18.その空はどこまでも青く
『これはゴリラ? いえ、クマでしょうか!? 一緒に恐竜のようなものも見えます――』
ニュースキャスターの困惑した声がテレビから響く。
視聴者からの提供動画と小さくテロップのつけられた映像。はっきりと全容はわからなかったが、夜の住宅街に蠢く二体の巨大な何物かがテレビに映しだされていた。
「あらら、テレビでやっちゃってるわ。私、しーらない」
フローリングの床にだらしなく寝そべった彩葉が、せんべいをかじりながら人ごとのように言う。
それが数日前、憂を中心に起きた騒動のひと幕を切りとった映像であることは、当事者である彼女にとっては考えるまでもない。
ニュース番組ては、それが映画のゲリラ撮影であったことが説明され、コメンテーターが非常識だと怒りをぶちまけていた。
「そりゃそうよね、映画じゃないけど。……まったく、エアコンが全然ききやしない」
彩葉が天井を仰ぐ。
視界いっぱいに広がる青い天井。
可乃衣が風穴をあけ、巨大化した憂がぶち破った天井の代役をブルーシートが務めてくれていた。
屋根の修繕はすでに善次郎が手配してくれている。
「金はきっちりバイト代からだしてもらうぞ」
一応、憂を押しつけた自分の責任もある、と修理費用の立て替えについては善次郎が請け負ってくれたのが、不幸中の幸いであった。
「いったい返済完了まで、何ヶ月、いや何年かかるのかしら……」
もう一度、穴のあいた天井を見あげてため息をつく彩葉。
窓の外、庭先からは紘汰、可乃衣、憂の三バカトリオのはしゃぎ声が聞こえてくる。灼熱の太陽をものともせず、ボール遊びに夢中だ。
――もとはといえば、あいつらのせいじゃない!
怒りの矛先をもとめて立ちあがった彩葉が窓辺から庭をのぞくと、楽しそうな三人の姿が見えた。
「憂! ウチのシュートは、あんたごときに止められへんで!」
サッカーボールをかかえ、鎌をまたいで空に舞いあがる可乃衣。
「え? おまえ飛べるのかよ!? それじゃ死神じゃなくて魔法使いじゃんか!」
紘汰が驚きに声をあげる。
「ウチはええもんはどんどん取りいれていくスタイルやで。ちなみにウチのオカンはイギリスの代々死神を排出する名門貴族の出身。せやけど忍者に憧れて日本にやってきた変わり者や! さらにオトンは本物の忍者やで!」
空を飛ぶくらいは大したことやないで、可乃衣はそう付けくわえながらボールを宙に放り投げ、シュート態勢に入る。
「天空イナズマシュート!!」
上空からシュートを放つ可乃衣。
物干し台と竿でみたてたサッカーゴールの隅ギリギリへ、吸いこまれるようにボールは飛んでいく。
ゴールキーパーを務めるは”クマのぬいぐるみ”こと、憂。必死にボールを追うが、絶望的に短い足が災いしてまったく届きそうにもない。
「と、とどかない!」
その瞬間、数センチにも満たなかった腕部が一瞬で巨大化、ボールを弾き飛ばす。
「日本代表正ゴールキーパーのわたしに、止められないボールなどない!」
「手を巨大化するなんて汚なっ! 反則や! そんな器用に大きくしたり小さくしたりできんのかいな!?」
「なんだかわからないけど、寝ておきたらできるようになってたんだ! てへっ」
「てへ、ちゃうわ!」とツッコミを入れる可乃衣に「どっちもどっちだろ」と紘汰がかぶせる。
そうしてる間にも憂に弾かれたボールは庭を飛びだし、隣家の敷地へ。
「二人とも、狭い庭なんだから少しは手加減しろよ! よその家に入ったボール取ってくるの、俺もうヤダぞ!」
――狭い庭で悪かったわね。
心の中で軽く毒づきながら、仲の良い三人の様子に微笑む彩葉。
そんな彼女は自分でも気づかぬうちに、あの夜のことを思いかえしていた。
一連のさわぎのあと、紘汰はこっぴどく善次郎にしかられたらしい。
「おまえがついていながらなんだ!」と。
そもそもの発端はじいちゃんだろ、とは口が裂けても言えなかったそうだ。
死神娘こと、可乃衣は「憂の魂を刈るまで帰られへん」と彩葉宅への居候を決めこむ。
憂が本当の身体を取りかえし、成仏させられるようになるそのときまで、ここを離れないというのだ。
