14.大怪獣バトル
「私が止める」
彩葉が胸のまえで印を組み、呪文のようなものを唱えはじめる。
胸のあたりに小さな光の玉が輪になって現れ、くるくると回りだした。
《仙導 傀儡式 繋縛光》
言葉に合わせて一つ、また一つと彩葉の元を離れていく光の玉。
巨大グマを取り囲むように宙を周回していたそれらが、除々に膨張を始める。しかし、ある程度の大きさになると爆ぜるようにして次々と消えていき、そのほとんどが消失した。
「だめ、何かに弾かれる! 拘束できない」
「なんや、もうあきらめんのかいな? あんま騒ぎが大きゅうなると、ウチも協会にどやされんねん。いろいろあって肩身が狭いねん……」
彩葉が苦しげな表情で印を結びなおし、詠唱を唱える声に力をこめる。
さきほどの倍はあろうかという数の光の玉が出現するものの結果は変わらず。巨大グマの挙動を抑えることは叶わなかった。
――やっぱりだめ。私の制御を完全に離れている……。
困惑の表情を浮かべつつ、印を解く彩葉。
「自分が作ったんとちゃうんか? なんとかしぃな!」
身勝手な言い分ばかりを並べたてる可乃衣に、カチンときた彩葉が言いかえす。
「本体のヒトガタは善爺が用意したものだし、ぬいぐるみはそもそも私がつくったんじゃないし。私は仕事を押しつけられただけで、どっちかといえば被害者というか……」
「あ! 言い逃れや、言い逃れしようとしてるやろ!」
「うるさいわね、死神女! そもそもあんたが事の発端じゃない。よくもぬけぬけと――」
「可乃衣、黒井可乃衣や。何度も言わすなや、おかっぱ娘!」
「彩葉、水無瀬彩葉よ! あとおかっぱじゃなくてショートボブだから!」
紘汰がたまりかねたように仲裁する。
「二人とも、今は言い争ってる場合じゃないだろ!」
「じゃあ、あんたどうにかしなさいよ!」
「ほな、自分がどうにかしぃな!」
二人同時に詰めよられて、言葉につまる紘汰。
しかし、その甲斐あってか顔を見合わせた三人は、一旦落ち着きを取りもどす。
「何かとめる方法は――」
仕切りなおそうと少年が再度、口を開いたそのときだった。
巨大グマが一際大きな咆哮をあげ、そして飛んだ。
三人の頭上に落ちてくる巨大な影。
「クっ、クマが! 逃げろッ!!」
紘汰が情けない悲鳴をあげる。
地響きとともに地面が大きく揺れ、庭に一本だけ植えられた桜の木が葉を散らす。
間一髪、三人はそれぞれが三方に散って衝突を避けることに成功していた。
すぐさま、身体をおこし巨大な拳を振り下ろしてくるクマ。
その攻撃を避けながら、三人は必死に打開策を協議する。
「何か止める方法は!? 弱点とか?」
紘汰が質問を再度繰りかえし、彩葉がそれに答える。
「ヒトガタを破壊すれば止まるはず。たぶん……」
「ヒトガタ? ぬいぐるみの中にあるんか?」
可乃衣が彩葉に確認する。
「そうよ。破壊できるのがベスト、最悪、露出させることができればこっちでなんとかする。その鎌で胸のあたりを引き裂いて!」
「紘汰は弓を! 床の間に飾ってある弓をとってきて!」
彼女の的確な指示に、二人は走りだす。
「なんかわからへんけど、胸をぶった切ればええんやな。シンプルでウチ好みや!」
この状況を楽しむように笑みを浮かべた可乃衣が、鎌を肩にかついだままクマの攻撃を身軽にかわし、その距離をつめていく。
そして巨大な鎌を、まるで重さを感じないかのように軽々と振りおろす。
初撃は肩口を切り裂いた。
続いて、腿。二の腕。そして腹。そのどれもが浅く、致命傷にはならない。
――そもそもはぬいぐるみの身体。胸のヒトガタ以外を攻撃しても意味は……。
彩葉が見守る中、最初は息巻いていた可乃衣も、徐々に息があがっていく。
