16.大怪獣バトル・FINAL
紘汰は中学校で弓道部に所属している。弓の腕前は可もなく不可もなく、といったところ。
平常心、平常心……。
少年は目をとじ、心を落ち着けていく。
心に思い描くのは慣れ親しんだ弓道場、使いなれた弓、そして矢。
肩の力をぬき、弓を頭上にかまえる。
ゆっくりと腕に力をこめながら弓を顔の横、目線の高さまでおろしていく。矢を引き絞ると弦が張り、弓がしなる音が聞こえてきた。
静かに目をあける。
手元に青い光の矢があった。
彩葉が片手で印を結び、まぶたをとじて集中している。もう片方の手は紘汰の持つ弓へむけられていた。
おそらくこの矢は彩葉が術式で生みだしたものだ、紘汰はすぐに理解した。
だがそのとき、心をよぎるひとつの戸惑い。
「待ってくれ、こんなので撃って憂は大丈夫なのかよ?」
「わからない。でもこのまま放ってはおけない。憂もそれは望まないはず」
彩葉が目をとじ、つづける。
「今は矢を射ることに集中して!」
「お、おう!」
彼女にうながされ、紘汰は再び目をとじて的を思い描く。
そして、その的を巨大グマに重ねる。
狙うはただ一点。胸元に埋めこまれたヒトガタ。
限界まで引き絞られた太古の弓から、光の矢が放たれる。
ギュン、と音を響かせて青い光の奇跡が一直線にクマを貫いた――かに見えた。
しかし、クマの胸に半分ほど突き刺さった矢は、そのまま静かに光を失って消滅する。
巨大グマの様子には何らの変化もみられない。
「貫けない!? いや、もう一射!!」
紘汰の狙いは正確だった。
ヒトガタを露出させることが難しい以上、残された手段は純粋に矢の威力を高めるのみ。
すべては彩葉の集中力にかかっていた。
しかし、次の矢を装填しようとした二人の前に巨大クマが立ちはだかり、拳を振りおろす。
二人は紙一重で左右に飛びのき、その一撃を回避した。
態勢をたて直し、あらためて矢を射とうと構える紘汰。
しかし、巨大グマの猛攻はとまらない。逃げ回るのが精一杯で、とても反撃することなど叶わなかった。
そしてそれは彩葉も同じこと。逃げ場所の限られる狭い庭の中で、集中して術式を構築することは困難を極める。
「少しでいい、時間が……」
「もう一度、ウチの出番てわけやな。人気者はつらいわ……」
か細いその声の主は桜の木を背にして、地に腰をおろしたままの可乃衣だった。
よろよろと力なく立ちあがる。
「あんた、大丈夫なの!?」
可乃衣にかけよる二人。
こいつでガードしとったから、少女はそう言って鎌を突きだす。
間一髪、鎌の柄でクマの拳を受けとめ直撃を避けることには成功していたらしい。
そうは言っても、ときおり浮かべる痛みを噛み殺すような表情が、ダメージの大きさを物語っていた。
「そんな状態で無理よ。次は大怪我ではすまないわ」
制止する彩葉に、ニッと笑って可乃衣は言った。
「ありがとな。けど、事の発端はウチやから。これはウチの役目や。せやろ?」
ウィンクをしてみせる可乃衣。
「さっきはつい勢いでそう言ったけど……」
彩葉が気まずそうに否定する。
「長くは持たへん、今度こそ頼むで!」
「だめだったら!」
彩葉の制止を振りきって、可乃衣は走りだす。
わざと大鎌を振り回し、巨大グマの気を引く。
しかし、どちらかといえば鎌に振り回されている、そう彩葉の目にはうつった。
まだダメージが抜けきれていないのは明らかだった。
当然、本人がそれを一番わかっているはず。
可乃衣は少し距離をとり、胸元から黒光りする板状の物体を数枚取りだして、クマに投げつけた。それは回転しながら一直線にクマにむかって飛び、連続で突き刺さる。
「あれは手裏剣!? 鎌に組みこまれた仕込み分銅といい、あんた本当に死神なの? それとも忍者? どっちよ???」
「死神と忍者のハーフやで!」
「なによそのデタラメな設定は!?」
手裏剣は巨大グマにすべて命中するも、その厚い毛皮に守られて致命傷にはならない。
「そんなら、これでどうや!」
再び胸元から取り出した、黒い玉のようなものを投げつける。
――焙烙玉。
火薬の入った陶器。戦国時代から日本に伝わる火器で、現代で言えば手榴弾に相当する。
それは着弾と同時に破裂。爆発音とともに黒煙がその身体をつつみ、衝撃に巨体が揺れる。
しかし、派手な見た目に対してダメージはほとんど与えられなかったようだった。煙の中から光る頭部を持った巨体が再びあらわれ、可乃衣を威圧するように咆哮をあげる。
