心の休息
「お嬢様、おかえりなさいませ」
「リール、リラックスできるお茶をお願いしてもいいかしら?」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
いつもより早い帰宅時間。
普段なら帰る時もマリエル様と一緒ですが、絶交したのでこれからは1人で帰宅することになるのでしょう。
とても静かな時間でしたが街の風景や花の匂いなど気が付かなかった発見をすることができ、不思議と寂しさはありませんでした。
「お嬢様、お茶をご用意いたしました」
「ありがとう」
「それから、こちらは蜂蜜を使用したケーキになります。パティシエがぜひお嬢様にと」
「そう。あとでお礼を伝えてもらえるかしら?」
「かしこまりました」
美味しいお茶にお菓子、心がとても安らぎます。カフェなどでいただくスイーツも良いですが1番は自室の落ち着いた環境でいただくものが美味しく感じられます。
幼い時から勤めていて私の好みを把握しているパティシエのおかげもあるかもしれませんが。
「お嬢様、学園で何かおありになりましたか?」
「どうして?」
「いえ、少しだけお変わりになったような、いえ、気のせいなら良いのですが」
「少しだけ、嫌なことはありましたわ」
「なんてことでしょう。どなたですか?お嬢様を傷つけた輩は?旦那様にも報告いたして制裁を、」
「いいのよ、リール。もうそれほど気にしていないわ」
「お嬢様がそう仰るのであれば、」
そう、もう気にする必要は無いのです。
きっと彼女も気にしていないでしょうし。明日はお買い物に行く予定でしたが、絶交した以上予定はキャンセルとなったことでしょう。
「お嬢様、明日はどのようなお召し物を着られますか?可憐なピンク色も素敵だと思いますが、ここはシックな青や紺色でしょうか?」
「リール、明日のお出かけは無くなったから選ばなくてもいいわ」
「…また、ドタキャンですか?」
「えっと?」
「いったい、何度目ですか!?お嬢様が楽しみにされているのを知っておきながら前日にキャンセルだなんて、どれだけお嬢様を軽んじるというのでしょう!」
「リール、落ち着いて」
「お嬢様はお優しすぎます。私は、お嬢様が楽しそうに可憐に着飾るお姿を見ることが何よりも好きなのに、」
「大丈夫よ。これからはそのような事はなくなると思うわ。それに、その、マリエル様とは今後お付き合いすることはなくなったよ」
「どういう事ですか?」
私は学園での出来事をリールに話しました。
困惑していた様子も徐々に怒りへと変わり、最後は悲しみになってしまい、心が痛みますが。
「お嬢様、なんてお辛い目に、」
「私は平気よ。害をなすものは遠ざける。間違ったことでは無いと思うの」
「そうですね。お嬢様のお心の健康のためには必要なことと言えるのでしょう」
「それに、グレイに言われた通り少し疲れていたのかもしれないわ」
「あのお方がお相手では疲れない方が奇特です。お嬢様程のお強い精神力でも大変でしたでしょう。今はきちんとお心を休めることに注力いたしましょう」
「そうするわ」
「この事は旦那様にも報告いたします。それからお嬢様のお心がくつろげるような品物もいくつかご用意いたします。ご希望するものはありますでしょうか?」
「そうね…美味しいお茶と本をいくつか用意してもらえるかしら?」
「かしこまりました。丁度お嬢様がお好きな本をいくつか取り寄せております」
「それから、明日は魔石や装備のメンテナンスをしたいのだけど」
「ご用意いたしますね」
「ありがとう、リール」
「いえ、私はお嬢様にお仕えするのが幸せですから」
報告のためリールは退室しました。
彼女の明るさにはいつも助けられます。お茶もとても美味しいですし。
「さて、宿題を終えたら予習をしてそれから、」
ふと、本棚に収まっている読みかけの本が目に入ります。続きが気になっていたにも関わらず読む機会がなかった本。
「心を休めることが大切、ですよね」
私は宿題を手早く片付けてから本に手を伸ばしました。続きからではなく改めて始めからページを開きます。
夕食までの間、私は久しぶりに読書へ没頭しました。
その姿を見て、使用人たちが安堵の表情を浮かべていたのはまた別の話です。