夜空を見上げて
「それでは、頭の方から始めましょう」
現在、私たちは音楽祭へ向けての練習を行っています。先ほどパート練習を終え、合唱練習へと移行するところです。
パート内での練習は良い感じなのですが、合わせるとなるとどうなるのでしょうか。
「ソプラノはもっと伸びやかに、アルトとテナーはハーモニーを意識してください」
先生の指摘を受け、適宜修正していきます。
「では、もう一度頭から」
練習後は今日指摘されたことの復習を行います。
少なくない指摘ですが、最初の頃よりは減ったように思います。
「アレックスはすごいわ。難しいところもきれいに歌い上げてしまうもの」
「リリーもきれいに歌うではありませんか」
「アレックスほどではないわ。1番高い音を出すときなんて緊張してしまうもの」
「アレクサンドラ様、少しよろしいでしょうか」
「ええ、どうかなさいましたか?」
楽譜と本をお持ちになっています。歌詞の解釈についてでしょうか。
「最も盛り上がる部分と最後の祝福をお与えになる部分をどう歌えばよいのか考えておりましたの」
「その部分は難題ですものね」
「『時の祝福』も読んでみたのですが、良いイメージを掴めなくて、時の女神様はどうして祝福をお与えになったのか、アレクサンドラ様はご存知ですか?」
「私は女神様ではありませんので女神様の御心はわかりかねますが、そうですね」
一般的に神様は尊く慈悲深く素晴らしい存在だと理解されています。私は必ずしもそうと断言できるものではないと考えていますが。
歌詞のお言葉は厳しいものですからどう落とし込んでよいのかわからなくなってしまったのでしょう。心がバラバラでは良いものはできませんし。
確か、復讐の機会をお与えになったのも祝福をお与えになったのも満月の翌日の夜のことです。今日は暦の上でその日に当たりますね。
「よろしければ今夜、天体観測を致しませんか?」
「天体観測、ですか?」
「ええ。月や星々を見ながら考えてみるのも良いと思いますわ」
「アレクサンドラ様が、そうおっしゃるなら」
そうと決まりましたら用意が必要です。先生に事情を話し引率をお願いすると快く引き受けて下さります。
あとは人が座れるようにシートと、あ飲み物をいくつか、それとお夜食を用意しましょう。
「アレックス、私も天体観測に参加してもいいかしら?」
「アメリア、もちろんです。今準備をしていたところでしたのよ」
「それは、飲み物?」
「ええ。温かいものと冷たいものを1つずつです。香りも良くてリラックスできるものを選びましたわ」
「でも、ぬるくなったり冷えちゃったりしないかしら?」
「きちんと対策済みですわ。任意の温度を保てるように工夫していますの」
「さ、さすがね」
約束の時間に向かうとすでに人が集まっていました
「さあ、こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
「まずはお飲み物を飲んでゆったりと空を眺めましょう」
夜空には多くの星が浮かんでいます。
都では見ることのできないきれいな光景です。
「星々にも物語があることをご存知ですか?」
「星物語ですか?それはロマンティックなものが多いのかしら?」
「様々なものがありますわよ。ロマンティックな恋物語に、悲しいお話、勇ましい騎士のお話。そして、動物のお話」
「アレクサンドラ様は博識ですね。でも、読むならやはり恋物語が良いですわ」
少しだけ無言になります。皆、集中して空を見上げているようです。必死に答えを探しているようですが、残念ながら答えと呼べるようなものはこの場にありません。
「あの、どうして天体観測に誘われたのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「旅人が祝福を受けたのは満月の日の翌日、すなわち今日だからです」
「今日、ですか?もっとも月が輝く日ではなくて?」
「ええ。月明かりが照らす中、時の祝福を受けました、恐らく、今広がっている光景と似ていると思います」
「この光景から女神様の真意を知ることはできるのでしょうか?」
「恐らく、それは無理でしょう、誰かの気持ちを正確に察するなんてことは不可能ですから。ただ、私たちが今見て感じたものを歌にのせて伝えることはできますわ」
意味が分からない、というような表情をなさっています。
「『時の祝福』の主人公は旅人ですから。私たちは女神様ではなくて、旅人が見て感じたものをお伝えした方がよいのではないでしょうか?」
そのことに気が付かなかったように驚かれています。確かに、歌詞のお言葉の一部は女神様の物です。しかし、私があのお言葉から見えた景色は女神様でなく自然が訴えかけているように感じられました。
「お気持ちではなく、光景を伝えることも考えてみませんか?」
「そうですね、尊いお方の真意を探ろうだなんて、罰があたりそうですわ」
彼女はそう笑ったあと再び空に向き合いました。
「きっと、焦ってはいけなかったのですね、それを教えるために女神様はこの日にしたのかしら」
「そうかもしれませんわ」
私は用意したお茶を飲みました。
旅人もきっとこの光景を目にしていたことでしょう。違うのは彼は1人で対峙したことくらいでしょうね。
ゆっくりとした時間の中で私たちはぽつりぽつりとアイデアをまとめました。アメリアも何かをひらめいたように瞳を輝かせています。
就寝時間の前まで眺め、先生の声掛けにより寝室へと向かった私たちの目には夜空の光景が焼き付いたままでした。




