第二話 才能
「はぁぁぁ!!」
ずっと前から感じていた。
今みたいに稽古をしている時でも、周囲から蔑まれた時でも、父親の氷のような目線を恐ろしく感じた時も、ずっと感じていた。
「はぁ!!やっ!」
ソレはすぐ近くに、それこそ手を伸ばせば触れられそうなほど身近に居た。
しかし、触れることはできない。触れようとすれば一瞬で骨肉が灰と化す。
そう思わせるほどの熱気。
『…?なんだ…この加護は?』
『女神様は何をこの少年に与えたのだ…?』
ソレの正体は幼少期の頃に授かったスキルなのだと感覚で理解した。
加護を与える教会の神官たちですら知らないまったく未知のスキル。
今はまだ触れられない。
その力を使うことも許されない。
だが、強くなれば。
稽古を積み、魔物を倒し続ければ、手に届く。
そう信じて、今まで積み上げて来たのだ。
そう、信じて。
「───また負けたそうだな、ロア」
「っ!」
静かな庭園に声が響く。重々しく、場の雰囲気が一気に引き締まる。
振り向いたロアの目に映るのは、筋肉質な初老の男性。丸太の様に太い腕、それでいて上品に衣服を着こなしている。
【フォーゲン・リアバルト】
リュガード王国の誇る騎士団。その戦士長である屈強な男。同時にロアの父親でもある。
かつてただの平民であった彼はその身に宿したスキル【剣帝】一つで成り上がり、たった一代にして王国貴族への仲間入りを果たした。
そんな偉大な父。
「負けるな、とは言わん。誰も彼も敗北を経験して栄誉を勝ち取るのだ……だが」
厳かな父親の目が、ロアを射抜く。
「負け続けること、それに慣れ、努力を怠る者は戦士としての土俵にも上がれん……そう教えたはずだ」
「─ッ!…はい、存じ上げております父様!!」
見上げて目に飛び込んできた父の表情。
あれは期待を寄せている父親の表情では無い。期待など、とうの昔に過ぎ去って、ただただ失望だけが色濃く映っていた。
産まれたばかりの頃は、俺も期待を寄せられていたはずだ、強くなることを望まれていたはずだ。
それが、一体いつからこうなった?
スキルを授かった時、学園の模擬試合で惨敗した時、要因はいくらでも思い付く。
情け無い。情けなさすぎる。
「……ユーラの忘れ形見が、コレとはな……」
「────ぁ…」
父が呟いた何気ないその一言が、何よりも心を抉った。
【ユーラ・リアバルト】
父が娶った妻であり、ロアの母親。
もともと病弱な人物であったが、出産したのをきっかけに更に弱り。ロアが五歳になるのを待たずにこの世を去ってしまった母。
昔はよく母に泣き付いて、時には行き場のない怒りを理不尽にぶつけた。
なぜ自分は強くなれないのか、父のようになれないのか、どうしてなのだと、身勝手にぶつけた。
そんなことをしたのに、母はいつでも笑って許してくれた。その手で抱きしめてくれた。慰めてくれた。その優しさにロアは大いに救われ、報いねばならないと誓った。
強くならなければと強く決意した。
誓ったはずの決意が、未だ結果に表れない。
その事実が、恥ずかしさが、一気にロアに襲い掛かった。
天才たる二人の幼馴染。それらに対する煮えたぎるような嫉妬。
早く追い付かねばならないと焦る気持ち。友人である二人に、そんな浅ましい感情を抱えているという事実に対する羞恥心。
強くならないと、つよくならないと。
「………頑張らないと、頑張れ、がんばれ」
フォーゲンが去った後、ロアは再び剣を構えて素振りを再開し始めた。光の無い目で、何かに取り憑かれたように鍛錬し続けた。
……そこまでしたのに、ロアは勝てない。
次も、その次も。
どれだけの鍛錬を重ねても、勝利は微笑まなかった。
♢【リナ・フォルティティス】♢
私には好きな人がいる。
男の子とは思えないほど綺麗な髪に、白い肌。なによりも、目標に向かって一直線に突き進む素直さが気に入った。
(ロアくん……)
ロア・リアバルト。それが好きな人の名前。昔から、それこそ子供の頃からずっとロア君の頑張ってる姿を見て来た。
当然だ。だって私は幼馴染なんだから。
幼馴染として彼の頑張りも、苦労も見て来た。
だからこそ、今の彼を心配している。
(───最近のロアくん……苦しそう、辛そう…)
今のロアくんはかつて無いほどに追い込まれてる。綺麗だった髪は乱れ、目には不眠の証である隈が、以前抱きついた頃に気づいたが、その身体も随分と痩せていた。恐らく食事もあまり摂らずに鍛錬しているのだろう。
(セイルに勝とうとしてるのかな…)
恐らくそうだろう。
ロアくんはいつもセイルと戦い、そのすべて負け越している。
だから必死に研鑽を積んで次こそ勝とうともがいているのだろう。一生懸命なロアくんのことだ、きっとそうなんだろう。
(…でも、ダメ…絶対に勝てない。)
セイル・マーレンは稀代の天才だ。
学年で最も強い…なんてものじゃない。現在のリュガード王立学園にて、一番強いのは彼だ。先輩でも教師でもない。
類稀な剣の才に、伝承に登場するかのような強力な加護。剣の才はおろか、スキルすら使えない彼が、勝てる要素など一つもない。
──九分九厘、ロアくんは負ける。
(……でも、大丈夫────ロアくんは何度でも立ち上がる。……負けたら、無茶はやめろって言っておかなきゃ……)
リナ・フォルティティスは確信している。ロアの敗北と再起を。再び立ち上がることを、まるで当然かのように、思っている。
だからこそ、夢にも思わなかった。
王立学園の誇る聖女。【フィニア・マクリウス】に対する強姦
口に出すのすら憚られる狼藉を、自らの想い他人が行うなど。
まさしく夢にも、思わなかった。




