第6話 世界についてお勉強
ひとまず宿屋に戻って、これからどうするかを考えることにした。硬めのベッドに腰掛けて膝の上にラディウスを置く。
「ヴァイスア大陸かぁ……。どうやって行くんだろう。
歩いていける?」
『いけるか!そもそもお前、大陸が何かわかってんのか?』
「わからないよ。だって初めて聞いたし」
一応貴族だし、女だから舞踏会やマナー・社交常識のことばかりで、大陸はもちろん町がいくつあるとかなんて全くわからない。
『箱入り娘が!
大陸っていうのは広大な陸地から成り立ってて、いろいろな生物が住み始めて今の形になってる。
で、大陸同士は大体は海を隔ててるんだ。稀に陸地で繋がってることもあるがな』
「つ、つまり?」
『鈍感娘が!
船に乗らないと大陸を渡れねぇんだよ!当然の町には船なんてないからな!』
「それは知ってるけど」
『船は知ってるのか……』
「うん」
とはいえ、本で見ただけだ。木で造られていて、川や海に浮かべてはしる乗り物で大きさも様々らしい。
『まぁ、知らないよりはマシか。
ここも大陸だってじいさんが言ってただろ。
町はいくつあると思う?』
「アンゼータと、舞踏会に行く町と……それぐらい?」
『2つなわけあるか!
まぁ俺もはっきりとは知らんが、2つはない!絶対にだ!』
「そうなんだ……」
ラディウスも知らないんじゃん、と内心ツッコみながら相槌を打つ。でもよくよく考えると、舞踏会には多くの人が集まるので
2つしかないのはあり得ないなと思った。
『ここは大陸のどの辺りだ?中心か?端っこか?』
「さぁ……」
『どっかに地図置いてねぇか?見に行こうぜ』
「もうすぐ夜になるのに?」
窓から空を見るときれいなオレンジ色で、ずっと眺めていたいぐらいだ。それに夜は物騒らしいし、心配になってくる。
『まずはじいさんに聞く。それが駄目なら明日、店とか教会とか公共の建物を見て回る。流石に1箇所は置いてるだろ』
「そうなの?地図なんて見たことないんだけど」
『お前、本当に何を学んできたんだ』
「貴族としてのマナーとか振る舞いとか。
政治?とかの方は勉強しなくていいって」
貴族の女に政治学は必要ない。王様などの偉い人も全員男だ。
『…………。
性別で決められるのも大変だな』
「でも勉強ってめんどくさいから、それでいいと思ってる。
マナーを覚えるのも嫌だし」
『だから家を追い出されたんだったよな、お前。
はぁ……。とにかく、じいさんの所行くぞ』
「はーい」
しきられるのはあまり好きではないが、他に案は浮かばないので従う。
おじいさんの所へ向かうと、カウンターの奥の部屋で夕食を採っていた。
スープのいい匂いが鼻をくすぐる。彼は驚きながらも口元を拭うと、
立ち上がって私の近くまで来てくれた。
「どうしたんだい?」
「地図って置いてますか?」
「地図かい?どうだったかなあ……」
おじいさんが唸っていると私のお腹が大きく鳴る。
恥ずかしくて俯くと同時に、昼から何も口にしていなかったのを思い出した。
音を聞いたラディウスが盛大に笑う。
『ハハハハハ!派手に鳴ったな!』
「スープでよかったら食べていくかい?」
「え、いいんですか?」
「サービスだよ。ついておいで」
おじいさんは奥の部屋に入ると手招きで私を呼んだ。
おずおずと部屋に入るとスープの匂いが充満していて、思わず息を吸い込む。
その間におじいさんは私の分のイスを出して、スープを注いでくれた。
「口に合うかはわからないけれど、めしあがれ」
「ありがとうございます!いただきます!」
さっそく席についてラディウスを膝の上に置く。そしてスープを口に運ぶと甘みが広がった。
葉野菜と羊肉をミルクで煮込んだもので、少し肉が固く臭みがあるものの気になるほどではない。
「おいしい!」
『俺にもよこせよー』
「喜んでもらえてなにより。ご飯を食べ忘れるぐらい、いい情報が集まったのかい?」
「そうなんです。居ても立っても居られなくなっちゃって。
でも、おじいさんから酒場のことを聞かなかったら、今日も足踏み状態でした。
本当にありがとうございます」
そう答えながら、不自然な体勢にならないようにラディウスの体を左手で軽く握る。
せっかくおいしいスープを食べているのに水をさされたくない。
ラディウスが手の輪の中で少し暴れた。
『締め付けんなよ⁉潰す気か⁉』
「どういたしまして。
それで地図だが、ここには置いてなかったなあ。
さっき思い出したんだよ」
「わかりました。他の場所を探してみますね。
ごちそうさまでした!」
スープをきれいに飲み干すと素早く立ち上がる。
少し力が入ってしまったのでラディウスが苦しげに声を漏らした。
『グェッ⁉』
「おや、もう行くのかい?」
「はい。明日どうするか考えます。おやすみなさい」
おじいさんに頭を下げると部屋に戻った。