第45話 スノウウルフ
抜け殻のぬいぐるみを上着の右ポケットに押し込んで、山を登り続ける。
雪も深くなってきたけど、靴がしっかりしているので雪に足を取られて動けない、なんてことはなかった。
「それにしても防寒具ってしっかり作ってあるんだね。
お店のお姉さんはクラルハイトよりも素材の質は良くない、
みたいなこと言ってたけど」
『素材の質の高さについては言ってなかったが、少なくともクラルハイトよりは低いんだろうよ。
まぁ、寒い土地だし質は悪くてもそれなりにしっかり作ってあるんだな』
「全部で銀貨2枚だったのがいまだに信じられない……」
『お前が気に病む必要ねぇよ。あのおばさんも言ってただろ?
それが基準だって』
「そうだね」
明らかに高い代金を払ったわけでもないし、どうにか自分を納得させた。
そこから会話が途切れて、しばらくの間私の雪を踏みしめる音だけが響く。
気温もドンドン下がってきているみたいで、ようやく少し寒いと思うようになった。
「あーあ、ぬいぐるみ入らなかったねー」
『まだ引きずってるのかよ……』
「だってテネルみたいになるかと思ったんだもん」
あの時は草で作ったものだったけど、それでもテネルと会えた。
今回も誰かと会えると思っていたので、ちょっとしょんぼりする。
『そう簡単にポンポンぬいぐるみ増やされても困るわ!
また作りたいとか言い出すなよ!そもそもしまう場所が少ねぇんだから』
「え〜、せっかく作ったのに〜」
『誰も入らなくても青が入る』
「え?ブルードラゴンが入ってくれるの!?」
思いがけない言葉に目を輝かせてラディウスに顔を近づけると、
ラディウスは焦ったようにポンポン飛び跳ねた。
『可能性の話だ!可能性!
青は好奇心旺盛だからな!「何それ面白そう!」とか言う可能性があるって思っただけだよ!』
その時だった。
ぬいぐるみを入れているポケットが不自然にモゾモゾと動き出した。
「え?」
『どうした?』
「ポケットがモゾモゾ動いて――」
私が言い終わる前にポケットから青いぬいぐるみが勢いよく飛び出した。
それは綺麗な弧を描いて雪の上に着地する。
『嘘だろ……。何か来やがった……』
「やった!どちら様ですかっ!!」
嬉しくてついはしゃいでしまう。
目の前の青いぬいぐるみはポンと1回飛び跳ねた。
『自分もよくわかっていないのだが……いったい何が起こったのだ?』
ラディウスよりも低くて渋みのある声だった。
でも今のところ敵意はなさそうだ。
「あ、私シーラっていうの。こっちの白いぬいぐるみはラディウス。
それで、なんでこうなっちゃったかについてなんだけど……
あなた1回命を落としちゃってる?」
『ああ。
自分は、スノウウルフのリーダーであったのだが……。
仲間を守るためにワイルドベアという魔物に立ち向かい、相討ちになったのだ』
「ワイルドベア!?あの危険な!?」
『知っているか。人間の間でも有名のようだな。
このような結果になってしまったが、仲間を守れたのは本望だ』
「そっか……勇敢に戦ったんだね。
あ、そうだ。ラディウスみたいに肩に乗る?」
「では、しつれいする」
手を差し出すと、スノウウルフのリーダーは器用にバランスを取りながらあっという間に私の左肩に移動した。
『しかしこの入れ物は不思議だな。動きづらい……』
『だろ!?飛び跳ねることしかできねぇからな!メシも食えねぇ!
まぁ、その分腹は空かねぇけど……』
待ってましたとばかりにラディウスが噛みつく。
スノウウルフのリーダーは少し後ずさりながら、話を続けた。
『それは大変だな。
まぁ、自分からしてみれば口を利ける日が来るだけでもありがたいが……。
本当になんとお礼を言ったらいいのやら……』
雪道を進んでいる間、スノウウルフの長はずっとブツブツ呟いていた。
話を聞くと、残してきた群れがちゃんとやれているのか心配しているみたい。
「ところで、名前つけていい?ずっと「あなた」とかで呼ぶのつらいから」
『自分は構わないが……』
『お前、ほんと物好きだよな……』
「だって名前ある方が呼びやすいじゃん。
何にしようかな〜」
このスノウウルフのリーダーはとても真面目で忠誠心が高いみたいだ。
忠誠――閃いた。
「よし、フィデスにしよう!忠誠って意味なの!」
『フィデスか……。良い響きだ。感謝する、シーラ殿』
「どういたしまして〜。やっぱり名前があるっていいよね!」
『まぁ、悪くはねぇんじゃねぇの……』
なぜかラディウスがぶっきらぼうに返した。
そんなほんわかした状態が続いていたので、私達は迫っている危険に気づけず、低い唸り声に顔を上げた時には9匹の四本脚の獣に取り囲まれていた。
全身真っ白なそれは威嚇しなながら、ジリジリと輪を狭めてきている。
「あ、これ……」
『ヤバくね?』
一気に体温が下がった。寒さではなく恐怖で体が震えだす。
するとフィデスが素早く私の手のひらに移動した。
『おい、どうしたんだ?』
『この者達は自分の群れだ!交渉する!』
フィデスは勇ましく答えると大声で叫ぶ。
『よく聞け!私はお前達のリーダーである!
奇跡により、蘇ったのだ!』
その瞬間、スノウウルフ達の動きがピタリと止まった。
お互いに顔を見合わせて小さく首を振っている。
『ガル?』
『紛れもなく本物だ!』
『ガ、ガルル、ル、ワン!』
『上等である!なんとでも聞くが良い!』
「……フィデスー?なんて言ってるの?」
恐怖も忘れて完全に置いてけぼりをくらっている、私とラディウス。
フィデスは振り返って1回飛び跳ねた。
『む、すまないシーラ殿。
もし自分が本物なら、今から出す問題に答えろと言うのだ。
全て答えられれば認めてくれる』
「頑張ってね……」
こうして、スノウウルフ達の群れ問答が始まってしまった。
『ルル、ワフ?』
『9匹!』
『ワフ、ルルガ、ワルル?』
『雄5匹、雌4匹!』
『ワン!
ワ、ルガ、ワフルル?』
『自分に家族は居なあぁいっ!!』
フィデスが答えた瞬間、彼の周りにスノウウルフ達がワンワン吠えながら集まりじゃれ合う。どうやらリーダーと認められたらしい。
だけど、私とラディウスは複雑な気持ちだった。
「最後の答え、聞いてて悲しくなっちゃった」
『聞かなかったことにしとこうぜ……』
「そうだね……」
リーダーだったのに家族がいないのは体裁が悪かったはずだ。
私とラディウスは小さく頷き合って黙っておくことにした。
※問答意訳
『ルル、ワフ?』(この群れ全部で何匹?)
『9匹!』
『ワフ、ルルガ、ワルル?』(その中で雄と雌の数は?)
『雄5匹、雌4匹!』
『ワン!
ワ、ルガ、ワフルル?』(最後の問題!あなたの家族構成は?)
『自分に家族は居なあぁいっ!!』
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