歌う楽しみ
本日は音楽祭の独唱・独奏部門のリハーサルの日です。立ち位置や順番などの確認を行い、実際に少しだけ歌ったり演奏したりします。
リハーサルは1組ずつ行われるため、他の組がその歌声や演奏を聴くことがないよう配慮されています。
「歌声や演奏は当日までのお楽しみというわけですね」
「そうは言っても、アレクサンドラ様は昨年も参加しているではありませんか」
「アウロラ様もですわ。お次は私たちの番のようですね」
名前が呼ばれたので舞台の方へ向かいます。
ライトが煌々と照らしていて眩しいくらいです。諸注意を受けた後に実際に舞台に立ち、客席の方を見渡します。アウロラ様はピアノと椅子の確認をなさっています。
今からここで歌うなんてとても楽しみです。
「準備はよろしいですか?それでは、始めてください」
お辞儀の後に目配せをして伴奏が始まります。
私は大きく息を吸って歌い始めました。広い会場にピアノの音色と歌声が響き渡っていく感覚がとても気持ちよく、時を忘れそうです。
「お時間です。退場のご準備を」
そうお声がけがなされ、中断して私たちは会場を出ました。なんだか物足りない気分です。
しかし、今から練習室を抑えようにも空いていないでしょうし。
「アレックス達も終わったの?」
「アメリア、そうですの、でも、なんだか物足りなくて」
「時間が限られているから途中で止められるものね。それなら、西の東屋の方で一通り歌ってみてはどう?」
「確かに、あの場所はあまり人が訪れないから良いかもしれないわね。アメリア様、良いアイデアだわ」
「アウロラ様に褒めていただけるなんて、」
「そうですね、そうしてみますわ。アメリアありがとうございます」
「私も練習していこうと考えていたところなの。本番前にアドバイスを頂けたらな、って」
「もちろん、私でよろしければ」
「私も協力するわ」
アメリアは一層嬉しそうに笑いました。
先にアメリアの演奏から始めることとなりました。美しいバイオリンの音色が響きます。
明るい音の中に優しさが溢れていて、アメリアの音色は心地よく、元気がもらえるような気がしてきます。
「素敵だわ、アメリア様」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。特に、中盤の部分の、」
アウロラ様はアメリアのことを手放して褒めていらっしゃいます。それほどに縛らしい演奏でした。
「アレックスはどう感じた?」
「とても素敵でした。ずっと聞いていた異様な音色で、明るくて楽し気な演奏がアメリアの音色にピッタリで、私は終盤の部分が好きです」
「そ、そうかな?」
「ただ、序盤がなんだか緊張していたようで少し音が固かったことが気になりましたわ」
「緊張、本番までに克服しないとよね」
「アメリア様、緊張は克服するものではなく、楽しむものよ。緊張しているということは今まできちんと準備をしてきた証だもの」
「アウロラ様の言うとおりかもしれませんわ。きちんと準備をなさったなら上手くいきますわ。この場で緊張したならば本番は楽しむことができるはずです」
「2人は心が強いのね。楽しむ、か、頑張ってみるわ」
お次は私の番です。さすがに伴奏は用意できませんのでアカペラで歌います。
大きく息を吸って風を感じながら私は歌い始めます。暖かなお日様の香り、風が運ぶ草木の香りが心地よく、舞台で歌うのとはまた違う楽しみに満ち溢れています。
「いかがでしょうか?」
「すごいわ、アレックス!思わず見惚れてしまったわ」
「アメリア、褒めすぎですよ」
「そんなことないわ。力強くて、繊細で切なくて、だけど安心感がある、そんな感じ」
「先ほどとはまた違う美しさでしたわね。素晴らしいわ」
「ありがとうございます、アウロラ様。しかし。異なったのであれば修正しなくてはですね」
「ストイックね。でも、そうね。最後の練習では今のように歌ってみてはどうかしら?きっと素晴らしいものになるわ」
「はい、今の気持ちや感覚を忘れないように致します」
思い切り歌えてとても清々しい気分です。
アメリアもそのようでとても良い表情をしています。
もう一度歌い、帰路につくころには夕焼けが私達を照らしていました。今日は珍しくジェイコブ様が現れなかったためにアウロラ様とも長くお話ができましたしなんだかいい日です。
明日は合唱のリハーサルがあります。合唱と独唱の違いと感覚を忘れないよう、私は記憶を刻みつけました。




