第18話 最大のピンチ
「う~ん……」
なんだかゴツゴツしたものの上に寝ているようで、居心地の悪さにうっすらと目を開ける。
「よう。お目覚めか?貴族の嬢ちゃん」
「どちら様⁉ってここはどこ⁉」
一気に頭が覚醒した。1人は頭に白い布を巻いていて、もう1人は顔にキズのある体格のいい男の人だ。
慌てて体を起こそうとしたがロープで縛られていて起き上がれない。所々ロウソクが置いてあるので明るいが、村ではないことはわかる。
戸惑っていると2人がニヤリと笑った。
「洞窟だ。ちなみに助けなんて期待しない方がいい。
魔物が住み着いているから怖がって誰も来ないのさ」
「は、はあ」
魔物の鳴き声も聞こえないし姿も見えないが、彼等が言うならそうなのかもしれない。
初めて状況に固まっていると顔にキズのある男の人が尋ねてくる。
「ところでアンタ、名前は?」
「名前?シーラです」
「フルネームだ!フルネーム!」
頭が疑問符で埋め尽くされたが、一瞬でなくなった。身代金要求。
噂でしか聞いたことのなかったものが、ついに私にされようとしている。
だが、勘当された人は対象に入るのだろうか。念のため伝えておくことにする。
「あのー私、勘当されたのでムダだと思いますよ」
「勘当⁉」
「勘当って……家追い出される方の、だよな?」
予想外の答えだったらしく彼等は戸惑いながらボソボソと話し合い始めた。
「じゃあ身代金要求しても意味ないってことか?」
「さすがにそれはねぇだろ。いくら縁切っても命がかかってるとなりゃ
別じゃねえか?」
「でも貴族ってそういうの厳しいって聞いたぜ」
やっぱり彼等の目的は身代金のようだ。
周囲を見てみたが、ラディウスもいなければテネルもいない。革袋もないので私だけ連れてこられてしまっている。
しかも縛られて地面に転がされているので何もできない。最大のピンチだ。
「家族にお手紙出しても捨てられますよ」
追い打ちをかけたつもりだったのに2人組はなぜかニヤニヤしている。
気味が悪くなって少し後ろに下がった。
「どうだろうなぁ?やってみなきゃわからねぇだろ?」
「で、でも2度と家に帰ってくるなって言われましたし」
「口だけかもしれねぇじゃねぇか」
「さすがにそれは……」
ない、と言いかけて留まる。もしかして口だけだったのだろうか。でもお父さんの表情といい言動といい、
思い返してみても、どうしても口だけとは思えなかった。
気のせいだと自分に言い聞かせていると、名前を聞き出せずにイラついできたようで白い布の男の人が眉をつり上げる。
「とにかく!さっさとフルネームを教えろ!」
「お、教えても――」
「言いたくねぇんなら1度イタい目にあってもらうしかねぇなぁッ!!」
そう言って目をギラギラさせながら飛びかかってきた。
思わず悲鳴を上げたが、私に手が届く前に大きな音を立てて盛大に顔から転んだ。
「ヘブッ!!」
「は?」
「え?」
私ともう1人も何が起こったのかわからずにコケた人を見つめる。
彼は顔を抑えながらゆっくりと起き上がった。
「いってぇ……何に躓いたんだ俺――なんだこりゃ?」
男の人の右足に黄色の液体のようなモノがへばりついていた。いや、へばりついていたというよりはツルのように絡みついていたという方が正しい。
するとキズの男の人がハッと目を見開いて叫ぶ。
「コイツはスライムじゃねぇか⁉まさかお前、ここに来るまでにスライム倒してねぇだろうな⁉」
「倒してねぇよ!」
「じゃあなんで俺たちの邪魔を――」
男の人の言葉を遮るようにポヨンと奇妙な音が至るところから聞こえ始め、彼等の周りに大量のスライムが集まってきていた。
「うわあああ⁉」
「ちょ、待て⁉なんだよこれ⁉スライムはこっちから手を出さなきゃ襲ってこないはずだろ⁉」
『アハハハッ!シーラちゃんをいじめる人たちには容赦ないですよー!』
聞き慣れてきた明るい声。よく見ると後方のスライムたちの上にテネルとラディウスが乗っている。
しかもテネルの声は私にしか聞こえていないので、2人組はただただ慌てふためいているだけだ。
『さ~みんな!この人たちを気絶させちゃってください!』
テネルの号令で大量のスライムが男の人たちに飛びかかっていく。
「おわあああ⁉」
「ギャーー⁉」
彼らはスライムにのまれてあっけなく地面に倒れてしまった。
ビックリしすぎて瞬きを繰り返していると足元から声がする。
『シーラちゃーん、無事ですかー?』
「無事だよ。助けてくれてありがとう!」
『やー、間に合ってよかったですよー。
起きたらシーラちゃんがいなくなってるからビックリしました』
「私もビックリした。でもなんで攫われちゃったんだろう?」
『そりゃあお前が金持ってるって判断したからだろ』
ラディウスがスライムから降りてポンポン跳ねながら私のところに来る。
思い出したばかりなのだが、リル村で家に入ったときにラディウスの姿がなかったため少し不安になっていたのだった。
「ラディウス!そういえばどこ行ってたの?」
『ここ出てから話してやる。革袋も持ってきてやったぞ。感謝しろよ』
「ありがとう!……は、いいけど、ロープ解かなきゃ」
『ワタシたちにお任せくださーい。
中身はラディウスさんから聞きましたので』
テネルはスライムたちに指示を出して革袋からダガーを取り出させた。
複数で固まって慎重に鞘から抜くとゆっくり移動を始める。少しでも距離を縮めようと動こうとしたがテネルに止められた。
『あ、シーラちゃんは動かなくていいですよー』
「え、そうなの?」
『はいー。ただ両腕をできる限り逆側に引っ張ってくれませんか?ロープが張って切りやすくなると思うのでー』
「わかった」
言われた通りにする。かなり時間がかかったが、ようやくロープから解き放たれて思いっきり腕を伸ばした。
「は~キツかった~」
『外に出ましょうかー。ジメジメして嫌ですし、なにより草なので体が湿ってきてます』
「大変!急がなきゃ!
って、この人たち生きてるよね?」
『気を失ってるだけですよー。
シーラちゃんが望むのなら消しますけど?』
「そのまま!そのままで大丈夫!」
一気に声を低くしたテネルに身震いしながら制止する。
一見かわいいのにこんな恐ろしいことを簡単に言えるのは魔物だからだろうか。
『はーい。じゃあ行きましょー。
あ、みんなまた乗せてくださーい』
『おわっ⁉』
スライムたちがテネルとラディウスの下に潜り込んで持ち上げるとゆっくり進み始めたので、おいていかれないように後に続く。幸い洞窟の規模は小さく、すぐに脱出できた。
そんなに時間は経っていないはずなのに太陽が眩しく、
少しの間目を開けられなかった。