身長の二倍はあろうかという鎌を振り回しつつ、同時にクマの攻撃を回避し続けなければならないのだから無理もない。
「何よ、口ほどにもないわね!」
彩葉が状況を理解していて、なお、わざと発破をかける。
「ハァ、ハァ……せやかて、図体のわりにすばしっこいんや。う、動きさえ止められれば……」
「なんとかする! もう少し、ひきつけて!」
「了解! 今度は期待しとるで!!」
彩葉があたりを見回し、地面に落ちていた何かに目をとめる。
胸のまえで印を組み、呪文を唱えはじめた。
彼女の眼前に光る梵字のようなものがくるりと輪になって、二重、三重に回りはじめる。
《仙導 傀儡式 魂霊招来》
静かにそう言い放つ。同時に光が一層激しくなり、そして消えた。
突然、雷のような激しい光が眼のまえで発生する。
複数の重なりあう閃光が、暗闇の中に何か巨大な存在の輪郭を映しだす。
力強く大地を踏みしめる二本の足と太い尾でバランスをとり、直立するその姿。
頭部には無数の牙が並んだ顎がバックリと口を開く。
暗闇の中で唯一光りを放つ眼球が、獲物を求めて左右上下に激しく動き、彩葉を見つけて動きをとめた。
そして轟く咆哮。
彩葉の身体にビリビリと響く。
「あれは怪獣? ゴッ、◯ジラやて!?」
巨大グマとの格闘、真っ最中の可乃衣が驚きに振りかえる。
夜の街を重々しく歩みを進めるその似合いすぎる姿は、まさしく大怪獣そのものだった。
ただし、大きさはちょうど巨大化したクマと同じくらいで、街を破壊しつくすほどの迫力はない。それでも暗闇でヌメヌメと光る巨体に、彩葉は十分すぎるほどの恐怖を覚えた。
「◯ジラ! 憂の、巨大グマの動きをとめて!」
彩葉がクマを指差し、◯ジラにむけて叫ぶ。
首を大きく振りあげながら再度、咆哮を上げる◯ジラ。ビリビリと肌に感じるその迫力に、彼女はその目を輝かせる。
「なんて迫力! 携帯さえあれば動画がとれるのに! 巨大グマvs◯ジラ、あぁこんなチャンス二度とないかも……」
ショートパンツのポケットに手を突っこんでさぐりながら彩葉が言う。おそらく彼女の携帯は瓦礫の中だ。
一歩、また一歩と地響きをたてながら進む◯ジラ。
その足がむかった先は――。
「ちょっと、どこいくのよ!?」
◯ジラは、クマを無視してあらぬ方向に歩みを進める。
むかった先は二階が半壊した、彩葉の自宅。
そして、その巨大な顎で縁側にある柱の内の一本に食らいついた。
まるで雑草のように軽々と、柱を基礎の束石ごと引きぬいて宙に放り投げる。柱を失った縁側の屋根が逆への字にゆがみ、瓦がすべり落ちて派手な音をたてながら何枚も割れた。
続けざまに一歩まえへ踏みだし、その太い尾を横にないで残りの柱もすべて折り倒そうとしたところに割って入った者がいた。
――彩葉だ。
土埃をまきこんで唸りを上げる強烈な一撃は、柱ごと彩葉を吹き飛ばしてしまうかに思われた。
が、彼女にふれる数センチ手前でそれは強固な何かに弾かれ、打ちこんだ反動がそのまま◯ジラにかえる。たたらを踏んで、後方にのけぞる◯ジラ。
腕をクロスして身構える彩葉の前に、青白い光をにぶく放つ四つの円と十字を組みあわせたような一枚絵が、浮いていた。
彼女の防御術法が、その一撃を退けたのだ。
「あぁ、◯ジラの“建造物破壊本能”が、こんなところで徒になるなんて!」
彩葉が苦虫を噛み潰したような顔でそうなげく。
「これでいいのか? なんだよ、この古臭い弓は?」
ちょうどそのとき、自分の背丈をこえる巨大な弓を片手に紘汰がもどる。
「おい……なんでもう一体増えてんだ!?」
二体の巨獣を見比べるようにしながら、何がなんだかわからない、そんな表情で少年は問いかけた。




