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憂の鬱な世界、13回目。~輪廻に抗う幽霊少女。13回目の転生で真の身体を取りもどし、そして怪異の王となる~  作者: 神崎 和人
第1章 転生怪異

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6.ひとりぼっちの新世界

 どこにでもある、青い屋根のこじんまりとした一軒家。

 小さな門と玄関の間にあるわずかなスペース。そこにふくよかな中年女性が一人、木製のイスにどっかと腰をおろしてタバコをふかしていた。


「ねぇおばさん、そんなとこにいないで降りてきてよ」


 中年女性が見あげる空に声の主がいた。そこには少女が一人、プカリと浮いている。

 桜色の長い髪、赤いハートのワンポイントがついた白のTシャツにデニムのショートパンツ。華奢きゃしゃで小柄な体型は、十代の少女そのものだ。

 少女は何かにつかまっているわけでも、つるされているわけでもない。そして不思議なことに、逆さまになって空中で正座をしていた。


「なに言ってんだい、あんたが空に浮かんでるんだろ?」

「えっ!?」

「そっちが“上”だよ。なんでそんなとこで逆さになって正座してんだい、まったく」


 ――そう言われてみれば、景色がすべて上下逆さまに見える。


 少女は気がついた。いつの間にか上下の感覚がおかしくなっていたことに。


 ――この身体になって、重力の影響をうけなくなったせいだ……。


 少女は正座をしたまま、体勢を上下くるりと反転させた。そのままの姿勢で、中年女性の元にするすると降りていく。


「これは正座ではなく土下座だよ、おばさん!」

「さっきからおばさん、おばさんてなんだい! わたしには詩江うたえっていう立派な名前があるんだよ、ふんっ」


 詩江と名乗った女性は、両目をつむり腕を組んでそっぽをむいて見せる。

 そして、片目だけをあけ眉をつりあげてピシャリと一言。


「土下座? そんなことしたって無駄だよ! あの子には、指一本ふれさせやしない」


 詩江が指さすその先には、庭先に面したきだし窓があった。誰かがカーテンの隙間から、こちらの様子をチラチラとうかがっている。

 少女がそちらへ視線をむけると、青白い顔に戦々恐々とした表情の青年と目があった。

 次の瞬間、引き裂かんばかりの勢いでカーテンが閉じられる。

 その冷たい反応に、うなだれる少女。


「ずっとずっと、一人だった……。誰もいない、物音すらしないこの街を、彷徨さまよっていたの……」


 ポツリポツリと少女は語りだす。


「そしてやっと出会えた、たったひとりの人なんだ。わたしはなんでか、あの人にすっごく会いたいんだよ……」


 詩江は吸っていたタバコを地面でもみ消し、ゆっくりと立ちあがる。


「あの子の身体に取り憑こうってんだろ? そんなことさせるもんかね」

「ひどい、そんなことしないよ! なんだか分からないけど、いくら考えてもわからないけど、とにかく惹かれるんだよ」


 少女は必死にうったえ続ける。


「生存本能……みたいなものかね? あんたはなくしちまったんだ本当の身体を。その代わりを無意識に探してるのさ」

「本当の……身体?」

「そうさね。それを見つけないと向こうへは還れない」


 天を見あげてそう言う詩江。


「ねぇおば……詩江さん、なんでこの街には人も動物も全然いないの?」

「たくさんいるよ、数えきれないくらいにね。見えないのはあんたが目を閉じ、耳をふさいでいるからさ」


「えー、目も耳もバッチリあいてるよ。ねぇ、後生ごしょうだから、あの人に……」

「あら、“後生”だなんて難しい言葉を知ってるじゃないか」


 あはははは、笑いあう二人。

 その一瞬の隙を縫って、詩江のわきを通りぬけようとする少女。どこから取りだしたのかフライパンで進路を妨害する詩江。


 少女は進路をふさがれたと見るや、右足を軸にして身体を左回りに半回転。詩江の逆サイドをつく。

 負けじと詩江も左足を伸ばして必死の抵抗を見せるが、少女は後ろ足を蹴りあげてジャンプ。


 そのまま手足を縮めて前方に一回転し、詩江の背後に両手を高々と上げて着地した。

 まるでサッカー選手と器械体操選手のハイブリッドのような身のこなしで、そのまま走り抜けようとする。


 しかし、少女は後ろからなにかに引っ張られたかのように、上半身をのけぞらして急停止。

 少女のTシャツにいつの間にか、S字フックが引っかけれられていた。複数のフックが連結し、詩江の手元まで鎖のようにピンと伸びている。


 詩江が振りかえることもなく右腕を振りぬくと、少女の身体は放物線を描いて宙をとび、詩江の眼前へ引きもどされて転がりおちた。

 空中でバラバラに分解したS字フックが、吸いこまれるように広げた詩江の手のひらへ落ちていく。


「あの子の守護霊の名にかけて、ここは通さないよ」

「ぜったいに、あなたを超えてみせる!」


 その後も互いの隙をうかがいながら、一進一退の攻防がつづく。

 やがて膠着こうちゃく状態となり、しばし肩で息を殺しながら睨みあう二人。

 ややあって肩の力をぬき、構えを解いた詩江が感心したように言う。


「やるじゃないか。名を聞こうか」

「ユウ……だよ、たぶん」

「――ユウ?」


 その名前に覚えがあるような反応だった。


「そうだよ。ユウのこと、なにか知っているの?」

「いや違う。ただの偶然の一致さ。私が知っているのは……」


 独り言のように呟いて首をふり、詩江は質問をつづける。


「どうやってここへ来たんだい?」

「わからないの……なんにも。気がついたら空の上に……」


 ユウはそのときのことを思いかえしていた。




 夏の真昼。遠く地平線の上に、巨大な入道雲が浮いている。

 ギラギラと輝く太陽に照りつけられた建物、そして街路樹が黒く塗りつぶしたような影を地面におとす。


 どこか知らない街。

 そして誰もいない街。


 自分以外に人の姿はなく、鳥や動物たちすら存在しない。

 からっぽの街の空にひとりただよっている。

 

 背中を確認しても翼などない。それでも意のままに空を飛ぶことができ、大抵のものはすり抜けられる。


 記憶にあるのは――『ユウ』。それは、おそらく自分の名前。

 あとはなにも覚えていなかった。

 

「これって――幽霊ってやつだよね? ねぇ! ねぇってば!?」

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