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夢の人

〈蜆汁朝な朝なに神來たる 涙次〉



【ⅰ】


 明け方の微睡(まどろみ)。カンテラ外殻(=カンテラ)の中で、うつらうつらしてゐると、悦美の聲。「朝ごはん出來たわよー」

 いつもの朝。カンテラの中の悠久の時を忘れさせる、朝だ。

「今朝はねえ、蜆のおみおつけをご飯にぶつかけて、猫まんまと洒落込みませうつて趣向」悦美がぶつかけて、などゝ云ふと、可笑しさがこみ上げてくる。テオは「こりやいける」と、でゞこと並んで、その「猫まんま」に舌鼓を打つてゐる。

 あー、また朝だ。今日はどんな「はぐれ【魔】」が待ち構へてゐるのか。仕事一本鎗のカンテラではある。



【ⅱ】


 飛んで、夕暮れ時。カンテラ、いつもの「侍」ルックで、刀を落とし差しにし、商店街を闊歩してゐた。と、「そこな武士(ものゝふ)、まあ卦でも如何かな?」辻占が聲を掛けてきた。ものゝふ、と來たね。噴飯ものな大時代な物云ひだが、いつちよ揶揄つてやらうか、とカンテラの悪戲ごゝろが働いた。


 訊くと、「貴殿女難の相が出てゐる」驚いた事に、着け髭を着けた女辻占ではないか。なるべく低いトーンで語らうとしてゐるが、女の聲である。

 カンテラに云はせれば、路頭の占ひなどゝ云ふものは、一種のコミュニケーション術に過ぎない。筮竹の神秘をないがしろにして、客の顔色から推測した、適当(テキトー、と云ふ意味ではないが)な言葉を吐く。すると、恰も「易」に通じてゐると、客は驚き、その言葉に信憑性を見る。


「あんた、名は?」「武里芳淳(たけさと・はうじゅん)だが、何か?」「女が芳淳か、本名は?」「これが本名だ」「さう- ときに、私も八卦を立てる。あんたの悩みを当てゝ進ぜやう」カンテラ勝手に彼女の商賣道具である筮竹を手に取り、占つてみせる。

「夢と出たね。あんた每夜現れる『夢の人』に戀をしてゐる」「え!? なんで分かるの」-やうやく若い娘らしい聲を上げた。

「だから、これが本当の、魔導士に依る、八卦なのさ」



【ⅲ】


 芳淳の兄は、神農道の人だと云ふ。それで、占ひに凝つていた彼女の趣味を活かして職業にさせるべく、ショバを確保したらしい。着け髭の女の辻占だと云ふんで、近隣の話題とはなつてゐる、と専らの評判。当たる、当たらぬは「当たるも八卦...」と云ふ常套句の通りだ。

 その日から、芳淳(實は芳子、と云ふ平凡な名前)は、カンテラの「押し掛け弟子」となつた。


 じろさん「ほら、やつぱり女難だ。そんな若いコ連れ込んで、悦美が怒るぞー」カンテラ「この人には、これと決めた人がゐるのさ。ご心配には及ぶまい」悦美「何よ。カンテラさんにロリコン趣味があるとは、思つてもみなかつたわ! だうせ何処の馬ともつかない、『はぐれ【魔】』に憑り付かれてゐるのよ」確かに、髭を取つた彼女は、まだ幼さの殘る顔をしてゐる。脊丈も小さいし、全體的に小作りな印象。


 カンテラ、職業的な興味から、魔導士になるレッスンと偽つて、芳淳に催眠術を掛けた。驚いた事に悦美の誹りは当たつて「夢の人」は、魔道の者だつた...

「夢の人」は、カンテラにそつくり、とは云はないが、やはり「侍」の恰好をして、大小のものを腰に差してゐた。【魔】としての名前は、分からない。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈風車俺には俺の風が向く 涙次〉



【ⅳ】


 テオの調べに依ると田螺谷末吉(たにしや・すゑきち)と云ふのが、芳淳の「夢の人」だと云ふ。浪人の子として生まれたが、仕官の道叶はず、この世に怨念を殘して、若くして死んだ、まあ、よくある話の中の、よくある【魔】だ。


 カンテラ、芳淳の夢に潜り込んだ。彼女にはショッキングだらうが、斬つてしまへ、と云ふ譯である。依頼者はゐないが、彼女の兄に、テオからネゴシエイトして貰へば、カネにはなる、と踏んでの事。


 夢の中で、田螺谷とカンテラは鉢合はせになつた。カンテラ「あんた、幾ら仕官できぬとは云へ、若い身空の女に憑依しても、致し方なからう。俺が斬つてやるから、成佛するんだな」「何を! 北辰一刀流免許皆傳、の俺様を舐めるな!!」


 カンテラの利き手が左、なので苦闘の末、田螺谷は夢の外に轉がり出てきた。幸ひな事に、芳淳はまだ目を醒ましてゐない。カンテラ、いつもの大音聲、「しええええええいつ!!」すると、だうだらう、田螺谷はその刃を、刃を以て受けてきた。カン「むむ... 多少は出來るやうだな」カンテラには慣れつけぬ、泥仕合ひとなつた。



【ⅴ】


 冷や汗と云ふものを、初めて掻くカンテラ。ぢり、ぢり、間合ひを詰めるが、一向に埒が明かない。と、「カンテラどの、助太刀仕る!!」じろさんが田螺谷の隙を狙ひ、足払ひを喰らはす。もう一度「しええええええいつ!!」倒れた田螺谷の脇腹、丁度脾臓の邊りに、カンテラずぶりと太刀を突き刺した。


「ほら見なよ、やはり『女難』だ。いつもなら俺の助けなど必要とせぬ筈だぞ!」とじろさん。カンテラ俯ひて、唇を嚙んだ...


 と云ふ譯で、当分この「女難篇」を續ける。何もかも、鞍田文造が美形に造つた(赤銅色の肌、筋骨隆々とした躰躯の、苦み走つた「いゝ男」)のがいけない、のだが、その責はカンテラ自身が脊負はなければならない。さて、だうなる事やら。



【ⅵ】


 それつきり芳淳は、「夢の人」を見ない。その分、カンテラに想ひが行つてしまつたのは、無理からぬ。嗚呼「女難」! つー事で、今回はバイナラ。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈女難と云ひ男難のないこの世界ジェンダー論はさて置いてもだ 平手みき〉

 

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