いまや、その注意は確実に可乃衣ひとりにむけられていた。
――可乃衣のおかげで少しの間、時間は稼げる。だけど……本当にあの分厚い身体を貫通させるだけの威力を、矢にこめられるか……。
「彩葉! 怖気づいたんか!?」
思案にくれる彩葉の心情を見透かしたように、可乃衣が喧嘩腰で発破をかける。
「うるさい! 黙って見てなさい!」
彩葉はすっくと立ちあがり、深く呼吸を整える。
そして再びしゃがみこみ、大地に両手をつけて術法を唱える。
すると地面に、巨大グマを中心にして取り囲むように光の巨大な輪が出現。それはまるで魔法陣のようだった。
《仙導 傀儡式 巨石の衞者》
一瞬の間をおいて、地面が大きく揺れる。
誰もが地震かと疑う中、土塊でできた巨大な腕が地面から生え、クマの両足に掴みかかる。
突然の異変に驚いたクマがふりはらおうと暴れるが、強烈な力で抑えこんでそれを許そうとはしない。
腕と腕の間からは、土で出来た頭部とそれにつらなる双肩も出現しつつあった。
それらはしだいに巨大な人型兵士の姿を形成していく。
「おおっ! 今度はゴーレム!」
紘汰が両の手を握りしめて叫ぶ。
しかし、次の瞬間、ゴーレムは苦しそうに唸り声をあげはじめた。
その声に同調するように頭や肩、そして腕にヒビが入り、崩れていく。
クマの足元に砂の小山をいくつも形成しながら、その姿が土煙の中に消えようとしていた。
「やっぱりまだ無理……。でも、あきらめない!」
《術式改変 限定構築!!》
彩葉のその声に呼応したかのように、頭部と肩は一瞬にして砂にもどり崩れさる。しかし、地面から生えた両の腕は崩壊がとまり、ヒビが修復されていく。
いまや、巨大グマは完全にその動きを封じられつつあった。
「可乃衣、作戦変更! もう一度ヒトガタを狙って!」
「やればできるやん!」そう言って笑みを浮かべる可乃衣。
言いかえそうとした彩葉だったが、つづく可乃衣の言葉に唇をとがらしたままそっぽをむく。
「助かったで、彩葉!」
動きのとまったクマにむかって鎌を背に構え、走りだす漆黒の少女。
ゴーレムの腕を駆けあがり、クマの正面へ大きく翔んだ。
大上段から鎌を振りおろす。
《狂気の大鎌『死物狂い』の叫びを聞け! 絶叫大斬撃!》
声とともに死神の大鎌『死物狂い』が共振する。その唸りは耳をつんざく大音響となって傍観する二人の鼓膜にも襲いかかる。
「な、何よこのすごい音!?」
必死に耳をおさえる二人。
その音は、暴れ続けるクマの動きをとめるのに十分な効果があるようだった。
しかし巨大グマはその瞬間、上体をおこし必殺の一撃をぎりぎりでかわす。鎌はクマの鼻先をかすめ、そのまま縦方向に一回転。勢いを増しならが、再び可乃衣の直上に刃先がもどる。
「まだまだぁ!」
頭をあげたことでオープンになったクマの胸ぐらを第二撃が襲う。
《絶叫大斬撃・車輪斬!》
胸の辺りが垂直に裂け、中綿が臓物が弾けるように飛びだす。
中央、首の下辺りに何か小さなものが黄金色に淡く光を放っていた。
「でたで! あれがヒトガタなんか!?」
着地姿勢に移りつつ、彩葉に問いかけるために巨大グマから注意をそらしたそのときだった。
「馬鹿! まえ!」
彩葉の声が飛んだその瞬間、クマの拳が可乃衣を真正面からとらえる。
弾き飛ばされて地面を横に転がり、二転、三転して仰向けの状態で静止した。
「可乃衣!」
「可乃衣!」
二人のその声に答えるように、可乃衣は腕だけをあげピースサインをしてみせる。
それを確認して駆けよろうとしていた紘汰が足をとめ、彩葉と視線を交錯させる。
「紘汰、もう一度構えて! 今度こそヒトガタを!」
「おう!」
彼女の指示に応えて、紘汰の威勢のよい声が響く。
腕に力をこめ、弦を引き絞ると手元に先ほど同様、青い光の矢が出現した。彩葉が片手だけを地面からあげ、自分の方へとむけている。
ゴーレムの片腕が崩れ、砂に還った。
クマは残った一本の腕を振りはらおうと必死で、二人のことも気を失った可乃衣のことも眼中にないようだった。
再び目を閉じ、集中力を高める。
自分の右肩に彩葉が手をおいてくれている、そんな感覚が紘汰にはあった。
彼女の手を通して、何かが自分の中を流れていくのを感じる。今まで感じたことのない感覚。
それは心地よく、そして、どこか懐かしくもあった。
紘汰のイメージに構築された的と矢の距離が次第に縮まっていく。五メートル、三メートル、一メートル、五十センチ、十センチ……。
「ゼロ」




