静かなお昼
午前の授業をすべて終え、ただ今は昼食時間です。
入学してから初めての1人での昼食。今日は天気が良いのでお外でいただくのも良いかもしれません。学食の方で手早くテイクアウトを受け取って静かな場所を探します。
「あちらの木陰が良さそうですね」
あまり人がおらず静かな場所です。
読書にも適していますし、今日はここで昼食をいただくことにしましょう。
「いただきます」
テイクアウトしたランチボックスにはサンドイッチとフルーツ、ちょっとしたデザートが入っています。食堂内でいただけるランチも美味しいですが、こうして日の光を感じつつ草木を眺めながらいただく食事はピクニックのようで心躍る気持ちにさせてくれます。
それに、少しだけ身体強化を行うと噂話も聞くことができるため、情報を集めることも容易いだなんて、今まで気が付きませんでした。
あまり褒められた方法ではないと存じておりますが。
「騒がしい食堂ではできないことですね」
さて、食事は終えましたし残りの時間は読書に時間を割きましょう。
本音を言うと騎士物語の続きが読みたかったのですが、以前淑女らしくないと言われてしまったので妥協して読みかけの古代文字の魔法署を開きます。
休日にマントに施した守護の魔法陣以外にも役に立つものがあるかもしれません。
「こんな所にいたのか」
「グレイ、どうしましたか?」
本を読んでいる途中、人の気配に身構えるとグレイが立っていました。
「友人を失ったと悲嘆にくれているのではないかと思ってきたのだが、」
「もう気にしておりませんわ。彼女にとって私は傷つけても良い存在だったのでしょう」
「随分と落ち着いたんだな」
「ええ。休日は久しぶりに好きなことができましたもの。リールにも心の健康を大切にするよう進言をいただきましたもの。私は無理をしていたのかもしれません」
「そうだな。僕もそう思うよ」
「グレイも、大切なことを気づかせてくださりありがとうございました」
「礼を言うことでもないだろ。だが、力になれたのなら良かった」
そう言ってグレイは微笑みました。なんだか、昔よりも大人になったように思えます。
「ところで、何か御用でしたか?」
「そうだ、お前を紹介してほしいと追いかけまわされていたんだ」
「紹介、ですか?」
「ああ。あのことは思いのほか広まっていたらしくてな」
「まあ、そうでしょうね」
朝の生徒が最も多く廊下を歩く時間帯でしたもの。私が授業を受けているのは上位成績者のクラスで廊下の奥の方です。対してマリエル様が授業を受けている教室は手前の方。教室が集まっている場所です。
自分の教室へ向かう途中で目にした人も多いことでしょう。同学年でなくても兄弟姉妹であったり家同士のつながりの関係で耳にすることもあると思います。噂、特に悪いものに関してはすぐに広まってしまうため、日頃の振る舞いはよくよく注意する必要があるのです。
「あのことがきっかけなら、あまり良い印象がないはずですよね?紹介だなんて何故」
「いやぁ、周囲が同情的だったというか、」
「歯切れが悪いですね」
「この際に取り込んでしまおうという考えもあるのだと思う」
ごまかすのを諦めたようにグレイは話し始めました。
つまり、今までは良くも悪くもマリエル様が防波堤の役割を担っていたようです。私と関わるということはマリエル様と多少なりとも関わることとなる。そのリスクを背負うくらいならば、ということでしょうか。
「中身はともかく、コリン家の宝石と言われているくらいだからな」
「それはお母様のことでしょう。私は、理想の淑女にはまだまだほど遠いですから」
美容のことも学び始めたばかりですし。流行に関してもまだ疎い部分があります。
「その差を数年で埋めるのも凄いけどな。まあ、紹介するとなったら人数は絞って信頼できる人間にするから安心しろよ」
「ええ、婚約者を紹介していただくのを楽しみにしております」
「お前も母上みたいなことを、」
「さて、昼休みも終わりますね」
本の続きは教室で読むことにいたしましょう。
私たちはそれぞれの教室へ移動を始めました。