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第1話 勘当

 「シーラ、お前をたった今、カロン家から勘当する」


 父、フィガロ・カロンは私の部屋に入るなり、そう言い放った。私は編み針を作りかけの白いぬいぐるみモドキの上に落とす。信じられなくて震えながら彼を見るが眼光は鋭いままだ。どうやら本気らしい。


 「ど、どうして?」


 「自覚もないのか!家事もせずに、ぬいぐるみばかり作りおって!

お前みたいな役立たずはいらん!」


 「で、でも、そこら辺の草からも作れるんだよ?」


 「すごいっ⁉……のは確かだが、言い訳無用‼今すぐ荷物をまとめて出ていけ!

そして2度とこの家に入るな!」


 そう言うと父は手に持っていた革袋を床に落とした。これに荷物を詰めろということだろう。


 「日が落ちるまでには出ていくんだぞ!」


 私を軽く睨んでから部屋を出ていった。

 母と兄は遠出していてしばらく帰ってこないため、追い出すチャンスだと思ったのだろう。

 まだ状況が整理できていないが、作りかけのぬいぐるみと編み針を部屋の隅に置いてから革袋を拾う。


 「急に言われても……」


 確かに私は日々をぬいぐるみ作りに費やしていた。家庭教師に家事や女性としての教養を教えてもらっているものの、正直ぬいぐるみ作りの方が楽しい。

それで一向に上達しないので反感を買ったのだと思う。

 だけど理由がわかっていても、ぬいぐるみ作りはやめたくない。家事や教養を覚えるのも嫌なので私が家を出るのは確定した。

 さっそく準備に取り掛かる。まずはお金だ。毎月お小遣いをもらっており、ちょこちょこ買い物で使ってはいたが、それでも銀貨20枚あった。節約しながら生活すれば1か月はもつと思う。 


 「次は服」

 

 クローゼットを開けると色とりどりのドレスが視界に映る。ほとんどがパーティ用でプレゼントされた物。自分で言うのもなんだが、貴族なのに社交場には全く興味がないのだ。つまり、宝の持ち腐れ状態。


 「うーん、どれにしようかなあ。とりあえずお気に入りのドレスは持っていくとして……」


 白とピンクのドレスを手に取って唸る。今着ている水色の服を数えないとしても2着が限界だろう。あと1着しか選べない。迷った挙げ句、薄い緑色のを選んだ。

 クローゼットを閉めようとして、隅の方に置いてある布包が目に入る。手に取って中を確認するとどこにでも落ちているような石が2つ並んでいた。


 「これ、火打ち石だっけ……?」


 サバイバル好きな2歳上の兄、レオから「何かと便利だから持っておけ」と半ば強引に渡された物だ。時間はかかるけど石を叩き合わせているだけで火を点けることができるなんて、と感心した覚えがある。

 

 「とりあえず入れておこう」 

 

 丁寧に包み直して革袋に詰め込む。服と火打ち石だけなのに半分は埋まってしまった。


 「お金と着替えは準備できたっ!あとは軽食――あ、ぬいぐるみ……どれか持っていきたいな」


 狭い室内に所狭しと並べられた手のひらより少し大きいぬいぐるみ。どれも思い入れがあるが、全て持っていくとなると革袋には入りきらないので、これも厳選しないといけない。

 モチーフはほとんどがお話に出てくる生き物だ。実在する物、架空の物、両方作っている。

 

 「あ、最初に作ったのだ。懐かしいなあ」


 端に置かれているそれを手に取った。父をモチーフにしたもので、ところどころほつれていたり汚れて黒ずんていたりしているが、一目で父だとわかる。

父のを作った後に母と兄のも作り、3つ並べて置いていた。

 思い出に浸っているとドアが勢いよく開いて父の怒号がとんでくる。


 「まだ準備に戸惑っているのか!ぬいぐるみは全て置いていけ!あとで捨てるからな!」


 「ぜ、全部⁉それはひどい!」

 

 しかし父は1度言ったら絶対にやる人だ。慌てて隅まで走って作りかけを父に見せる。中途半端は嫌なのでこれだけは完成させたい。


 「せ、せめて、この編みかけのだけは持って行かせて……ください。お願いします」


 深く頭を下げた。本当は家族3つのも持っていきたかったが、許可は降りないだろう。

父は何度も唸ったあと渋々頷く。


 「わかった……。それだけ持って行っていい」


 「あ、ありがとうございます!」


 素早く頭を下げて革袋に詰め込んだ。その様子を見ていた父はため息をつくと、呆れたように目を細めて口を開く。


 「まだかかるのか?」

 

 「あともう少し!先に玄関で待っててください!」


 「わ、わかった」


 私に気圧された父は顔を引きつらせて部屋を出て行った。

1度深呼吸をして頭の中を整理する。衣食住が大事だと家庭教師から教わったので、足りないのは食だ。


 「食べ物……パンでいいか」


 最後に室内を見回して忘れ物がないか確認してドアを閉めた。もうここに戻ってくることはないと思うと悲しくなってくる。


「でも、そもそも急に出ていけなんて言い出したお父さんが悪いんだし!

マナーとか覚えなきゃいけないぐらいなら出ていくわ」

 



 給仕室に向かうと昼食が終わってからけっこう経っているのに、使用人たちが慌ただしく動き回っていた、その中のテーブルを拭いている使用人に声をかける。


 「ねえ、余ってるパンない?」


 「余りのパンですか?し、少々お待ち下さいね!」


 彼女は作業を中断してバタバタと奥に駆け込んだ。少しして、平らなお皿にパンが山盛りで運ばれてくる。


 「お待たせいたしました」


 「ありがとう!」


 パン5個を取ると革袋に詰め込んだ。すると使用人が怪訝そうに尋ねてくる。


 「シーラ様、なぜ今頃パンを?あ、もしやお腹が空かれましたか?」


 「そ、そうなの。何か急に。でも量が少なかったとかじゃないからね!今日限定!」


 「かしこまりました。もし、これからもこのようなことがあれば、お声がけくださいね」


 まさか家を出ていくことになったなんて言えるはずもなく、嘘をつくしかなかった。

 

 「う、うん、ありがとう。じゃあ私、出かけてくるから!」

 

 「お気をつけて」


 彼女の笑顔を見ていると居づらくなったので、逃げるようにその場を後にする。

そのまま玄関へ向かうと深妙な顔つきで父が待っていた。真横を通り過ぎて振り返る。


 「今までお世話になりました。どうかお元気で」


 「……………………」


 父と家に向かって深く頭を下げると、1度も振り返らずに歩みを進める。

 こうして私は13歳にして実家を出ていくことになった。

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