普通
少しだけ離れた場所で返り血を洗い流しながらため息を吐きます。
こういった場所を実習以外で訪れるのは久しぶりのことでいささかはしゃいでいたことは否めませんが、あのような失態を侵すことになるだなんて思いもしませんでした。完璧な淑女を目指しているのにも関わらずこのような失態を侵すのはいったい何度目なのでしょう。
あの頃から何も成長していない自分が時々嫌になります。
「アレクサンドラ様、やはり体調が優れませんか?」
アウロラ様の気づかってくださるお声が聞こえます。洋服が乾いたことを確認したら戻らなければなりません。...。乾きましたね。
「先頭に立っておられましたら疲れますわよね、少しだけ休んでから戻りましょう」
「ご心配をおかけしてしまって申し訳ありません。マシュー様も気遣ってくださり申し訳ない気持ちでいっぱいです」
「女性だけで何か起こった場合大変だからね。紳士として当然のことだよ」
「あら、たいていの殿方はついてきてくださるだなんて仰りませんわよ、特に私が剣術は魔術を披露した後では」
「アレクサンドラ嬢は強いことはわかっているさ。それでも、心配なんだ。時々君は苦しそうな表情をしているから」
「何かお悩みなのですよね?私達でよろしければ話していただけませんか?」
「いえ、普通の淑女を目指すことがここまで難しいとは思わなくて...先ほどまでの行いは淑女失格だと少々考えていただけですわ」
先ほどの行動だけではありません。今までの行動を思い返すだけでも怪しいものは多分にございます。理想と現実はかけ離れたものだということがよくわかります。
「普通とはなんだろうね。アレクサンドラ嬢の言う普通はどのようなものかな?」
「えっと、お淑やかで上品でその中にも芯がある。間違っても何かを傷つけるようなことがない、でしょうか」
「アレクサンドラ様、そのような女性は社交界で生き残ることはできませんわ。故意であろうがなかろうが誰かを傷つけないことなんてできませんから。それに、その条件であればアレクサンドラ様はすでに満たされていますわ」
「僕もアウロラ嬢と同じ意見だよ。普通のこだわる必要なんてないさ。君は君でいいんだから」
「しかし、」
「アレクサンドラ様は将来、伴侶となられる方に守られたいですか?それとも隣に立ち守りたいと考えますか?」
アウロラ様の質問の意図はわかりませんが、大切な方の窮地に私はきっとじっと待ち祈り続けることなんてできないでしょう。
「私はきっと、その方と肩を並べて守り合いたいと考えます。伴侶となる方はとても大切な方なのでしょうから」
「アレクサンドラ様らしいですわ。以前の貴女は儚げで身を挺してお守りしたい雰囲気がありましたわ。しかし、私は今の生き生きとしているアレクサンドラ様の方が以前よりも好ましく思います。博識で勇気も強さも持ち合わせているアレクサンドラ様は他の方に負けないほどの魅力にあふれております」
「アウロラ様...」
「そうですわよね?マシュー様」
「僕もそう思います。確かに一般的には守ってあげたくなるような女性が好まれる傾向にある。でも、それだけの女性はつまらないと思うよ。あ、いや、アレクサンドラ嬢が守りたくない雰囲気があるわけではないからね。そういう儚さももちろんあるけど、」
「ふふ、ありがとうございます、少しだけ元気が出ましたわ。そうですわよね、誰かの決めた普通を目指すのはやめようと思います」
仰られる通り、私は誰かに守られたいと思えませんし目指すのは無理だと思います。
「吹っ切れたお顔をされていますね」
「お2人のおかげですわ。そういえば、アウロラ様は長い間仲良くさせていただいていますが、未だに愛称で呼んでくださらないのでしょうか...。」
「す、少しだけ恥ずかしくて...アレクサンドラ様は私の憧れでしたから...。しかし、そこまで仰ってくださるのならば、アレックス様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いいたしますわ」
そう微笑み合っているとマシュー様が少しだけ寂しそうな表情をしていましたのでマシュー様にも愛称で呼んでいただくことにしました。さすがに公の場では節度を守らなければなりませんが学園内では問題ないでしょう。