「冗談じゃないわよ! 勝手に決めないで」
彩葉は断固拒否しようとしたが、庭先にあった今は使われていない犬小屋を見つけた可乃衣は、そこを自分の住処にすると言いだして周囲の度肝をぬく。
「ウチにピッタリやん!」
「さすがにそれはどうよ?」とツッコむ彩葉だったが、本気で気に入っている様子の可乃衣をみてかえす言葉もなく、なし崩しに居候が決定してしまう。
そして憂。
彼女はあの夜のことを何ひとつ覚えていなかった。
彩葉がかいつまんで説明すると「信じられない!」と驚きつつも平謝り。
ちなみにぬいぐるみの千切れた首はといえば、意外にも裁縫が得意だという可乃衣自らが繕ってみせた。
「昔から貧乏してるんで、裁縫は自然と上手くなったんやで」
彩葉には、そんな憂に対してひとつ、後ろめたいことがあった。
おそらく紘汰や善次郎は、自分が憂に憐れみや友情のようなものを感じて引き取ることを願いでたと思っているはずだ。
だが実際には違う。
ぬいぐるみになった憂が可乃衣に首を切られたあのとき、その裂け目からあふれる光を浴びた彩葉はある断片的なビジョンを見た。
――幼い自分と両親、そして祖母の記憶。
「私はお父さんと二人で、ばぁちゃんを相手に戦っていた……」
それは到底信じることができない映像だった。
成長した今の自分でさえ、霊能力は二人の足元にも及ばない。特に日本の歴史においても比類なき霊能力者と称えられる祖母には。
憂はおそらく、行方不明の両親と祖母、幼い頃の自分に何らかの関わりを持っている――彩葉はそう直感した。
それが憂を引きとることに固執した理由だ。
つまりは極めて利己的な考えに基づいた選択であり、それが彼女に負い目を感じさせていた。
「まぁ、私もじいちゃんの家を壊されてるし、おあいこっしょ!」
彩葉は窓を開け、庭を走りまわる三人に声をかける。
「みんな、夏休みで暇だし、明日から憂の身体探しをはじめるわよ!」
「えー、探すってどこをだよ?」
紘汰が面倒くさそうに声をあげながら、二階を仰ぎ見る。
よくぞ聞いてくれた、と彩葉が両手を腰に高らかと宣言する。
「憂の未練がいくら多いとは言っても限りはあるわ。端から順に潰していくのよ! 名づけて、『かたっぱしから虱潰し作戦』!!」
「あのー彩葉さん、名案感だしてますけど、そのまんまの力技なんですけど……」
紘汰が恐る恐るツッコミをいれる。
その横で天に拳を突きあげて、飛び跳ねる可乃衣と憂。
「虱潰しやで!」
「虱潰し! 虱潰し! ……しらみつぶしって何???」
能天気にはしゃぐ二人を見て、紘汰はガックリとうなだれた。
第1章 『転生怪異』 完
ここまでお読みいただきありがとうございました。
これで第一章はとりあえず完結です。
書いてるこちらとしては自由にやらせてもらって楽しめましたが、読者様はいかがだったでしょうか?
あそこが面白かった、わかりづらかった等、評価/感想いただければうれしいです。
続く第二章は、いよいよ物語が本格的に動きだします。
(時系列的には序章のあとのお話になります)
彩葉、紘汰、可乃衣の三人が憂の未練をたどって、彼女の失われたた身体を探しだすお話です。
果たして身体は見つかるのか、そして憂は“カワイイお嫁さん”になれるのか笑?
第二章、再開までしばしお待ちいただければと思います。
なお『彼女がヒトでなくなるその前に……』の第三章ですが、『憂の鬱な世界……』第二章のあとになる予定です。
こちらも楽しみにして頂ければうれしいです。
■彼女がヒトでなくなるその前に ~自身が誰かのコピーだと知ったとき、彼女は人権を失い『モノ』になる~
https://ncode.syosetu.com/n0277jb/
上記した別作品です。
こちらも是非、チェックしてみてください(現在、第二章まで完結済み)。
アメリカ、アリゾナ州を舞台にした近未来SFです。
SFといっても、難しい専門用語がでまくるような内容ではないです。
海外ドラマのようなクライム・サスペンス物として楽しんでいただければと思います。




