コインの裏表
お昼時、私こと森川愛は必ずハーブティーを嗜む。お嬢様とは無縁な体育会系JKの私だが、このひと時だけは英国のお嬢様になれる。所詮はごっこ遊びに過ぎないが、男勝りな私にとって、このひと時は絶対に欠いてはならない時間なのだ。
今日も、ビッグベンの鐘の音――チャイムが鳴り響く。
「森川さん、こんな時間に何をしているんですか?」
「和田村君、見てわからないの? お茶よ、お茶」
「そうじゃなくてですね、何故こんな時間にお茶をしているのか聞いているのですよ」
彼は和田村透馬、クラスの学級委員だ。小柄で中性的な見た目をしているが、キリっとした眼鏡と学ランで一人っ子と、絵に描いた優等生だ。そして、毎度私の優雅なひと時にケチをつけてくる。
私はいつものように、コンビニで買ったケーキや菓子パンを頬張りながら紅茶を飲んでいるだけ。だと言うのに彼は、まるでこの良さを解っちゃいない。そして何より、時間にストイックな面倒な奴なのだ。
「とにかく、授業の準備をしてください。もう10分前です」
「なに、“まだ”10分じゃない。もしかして和田村君もお茶、飲みたいのかしら?」
「いりません。それに、そんな毎日洋菓子ばかり食べていては、いつか太りますよ?」
「何ですって失礼な!」
私は怒りに震え立ち上がった。そりゃあそうだろう。女の子にとってその言葉は禁忌も禁忌、それを知った上で食べて、その分運動して落としているというのにこの男、なんて無神経なことを。
「だって事実でしょう。平均的なケーキのカロリーは144kcal、それを五日間+αで換算すれば――」
「あーあー、聞こえない聞こえないー。少しは肉付けてから言いなさい、この骨メガネ!」
「失敬な。僕はただ君が太るんじゃないかと心配しただけで――」
ふんだ、知ったことか。私はグイッとお茶を飲み干し、ブツブツとぼやく和田村を横目に次の授業へと向かった。
丁度、次が移動教室だったから助かった。少なくとも、彼と顔を合わせることがないから。
5時間目。私は黒板に書かれた内容をノートに板書しつつ、放課後の予定を立てる。
今日は金曜日、自分へのご褒美にパフェでも食べに行こうか。しかし、そこでさっきの傷が疼く。
『そんな毎日洋菓子ばかり食べていては、太りますよ?』
ちょっと可愛げがあるのは認める、ああ認めてやるよ。あの犬みたいな懐っこく忠実そうな顔はね。でも、愛嬌のある奴の口から出た言葉が、どうにも憎い。
それに何だあの体。クラスの男子と比べて華奢で痩せっぽっち。脂肪すら付いていない。
男だから代謝がいいとでも言うのか? 否、アイツはスポーツとは無縁の存在。いつも教室の片隅で本を読んでいる、所謂隅暮らしの眼鏡っ子だ。むしろそんな状態で華奢な体を維持している秘訣を知りたい。
いいや、秘訣どころか弱みを握ってやる。これはそう、私の女としてのプライドを傷つけたことの復讐劇なのだ!
「フフフ、見てなさい和田村。弱みと言う首輪でアンタを服従させてやるわ……」
周りから白い目を向けられた気がするが、気にしない。とにかくアイツに一泡吹かせて、体の秘密を探ってやる!
決意を固めた私は、拳に力を込めた。その時、手に持っていたシャーペンがボキッと音を立てて折れ曲がった。
「あ」
それから少し経って。
私はHR後すぐに帰宅すると、できる限りの変装をして、和田村の尾行を開始した。
彼の動向は既に友人の証言で特定済み。普段は完全下校時刻である17時まで図書室にいるが、金曜日だけは残らず帰る。そして、しばらく駅前通りの公園で読書をするという。
証言通り、今のところ和田村の動向は一致している。時間についてうるさい故、自分の時間にも厳しい、ということか?
(どんな優等生でも、流石に弱みの一つや二つあるはず。必ず見つけてやるんだから!)
「……まずいな、そろそろ時間だ」
言うと彼は時間を確認し、急ぎの用事でもあるのか、そそくさとトイレに駆け込んでいく。
それにしても、一体何が「時間」だと言うのか? 私もスマホで時間を確認する。画面には「3時半」と刻まれている。店が閉まるような時間じゃない。
(まさかヒーローとして戦うために、変身しているとか?)
