国民への殺害。国家転覆などが死刑に当たる。
だが最も重い罪に関しては、その限りでは無い。
女神への信仰を国教としている王国では、それらの犯罪よりも『女神様のご意向』に逆らうことこそ、最も重い罪だとされる。
ロアが背負った罪こそ、その最も重い罪。
女神様が『加護』を与えた勇者一行への狼藉、それはつまり、女神への侮辱に他ならない。
故に用意された量刑が、『罪人迷宮』への追放である。
♦︎♦︎♦︎
「……う、うん?」
むくりと、暗闇の中で一人の少年が身体を起こす。普段ならなんともないその動きも、何故かおぼつかない。
「こんな所に…落としやがって…」
おぼつかないながらも、フラフラと何とか立ち上がる。
追放されたあの瞬間にはあらゆる感情が渦巻いて、ただただ虚しい気持ちだけがあったが、今は怒りの感情がロアの中で燃え上がっていた。
此処から脱出する。当面の目標をそう定め、先へ進む。
「……暗い、何も見えない…」
一寸先すら見えない暗闇のなかだが、徐々に目が慣れてくる。幸い、ロアは夜目が利く方だ。
慣れてきた目で辺りを見れば、見渡す限りの岩壁。それ以外に何も見えない。
虫も、滴る水の音も、吹く風も、何も無い。なにも聞こえない、感じない。
────いや。一つだけ、何かある。
岩壁に寄りかかる形で、何か、白い?
「───ひっ……」
息を呑んだ。
目の前にあった物、それは人骨だった。下半身だけがなぜか無く、上半身だけが寄りかかり此方を向いていた。眼球などとうに腐り落ちた真っ暗な眼窩で、ロアを覗いていた。
「……はぁ、は…」
背筋が凍った、先程まで燃え上がっていた怒りは、嘘のように鎮火していた。
下半身の無い人骨。
アレを見た瞬間、全身の血の気が引いた。
餓死した死体の肉が腐り落ちて骨だけになったのならまだ良い。
こんな暗い迷宮の中なのだ、食糧も無いだろう。そうして死ぬなら当たり前だ。
だが、あの人骨は違う。
下半身が、なかった。
普通ならあるはずの物が無かったのだ。腰の骨から僅かに伸びた足の骨は、食いちぎられた様に途切れていた。
それが意味すること、それはつまりこの迷宮に居るのは罪人だけじゃ無いということ。
獣か魔物か、正体はなんにせよ人間の身体を食いちぎれるような存在が、此処に潜んでいるのだ。
冗談じゃない、ここには武器が無い。この暗闇の中でそんなものと出会ってしまったが最後、抵抗もできず喰い殺されてしまう。
(逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ……!!)
ロアは暗闇の中を走り出す。
当然、出口など知るはずも無い、訳も分からぬまま恐怖に突き動かされ走っている。
暗闇の中、何も見えない中で、ただ餌として捕食され、死ぬ。
何が何だか分からないまま、縁もゆかりもない化け物に殺される、それがなんと恐ろしいことか。
ここでようやく、ロアは理解した。
これこそが、大罪人に与えられる罰なのだと。
教会の人間がただの死刑では無く、追放を選んだ理由、それはひとえに死刑では足りないから。与える苦痛が足りないからだ。
死刑なんて生温い。もっと苦しんで、もがいて、狂って、残酷な死に方をして欲しいのだ。
「っ!がァ!?」
そんな教会の願いは、間も無く叶った。
突如足に走る、鋭い痛み。
足を噛みつかれた?いや違う、それほど小さい痛みではない。燃え盛る炎に足を突っ込んだかのような感覚。
「あ!?わ゛ぁあ゛ァァァ!?」
────足が、噛みちぎられていた。
「グチャ…グギ、ムグ……」
「あ…がぁ…ひぃぃ……」
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
目の前に居る化物は、なんだ?
見たことも無い、赤い眼をした猛犬。
口から血を滴らせ、両足を美味しそうに喰らっている。
産まれてから何十年もこの身体を支えてきた大事な足を、簡単に喰らっている。
ああ、まさに悪夢だ、気が狂いそうな光景だ。
しかし、そんな状況であってもまだ正気を保っていた。
正気だからこそ、今がどうしようもなく絶望的なのを理解してしまった。足は喰われたから逃げられない、剣も無いから有効打も与えられない。
詰みだ。終わりだ。
「ぎゃあああああ゛あ゛ァァァ───!?」
腕を喰われた。認識すると同時に灼けるような痛み、苦しみにロアは絶叫する。
違う、痛みで叫んでいるのでは無い。腕を失う恐怖で叫んでいるのだ。
消えていく、努力の証が。
消えていく、母への想いが。
消えていく、俺を造っていた大切なモノが。
いやだ、いやだ嫌だ嫌だ嫌だっ!!
「あ゛あああ゛っ─!?やめろ゛やめろやめろぉ゛喰うな!奪うなァ!?俺の意味を、俺のすべてをっ────!?」
激情のままに、狂った様に叫んでみるも何も変わらない。目の前の獣は怯みもしなかった。
「ギャ、ギャギャ!」
それどころか、更に口を動かす。猛犬が口を動かす度に牙が突き刺さり、更に痛みが広がる。
その姿を見て更に貪る。それこそ反応を愉しんでいるかのように、貪り続ける。
「あ、ああ」
死ぬ、死んでしまう。
ロア・リアバルトは何も成せず、誰にも知られることも無く死んでしまう。
どうすれば良い、どうすれば。
「………す、加護…」
ふいに出たのは、未だ謎のままの加護。
神官たちすら分からない、効果も何も無い能無しの加護。そうだとしても、藁にも縋る思いで呟いた。
────絶やすな。
呟いた途端、響く声。
断言できる、幻聴だ。此処に俺以外の人間など居ない。ははは、死への恐怖で、とうとう狂ってしまったのか、俺は。
────火を絶やすな。燃やせ、行手を阻む全て焼き切ってしまえ。
「……あ?」
熱い、燃えている。肉が溶けて骨が焦げる。この感覚は幻聴などでは片付けられない。
眼球の水分が沸騰し、蒸発していく。まるで魂が灼けるような感覚。
絶望も痛みも、炎によって塗り替えられていく。
「うあああああああああああァァァ!!」
堪らず叫ぶ。
痛くは、無い。
苦しくも、無い。
ただ灼ける、この身体が燃え続ける。
そうだ、これをずっと求めていたんだ。
その声を聴きたかったんだ。
その声に、応えたかったんだ。
──── 器は満ちた、楔は焼き切れた、さぁ──その名を叫べ。
ずっとそばに居た。太陽の如き熱を感じていた。昏い昏い地の底で、ようやくその声を聴いた。
ようやくその声に応えられる。
宿るは竜、担うはこの手。その炎に薪をくべて、初めて俺たちは一つになる。
俺は既に、その名を知っている!!
────我が名は。
────その名は。
「ヴァルロマァァァァァァァァァァァァァ!!」
瞬間、世界は白く染まった。




