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紫の君

作者: 多賀嶋

 新年早々、頭を悩ませることがあった。

 自分や家族への年賀状の中にひとつだけ、差出人不明な薄紫色の封筒があったのだ。

 宛名は自分。中には手紙が入っており、綺麗で読みやすい字だ。内容は簡潔だった。


「成人式当日の午前十一時、駅二階のカフェで、お会いしましょう」


 詐欺かと思ったが、怪しい企業名などは書いてなかった。期日と場所が明記されているので、知り合いの可能性もあるのだろう。

 それならば、差出人は書いてあってもおかしくない。それとも、書かない理由でもあったのか。

 ふと思い出す。たしか最後に手紙をもらったのは、あのときだったなと。


 幼稚園から中学校までの幼馴染みがいた。

 彼女は自分や周りの人間よりも大人びていたし、成績優秀。運動もできた。ピアノが得意で、『X JPAPAN』のメンバー『YOSHIKI』の、『Amethyst』を弾いたときはビックリした。

 少しキザな口調で、「まったくもって」が口癖だった。男子よりも女子にモテていたと記憶している。

 彼女とは家が近いこともあって、よく一緒に行動していた。

 同じ年頃の男子からは特に何かされたわけではないが、女子からはよく彼女に手紙を渡してくれと頼まれた。

 ちなみに受け取った手紙を彼女はいつも、何故か不機嫌そうな顔で破り捨てていた。そのつど、「察しが悪いな。君は」と言われた。

今でも解せぬ。

 そんな彼女は中学を卒業するときに、引っ越した。親の転勤で県外の私立高校へ進学したのだ。

 自分がそのことを知ったのは、彼女からの手紙を読んでだった。

 末尾には追伸で「君には本を読むことを勧めるよ。特に恋愛やミステリーを」と書かれてあり、紫の花が押し花された栞が一緒に入っていた。

 急いで彼女の家に向かうも一家は既におらず、もう使われないのであろうピアノを業者がトラックに載せていたのが、最後に見た光景だ。

 それからは一切交流がない。元気にしているかどうか、今では分からない。

 ひとまず、成人式当日にカフェに行こうと決めた。


 さて、成人式当日である。

 慣れないスーツを着て、指定場所のカフェで、一人待っている。一応、自分の名前とあとで一人遅れてくると店員には伝えたが、予定の時間になっても差出人はまだ来ていない。

 頼んだアイスコーヒーは、あと一口飲めば空になる。その最後の一口を飲もうとグラスを持ち上げると、コースターが引っ付いて一緒に持ち上がる。

 それを見てまだ離れたくないと、どこかで思っているようで、飲めずにまた戻すということを繰り返していた。

 そうしていると、扉が開いてベルが鳴り、何人目かの来客を見る。

 壁側の本棚そばに置いてあるシクラメンと同じ紫の着物を着た、凛とした雰囲気の綺麗な女性だった。

 女性は店員と何かしら話をしたあと、こちらへまっすぐ歩いてきた。

「〇〇さんですか?」

 と、声をかけてくる。

「あ、はい……そうです……」

 あまりに綺麗な人なので、緊張してしまう。

 彼女は対面の席に座り、自分と同じアイスコーヒーを注文した。

「は、はじめまして。あの、お手紙をいただいた?」

「はい。差出人は私です」

「そうですか……」

 まずい。緊張でうまく言葉が出ない。口が渇いて喉がカラカラだ。

 こんなことなら、もう少しゆっくり飲んでおけばよかった、と後悔した。

 しばらく、無言の時間が続いた。


 店内のBGMが変わって、女性が口を開いた。

「今流れているのは、『Amethyst』ですね」

「え?」

「大河ドラマ『光る君へ』のテーマ曲です。聴いたことはありますか?」

「あ、はい。紫式部のことが地元で話題になって、ドラマを見ていたので」

「昔、幼馴染みの前で同名の別の曲をピアノで弾いたら、すごく驚いていたのを思い出しまして」

「は?」

 いやいや、まさか。そんなバカな。と思っていると、女性は口元を手で隠して笑った。

 そして、

「本を読むように、手紙に書いておいただろう。相変わらず、察しが悪いな。君は」

 と、彼女は言った。


 そうか、そうだったのか。

 つい、笑みがこぼれる。

 二人して笑ったあと、どちらからともなく口にしていた。


「まったくもって」


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