いやいや、そんなアニメみたいな話あるもんか。
と思いつつ、10分近く見張る。がしかし、一向に彼は出てこなかった。出てきたのは、ピンクのインナーカラーが入ったツインテールの女の子だけ。
私が知らない間にお花摘みをしていた子だろうか。まさかあの子が和田村、なんて話も……いや、それはない。
やはりあの堅物、私がつけていることに勘付いてトイレから逃げたか。きっとそうに違いない。とどのつまり、私はターゲットを見逃した。
……こうなっては仕方がない。ここまで頑張った自分へのご褒美に、パフェでも食べに行こう。
「マスター、いつものとパフェ一つ」
「はいよ、少々お待ち」
喫茶店の特等席に座ると、私は常連らしく注文した。角砂糖3つ、ミルク少々。物覚えのいいマスターは、いつものオーダーをしっかりと頭に叩き込んで注いでくれる。
言うと悪いが、ここは常に空いている。だが、マスターの淹れるコーヒーは美味しく、パフェも含めて、何故バズらないか不思議なほど極上の逸品が揃っている。故にコアなファンは少なからず居る。
と、言っている側から珍しくお客さんが来た。私を含めて、店内には私と彼女、そしてマスターの三人だけ。ガラガラなんてもんじゃない。
「いつもの、それとパフェ一つ」
「かしこまり」
来たのは、先ほど公園で見かけた少女だった。上は白いゆるふわブラウス、黒のプリーツスカート。極め付けに、タイツに包まれた華奢な脚と厚底の靴。最近流行りの量産型と言う奴だ。しかも、めちゃめちゃ可愛い。しかし、ここで再会するとは思わなかった。
「あなたも常連さん?」
「はい。ここのコーヒー、すごく美味しくて」
「うんうん。やっぱりここが一番ですよね!」
しかもめっちゃ話しが合う。これは縁で結ばれているッ!
そう感じた私は、スマホを取り出して彼女に連絡先を見せた。
「もしよかったら、連絡先交換しませんか?」
「えっ? えっと、それはその……って、ん?」
何に気付いたのか、彼女が画面を見た瞬間、トロンとした目は一瞬にして鋭くなる。
そして、ゆっくりとIDを読み上げ、震え出す。
「ま、まま、まさか君」
唐突に低くなる声。それにこのキリッとしたヤな目つき、間違いない。
「もしや」
「お待たせしました、いつもの――」
「「あああああ!!」」
「まさか、アンタもあそこの常連だったとはね」
食べ終わった私は早速、駅前公園に彼を呼び出した。昼の失言について、謝らせてやるために。
しかし和田村は恥ずかしがる様子もなく、堂々と腕を組んでいやがる。
「何か悪いですか? 僕もあそこの常連、それだけのことです」
「まあ、ちょうどよかったわ。ここで会ったが百年目、お昼の失言について誠意を見せてもらおうじゃない」
「何がしたいか分かりませんね。第一、僕はあなたのお腹周りについて心配しただけで――」
「あっそう」
私は徐に彼の写真を撮ると、クラスグループの画面を見せた。紙飛行機のボタンを押せば、すぐにでも今撮った写真が投下される。
すると、堂々としていた彼は飛び上がり、私のスマホを取り上げようとした。私はそれを回避し、わざとらしく送信ボタンを押そうとする。
これには和田村も屈し、頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 森川さんがいつも美味しそうに洋菓子を食べているものでつい、心配で! だからその、僕の写真だけは……」
「ふぅん。それにしては女子の気持ちを理解しない発言だったけど?」
「本当にごめんなさい、この姿も親に内緒の趣味でして。だからこの件については口外しないでください! 何でもしますから!」
今にも土下座をしそうな勢いだ。涙まで溜め込んで、本当に女子にしか見えない。そして見ているうちに、もっといじめたくなってくる。
流石に、これ以上写真で脅すのも悪いし、何より何でもすると言っている。
私は嗜虐的な笑みを浮かべて言おうとした。
「じゃあアンタ、私に――」
「ごめん、待たせたね~」
刹那、嫌なタイミングで邪魔者が入ってきた。振り返ると、女遊びに来たであろうナンパ野郎がそこにいた。しかも彼は、狙っていたかのように和田村の腕を握る。
