閑話 フィガロ・カロンの憂鬱
シーラがヴァイスア大陸に渡った頃、実家ではフィガロ・カロンが食堂で頭を抱えていた。
遠出から戻ったばかりのソフィア・カロンが隣に腰掛けて口を開く。
「そんなに悔やむなら、勘当なんて言わなければよかったじゃない」
「ああ。せめて家事を身につけるまで戻ってくるな、の方がよかったかもしれん。
だが!ああでも言わなければシーラはずっとぬいぐるみを作り続ける!」
フィガロは心の底からシーラを追い出したいわけではなかった。将来のことを考え打開策に出たつもりが、日頃の威厳のせいでシーラが真に受けてしまったのだ。
ソフィアは肩まであるカールした紫髪を揺らして笑った。
「あら、でも、なんとなくはわかるんでしょう?」
「そうらしい。教えても教えても一向に上達しないみたいでな。それでロイヤーさんから言われて……。
勘当すると言えば心変わりして家事を身につけてくれるかと……」
「でも予想に反して本当に出ていってしまったのね。
あの子、変なところで頑固だから」
「ああ。私から勘当すると言った手前、戻ってこいとも言えず……」
「じゃあ俺が連れ戻してくるよ、父さん」
ずっと隣で聞いていたレオ・カロンが軽食のビスケットを頬張りながら言う。
しかしフィガロは眉を下げたままだ。
「だが、7日後に狩猟大会が控えているのだろう?
前回優勝しているし、期待されているんじゃないのか?」
「3日で調整するさ。4日もあればシーラを連れて帰れるよ。この辺りの町はアンゼータしか知らないだろうし、クラルハイト大陸を出てるなんてことはあり得ないから」
「それもそうか……。
シーラが帰ってきてから私からも理由を説明はするが、
お前からも事前に言っておいてくれないか?」
「ああ、任せといてよ!準備してくる!」
レオは立ち上がるとバタバタと食堂を出て行った。
その後ろ姿を見送りながらフィガロかため息をつく。
「自分から何かを言い出すのはキツいものだな。
肝心なときに行動できないとは……」
「今回のような特別なことを言った場合でしょう?
そもそも、あなたがシーラを勘当するなんて思ってなかったから、聞いた時は本当に驚いたわ」
「それは……すまない……」
しょんぼりと肩を落としているフィガロを見てソフィアは再び笑った。
「どうして君はそんなに余裕なんだ?心配じゃないのか?」
「もちろん心配しているわ。でも、あの子なら大丈夫な気がするの。あなたの方が心配し過ぎじゃないの?」
「シーラが出ていってしまってから今日で何日目だ⁉5日目だぞ⁉
もし賊に攫われたり、変なヤツに騙されたりして大変な思いをしていたらと考えると……」
「もしそんなことが起きていたら何かしら連絡が入るはずでしょう?それに本当に困り果てたら、こっそり帰ってくると思うわよ」
「そうだな……。少し風にあたってくる……」
フィガロはトボトボと食堂を出て行く。
ドアが閉まるのを見届けると、ソフィアは優しく微笑むんで紅茶を啜った。
「あんなに元気がないのも久しぶりだわ。
困った人ね。こんなに悩むなら勘当なんてしなければよかったのに。
確かにシーラはぬいぐるみばかり作って心配ではあったけれど、そのうち嫌でも習うことになるわ。
でも……胸騒ぎがするのはなぜかしら?」
フィガロたちはシーラが作ったぬいぐるみが意志を持ち、
さらに故郷へ連れて行くためにクラルハイト大陸を離れていることを知るよしもなかった。