第12話 コルタル港
特に大きなトラブルも起こらず町の桟橋に辿り着いた。
お金は払っているのですぐに降りてもよかったのだが、勢いよく飛び降りてまた船を傾けさせると嫌なので最後に降りる。
キョロキョロと周りを見回していると、乗組員さんたちが木箱を次々と降ろしているのが目に映った。その中に乗船費を払ったお兄さんがいたので声をかけてみる。
「お兄さんは何をしているんですか?」
「ようアンタ、今降りたのか?
荷物を運んでんだよ。オレたちの船は貿易船でもあるからな」
「貿易船……?」
「ああ。限られた大陸でしか手に入らない物があってな。それで物々交換してるんだ」
「ヘ~、そうなんですね~」
「ああそうだ、余計なお世話かもしれないが1つ忠告しとくぜ。
ヴァイスア大陸の通貨は銅貨だ。銀貨以上を持ってるんなら気をつけなよ」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
うまく理解できなかったが大事なお金の話なのでお礼を言ってお兄さんと別れた。
とりあえず歩き回ることにして、あとで時間ができたときに考えることにする。
この町はノレトスと同じ港で建物や表通りもあるのに人は少なかった。表通りを歩いてみても、すれ違う人たちの表情が暗いような気がする。
「ノレトスとは全然違うね。
あ、そうだ。これからどこに行ったらいい?」
『……………………』
「ラディウス?」
思わずラディウスを手のひらに乗せる。そういえば船を降りてから一言も話していない。不安になってきて少し揺すってみたが反応がなかった。
ヴァイスア大陸に辿り着いて満足してぬいぐるみから抜け出てしまったのだろうか。
「ま、まさか抜け殻に――」
『……なって、ねぇ……』
途切れ途切れにラディウスが言ったがとてもキツそうだ。慌てて通りの端によって声をかける。
「ど、どうしたの?大丈夫?」
『船に……酔った……』
「へ?」
耳を疑った。五感はあると言っていたし、おかしいことではないのだが普段あれだけ威張り散らしているラディウスが船に弱いことにビックリする。
『おかしい、とか、言うなよ……?』
「言わないよ。とりあえず風に当たろっか」
ラディウスに衝撃を与えないように気をつけながら桟橋に連れて行った。乗組員さんたちがまだ作業をしているので、邪魔にならない端っこの方に座る。海から吹いてくる風は心地よく、爽やかな気分になってきた。
しばらくすると調子が戻ってきたようでラディウスが手の上でポンポンと跳ねる。
『お前、世話焼きだよな……』
「だってラディウスの保護者だし」
『フン、お気楽娘め。
風に当たってる間に少し思い出してきた。この町は港だろ?なら、コルタルで合っているはずだ』
「ここに来たことがあるの⁉」
『まあな。といっても外から見ただけだ。名前は旅人に聞いた』
「へ~」
ぬいぐるみに入る前のラディウスは各地を旅していたのだろうか。
でもラディウスにも思い出したくないことはあるだろうし、いろいろ聞きたかったが我慢することにした。
「そういえばラディウス、あれから景色は見えた?」
『1回見えた。どこかの岩場らしかったな、あれは』
「すごい!わかっただけでも十分だよ!」
『岩場だけでも腐るほどあると思うぞ。まさか1箇所ずつあたるつもりか?』
「え?ダメ?」
そう言うと、ラディウスはいつも通り肩に飛び乗ってきて叫ぶ。
『不器用娘が!
どれだけ時間かかると思ってんだよ!俺の見た岩場探す前にお前が力尽きるぞ⁉』
「あー、それもそうなんだけど。
何とか娘って言い方増えてない?」
最初は箱入り娘だけだったのに、鈍感娘、お気楽娘、そして今度は不器用娘と4種類まで増えてしまっている。
指摘されたラディウスは偉そうに鼻を鳴らした。
『箱入り娘だけじゃフォローできねぇからだよ』
「でも言いかえるの面倒でしょ?」
『お前が面倒くさくしてるんだろうが!』
「そうかなあ?」
『そうだ!これ以上増やすなよ!』
ハッキリ言われて返す言葉に困る。確かに私は世間知らずではあるがここまで言わなくてもいいのではないのだろうか。
言い切ったあとラディウスは一息ついて再び話し出す。
『はぁ、この話は一旦置いとくぞ。
まだ明るいがこれからどうするんだ?』
「それを相談しようと思ってたんだよ。
でもラディウスの反応がないから――」
『悪かったな!俺も予想外だったんだよ!
で、話を戻すが、ここの宿屋を探して泊まるか、どっか歩いて別の町に泊まるかだな』
「あ、そうだ。そのことで聞きたいことがあるんだけど」
『なんだよ?』
この大陸の通貨についてだ。私の解釈は合っているとは思うが念のため確認することにする。
「さっきお兄さんが言ってたんだけどね、ここのお金は銅貨だから気をつけろって。銀貨持ってたら危ないってことだよね?」
『ああ。銀は銅より上だからな。銅貨何枚で銀貨と交換できるかはわからねぇが、人前でジャラジャラ出すもんじゃねぇな』
「だよね……。どうしよう。銀しか持ってないんだけど」
『なら、ここの宿屋に泊まるしかねぇな。
クラルハイトから客が来るんなら銀貨なんて見慣れてるだろ』
「なるほど……。じゃあさっそく探さなきゃ」
『おわっ⁉』
勢いよく立ち上がって裾を整えているとラディウスの怒号が飛んできた。
『急に立つなよ⁉まだ気分悪いの治ってねぇんだからよ!』
「そうなんだ?てっきり治ってるのかと思った」
『治ってねぇ!跳ねながら歩くんじゃねぇぞ!』
「はーい」
相変わらずの威張りようにはイライラしてくるが、また気分が悪くなって足止めをくらいたくないので、
いつもより歩くスピードを遅くして宿屋を探した。