「全く、探したよ~? ほら、早く行こ? デート」
「だ、誰ですか!? 嫌、やめてください――」
和田村は怯えて手を引くが、男はしつこく、タコみたいに引き戻そうとする。
対して私には目もくれない。下心増しましで、和田村をお持ち帰りするつもりらしい。
和田村は抵抗できない恐怖から、涙声になって「やめてください」と連呼している。
見ていられず、私は行動した。
「ちょっと、その子困ってるじゃない」
ギュッ。と、男の腕を強く握る。すると男は私の握力に驚き、振り返り様に、
「あ? 何だゴリラ女? お前に興味ないんだが?」
と訝しげな表情を見せて言った。
その時、私の堪忍袋の尾がブチギレた。そして次の瞬間、男の腕を力一杯引き寄せて、地面に放り投げていた。
男は砂に塗れてかっこいい髪も崩れ、服も砂埃で無惨な姿になる。
「くそ、何すんだこのゴリラ!」
「うるせぇ! 誰がゴリラだこの【自主規制】が! 【自主規制】して【自主規制】にすんぞッ! この【自主規制】!」
私はこれまでにない勢いで叫び、男を罵倒した。するとさっきの威勢はどこへやら、男は私に怯えて逃げ帰った。
おとといきやがれ。
「ふぅ、大丈夫?」
「え、あ、その……」
「何もしないわ、もうスッキリしたし。それよりも」
男を倒してスッキリした私は、改めて和田村に手を差し伸べた。そして、言いそびれたお願いを改めて言った。
「その可愛さの秘訣、教えてちょうだい」
とんでもない口止め条件を出されると思っていた彼は、キョトンとした目で私を見つめる。
私は本気だった。何より、女である私が、こんな男に負けるのがどうにも悔しかった。
だから知りたい。弱みなんかどうでも良く、彼がどうしてそこまで可愛くなれるのか、好奇心が刺激された。
すると彼も、笑いながら手を差し伸べた。
「分かりました。でもその代わり、僕にも護身術とか教えてください、森川さん」
「仕方ないわね、厄介ごとに巻き込まれそうだし。ビシバシ行かせてもらうよ」
こうして私達は握手を交わし、互いに求めるものを共有する契約を交わした。その時微かに彼の耳が赤くなっていたのを、私は見逃さなかった。
が、それは写真と共に心の内に仕舞い込んだ。
一週間後。
「森川さん、日曜は暇ですか?」
「ええ。何かあるの?」
あれから私は、彼と仲良くなった。そして約束通り、互いに秘訣を共有している。今では、私も男を釣るファッション術を身につけ、彼もある程度自衛ができるようになった。
だが、相変わらず学校での彼は堅物だった。
「映画、行きませんか?」
こんな感じで、頑なにデートと言わない。まあ、そんなところが可愛いんだけど。
「仕方ないな。それじゃあ、可愛い妹ちゃんも連れて行きましょう」
「僕に妹はいませんよ、全く」
また耳が赤くなる。やっぱり、いじりがいがあるなぁ。
私はひっそりと写真の中の和田村と比べながら、密かに笑った。
(やっぱり、嫉妬しちゃうくらい可愛いや)
作者の鍵宮です。
この作品は、丁度今から1年半ほど前に執筆した小説です。つまり他の作品同様修行として書いたものでございます。
4500字前後という文字制限を課し、その中でキャラクターを表現するといった修行。これがあったからこそレベルが20ほど上がりました(当自比)
とはいえ、4000字前後で納めるというのはやはり厳しいもので。自分で読み返してみても、無理矢理感のあるストーリー展開があったり、投稿ボタンを押す指が震えて震えて仕方がないッ!
ですが折角の修行の過程、日の目を浴びずにPCの深い深いファイルの底にしまっておくのは勿体ないッ! もう全部放出じゃあァァァァァァァ!!
ちなみに、実はこの作品が現在連載中の「仮面恋愛」のコンセプトの基になっているのです。
設定こそ違いますが、風紀委員長とギャル(この場合体育会系JK)の対比構造、生真面目風紀委員長の知られざる秘密などなど。ぜひ宜しければ、拙作「仮面恋愛 ~好きになった『推し』は、一番嫌いな人でした~」をよろしくお願いします(ステマ)
さて、朝っぱらからいろいろハッスルしたところで、あとがき終わりッ! 気をつけて外へ出るようにッ!!