13.空から堕ちてきた少女
突如、天井を突き破り降ってきた少女。
その異様な姿と雰囲気に、二人とも言葉を失っていた。
小柄な体型に黒ずくめのドレスをまとっている。身体すべてを包みこむような長さとボリュームをもった金髪のロングヘアー。すっと鼻筋の通った西洋的な顔立ちに碧い瞳。目元を引き立たせる赤いアイシャドウ。
もっとも印象的なのは、少女の身長の倍はあろうかという巨大な鎌だ。
その姿は、有り体に言うならば死神のそれだった。ただし、あまりに小柄なことを除いて。
「ちょっとちょっと、そこのあなた! いったいどこの誰よ? 私の大事な家の屋根に大穴あけて、どういうつもりなの!?」
彩葉がムっとした表情で自分の背に回された紘汰の手を払いのけ、立ちあがりながら非難の声をあげる。
見あげれば天井はその中央から瓦解し、そこに満天の星々が輝いていた。さきほどまで天を埋めつくしていた光の帯は、すでに消失している。
「い、彩葉さん――英語、英語じゃないと通じないんじゃ……」
も、もちろんわかっているわよ、と紘汰に指摘されて焦った彩葉が、精一杯の語学力を振りしぼって問いなおす。
「あ、あーゆーふろむ……」
「ウチは可乃衣、黒井可乃衣や」
「えっと……もしかして、関西方面のかた?」
二人は、まさかの関西弁に戸惑いを隠せない。
「せやで。死神協会の死刑執行人。代々、日本全土の彷徨える霊魂をあの世へと導くのが、天から授かったウチら一族のお役目」
二人の動揺をよそに、自己紹介をつづける黒ずくめの少女、可乃衣。
「死神?」
「エンフォーサー?」
厨二心をくすぐる単語の羅列に、微妙な表情で顔を見合わせるリアル中学二年生の彩葉と紘汰。
「そうだ、憂は!?」
異常な自体の連続に憂の存在をすっかり忘れていた彩葉が、あわててぬいぐるみの姿を探す。ぬいぐるみは部屋の隅に転がっていた。
むくりと起きあがり、手を振ってみせる。
「無事だよ~。彩葉ちゃん」
「ユウ! ウチがもろたでっ!!」
言うが早いか、可乃衣が憂の方へ振りかえりざまに鎌を振りおろす。
一閃。
クマのぬいぐるみは無惨にも首のあたりから真っ二つに分断され、頭部が床にぱさりと落ちる。
切断した箇所から中の綿と、彩葉が埋めこんだヒトガタの一部が見え隠れしていた。
「やった! ついにウチはやったで! オトン、じいちゃん、見てるか? 一族の悲願、ユウを討ちとったんや!!」
両手にもった鎌を握りしめたまま天を仰ぎ、感涙にむせぶ少女。
それを見た二人が愕然とした表情でなげく。
「酷い、なんてひどいことを!」
「本当だぜ、そんな残酷なことがよくできるな! 人の心はないのか!!」
彩葉が紘汰に、しだれかかるようにして顔を両手で覆い、おいおいと声をあげて泣き崩れる。
「いや、あのな……わからんかもしれへんけど、ユウってのは有名な悪霊でな。それに身体自体は、ほら、ただのぬいぐるみやんか?」
ぬいぐるみを指さして、必死にアピールする可乃衣。
その様子を見て顔を見あわせた二人が、次の瞬間、笑いをこらえきれずに吹きだした。
「うそうそ。わかってるわよ、ぬいぐるみだって」
涙を浮かべて笑う彩葉が、両手を胸のまえで左右にふりながら続ける。
「大体あなた、その格好はなに? コスプレ? 厨二病? ぬいぐるみを切って悲願成就って、笑うわよそりゃ」
「コスプレちゃうわ! オカンの手作りやで、バカにすんなや!」
興奮して声を荒げてしまったことが恥ずかしかったのか、照れ隠しのように、コホンと一つ咳払いをして可乃衣が説明をはじめる。
「死んだじいちゃんも、おとんもずっとユウを追っとった。来る日も来る日も、あいつを成仏させることに失敗しつづけたウチら一族は協会の笑い者。『死神というより守り神、もはや守護神』と陰口をたたく者も少なからずおった」
「うまいこと言うわね」
くすりと笑いながら彩葉が小声で紘汰に耳打ちする。
「そして今日、ついに仕留めたんや。ウチが、黒井可乃衣が!」
再び感涙モードに浸ろうとする可乃衣を、彩葉が手招きするようにちょいちょいと止める。
「いや、だから、ぬいぐるみの首を切っただけじゃない。そもそも憂は霊体で、肉体を持ってないんだから鎌なんかで殺すことも成仏させることもできないわよ」
ねぇ憂、彩葉が憂の方を振りかえったときだった。
「まぶしい!」
切断されたぬいぐるみの首元から強烈な光があふれだしていた。
三人とも、眩しさに目を開けていることができない。
一番近くにいた彩葉が、閃光にあてられたように脱力して後ろに倒れかけ、紘汰が間一髪、彼女の身体をささえた。
「彩葉、大丈夫か!?」
「あれ、私、いま……? こ、紘汰? あ……だ、大丈夫……」
思考が定まらないのかぼんやりとしたままの彩葉。
しかし、彼女の回復を状況は待ってくれない。
ぬいぐるみの頭部が光で再構成され、同時に口を開いた。
「彩葉ちゃんにもらった大事な身体を! 許さない、ぜーっっったいに、許さないんだからぁ!!」
憂の声はスロー再生でもしたかのように、低く野太く変わっていく。同時にぬいぐるみの身体が、みるみるうちに巨大化をはじめる。
あっという間に部屋に収まりきらないサイズになったぬいぐるみは、そのまま裂けた天井を内側から押しあげるように突きやぶった。
上半身は完全に屋外へ。再び降りそそぐ瓦礫の雨。
「憂! 何をしているの、やめなさい!!」
彩葉が瓦礫をさけながら、必死に呼びかける。
「あぶない、一旦、外へでるんだ!」
紘汰が尚も呼びかけを続けようとする彩葉の腕を強引にひいて、窓から屋根の上へでる。可乃衣もそれにつづき、三人は屋根を移動して雨樋をつたい、庭へ降りたった。
同時に背後を振りかえる。
そこに広がっていたのは、冗談としか思えない光景だった。
屋根から上半身を突きだしたまま、三人を見おろす巨大なクマのぬいぐるみ――それはもはや、ぬいぐるみというより怪獣、モンスターの類にしか思えない。
光る頭部には巨大な牙を持つ顎がバックリと開いていた。咆哮をあげると同時に振り回した腕が、さらに屋根の損壊を広げていく。
「あぁ、屋根が! 私の家が!」
「いや、今心配するのそこじゃないだろ!」
混乱しているのか、ひたすらに自宅の損壊をうれう彩葉と、異常すぎる光景を前にして、逆に冷静な紘汰。
「どうなってんのや! なんで死なへんねん!!」
混乱しているのは、事の発端である可乃衣も同様だった。
「何度も言ってるでしょ。あれは私が憂のために用意した仮体、仮の身体よ。首を切ったって――」
「ウチの鎌は特別製や! 霊体にだってダメージを与えられる。いや、それ以前に、なんでただのぬいぐるみが巨大化して暴れとんねん! おっかしいやろ!!」
引きつった笑みを浮かべながら、暴れるクマを指さす可乃衣。
すでに物音を聞きつけた近所の住民がチラホラと現れ、何事かとざわめき立てている。
なかには携帯電話を向けて、動画を取りはじめる者もいた。
巨大グマのまえにひとり歩みでた彩葉が、胸の前で手を組んで印を結び、そして告げる。
「まずい、このままだと大騒ぎになる。三分以内に終わらせるわよ」




